暗黒生命体調査計画   作:彼岸花ノ丘

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異常形質

「が、あ、ぐぎ……!?」

 

 顔面を覆う、人型の大きな手がナオミの頭部を締め上げる。

 頭を握り潰すほどの強さではない。だが決して逃がすつもりがないと理解出来る程度には強い。

 駄目元で身体を捩るも、やはり人型の手の力は緩まない。力いっぱい腕部を殴ってもみたが、例えるなら木の柱を子供の力で叩いた時のような、有機的ながら絶対的頑強さを感じるだけ。腹を蹴っても、顔面を殴っても、人型の身体は揺らぎもしなかった。

 

【キュロロロロロ……】

 

 ナオミを捕まえた人型は、そんなナオミの反撃に怒り狂う事もない。淡々とした鳴き声を出す程度で、手の力を不用意に強める事さえしてこない。

 大きな力の差があるからこその余裕だ。

 

「(くそっ! なんでこんなに力が強いのよ!?)」

 

 何故ここまで力が強いのか。確かに人型はナオミよりも体格に優れるが、ここまで抵抗出来ないほどの差ではない筈。何か能力やインチキをしているのでは。

 考えを巡らせ、触角で情報を掻き集めてみるが……ヒントになりそうなものは検知出来ず。

 否、気になるもの自体はある。

 人型がゆったりともたげた尾だ。細長く伸びたそれは、先端部分が左右にぱくりと開く。中から露出したのは硬質化した突起物であり、先端は鋭く、何かに突き刺せるような構造をしていた。

 目の当たりにした途端、ナオミは猛烈な不快感に見舞わせる。

 おかしいと理性では思う。確かに鋭利なそれは十分な攻撃能力を持ち、刺されば有毒な異次元物質を注入してくるかも知れない。だが暗黒生命体からすれば、刺突は非効率な攻撃だ。細胞一つでも活動出来る暗黒生命体にとって、身体を貫通する攻撃はあまり脅威ではない。仮にこの棘で脳を貫かれても、ナオミは思考力の低下すら起こさないだろう。毒があれば危険だが、実際にやられた訳でもないのに不快感を覚えるのは奇妙。

 しかしいくら理屈で考えても、本能的な部分で人型を避けようとしている事実は変わらない。数学で思考する暗黒生命体の細胞が感情的な判断をする訳がないので、バイオロイドの脳が細胞からの信号を『不快感』に変換しているのだろうが、一体何を感じ取っているのか。

 兎に角直撃だけは避けねばと、思考を切り替える。逃げる手立てがない以上、繰り出された攻撃を防ぐしかない。打ち込もうとしてきた尾を、白羽取りのように受け止めるのが一番成功率が高いか――――出来るとは思えないがそれしかないならとナオミは全力で尻尾の動きを注視して、

 

【ギシャアアアッ!】

 

 あまりに集中し過ぎて、自分達に接近してくる暗黒生命体に気付かなかった。

 それは魚のような姿をした暗黒生命体だった。魚といっても流線型のフォルムと、尾ビレや背ビレがそのように見えるというだけ。身体は甲殻に覆われ、頭部は左右に開く大顎が半分以上を占めている。目は左右に六つずつあり、いずれも節足動物的な単眼だ。

 魚のような形態の節足動物、というのが正確な表現だろうか。イモムシ型と近縁かは分からないが、甲殻やヒレ(恐らく翅が変化したもの)の付き方からして然程遠縁ではあるまい。体長は三メートル以上あり、動きは極めて力強い。

 そんな魚型暗黒生命体の大顎は、内側にびっしりと鋭い歯を生やしていた。間違いなく肉食性、生粋の捕食者だ。

 咆哮……実際には鳴き声ではなく、攻撃能力を高めるため全身の細胞を活性化させた際に放出される、余剰エネルギーの波形だろう……が聞こえるまで存在を認識出来ず、接近を許してしまった。だがナオミは決して慌てない。暗黒生命体化の進行により思考が数学的になった事もあるが、それ以上に魚型が脅威ではないと判断出来たからだ。

 魚型が狙っていたのは、ナオミではなく人型の方である。

 

