男性。
DB型バイオロイドにも、男を素体にしたタイプのバイオロイドが存在している。現在製造されているバイオロイドの性比(バイオロイドに生殖機能はないが、肉体構造は用途に応じて人間の男女に似せている)は一対一であるため、決して珍しいものではない。この空間に派遣される前のナオミも、何度か一緒に仕事をしてきた。
なのに、何故か今のナオミはその姿を見て衝撃を受けてしまう。驚く自分に驚くほどだった。
「(私は、何を驚いている……!?)」
自分の精神状態への疑問、そして露わとなった相手の情報を知るべく、ナオミは人型を注視する。
甲殻から現れた人型の中身は、
異なる点も多々見られる。額から生えている触角や四枚の翅、尻尾の存在などはバイオロイドにない特徴だ。目は完全に複眼化しており、黒ずんだ腕も節足動物を思わせる体節構造が見られる。胸部から下は全て、暗黒生命体と同じ漆黒に染まっていた。
だが胴体や顔付きは完全に人間の男だ。髪型は短く切り揃えられ、鍛え上げられた肉体を持っている。DB型バイオロイドは脳移植前の肉体に合わせたデザインをしているため、この姿は恐らく移植前のものと同一。屈強な身体付きから推察するに、兵士など戦闘用のバイオロイド出身だろうか。
【キュロ、キュロロロ】
ナオミが観察している間、人型は特段感情もなくナオミを見つめ返す。
甲殻が全て失われ、中身が露出した事自体は大した問題ではないという事か。事実、甲殻の中身である人間的な身体に傷は見られない。甲殻が本当に鎧のような防御専用器官なら、失われたところで生命活動に支障はないのだろう。
じりじりと距離を詰めてくる人型。奴はまだこちらを襲う気だ。それを理解しつつも、ナオミは観察を優先してしまう。
今なら、人型の『動機』を理解出来そうだから。
そしてそれを理解出来るのは、暗黒生命体の細胞ではなく、バイオロイドの自意識だと確信していた。
「(あの尻尾、おかしい)」
全体を観察していて思ったのは、尻尾の『生え方』の奇妙さ。甲殻を失って僅かに細くなったが、人型の尻尾はまだ生えている。
だがその尻尾は、サルなどの獣と違って臀部から伸びているのではない。
一見そう見えるが、尻尾の『付け根』である黒い部分が股の間を通り、下半身の前面まで伸びている。あれは臀部から生えているものではない。考えてみればナオミ達人類はおろか、ナオミの身体を構成する細胞の元であるムカデ型暗黒生命体にも尻尾はない。今まで見た目から尻尾と思っていたが、全く別の器官と考えるべきではないか。
昆虫で言うところの腹部のような、重要な身体部位という可能性もある。では下半身から伸びている尻尾状の重要器官とは何か? パッと想像出来るものは、一つだけ。
生殖器だ。
「……………っ!」
考えに至った瞬間、ぶるりと全身が震える。恐怖や驚きではなく、生理的嫌悪による震えだった。
しかし何故ここまで震えるのか。暗黒生命体に繁殖能力があるのは、今まで何度も観察している。今だって、吹き飛んだ魚型の肉片や、人型から剥がれ落ちた甲殻や肉を、小型種達が食べていき、そのエネルギーを糧にして次々と卵を生んでいた。今更、恐怖するような情報ではない。
先端が針のような形になっているのも、特段異常なものではないだろう。地球生命でもハチやバッタなどは、細長い産卵管を持っている。木の隙間や地面の中へと産卵するには、長く伸びる器官だと都合が良いのだ。
暗黒生命体化が進んでいるこの人型に、そういった生殖器官がある事はなんら不思議ではない。頭ではそう思うのだが、
考えたいところだが、そうもいかない。
【キュロロロロロロロロロ!】
人型が動き出し、ナオミへの接近を試みてきたのだから。
重たい甲殻を脱ぎ捨てた影響か。人型の速度は今までよりも遥かに上がっていた。一瞬という言葉が生ぬるく思えるほどの速さで肉薄し、尻尾だと思われていた生殖器をナオミに向けてくる。
あれが生殖器だとすれば、これまで人型が見せた行動の一部は説明が付く。魚型の身体にこれで攻撃しなかったのは、生殖器が傷付くのを避けるためだろう。最初から武器ではなかったという事だ。ナオミはあれで叩かれたが、それは損壊しては困る先端でなかったのに加え、ナオミの身体程度では傷付かない自信があったからだと思われる。
