暗黒生命体調査計画   作:彼岸花ノ丘

2 / 3
現状確認

「……ふぅ」

 

 目を覆い隠す、バイザーを乱雑に外しながら『彼女』は大きな息を吐いた。

 暗黒に襲われた彼女は、生きていた。

 そして姿も僅かに変わっていた。黒い髪や整った顔立ちなど面影は残しているが、目の下にクマはなく、身体は痩せ気味どころかやや筋肉質。そして着ている服は、丈夫な生地を使った軍服である。身体も服も日々洗われていると分かる、綺麗なものだった。

 身体を横たえていた、管やら機械やらがゴテゴテと付けられた『収納容器』……内側にクッションが敷き詰められた、卵型の装置から起き上がり、彼女は肩を回す。此処は先程までいた、狭苦しい場所ではない。むしろ一辺百メートル近い、広大な敷地面積を有した一室だ。

 此処には四百近い収納容器が並んでいたが、狭苦しさなんて微塵も感じない。全ての収納容器に人が横たわっているが、先程までその大勢の一員だった彼女はその事をどうとも思わない。

 

「NTL703。状況を報告せよ」

 

 そして自分と全く同じ顔と身体をした人物を前にしても、動揺なんて一切しない。

 彼女にとって、そんな事は驚くに値しないのだから。

 

「遠隔操作体との通信が途絶。暗黒生命体の侵入を直前で確認しており、通信機器及び遠隔操作体が破壊されたと思われます。途絶前の記憶データは反映済みです」

 

「了解。待機室に移動後、栄養補給と休憩に入れ」

 

「了解しました」

 

 自分と同じ顔に命じられた内容に従い、彼女は自分の足で、この部屋の隣室である休憩室へと向かう。

 淡々とした足取り、真っすぐ伸ばした背筋、それと感情一つない顔。彼女の正体がロボットだ、と言えば、少なくない者が信じるだろう。

 

「(はぁー、疲れた。いくら本体じゃないとはいえ、身体を分解されるのは精神的にしんどいのよねー)」

 

 頭の中では、ロボットには程遠いカジュアルな思考が過っていたが。

 彼女の名はNTL703。

 より正確には、NTL型バイオロイド703号という。愛称はナタリー。ただしこの愛称は彼女個人ではなく、NTL型バイオロイド全般に使われるものである。『彼女』自身は製造番号である703から連想される、ナオミという名前を好んで使う。尤も、誰もそう呼ばないが。

 バイオロイドとは、簡単に言えば『人造人間』だ。有機物を人型に組み立てて作り出した存在であり、人間にはない様々な機能を持つ。製造目的により様々な型が存在しており、例えばTNK型は工場労働など単純作業に特化している。他にはボディーガードを担うGRA型、家事サポートを行うSNI型などが一般的だ。

 NTL型は軍用に開発されたバイオロイドの一種であり、主に調査と情報収集能力に優れる。ナオミも軍に所属しており、今も軍の作戦に参加していた。

 その作戦は『暗黒生命体観測』である。

 名前の通り、暗黒生命体と呼ばれる存在の観測だ。()()()()()()()()生命体の情報を集めるため、ドローンを侵入させて観測する……というもの。ドローンの操作を行うのは別次元に配置された使い捨ての肉体(遠隔操作体と呼ばれるもの)であり、ナオミはこの別次元の肉体に意識を投影していた。

 そしてつい先程、その肉体が暗黒生命体に食われた。

 本体ではないのでナオミの心身に大きな影響はない。しかもこの作戦は定期的に行われている。頻度は二ヶ月に一度程度で、ナオミも既に十回は参加済み。全身を食い尽くされるのも今や慣れたものだ。気分は良いものではないが。

 

「おっ。703じゃないか。随分早いお帰りだな」

 

 休憩室に入ると先客である、ナタリーと同じ顔のバイオロイドが話し掛けてきた。

 NTL型バイオロイド389号である。一見してどれも同じ顔のNTL型だが、ナオミ達バイオロイドの目には特殊なセンサーがあるため、バイオロイドの型式番号は一目で識別可能。ナオミ達同士のコミュニケーションに苦労はない。

 同型バイオロイドにして友人の姿を見たナオミも、気さくに答える。

 