「(よしっ! このままコイツを食い殺してくれれば……!)」

 

 敵を倒すのに、わざわざ自分の手に拘る必要はない。この魚型が手を下してくれればそれで十分。

 しかし安堵は出来ない。ナオミが人型の立場なら、今掴んでいるナオミを盾や武器代わりにするぐらいの事は考える。武器なら兎も角、盾となれば魚型の捕食行為をもろに受けかねない。

 魚型の方も、別に人型を食べたくて仕方ない訳ではないだろう。食べられればどちらでも良くて、単により質量(栄養)があるから人型を狙った筈だ。味方だなんて甘い考えを抱けば、痛い目では済まない。

 攻撃の瞬間に身体を捻り、どうにか人型に攻撃を当てさせるしかないか。対処法を幾つか考えるナオミだったが、それらの案は全て無駄に終わる。

 人型は軽く投げるように、ナオミを手放したのだから。

 

「……………え?」

 

 全く予想していなかった行動。ナオミの思考は止まり、呆けたように人型と魚型を見てしまう。

 魚型にとっても『想定外』だったのか。身体の動きがほんの僅かに硬直したのをナオミの目は見逃さなかった。ナオミよりも遥かに短い時間で元の動きを取り戻したが、止まっていた時間があるのは事実。

 止まらなかったのは、自身の行動に一切翻弄されなかった人型のみ。

 

【キュロォオッ!】

 

 故に、ナオミを手放すという余計な一動作を挟んでなお、人型は誰よりも早く動く。

 奇襲されたにも拘らず、先手を決めたのは人型。大きく振りかぶった拳が、魚型の胴体側面を殴り飛ばした!

 

「(なんて速さ……!)」

 

 ただ驚かせただけでは生粋の暗黒生命体より先手を取るなど出来ない。真に驚くべきは繰り出した拳の速さの方だろう。

 だが魚型もこの程度ではやられない。

 殴り飛ばされた勢いを利用するように身体をぐるんと横回転させ、尾ビレの打撃を人型に食らわせた。こちらも凄まじい勢いで、ナオミがあんなものを喰らった時には、死にはせずともしばらく行動不能となる程度には負傷するだろう。

 人型はこの強烈な打撃を、胴体部分でもろに受けた。

 だが怯むどころか間髪入れず、人型は蹴りで反撃を行う。余程強力だったのか、魚型は大きく蹴り飛ばされ、体勢を立て直すのに苦労するかの如く胸ビレをバタバタと動かす。

 その隙に人型は魚型との距離を詰め、がっちりと胴体に組み付く。魚型は身体を左右に振って人型から逃れようとしているが、人型は危うい様子もないまま張り付く。

 

【キュロオオ! キュロロロ!】

 

 あまつさえ片腕で、何度も魚型の身体を殴り始めた。

 つまり人型は四肢どころか、片手と両足だけで魚型の動きに対抗している事になる。

 打撃も決して弱いものではない。何度も殴られた魚型の甲殻から、僅かにだが欠片が飛び散っていく。欠片が生じるという事は、本体を守る甲殻が破損しているという事。魚型は更に激しく暴れるが、それでも人型は離れない。

 驚くべき光景だ。

 人型と魚型では、魚型の方が圧倒的に大きい。よって本来ならば魚型の方が圧倒的にパワーもスピードも勝るという事。魚型も体格差などの情報から、確実に勝てると見込んで挑んできた筈である。ところがここまでの戦いは、今のところは人型が優勢を保っている。

 魚型が生産者なら、まだ理解出来なくもない。周りからエネルギーを吸って生きる生産者は他種と戦う必要がなく、戦闘向きの身体や能力を持ち合わせていない。むしろそんな『無駄』な力にエネルギーを割いたら生産者同士の競争に負けてしまう。だからいくら体格差があっても、戦闘向きの捕食者相手だと一方的にやられてしまう事もあり得る。

 しかし魚型は顎の構造を見る限り、捕食者として進化してきた生物だ。数多の獲物と戦い、捕食してきた強者。手足の有無だの知能だのでひっくり返せる実力ではない。その程度でひっくり返せるなら魚型はとうの昔に絶滅している。