ならばその生殖器でナオミを狙うのは何故か? 想像するに、ナオミに卵でも産み付けるつもりなのかも知れない。
……どうにもしっくり来ないが、なんであれ突き刺さればろくな事になるまい。
「させ、るかぁっ!」
ナオミは即座に蹴りを人型目掛けて放つ。
狙いは下半身側。
甲殻を失い、露出した下半身の前面部分に生殖器の付け根がある。付け根とはいえ生殖器であるなら、恐らく防御力は高くない。何より本能的に傷付くのを避ける筈。
見込み通り人型は生殖器のある腰を下げつつ、両手でナオミの蹴りを受け止めた。直後、ナオミは人型の手を足場にして跳躍。その勢いを乗せて、人型の顔面に膝蹴りをお見舞いする。
甲殻を失った人型の肉体に、ナオミの直接攻撃が叩き込まれた。DB型バイオロイド相手なら一撃で脳まで破壊する威力。しかし人型は僅かに顔を仰け反らせるだけで、痛みすら感じていない様子。
【キュロォ!】
それどころか怯みもせず、ナオミの足を片手で殴り飛ばす。蹴りの体勢でいたナオミには回避出来ず、打撃の直撃を受けてしまう。
凄まじい衝撃が、足から全身を駆け巡っていく。
これは不味いと思った時には、殴られた片足が弾けるように粉砕された。表皮のように足を覆っている、頑強な甲殻も砕かれてしまう。痛みは数学的に処理したので特に感じないが、足技は使えそうにない。
「(ああもう! なんなのよこの攻撃力とスピードは!)」
分かっていた事だが、人型の身体能力は自分を遥かに上回る。いや、体重当たりの戦闘能力で考えれば、暗黒生命体の中でも最強格ではないだろうか。
単にバイオロイドを侵食しただけでは、こうはなるまい。何しろDB型バイオロイドの肉体は暗黒生命体を参考にし、その暗黒生命体にボロ負けだったのだ。何か別の要因がある筈。
その要因を潰せば、身体能力の差を覆せるかも知れない。尤も、探す暇があればの話だが。
【キュオオオオ!】
足を粉砕した勢いのまま、人型はナオミのもう片方の足を掴む。すぐにナオミは振り払おうとしたが、まるで効果なし。
自身の正面まで引きずり下ろしたところで手放し、今度は目にも留まらぬ速さでナオミの両腕を掴んできた。掴まれた、と分かった時には両腕を握り潰されてしまう。
潰された両腕と片足は再生可能だが、多少時間が掛かる。唯一健全なのは片足のみで、それで蹴りを放つも、屈強な胸板は鋼のようにナオミの攻撃を跳ね返す。もう甲殻はないのに、十分高い防御力があるらしい。両手両足が使えるなら兎も角、片足だけでダメージを与える事は恐らく不可能。
攻撃手段を失ったナオミの前で、人型は悠々と尻尾状の生殖器をもたげる。
ナオミをあの生殖器で串刺しにするつもりか。この状態では回避なんて出来ず、攻撃を受けるしかない。しかし卵を産み付けられたら、かなり厄介な事になるのは間違いないだろう。
逃げなければ不味い。例えどれだけの『コスト』を支払っても、だ。
「ぐ、ぬうううあああああっ!」
最大の力を込め、ナオミは翅を羽ばたかせる。
後退する動きによって、掴まれた自らの腕を引き千切るために。幸いと言うべきか、両手とも潰された事で脆くなっている。千切る事は簡単だ。
ナオミが腕を捨てて離れると、人型はすぐに掴んでいた手を捨て、ナオミをまた捕まえようとする。だが先手を取ったのはナオミ。人型が伸ばした手は掠めるだけで終わり、ナオミは腕が届かない二メートル以上の距離を取る。
すると人型はもたげた生殖器を矢のように射出してきた。生殖器の長さは三メートル近くあり、腕が届かずともこちらは届く。
だが狙いが単純だ。
攻撃を予測していたナオミは、生殖器が伸びてきたのを見た瞬間身体を捻った。真っ直ぐ腹を狙ってきた生殖器の先は、掠めるように通り過ぎていく。
残った足で蹴り上げてやろうとすれば、生殖器は一気に引いていく。流石に蹴られたくはないのだろう。今のうちに両手と片足を再生させるが、治りきらないうちに人型が肉薄してくる。
「(ちょっと、どうにもならないわね……!)」
同じ暗黒生命体化した存在なのに、あまりにも身体能力が違う。
