「……信じられない」
梨花ちゃんの視線が絶対零度の冷凍光線となって俺に突き刺さるのは、いかんともしがたい事実だった。
「嫌ですねぇ~、梨花ちゃま。そんなに邪険にしないでくださいよぅ。圭ちゃんと私は一心同体なんですから」
にこやかな笑顔でそう返すのは、俺の腕に自分の両腕を絡めた詩音だ。
いまは放課後、部活を終えた俺は梨花ちゃんと待ち合わせて間宮リナの死体の確認に向かう予定でいた。
……だがしかし、昨日付き合い始めたばかりの詩音がそれを黙って見過ごすわけもない。
少なからず俺と梨花ちゃんのことを疑ってもいたわけだから、こうなるのは当たり前といえば当たり前の話ではあったのだ。
秘密の用件に彼女連れで現れた俺に梨花ちゃんが幻滅の表情を向けるのは無理がないくらいに、詩音が嘘の下手な俺をこっそりと尾行してこの場に現れた行動もまた必然的なものだったわけだ。
と考えていたら、梨花ちゃんが俺の顔からなにを読みとったのか深々と溜息をつく。
「……まぁ、圭一だから仕方ないです。どうせこうなった以上は、詩ぃやみんなも巻き込まれるでしょうから」
「???……いったいなんのことです?」
わけがわからないという顔をする詩音。
俺と梨花ちゃんの態度から、詩音が心配していたような種類の密会ではないことは納得してくれたらしいが、当然のごとく話についてくることができずに困惑していた。
「すぐにわかるのです、詩ぃ。……こっちなのです」
梨花ちゃんが俺たちの先に立って、ひょいひょいと足場を渡っていく。
そう、ここはダム現場。
ゴミの山の上を歩いた経験など、レナとの宝探し以外ではもちろんない。
それは詩音にとっても同じなようで、二人して転ばないためにやむなく俺の腕を解放してくれた。
俺たちはふらつきながらも梨花ちゃんの小さな背中を追いかけ、いくつものゴミ山を越えてようやくその場所にたどり着いた。
梨花ちゃんの足元には、ゴミに埋もれかかった壊れた冷蔵庫。
俺たちに目で合図をすると、しゃがみこんで両手でその扉に手をかける。
……ごくり、我知らず喉が鳴るのがわかった。
この小さな冷蔵庫に人ひとりが押し込めるとはとても思えない。
だとすれば……『ソレ』は、切り刻まれ、小さく畳まれてそこに存在するに違いない。
事情を知らない詩音でさえ、その場の空気を読んだのか俺の手を手探りで掴んできゅっと握りしめた。
……扉が、開く。
そしてその開かれた先の空間には……、
「……み?」
何も、なかった。
「な、なんですかもう。脅かしっこなしですよ」
明らかに安堵したとわかる声で詩音が苦笑する。
「私ゃてっきり、バラバラ死体でも出てくるのかと……」
その軽口がまさか正解だとは詩音も思っていなかっただろうが、これはいったいどういうことだろう。
確かにこの情報は羽入がもたらしたことであり、梨花ちゃんがその目で確認したことではないからこういう結果もあり得るのかもしれないが、100%その情報を信じきっていた俺にとっては意外と言ってもよかった。
「……圭一、これを見るのです」
一度は自分でも驚いた表情を見せた梨花ちゃんだったが、じっとからっぽの庫内を見つめて俺を手招きする。
「どうした……、ッ!」
梨花ちゃんに言われるまま隣にしゃがみこんでその指の先を見つめた俺は、息を呑むしかなかった。
「え、えっ? な、なになに、なんなんですか、もう!」
怯えた表情を見せながらも、一人だけ仲間はずれは嫌なのか詩音は慌てて怖いのが半分興味が半分という微妙な表情で俺たちの背後で身をかがめ、それを覗き込む。
「……え?」
梨花ちゃんの指先が、扉の裏側に残された赤茶けた線をなぞる。
指の動いた跡は、綺麗に白くなっていく。
これは……、つまり。
「これって……、血の跡、ですか?」
真っ青な顔でそう漏らす詩音。
実際に家庭で使われている冷蔵庫ならまだわかる。
生肉のパックから漏れた血が庫内についても不思議はない。
だけどゴミとして不法投棄された冷蔵庫に、乾ききっていない血の跡が残されている理由などほかに思いつかない。
「……暗かったからか、ここだけ拭き残したみたいです。もう、『移動』したあとのようなのです……」
なにを移動したかって?……決まっている。
「ちょっと、二人とも。なんなんですか?……私、自慢じゃないけどそういう話は苦手なんですから。これがたちの悪い冗談だっていうなら、勘弁ですよ!?」
本当に苦手なのだろう、心なしか泣きそうになっている詩音に二人で事情を説明する。
「あのレナさんが、ですか……?」
詩音は半信半疑という顔だった。
確かに、まだ付き合いが浅いとはいえあのレナと殺人という事実が結びつかないのは無理もない。
目の前で小さな女の子みたいに自分の身体を抱いて不安そうな様子を隠せずにいる詩音と、梨花ちゃんの語る拷問狂の詩音とがまったく重ならないのと同じことだ。
「今回のレナはボクが知っているより、死体を消すタイミングが一手早いのです。圭一……これが何を意味するか、わかりますか?」
梨花ちゃんが俺に問いかける。
残念なことに、わかってしまう。
……昨日、レナが誰と一緒にいたかを考えれば、明白すぎる理屈だ。
「魅音と悟史が……協力した可能性があるってことか」
「ちょっ……お姉がっ!?」
自分の姉が殺人や死体遺棄に関与した可能性を言及されて、詩音が冷静でいられるわけがなかった。
「みぃ……ほかに考えられませんのです。詩ぃは知っていますですか? 園崎家の地下祭具殿にある古井戸を」
「……聞いたことは、あります。園崎家にとって都合の悪い死体を、捨ててしまう隠し井戸だって……」
気分の悪そうな顔色で答える詩音。
そんなものがあるとすれば、……魅音がその気になれば、死体を行方不明にするなんて朝飯前だ。
個人の屋敷の地下に隠された井戸の底は、警察だって知るわけがない。
レナが殺してバラバラにした死体を、魅音や悟史がバッグなんかに入れて手分けして園崎家に運べば……そこに『死体』はなくなって、『行方不明者』ができあがるだけだ。
「ありえない……とは言い切れないのが、悔しいです」
雛見沢の闇を背負ってきた園崎家の歴史を、詩音はよく知っているだけに否定できなかった。
「……待てよ……、昨日見つけたのは、間宮リナの死体だって言ってたよな……『一人分』だったのか?」
梨花ちゃんはすこし間を置いて頷き、小首を傾げた。
……俺の頭の芯が冷えていく。
同時に頭の回転が速くなっていく。
思考の歯車が、音を立ててまわり出す。
俺の中で組み上げられていく、残酷な結論。
この世界が、北条悟史が昭和58年6月に存在するこの夢のような世界の『組成』が、全て……わかってしまった。