「ええ、新記録よ。今日は観測開始して十秒でやられたわ……そういうアンタは?」

 

「観測前にやられた。なんらかの方法で接触前に探知されたらしい」

 

「ヤバくない、それ?」

 

「ヤバいだろうなぁ。だから私の情報はすぐに解析に回された。作戦自体中止にならなかったのは、今更止めても無駄だという判断らしい」

 

「それは、確かにそうなんでしょうけど」

 

 友人と会話しながら、ナオミは自分の立ち位置、それと『人間』の現状についても思い起こす。

 ただしこれらを語るには、遥か昔の事から話さねばならないが。

 ――――西暦二〇八三年。地球人は一つの、大きな出会いを経験する事になる。

 地球外生命体との接触だ。大きな船に乗って、たった一人で地球までやってきた。

 その生命体はタコのような頭部と、触手状の手を持ちながら、人間のような身体を持っていた。存在が公表された際には、悪魔だ、邪神だ、という悪評も出てきたが……地球外生命体はとても冷静で知的な種族であり、人間側と穏便に対話した事もあってすぐに受け入れられた。同時に彼の生い立ちについても、人間は知る事となった。

 曰く、彼は異なる宇宙からやってきた。

 平行宇宙、またはマルチバースと呼ばれるものである。宇宙は人間が暮らすもの以外にも複数、それこそ無数に存在する。SF系の物語で幾度となく語られてきた考えが、彼の来訪により証明されたのだ。

 彼の一族(人間には発言出来ない種族名。彼が与えてくれた恩恵からオーバーロードと人間は呼んでいる)はその宇宙で大いに繁栄した一族だった。彼のいた宇宙では文明的な知的生命体が殆どおらず、宇宙は彼の一族が支配していたという。支配といっても、敵となる知的生命体がいない以上、戦争も何もなく、ただ領土として星が記載されているだけとの事であるが。

 宇宙の全てを支配しても、彼の一族は躍進を止めず、科学技術の発展に邁進していた。そしてついに平行宇宙に辿り着く方法を発見。様々な宇宙の観測を行いながら、更に技術を進歩させていく。敵対者もなく、あらゆる災害を技術で克服した彼等に待つのは繁栄のみ……の筈だった。

 オーバーロード文明の終わりは、突如として訪れたらしい。

 『暗黒』が彼等の宇宙に現れたのだ。本当に当然、なんの前触れもなく出現した。そして『暗黒』は彼等の宇宙に、驚くべき速さで拡散。全てを飲み込みながら増殖したという。

 オーバーロード達も『暗黒』を食い止めようとした。したが、『暗黒』はあまりにも早く拡散し、おまけに全ての対策が効果を発揮しなかった。殆どのオーバーロードは何が起きたかも分からないまま『暗黒』に飲み込まれ、彼等の故郷である宇宙さえも瞬く間に埋め尽くされてしまった。

 彼は宇宙船に乗り込み、一人宇宙から脱出したという。他にもオーバーロードの生き残りはいるかも知れないが、何処に行ったかは分からず、故に接触は出来ていない。

 

「(私達バイオロイドの技術も、元を辿ればオーバーロード由来。そういう意味では、生みの親とも言えるかも知れないわね)」

 

 そう考えるナオミであるが、彼女自身はオーバーロードと接点などない。だから恨みだとか感謝だとかは特に抱かず、オーバーロード文明の滅亡も他人事のように感じる。精々、一人ぼっちなんて可哀想だ、と思うぐらいだ。

 しかしこれを、彼個人の不幸な出来事と片付ける訳にはいかない。

 問題はオーバーロード達の遭遇した『暗黒』が、彼等の宇宙に突如現れたという下りである。彼曰く、オーバーロード文明でも宇宙間移動はまだまだ発展途上の技術だった。稼働には大規模な施設が必要であるし、消費エネルギーの大きさや事故の危険性から政府への事前通達が必要。無許可でやろうにも、設備の大きさと複雑さ、稼働に掛かる時間などから現実味がない。だからオーバーロードの誰かが他宇宙から『暗黒』を招いた、或いは『暗黒』のいる宇宙と繋いだ可能性はまず考えられない。