理不尽、だとは考えない。暗黒生命体の世界は数学と科学で出来ていると、ナオミは自身を構成する細胞達によって知っている。魔法もチートもなく、全てが説明可能。現象には原因が必ずある。
しかし一体何が違うのか。何が違えばこんな、圧倒的な力の差が生じるのか。これではまるで大人と子供、いや、さながら男女の――――
「あ、ああああっ!? そういう事!?」
思わずナオミは『理性』から叫んでしまう。幸いと言うべきか突然の大声は人型を僅かに警戒させ、接近を一瞬躊躇わせた。残念ながら元よりそんな効果は期待していないので、折角の隙を活かせないが。
それよりも思考を巡らせる。
理解した。何故ここまで力の差が生じたのか。何故暗黒生命体の細胞が、今までその原因に思い至らないのか。
分かってしまえば簡単で、むしろ何故今まで気付かなかったのかと呆れてしまう。更に答えが出れば、この人型の身に起きた事さえも想像出来た。
恐らく暗黒生命体の細胞は――――人型の元となった男性バイオロイドの肉体的を乗っ取る事に、失敗した。
ただしそれは、男性バイオロイドの細胞があまりに優秀で勝てなかった、等という主人公無双ストーリーではない。侵食途中に他の暗黒生命体に襲われて細胞が損傷したか、複数種の暗黒生命体の細胞が体内で争って相打ちの形になったと思われる。
その結果、遺伝子が損傷。本来の形質を発揮出来なくなった。このままでは遺伝子未発現による身体機能不全が発生すると、高度な演算能力を持つ暗黒生命体の細胞は理解しただろう。
自然界は過酷だ。十全の能力を持っていても生き残れるか分からないのだから、機能不全の肉体なんて尚更生存の見込みはない。無論その機能不全が環境に適応していれば、それが新たな進化を起こす事もあるだろう。しかし大抵は死ぬ。『自分』の生存を試みるなら、まずは機能不全の修復を試みるのが合理的。
そこで利用したのが、男性バイオロイドの細胞にある遺伝子だ。
「(バイオロイドの細胞にも、遺伝子は存在している)」
そもそもバイオロイドの大元は人間だ。身体も機械ではなく、人間由来の遺伝子を含む細胞から構築されている。
DB型バイオロイドには暗黒生命体の細胞が使われているが、全てではない。暗黒生命体細胞だけで作った身体は暗黒生命体でしかなく、人類の指示を聞くような存在ではない。脳や身体を制御する神経系などは、バイオロイド由来の細胞で作られていた。
自らの不出来を演算能力から算出した暗黒生命体の細胞は、近くにあった『バイオロイドの遺伝子』を取り込んだ。この目論見は見事成功し、欠けていた機能を人間の形質で補った、新種の生命体として復活したのだろう。
「(大分滅茶苦茶だとは思うけどね)」
暗黒生命体とバイオロイドは、全く別の生命体である。当然遺伝情報は全くの別物であるし、遺伝子を形成する物質さえも異なるだろう。
いくら他に手がなかったとしても、解析するだけでも一苦労な筈だ。もしくは暗黒生命体からすれば人間の遺伝情報など、瞬時に読み解ける程度の代物なのだろうか。なんにせよ人間の遺伝子を取り込み、誕生した新生物・人型は、バイオロイドこと人間の特徴を色濃く引き継いだ。
そう、人間の『男性』の特徴を。
人間の男女には身体的差異があり、それは遺伝子に由来する。バイオロイドは製造目的によって求める形態が異なる(肉体労働をするなら筋肉質が良いし、オペレーターなら言語認識能力に優れる方が良い)ため、より目的機能に適した遺伝子を使う方が合理的だ。例えば陸戦歩兵用のバイオロイドなら筋肉と体力が重要であり、それを得意とするのは一般的に男性だろう。よって男性的肉体のバイオロイドを作る時には、男性の遺伝子を使う。
DB型バイオロイドは移植した脳に認識齟齬が生じないよう、脳と同じ肉体的性別の姿に調整している。だから男性DB型バイオロイドの遺伝子は、男性由来のものとなる。当然暗黒生命体はこの男性の遺伝子で、自らの遺伝子欠損を補おうとした筈だ。
その結果が、圧倒的な戦闘能力。
