「機に敏感な小此木なら、発砲も辞さないでしょうね。……さて、どうするのかしら?」
お手並み拝見とばかりに笑みを見せる鷹野さん。
「あ~、その点は平気ですよ。この車、タイヤまで防弾仕様ですから」
詩音が言い終わる前に、後部でなにかが弾けるような金属音が二発、三発と鳴り響いた。
「拳銃弾くらいなら、びくともしませんって☆」
「あら、用意周到ね」
なぜかつまらなそうに口を尖らせる。そう、俺たちが葛西さんに協力を要請したのは、この車を使いたいという理由が大きかったのだ。
「そうね……現時点の装備では、自動小銃や対戦車砲までは持ち出してないはずね。でも、このまま逃がしてくれるとも思えないけど……どうするのかしら?」
鷹野さんの言葉どおり、山狗のワゴンはぐいぐいと距離を詰めてくる。ここで逃がせば富竹さんから東京に連絡が行くことになる、これは当然の成り行きだろう。
「こっちにも銃があればいいんだけど、あいにく今は持ってないんだよね……」
その富竹さんは苦笑いをしていた。この人もそれなりに余裕がありそうだ。……というか、このメンバーだと俺が一番弱そうだな。ちょっと情けないが、それは仕方ない。
なにしろ俺は、ただの中学生なんだからな。
「……みなさん、しっかり身体を固定していてください」
葛西さんの言葉で俺たちはシートベルトをつけ、両手両足を突っ張って身体を固定する。
まるでそれを待っていたかのように、後部のウィンドウにワゴンの車体が大きく迫り、ぶつけようとしてくる。銃が効かないとなれば、体当たりでこちらを止めようとしてくるのは当然だった。
「ふっ!」
葛西さんは素早いステアリングでテールを振って鮮やかにそれをかわし、アクセルオンでふらつくワゴンを置き去りにする。
が、バックミラーを見ていた富竹さんが険しい表情で叫びを上げる。
「……気をつけて、もう1台来ている!」
置き去りにされたワゴンの脇をすり抜け、さらにもう1台のワゴンがこちらに追いつこうと加速してきていた。
「バックアップを回していたようね。さすがに小此木も、抜け目無いわ」
賞賛しているのか非難しているのかわからないような口調で鷹野さんが呟く。
「2台ですか……すこし、まずいかもしれません」
その理由は、すこし考えればわかることだった。1台ならば、1回激突をかわしきれば今のように置き去りにして逃げ切ることができる。だが、もう1台いる場合はそれをかわすだけでスピードのロスを生まずにこちらに追いついてくる。そしてそれをかわすためにこちらはまたロスを強いられ、その頃には置き去りにしたはずの1台が追いついてくる……というわけだ。なるほど、いまの山狗の指揮官は切れ者でこそないが確かに抜け目ない。2台を同時にかからせたりせずに、着実にこちらを追いつめる策をとっている。
「くっ!」
この車にはパワーこそあるが、下り坂ではワゴンがその軽さを武器にして加速で追いついてくるのはやむを得ない。隣に並んだワゴンに対して、葛西さんは慎重に距離をはかりながらブレーキを踏み込んだ!
巨大な高級車が斜めに地面を滑走し、やや遅れてブレーキランプを灯したワゴンの後塵を浴びるが、そこですかさずカウンターを当ててイン側から次のカーブの入り口へと飛び込む!
切り返しで失速したワゴンが前をふさごうとするが、間に合わない。後部に軽い衝撃があったが、この車はその程度では揺るがなかった。むしろワゴンのほうが大きくはね返ってふらついている。
脱出速度を稼いで前に出た葛西さんはそのままフルスロットルで駆け抜けようとしたが鷹野さんが鋭い声をあげる。
「……いけない、前に来てるわ!」
「む……!」
カーブの出口の先が露わになると同時に、その先の直線を塞ぐように別のワゴン車が停められていた。おそらく、電話線の工作部隊を急遽こちらに向かわせたのだろう。
急加速から、急制動。その急激な転換に、車体が一瞬コントロールを失いなすすべもなく窓の外の視界が回転する。
横からのGに耐えながら必死で見れば、最初の1台がこちらめがけて突っ込んでくるところだった。
「……フッ!」
絶妙のタイミングで葛西さんが小さくカウンターを当て、車はスピン状態から脱するが、完全に逆を向いてしまっていた。……正面衝突する!
俺たちは思わず歯を食いしばったが、葛西さんはここでも神業と思えるようなステアリングとアクセルワークで車を山側の壁ぎりぎりまで寄せてワゴンの鼻先をかすめ、さきほどのカーブへと飛び込む。
「身体を丸めてください!」
葛西さんが吠える。
その理由はすぐにわかった。フロントガラスいっぱいに、2台目のワゴンが横向きに道を塞いでいたからだ。
それはまさに詰め将棋、もはや俺たちに逃げ場はない!
激しい方向転換。
「きゃあぁあ!?」
俺たちの乗った車は完全にコントロールを失い、ガードレールをぶち破って谷側の林の中へと突っ込んでいた。
衝撃、衝撃、衝撃。
車そのものが上下へ、左右へと跳ねる。
横倒しにならないのが不思議なくらいの揺れがおさまると同時にがつんと最後の大きな衝撃がきて、身体が前に投げ出される。どうにか頭をかばうのがせいいっぱいだった。
「……お怪我はありませんか、皆さん」
数秒後、落ち着いた声で葛西さんが口を開いた。
「うまく行きました。早くこの場を離れましょう」
……俺は間違っていたらしい。葛西さんはあの状況でも車をコントロールしていたのだ。あの場で停められていれば、銃を持った山狗に取り囲まれて命はなかった。だから、通り過ぎるときに地形を確認しておいたこの林の中へと突っ込んだのだ。頑丈さが取り柄の車とはいえ、並大抵の度胸で出来ることではなかった。
だいたい、この期に及んでもこの落ち着きぶり……この人、いったいどれだけの修羅場をくぐってきているんだよ……!?
感心するやら戦慄するやら、ともかく俺は鷹野さんと詩音に手を貸して車から脱出し、葛西さんはシートの下の隠しトランクからショットガンを取り出して俺たちを先導する。
富竹さんも、トランクを調べて発煙筒とライトを手に入れ、鷹野さんに手を貸すと落ち着いた足取りで歩き出した。
「は~、カーチェイスの次は山中を徒歩での逃走劇ですか……か弱い乙女には、ちょっとばかりハードな夜ですね」
詩音が冗談めかして言いながら手をつないでくる。
「まだまだ、長い夜になりそうだけどな」
俺は意外に小さなその手を握り返して、強がりの混じった笑みを返してやった。