甘かった。……俺はつくづく甘かった。
全てがわかった時点で、即座に動くべきだったのに……。
その明白な結論を信じたくないばかりに、一晩だけ考え直す時間が欲しいと二人に告げ、徹夜で別の可能性を模索し、そのどれもがあり得ないとようやくわかって……いくつか手を打っただけで、いつもの待ち合わせ場所に現れないレナや魅音を待たずに学校へ向かい、その事実を知った。
「……梨花ちゃんが、来なかったって?」
いつもは梨花ちゃんと一緒に登校してくる北条兄妹からそれを聞き、自分の顔が険しくなるのを抑えきれなかった。
「うん。……どうしたんだろうね?」
「そういえば、レナさんと魅音さんもいらっしゃいませんわね? どうなさいましたの?」
沙都子が不思議そうに首を傾げるのを見て、俺は必死に涙が出そうになるのををこらえなくてはいけなかった。
「ふ、ふわ!? い、いきなり、なんですの!?」
不意打ちで俺に撫でられた沙都子が、驚愕とも抗議ともつかない叫びをあげる。
俺は何も知らない沙都子に小さく微笑んでみせてから、ゆっくりと席を立った。
「悟史……、ちょっと、来てくれ」
「え、うん……いいよ」
悟史を連れて、教室を出る。
そのまま靴を履き替えて学校を出るが、悟史は疑問の声もあげずに俺についてきてくれた。
授業は始まってしまうだろうが、今から始まる茶番劇に必要なキャストはきっと……これから行く場所に、全部揃うはずだった。
「お前に聞きたい、いや……確認したいことがある」
昨日、詩音や梨花ちゃんと一緒にきたゴミ山の前で、俺は足を止めてそう切り出した。
「……うん。何かな」
悟史はわかっているのだろう、俺が全てに気づいていることも。
あのときと同じように微笑んで、先を促した。
「去年の綿流しの夜に、お前や沙都子の叔母を殺したのは……悟史、お前だろ?」
悟史はその問いに答えず、俺をじっと見つめていた。
……まぁいい、答える必要なんかないさ。
否定しないのが、なによりの証拠になることだってある。
「多分……そのことに魅音とレナは気づいた。そして、お前のしたことを許し、匿うことを約束したはずだ」
そう告げると、さすがに顔を歪める。
「むぅ……そこまでわかっちゃうなんて、圭一は凄いね」
「わかるさ。……俺だってきっと、そのときその場にいたらそうするだろうからな。終わっちまったことを断罪しても仕方ない、仲間を守りたい……それが間違っているとわかっても、絶対にそうしたと思う」
人殺しを容認するなんて許されることじゃない。
それでもきっと、そうしてしまう。
法律も警察も、世界を全部敵に回しても、大事な仲間の味方になってやりたいから。
「でも、そこで止めておけばまだよかったんだ……。『オヤシロさまの祟り』なんてものを利用したりしなければ、それ以上の罪は犯さなくて済んだ」
「!」
今度こそ、悟史は動揺した顔を見せた。
「……北条鉄平。叔父を殺して死体を園崎家の古井戸に捨て、『鬼隠し』を演出することを、思いついちまった」
村で嫌われていた叔父と叔母が4年目の祟りに選ばれるなら、それは誰もが納得する『オヤシロさまの祟り』になる。
鉄平はいなくなっても誰も不審に思わないが、村の皆は気づかなくても、鉄平の所在が掴めなくなったことに気づく者たち……。
警察や、園崎の重鎮たちや、……たぶん、入江機関もその意味に気づき、勝手に偽装工作をしてくれる。
仲間を信じたことで悟史の疑心暗鬼の症状は限界寸前で抑えこまれ、おそらくその事件の前もレナたちが追いつめられた悟史を心配して一緒にいたせいで、悟史は詩音に出会う機会もないままだった。
……そうして至ったのが、この昭和58年6月。
たぶん前の世界のレナや詩音と同じように、どこかの世界の後悔だけを『夢』という形で受け継いでいた魅音とレナがその場にいたからこそ起きてしまった悲しすぎる結末。
「あとは、簡単だ……間宮リナがレナの親父さんを、別の男と組んでの美人局か、ただの結婚詐欺かは知らないがカモにして、レナはそれを『仲間に相談した』…… 去年のことがあるから、悟史も魅音も躊躇いなく共犯者になった。また殺してしまえばいい、隠してしまえばいい。今年の綿流しの夜に誰かが死ねば、それはまた『オヤシロさまの祟り』になるんだからな!」
その安易な選択が、仲間に頼りながらも過ちを繰り返してしまった意志の軽さが、この世界を招いてしまった。
……俺が一番許せないのは、そこだ。
困難が目の前に現れるたびに、仲間たちを巻き込んでそれを排除して……そんなやり方で、その先に望んだ未来なんてあるはずないんだ!
「今度は誰を殺すつもりだよ?……ここまで真相に近づいた俺か? 死体を見つけた梨花ちゃんか? たまたま話を聞いてしまった詩音か?」
梨花ちゃんの所在がわからないのは、ヤバい。
綿流しの夜に誰かが死ななくては、悟史たちの『祟り』は完成しない。
その点を悩んでいた悟史たちの誰かが、この場所を考えればレナあたりが、昨日の俺たちの行動に気づいたのだろう。
それが仲間であることに苦悩しながらも、知りすぎた者を生かしておけるだろうか……おそらくは疑心暗鬼に陥っているであろうレナや悟史が!
「……あははは、さすが圭一くんだね」
俺の背後、壊れたワゴン車の上に鉈を手にした人影が現れて足元に影が落ちる。
「圭ちゃん、ちょっと喋りすぎだね」
横から声をかけてきた別の人影は、ポニーテールだった。
レナや魅音が朝から姿を見せなかったのは、このためだ。
俺が異常事態に気づいてどんな行動をとろうとも、ひと気のない場所に追い込んで始末するため。
「圭一には悪いけど、もう、止められないんだ……僕たちは、レナを助けてみせる……!」
目の前で悟史が、鉄パイプをゆっくりとした仕草で拾い上げる。
だが俺は慌てることなく、廃材の間にあらかじめ隠してあった金属バットを引き抜いて構えた。
「……悪いなってのはこっちの台詞だぜ、悟史……俺が、なんの準備もせずにここに来たとでも思ってるのか?」
「あはは、圭一は凄いなぁ……でも、3対1じゃどうやっても勝てないよね?」
悟史も鉄パイプを構え、間合いをわずかに詰めてきた。
「あぁ、勝てねぇよ……」
俺は頷き、金属バットを振りかざして踏み込んだ。
「させないよッ!」
レナが跳躍する。俺が悟史への攻撃を完遂する前に、その鉈は一瞬後には俺の背中へと吸い込まれるに違いない。
「……3対1だったらな!」
背後で青白い閃光が舞った。
「ッ!?」
悟史がはっと目を見開き、その一瞬を俺は見逃さなかった。
「もう一度言うぜ……悪いな、悟史ッ!」
「……うっ!」
間合いを詰めて、俺は金属バットを振り下ろしていた。