生物種によって雌雄の体格差や身体能力は大きく違う。それは環境や生態系によって、最適な性的役割が違うからだ。例えば昆虫類は雌の方が大きい傾向にあるが、これは限られた餌資源を雌に集約し、より多くの卵を産むのに適した進化である。天敵が多いと子供はすぐに食べられてしまうため、産卵数が多くないと生き残れない。だがカブトムシでは雌を巡って雄同士が争い、戦いに勝てる大きな雄が子孫を残せる。このため雄の方が雌よりも大きくなったと考えられる。
人間の場合、男性の方が圧倒的に女性よりも強い。二十代前半の平均握力が男性四十六キロ程度なのに対し、女性は二十八キロと男性の六十パーセント程度しかない。握力=戦闘能力ではないが、たった六割の力で勝つ事は困難だろう。また競技にもよるが、女性選手の世界記録が、男子高校生の記録を下回るという事例もあるほどだ。
男性の遺伝子を取り込んだ事で、人型暗黒生命体は高い戦闘能力を手に入れた。
――――という説明だけでは片手落ちだろう。
確かに女性であるナオミよりも強い事の説明にはなる。しかし他の暗黒生命体、自分よりも大きな魚型などを圧倒するほど強い事の説明にはならない。暗黒生命体は戦闘能力が極めて低いが、これ自体は細胞機能の問題なので、人型にも当て嵌まる。彼だけが極端に強い理由とはならない。
尤も、分かってしまえば簡単な話ではある。原因が人型ではなく、暗黒生命体の繁殖戦略にあるというだけだ。
「(単為生殖だから、仕方ない事ではあるんだけど)」
暗黒生命体は単為生殖を行う。
たった一体でも子孫を増やしていける恐るべき生態だ。しかしどんな『性質』にも言える事だが、デメリットは必ず付き纏う。
具体的には身体機能の圧迫。暗黒生命体の繁殖力は凄まじく、例えばイモムシ型は一度の繁殖活動で数万の卵を産んでいた。しかも巨大生物の放つ
当然、これほどの卵となれば相当の体積があるだろう。身体の半分近くが生殖器官の類だったとしてもおかしくない。エネルギーを吸収する度に新しく生成していた可能性もあるが、だとしても相当発達した卵巣でなければ出来まい。
こんなにも大きなものを格納するとなれば、内臓などの生殖器以外の器官をしまうスペースがなくなってしまう。繁殖力を落としたくないならその他の器官を小さくするしかないが、小さな器官では生み出す力も小さい。力が弱いのだから、戦闘能力も低くなってしまう。
また、次世代を育てるのに大量の資源やエネルギーを奪われる。人間の場合、妊娠後期の妊婦は平時よりも一日当たり四百五十キロカロリーほど多く摂取する必要があると言われている。これは茶碗二杯分の白米に匹敵するカロリー量。僅かに思えるかも知れないが、それは飽食の文明にいるからだ。自然界でこの量を、何ヶ月も絶え間なく集めるのはかなりの労力を必要とする。
暗黒生命体の場合も、相当多くのエネルギーを注いでいる筈。しかも万一不足した場合、未熟児の誕生や流産を起こしかねない。次世代へのエネルギー投入を優先しなければならず、戦闘能力を生み出す筋肉などは二の次だ。
単為生殖……自分自身が子孫を生み落とす性だからこそ、まずは子孫を優先しなければならず、強さを追求する事は出来ない。ナオミの性である
対して、雄は違う。
雄は生殖能力にあまりエネルギーを割かなくて良い。何故ならその役割を
ひたすら戦う事のみを追求しても、問題なく子孫を残していける。それが雄という性別だ。単為生殖や雌が戦いを挑んでも、決して雄には勝てない。
しかし雄にも大きなデメリットがある。
単体では繁殖出来ない事だ。雌だってそうだろう、という反論は正しくない。突然変異などで単為生殖能力を獲得した時、雌であれば産卵・出産が可能だが、雄には不可能である。何故ならそのための器官が備わっていないのだから。奇跡的に次世代が発生しても外に出るための道さえなく、栄養すら渡せず腐り死ぬだけ。
自分だけでは子孫を残せない。宇宙すら食い尽くす繁殖力を誇る暗黒生命体からすれば、さぞや珍妙で奇怪な生命体だろう。
無論、人型を形作る細胞にとっても。
「(困惑したでしょうね)」
人型を形作る暗黒生命体の細胞は(数学的思考に『感情』なんてものはないので比喩表現だが)戸惑った筈だ。乗っ取った身体どころか、遺伝子にさえ繁殖に必要な器官が揃っていないのだから。