 人型が優勢を保つなど、奇妙を通り越して異常事態だ。

 

【ギ、ギギシャアアッ!】

 

 とはいえ魚型もただやられ続けていた訳ではない。

 一際強く鳴くのと同時に、全身から『光』を放つ。実際には光のように見えるだけの別種のエネルギーであるが。その証拠とばかりに、光を浴びた人型は爆発でも受けたかのように吹き飛ばされる。

 

【シャアッ!】

 

 更に追撃とばかりに、魚型は口からビームのようなものを発射。光に吹き飛ばされて体勢が崩れていた人型は、顔面にその攻撃を受けてしまう。

 そして追撃の続きとして、魚型は二発目のビームを人型の胸部に打ち込む。人型はくの字に身体を曲げるだけでなく、胸部から僅かに甲殻の破片が待った。

 一瞬にして形勢逆転。先程は不意を突かれ拘束されてしまったが、そこから逆転出来るのはやはり地力で上回っているからか。思った以上の強敵ではあっても、人型の力は魚型を上回るほどではないのだろう。

 だが、魚型はさっと身を翻す。

 そしてそのまま、遠くに泳ぎ去ってしまった。人型はしばし警戒を続けていたが、魚型が戻ってくる様子はない。巨体に見合った凄まじい速さで、遥か彼方まで行ってしまう。

 おかしな行動ではない。人型は魚型に対し、それなりの打撃を与えた。総合的には魚型の方が上に思えるが、そこまで実力が拮抗していると倒すのにかなりのエネルギーと時間を使うだろう。時間が掛かれば、魚型に奇襲されたナオミと人型のように、今度は魚型が天敵の奇襲を受けるかも知れない。

 そこまでのリスクを冒してまで、人型を食べたい訳ではないのだろう。ならばさっさと逃げて、もっと安全な獲物を襲う方が良いに決まっている。

 例えば――――まだ近くにいるナオミとか。

 

「っ!?」

 

 遠くに離れたと思った魚型は、大きな旋回軌道を描いて戻ってきた。

 隙を作るため、ではない。長い助走を経て、最高速度まで加速するための遠回りだ。ナオミは勿論、人型の飛行速度よりも数倍速い。

 この速さから逃げ切るのは不可能。おまけに人型と魚型の戦いが撒き散らすエネルギーを求めてきたのか、周囲にはイモムシ型などの小型種が無数に集まっている。十一次元の全てを埋め尽くすほどの大群が集結し、壁のようにそびえた。小型種程度ならば体当たりで吹き飛ばせるが、それは一体二体の話。壁になるほどの大群を突破するのは困難だ。

 回避も魚型が速過ぎてほぼ不可能。なら防ぐしかないと、ナオミは防御の体勢を取る。あんな速さの突進を受ければ即死(厳密にはバラバラになっても細胞単位では死なないので活動停止と言うべきか)する可能性があるが、出来もしない回避をするよりは幾分マシだ。

 ナオミは全力で防御を固め、魚型は全力で突っ込む。

 

【キュロオオオオオオオオオ!】

 

 そんなナオミと魚型の間に割って入ったのが、人型であった。

 人型は猛々しい咆哮と共に拳を放つ。何もなければ、魚型にとっては回避出来る攻撃だったかも知れない。だが、割り込んでまで攻撃してくるというのは全くの予想外だったのだろう。

 魚型は突進する勢いのまま、人型の拳を顔面で受ける事になった。

 人型のパワーと魚型のスピードが合わさった、痛烈な衝突。その威力は凄まじく、ぶつかり合いで放出されたエネルギーは離れた位置にいたナオミの身体をも突き飛ばす。小型種達はこれもエネルギーとして吸収していたが、次々と産卵を始めた事から得られたエネルギー量の膨大さが窺い知れた。

 顔面から攻撃を受けた魚型は、大きく身体を仰け反らせる。捕食者にとって大切な口器が破損し、甲殻の破片が飛び散った。それら破片は小型種……ただし捕食性の種。ハチや鳥のような見た目をしている……が掴み、素早く持ち去っていく。

 人型も無傷ではない。殴り付けた腕はひしゃげ、こちらは甲殻だけでなく血肉も撒き散らす。ダメージ自体は魚型より小さく、暗黒生命体の細胞ならば再生も容易いが、決して無視出来る大きさの傷ではない。

 あそこで人型が割り込む、合理的理由があったとは思えない。上手くいく可能性が高いとはいえ、失敗すれば最悪魚型の一撃で致命傷を追う事もあり得る。

 ――――だとすると、わざわざ助けてくれたのか?

