「衝撃のォ……、鬼隠しッッ!!」
助走しつつ身体にひねりを加えての跳躍。
回転の勢いをそのまま乗せた鉄拳を、裏路地の入口に積み上げられたビール箱、その最上段へと叩きこむ。
「!?……うおおわっ!?」
頭上から吹き飛んだ箱ごとビール瓶が無数に降り注ぎ、詩音を取り囲んでいた不良たちが慌てふためく。
「こっちだッ!」
その間に連中の間をすり抜けて詩音の手を素早く掴み、裏路地から引っ張り出す。
「て、てめぇえっ!」
響き渡る怒号、だが俺は慌てない。
こっちを本気で殺しにくる山狗と比べれば、微塵も怖くなどなかった。
「撃滅の綿流しッ!」
奴らが体勢を立て直す前に、残りのビール箱にヤクザキックを叩き込んで倒し、路地の裏口を塞ぐ。
あたりに響く破壊音は、余計に連中を浮き足立たせた。
その機に乗じて息もつかせずダメ押しを敢行する。
「抹殺の……、祟殺しぃッ!!」
足元に最後に残ったビール箱を両手で持ち上げ、立ち上がりかけた連中の真ん中に投げ込む。
「ぷぎゃぁあッ!?」
リーダー格らしいヤツの顔面に箱が直撃してぶっ倒れる。
「いまだ、逃げるぞっ!」
詩音の手を引っ張り、その場を全速力で逃げ出した。
「あ、は、はい……」
俺たちはしばらく走って通りに面した児童公園に逃げ込み、ようやく息をついた。
「ふぅ、はぁ、はっ、……大丈夫か?」
「はぁ、はぁ、はぁ……え、ええ。でも、いきなりあれは、ちょっと乱暴じゃないですか?」
詩音は乱れた髪を手櫛で整えながら文句を言う。
「乱暴ったって、ああいう奴らには理屈が通じないだろ」
「そうですけど、危うく私にも瓶が当たるとこでしたよ」
口を尖らせた詩音に指摘されて、ようやくその可能性に思い至った自分が可愛い。いや、可愛くないか。
「……でもまぁ、ありがとうございました」
やっと詩音が笑顔になる。
「あいつら、ちょ~っと私がムシャクシャして腹いせに助走つけた跳び蹴りでバイクを3台とも蹴倒したくらいで因縁つけて絡んできたんですよ。酷いと思いません?」
……うんうん、それは多分、詩音が一方的に悪いぞ。
「ムシャクシャって……どうしたんだ?」
すこし呆れながら尋ねる。
「どうしたもなにもないです、まったくお姉ときたら、くっだらない相談事で電話してきたと思ったら2時間ですよ2時間! 園崎の次期頭首様が、北条の息子に恋患いって、あんたはどちらのジュリエット様ですかってーの!」
ぶーぶーと鬱憤をぶちまけてから、はっとして俺を見る。
「……とと、ひょっとしてあなた、雛見沢分校に最近転校してきたっていう、『圭ちゃん』だったりします?」
「へ?……あ、ああ、そうだけど」
まるで初対面のような……あ。
そういえば、この世界では詩音とは初対面だっけ。
「あ、やっぱり。聞いてた期待のニューフェイスとイメージがぴったりだったから……ごめんなさい、私魅音じゃないんですよ。双子の妹で、園崎詩音っていいます。お姉だと思って助けてくれたんなら、悪かったですね☆」
いや、別に……髪型で最初から詩音だと思ってたし。
と言うわけにもいかなくて、曖昧に頷き返す。
「ま、助け方にちょっと問題はありますけど……正直すこし怖かったんで、……うん。助かりました」
取り囲まれていたときの心細そうな顔は普段の詩音とはかけ離れていたから、それは嘘じゃないだろう。
不安から解放されて安堵した笑顔を見せる詩音がなんとなく可愛く思えて、俺は詩音の頭を撫でてやった。
「ひゃ!?……ちょ、いきなり、なにを……」
抗議の声をあげながらも、詩音は俺の手を振り払ったりはしなかった。
借りてきた猫のようにおとなしくなり、すこし照れくさそうに視線を彷徨わせるその様子は、悟史に撫でられるときの沙都子の表情にどこか似ている気がした。
「えっと、改めて自己紹介したほうがいいかな。俺は前原圭一。よろしくな」
「は、はい……よろしくです」
すこし潤んだような目をして上目遣いで見上げてくる詩音だった。
さすがの詩音でも、あの状況はやっぱり泣くほど怖かったんだな。よしよし。
「……あ、ぅ……」
どちらかといえば大胆不敵でしたたかなイメージのあった詩音の意外な一面を見た気がする。
「まだあいつらうろついてるかもしれないし、家まで送るよ。どこか寄っていくところあるか?」
「ぁ、はい……夕飯の、お買い物に」
それから詩音の買い物に付き合いマンションの入り口まで荷物を運んでやって別れた。
……それがこの世界での、俺と詩音の出会いだった。
もう知ってる相手と初対面ってのは、これでいろいろ気を遣うもんだな。
世界をやり直すたびにそれを繰り返している梨花ちゃんを尊敬しちまうぜ。
なんて思っていたら、
「圭ちゃ~ん、あんたいったい詩音に何をしたわけ!?」
翌日の学校で魅音に責める口調でそんなことを言われた。
何をしたって言われても、心当たりがまったくない。
「は? 何って……ただ、変なのに絡まれてたから、割り込んだだけだけど」
「それでどうして、おじさんが延々2時間もくっだらない長電話に付き合わされなきゃいけないのさ! な~にが『お姉、私、もぅだめだ。ばかになっちゃった』よ、詩音がばかなのはもとからだってーの!」
なにか詩音からも似たような話を聞いたような聞かないような……う~ん、気のせいかな?
しっかし、相変わらず仲がいいのか悪いのかわからん姉妹だ。
世界が変わっても基本設定は変わらないのか。
「悟史や圭一が自覚なしにフラグを立ててばかりいるのもきっと基本設定なのですよ、にぱ~☆」
梨花ちゃんは意味不明の笑顔を見せるのだった。
「フラグってなんのことだ?」
「むぅ……僕にもさっぱり」
名指しされた悟史と俺は顔を見合わせて首をかしげ、レナと魅音とついでに沙都子がさもありなんと頷いているという、妙な構図ができあがっていた。
これが男女の認識の差ってやつだろうか?
「……それにしても、姉妹の位置関係が逆になるっていうのは面白いわね。むしろ、圭一の立ち位置に悟史が入り込んでるっていうのが正解かしら……?」
梨花ちゃんが低い声でぼそぼそと呟いたが、聞き取れはしても意味まではよくわからなかった。
たぶん見えない羽入と会話しているんだろうと判断して、放っておく。
「でも、魅音の双子の妹か……どんな子なんだろうね?」
穏やかに笑う悟史の笑顔に、俺はわずかに疑問を抱いた。
……詩音と悟史は、まだ知り合っていないのか?