このままではただ強いだけの、一代限りの生物で終わってしまう。おまけに強いといっても、自分の体長の一・五倍ぐらいの相手に互角以上という程度。数十メートルどころか百メートル級の大怪獣がそこらで争っている暗黒生命体の生態系では、全く頼りにならない。仮に誰よりも強かったところで、飢饉や病に見舞われたらお終いだ。生物の世界において、
しかし暗黒生命体の細胞は、諦観などせず模索しただろう。こんな欠陥生物がいる訳ない。自分達とは異なる、合理的な繁殖方法があると予想して。
そして暗黒生命体は見事解読した。人類がどうやって繁殖するかを理解し、それを生成してみせた。
生殖器官――――いや、『男性器』を。
「がっ!?」
そこまで思考したところで、ナオミは首を掴まれた。飛翔してきた人型が、ついに至近距離まで迫ったのだ。
ナオミの両手足の再生は進んでおり、手足の形にこそなっている。だが全力で叩き付ければすぐに潰れる程度の強度しかない。人型は今も人間的な生身を晒しているが、ナオミの力ではこの生身にもろくな傷を与えられない。
首を切断して逃げる、という手も使えなくはないが……それで助かるのは身体だけ。意識の本体である頭は取り残されてしまう。脳の一部が破損して再生するのとは訳が違う。暗黒生命体化が進んだ今のナオミでも、自意識を切り離して身体を逃がす選択はまだ出来ない。
【キュロ、キュロロ】
抵抗する能力がないナオミの前で、人型はゆっくりと尾を……鋭く尖った生殖器をもたげた。
バイオロイドに生殖器はない。
しかしそれは、作れないからではない。脳さえコピー品を量産出来るバイオロイド文明からすれば、卵巣も精巣も人体を構成するパーツの一つに過ぎないのだから。生殖器がない理由は、バイオプリンターによる組み立て時に取り付けない(製造しない)だけである。
何故生殖器を付けないかと言えば、人間的な生殖方法は効率が悪いから。性行為による妊娠は確実性に欠き、妊娠中の母体は身体能力が低下。次世代の成長には時間が掛かる上に個人差も大きく、しかも要求スペック通りに育つとは限らない有り様だ。
脳含めて全部一から作り上げれば、製造スケジュールもスペックも全て想定通りになる。人材管理も予定通りに行えるため、その後の計画も全て予定通りに進められる。むしろ勝手に数が増えたり、或いは能力が低下しては困る。故にバイオロイドは生殖器をなくした。
しかしバイオロイドを構成する細胞、この細胞に含まれている遺伝子には、生殖器を作るための情報が乗っている。何故ならこの遺伝子の『元ネタ』は人間であるから。搭載しない器官だから改変は必要なく、むしろ変に弄って異常が出ても困るので触れないようにしてきた。故にその遺伝情報はバイオロイドの祖先……人間のものと大した違いはないだろう。
欠損のない、男性の生殖器情報。暗黒生命体の演算能力ならば、完璧に解析してみせたに違いない。その上で暗黒生命体らしい器官へと作り変えた筈だ。
恐らく、遺伝子の注入を可能とする構造へと。
「(不味い、不味い不味い不味い!)」
ただの遺伝子注入ではあるまい。それぐらいなら暗黒生命体は異物として排出可能であり、人型は単にエネルギーを喪失するだけ。
雄の生殖方法の延長線上にある、なんらかの能力がある筈だ。では雄が繁殖する方法とは? 卵子と結合し、相手と自分の遺伝子を混ぜ合わせる事。そうして自分の遺伝子を、半分だけとはいえ次世代へと残す。
ならば人型も同じやり方をする。
鋭い生殖器を突き刺し、大量の遺伝子を送り込み――――全身の細胞に、自らの遺伝子を組み込むつもりだ。
「ひっ……!」
想像しただけで抱く、底のない不快感。
何故人型が執拗に自分を狙ったのかも、ようやく理解出来た。人型の遺伝子は
しかしナオミならば、人型と同じくバイオロイドから誕生した暗黒生命体ならば、遺伝子が適合する可能性が高い。
確実にこちらの遺伝子を蝕むという、強烈な『本能』。そのおぞましさをナオミは本気で嫌悪する。汚されたくない。犯されたくない。拒絶する感情のまま手足を振るうが、人型の身体はビクともせず。
しっかりと狙いを定めた生殖器は、ナオミの動体視力を超える速さで射出。もう周りに、その隙を突いて奇襲する大型種はない。
鋭く尖った男性器が、ナオミの腹に深々と突き刺さった。