 バイオロイドの理性が、その可能性を僅かに考慮する。

 

【キュロォ!】

 

 考慮しつつも油断はしなかったので、人型が放ってきた尻尾の攻撃を辛うじて躱せた。人型は鋭く尖った尾の先端を、ナオミの腹目掛けて打ち出してきたのだ。

 距離があったお陰で身を捩って回避出来たが、あと少し近ければ突き刺さっていただろう。無論、油断なんてしていたら為す術もなくやられている。やはり人型はナオミへの攻撃を止めていない。

 だが魚型に食われる事も望んでいないらしい。一体奴は何を望んでいるのか、もうさっぱり分からない。

 

【シャアアアア!】

 

 ナオミが混乱している間に、魚型は再び人型に標的を変更。既に再生を終えた、左右に開く大きな顎で襲い掛かる。

 拳の一撃による余韻で、上手く動けなかったのか。人型は回避が間に合わず魚型の顎で頭を挟まれてしまう。顎の力は強力らしく、バキバキと甲殻の砕ける音……正確には空間の歪む振動……が響く。

 だが人型は即座に魚型の大顎を両手で掴み、甲殻に覆われている腕が膨張するほどの力を込めて抵抗。食い止めるどころか、少しずつ大顎を押し広げていくではないか。

 人型も、楽に食い止めている訳ではない。腕の甲殻が内側から弾け、割れている事から、限界を超える力で抗っていると分かる。それでも限界以上の力であれば、体格を大きく上回る魚型相手に互角以上に渡り合えるという事。

 魚型はバタバタと暴れるが、人型は顎を手放さない。魚型が口から大量の液体、恐らく強酸性溶液を吐き出して攻撃するが、人型は浴びた胴体の甲殻が溶け始めても顎を手放さない。

 ついに魚型の大顎は可動域を超え、時空が震えるほどの激しさでへし折られてしまう。

 

【! シュアアッ!】

 

 しかし魚型は怯まない。顎程度の損傷ならば再生するのだ。

 それどころかもう片方の顎も自ら破断。自由になった身体を勢い良く振るうように動かし、人型の背後へと回る。

 合わせて開きっぱなしの口内を煌々と輝かせ、エネルギーを溜め込んでいく。

 強力な射撃を放つつもりだ。背後へと周り、その攻撃で人型を打ち倒す目算だろう。

 だがそれは成功する見込みが薄い。

 何故なら人型には尻尾がある。ナオミを何度も突き刺そうとしてきたあの攻撃であれば、恐らく魚型の胴体も貫通するだろう。暗黒生命体が身体を貫かれた程度で死ぬとは思えないが、膨大なエネルギーチャージ中に穴が開けば『事故』が起きるかも知れない。

 そして必殺の攻撃には時間が掛かる。魚型が一撃繰り出すよりも、人型が尻尾を振るう方が遥かに速い。

 ところが人型は、くるりと魚型がいる背後を振り向く。

 

「(――――えっ?)」

 

 ナオミにとっては、全く想定外の行動だった。

 何故尻尾を使わないのか? 魚型の甲殻を貫ける自信がなかったのか? だとしても体勢を崩すぐらいの役には立つのではないか……色々思考が駆け巡るナオミであるが、その間も戦いは続く。

 人型が何かしらの攻撃を繰り出すよりも、魚型が口に溜め込んだ力を吐き出す方が早い。口から溢れ出る極大の閃光が至近距離にいる人型を撃つ。

 人型の上半身側を、膨大な光が焼いていく。少しずつ甲殻が剥がれ、塵のように消えていた。

 だが、すぐに蒸発はしていない。

 攻撃を受けてから上半身が消し飛ぶまでの僅かな時間。その間に人型は、恐らく全力であろう速さで突っ込む。少しでも前進すれば腕は魚型へと届く。

 ただしその手が掴むのは、魚型の頭や胴体ではない。

 渾身の、間違いなく最大最速の威力で放たれた拳は――――魚型の口内へと突っ込まれた。

 

