意識が回復する。俺はどこかの会議室のような場所にいるようだった。靄のかかる脳から意識が落ちる直前までの思考を即座に読み出し、落ち着かない様子を装ってあたりを見回す。
「こ、ここは……」
全ての窓にかけられたカーテンの隙間から朝の光が射し込む室内、視界の隅に、パイプ椅子に座った作業着姿の男。
「ようやっとお目覚めかぃね」
髪を後ろで束ねた、精悍な顔立ちの中年だった。たぶんこの人が鷹野さんの副官、山狗を直接統括している隊長、小此木って人だろう。
「ひっ……ここはどこだよっ、俺をどうするんだっ!」
慌ててもがいてみせて、自分が両手を背中で縛られた状態で床に転がされていることを認識する。
「静かにせんね。坊主にはききたいことがあるんよ」
へたくそな雛見沢訛りでそう言いながら俺のそばに立つ。
「お、俺は何も知らない! 仲間とははぐれたんだ、本当だっ! 殺さないで、殺さっ、!?」
途端に、腹に靴のつま先が叩き込まれる。この人にすれば軽くこづいた程度の感覚なのだろうが、両手が動かなくて腹をかばうこともできない状態の俺には十分に重い衝撃で、身体をくの字に曲げて痛みに耐えることしかできなかった。
「……や、やめてくれよ、知ってることなら、話すからっ」
我ながら情けない声をあげて見上げると、小此木はにやりと笑みを向けてきた。
「下手な芝居はやめとけ。坊主は、そんなタマじゃない」
ドスの効いた声で言われ、びくりと身をすくませる。
「……こいつぁ勘だが、あの車に乗ってた連中を動かしてたんは坊主だろ? さっき目を見て確信したん……プロ相手に騙しきれるもんじゃないんね」
猛禽類を思わせるような顔で笑う。
……ちっ。この人はほかの山狗と格が違うってことか。
俺の外見や演技に騙されることなく、本質を見抜いてくる……口先で煙に巻くのが得意技の俺が、もっとも苦手とする相手かもしれない。
仕方ない……俺は表情を引き締めて、小此木を見上げた。
「……だったら、どうする気だよ」
「いやいや、坊主は久々に骨のある相手だったん。もう少し楽しみたいところだが、そうもいかん。クライアントが早くケリをつけろっちゅうてやっかぁしくてかなぁんね」
にやにやといたぶるような笑い方をしながら、作業着の腰に巻かれたホルスターから拳銃を抜き放つ。
「ケリをつけろ……か。梨花ちゃんの拉致を早める気か」
もう拳銃で撃たれるのはまっぴらごめんだが、こっちの手の内をわかっている相手には弱気を見せられない。
「Rは今、園崎家で匿われとぉん。一緒におるんはクラスメイトの子供が4名、老婆が1名。……これだけなら、山狗の一小隊でも楽に制圧できるんね」
その言い方でぴんと来た。
「……警官が張ってるんだな。園崎家前に」
小此木は銃を手の中で弄びながらいやらしく笑う。
「PC3台、警官が8名……祭の警備に来ていた連中がそのまま張り付いてん。やぁっぱ、坊主の指示か」
そう、俺が梨花ちゃんに指示したのは、大石さんへの協力要請と、前の世界のように警察を警護につけてもらうことだった。
前の世界では大石さんは結局たどりつけず、見張りについてくれていた私服警官たちもなすすべもなく山狗に打ち倒されたが、すくなくともこの布石は小此木に強引な着手を手控えさせるだけの効果はあったようだ。
山狗の本分は工作活動、表だって警察を敵に回すのは嫌うはずだと読んだから、この手を打ったのだ。
「そこでだ、坊主。取引の余地はないか」
小此木は急に下手な訛りをひっこめた。
「取引……?」
「簡単なことだ、富竹と鷹野の行き先を教えればいい。こっちとしちゃ、あの二人に予定通りの始末さえつけりゃあ無理にR……、古手梨花を殺す必要はない。5年目の祟りは祭具殿に侵入した二人だった……ってことで警察も東京も納得してくれるからな」
思わず鼻で笑ってしまった。
レナたちとの交渉決裂ですでに俺はあの二人を見捨てないと決めていたし、梨花ちゃんを殺さずにすませるというのも嘘っぱちだ。ここまで周到な計画を用意した以上、梨花ちゃんを殺し雛見沢を抹殺しなければ収まらない勢力は確実に存在する。彼らを納得させる材料としては、いま小此木が口にした内容ではあまりにも弱すぎる。
保身を理由に嘘をついたのは及第点をつけてやってもいいが、暴力はともかく口先の詐術ではこのオッサンは俺の足元にも及ばないのは明白だ。
「そんな取引はお断りだ。まだあんたたちが捕まえたのは俺だけだろ? とっとと自覚しろ、オッサン」
ぎらりと睨みつけてやる。
「あんたはいま、俺に追い込まれてるんだ……!」
縛られて床に転がった俺と、拳銃を手に見下ろす小此木。
この構図を見れば誰だって、俺が敗者で、小此木が勝者に見えるだろう。
でも、違う。いま勝利を目前にしているのは俺のほうで、小此木に奪えるのはもはや俺一人の命がせいぜいなのだ。
「……はっ。後悔するな、坊主」
小此木は机の上にあった電話機に手を伸ばすと、内線番号をダイヤルして短く「全班突入用意」と告げた。そして嫌な笑い方をしてみせる。
「あいにく、ハッタリじゃあねぇぞ。まだ早朝だからな、R以外には射殺の許可も出している……お前も含めてな」
受話器を握ったまま片手で俺に銃を向け、ろくに狙わずに引き金を引いた。
かんしゃく玉のような軽い音が弾けて、身体が跳ねる。
「ぐッ……!」
必死で悲鳴をこらえる。……熱い。
足のどこかを銃弾にえぐられたようだったが、致命傷にはほど遠い。ここで意志が折れるようでは、話にならない!
「ほぉ……近頃のガキにしちゃあ、根性があるな。何発耐えられるか、賭けでもしてみるか?」
「はッ……、そんなもん、賭けにもならねぇ!」
小此木が俺の胸に銃口を向ける。
「その銃の全弾を撃ち尽くしたって、俺の意志は砕けやしねぇからだ……っ!」
「よく言っ……!?」
建物のどこかで、なにかが壊れる音。
ガラスの破砕音やドアをぶち破る音、どたどたと廊下を走る音、それに……次々と人の身体が床に倒れ落ちる音!
小此木は受話器を持ち直し、怒鳴った。
「どうした、何事だっ!」
受話器の向こうの誰かが答える前に、この部屋のドアが打ち破られた。吹き飛んだドアが、俺の眼前数センチのところに落ちて、風圧で前髪がはね上がる。
「……まさか、だろ」
ドアのあった空間、その薄闇の向こうから、悠然と踏み出してきたのは……、白いワンピースに身を包み、鉈を手にした竜宮レナ。
「遅くなってごめんね、圭一くん」
「レナ……!?」
この意外な登場に、驚いたのは俺もだった。
「……でもひどいよ、圭一くん。こんな楽しいお祭りに、レナたちを仲間はずれにするなんて」