【シギッ!】

 

 入り込んできた異物を吐き出すべく魚型はすぐに後退を試みるも、人型のもう片方の手が魚型の頭を掴む。そして既に口に入れた方の手を、更に奥へと突っ込み……

 きっと、手から何かしらの『力』を放ったのだろう。

 何故なら魚型の胴体が、ぶくりと膨れ上がったから。更に拳を突っ込まれた事で、魚型自身が放つ光もまた堰き止められたのか。魚型が全身を強張らせて抑え込もうとするも、身体の膨張は止まらず。

 最後に魚型の頭が、大爆発を起こした。肉片と甲殻が飛び散り、跡形もなく砕ける。

 

【シュロロォォ!】

 

 しかし頭を失っても、魚型は死んでいない。即座に再生を始め、新たな頭が再構築されていく。戦闘能力はすぐに回復するだろう。

 対する人型はボロボロだ。上半身の甲殻は焼け爛れ、あちこちがボロボロと崩れている。だがこちらも力を滾らせ、まだまだ戦う意思を示す。

 恐らくもう一度戦えば、今度こそ魚型が勝つ。

 だが魚型は、もうこれ以上の『損失』は許容しない事を選んだ。再び背を向けるとまた泳ぎ出し、今度こそ遥か遠くへの離れていく。

 人型がいる限り、ナオミも食べられないと考えたのだろう。戦えば勝てるとしても、また怪我をしてはやってられないと言ったところか。人型は魚型が去ってもしばらくは警戒を続ける。

 ナオミは、そんな人型の背後に全速力で迫った。

 

「はあっ!」

 

 そして渾身の力を乗せた蹴りを、人型の頭部に食らわせる!

 確かに、この人型に命を救われた。人型が追い払ってくれなければ、ナオミでは魚型から逃げる事も出来なかっただろう。

 だがナオミは人型からの攻撃も受けている。目的も意図も不明だが、総合的に考えればコイツもまた敵だ。感謝も情も抱かず、『敵』として排除する。

 

【ギュロッ!?】

 

 その一撃は人型を大きく怯ませる。

 魚型に噛まれ、焼かれた傷は、まだ再生しきっていない。脆くなった頭部甲殻はナオミの足でも簡単に砕く事が出来、柔らかな肉まで打撃が伝わる。

 致命傷を与える事は出来ないだろう。されどある程度ダメージを与えられれば、後の戦いが有利になる筈だ。

 蹴り飛ばした際の反動を利用し、ナオミはくるくると回転しながら距離を取る。人型は大きく傾いた体勢を立て直すが、その動きで脆くなった甲殻が剥がれ落ちていく。頭部だけではなく、胴体や下半身を覆っていた甲殻も次々と剥がれていった。更には甲殻を身体にくっつけていた、接着剤代わりの肉も溶け落ちていく。

 ……これはダメージによる損壊ではない。恐らく自らの意思で外しているのだ。魚型との戦いで甲殻の機能がほぼ喪失したため、身体に付けていても無意味と判断したのだろう。

 そして人型にとって、今まで見せていたのは甲殻の姿は、防御用の『外装』なのだ。

 これまで本体と直接戦闘すら出来ていないと理解し、ナオミは戦慄した。だが甲殻が失われれば、その分防御力も低下する。今まで通じなかったナオミの攻撃も、少なからずダメージを与えられるようになるかも知れない。

 全身の甲殻と肉が落ちると、中から『身体』が姿を現す。いよいよ本体との対決。そう考えるナオミの方に、人型はくるりと振り返る。

 

「……!?」

 

 その姿を見た瞬間、ナオミの意識は止まる。されど思考停止ではない。体細胞が持つ演算回路は急速に、目まぐるしく働いて、情報処理が行われていく。

 暗黒生命体の細胞は、ナオミに代わってしっかりと現状を理解した。

 人間の『男』の顔と身体をしたその生物こそが、人型の本体なのだと。

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