 ならば『暗黒』は、自力で宇宙間を移動してきた事になる。

 つまり、人間がいる宇宙にも『暗黒』がやってくる可能性はあるという事だ。オーバーロードが伝えた事実に人間側は大いに動揺する事となる。もしも『暗黒』に襲われたならば、人間には対抗すら儘ならない。絶滅の危機が、今この瞬間にも現れるかも知れないのだ。

 しかし人間は冷静さと聡明さ、何より前向きさと勇気を持ち合わせていた。今は対抗出来ない。だが技術を進歩させ、より発展させれば分からない……いずれ来る『暗黒』に備えるため、準備を進めたのだ。

 幸いにしてオーバーロードも人間の考えに賛同。彼自身の知識のみならず、宇宙船に記録されたデータ、これまでに観測された『暗黒』の情報を惜しみなく提供してくれた。

 残念ながらオーバーロードである彼は地球を訪れた二百年後、肉体的限界により逝去してしまったが……彼が残した知識を元に人類は発展を続け、西暦二四五〇年代には、伝え聞いた話通りならばオーバーロード文明以上の技術を人間は手に入れた。その後は宇宙全体に版図を広げ、人口を増やしながら発展。宇宙に人間以外の知的生命体(正確には石器時代以上の文明)がいなかった事も、結果的に人間の繁栄を促した。

 かくして西暦三二八八年。総人口九千億人まで増えた人間は、更なる繁栄の道を邁進していたが……ついに終焉は訪れた。

 『暗黒』が人間の宇宙に入り込んできたのである。

 侵入は即座に感知された。この瞬間に備えて人間は文明を発展させ続け、宇宙全域に観測機器を展開していたのだから。更に全宇宙を射程に収めたプロメテウス砲、局所的時間停止を引き起こす時空操作領域、あらゆる運動の方向が制限されるベクトル制御力場など、オーバーロードから引き継ぎ、強化したあらゆる技術で『暗黒』の破壊を試みた。

 結果は、勝負にすらならなかった。

 攻撃は全て効果なし。行動の抑制はおろか、個体数の減少すら確認されなかった。その数分後に『暗黒』は爆発的増殖を始め、光速以上の速さで宇宙全域に拡散。たった一週間で宇宙全体を浸食し、比喩でなく一ミリの隙間も残さず、何もかも飲み込んでしまったのである。文明も、地球以外の星も、最早宇宙には残っていない。

 オーバーロード文明を超えた人間すら、相手にならない恐るべき存在。しかし人間は、ただではやられなかった。

 宇宙間移動技術を応用・発展させる事で、『裏世界』と呼ばれる異次元の創造に成功していたのだ。敗北を察した人間は裏世界へと退避。逃げ込めたのは全人口の一パーセント未満である五十億人だけだが……宇宙がやられても、人間はまだ滅びていない。

 更にオーバーロード文明では謎のままだった、『暗黒』の正体の観測にも成功している。

 

「(暗黒生命体……人間、それと私達にとって最大の脅威)」

 

 宇宙を飲み込んだ暗黒は、生物だった。

 人間はそれらを暗黒生命体と名付けている。特徴は名前の通り、暗黒と表現せざるを得ないほど黒い身体。その表皮はあらゆる電磁波を吸収し、あらゆる重力を取り込み、あらゆる物質を食い尽くしているらしい。

 全てを吸収するという事は、何一つ反射するものがないという事。このためまともな方法では観測なんて出来ない存在だが、人間は『存在測定法』と呼ばれる技術によりどうにかシルエットを捉える事に成功。捕食や増殖を行う生命体である事を突き止めた。

 オーバーロード達が辿り着けなかった領域に、人間は触れる事が出来た。今はまだ遠く及ばない存在であるが、観測が出来たならばいずれ到れる。その境地に達すれば戦える。

 何時か必ず、故郷の宇宙を取り戻す。

 その信念の下、生き延びた人間は裏世界で活動を続けている。今ナオミ達がいるこの軍事施設も、裏世界である空間に浮かんでいる、全長十五万キロもの巨大施設。ここで日々暗黒生命体に対抗するための計画・作戦を進めていた。

 とはいえ暗黒生命体の襲撃により、人口は全盛期の一パーセント未満である五十億人まで減ってしまった。平行宇宙から物資を引き出す次元転送エンジンにより、必要な物資はどんどん生み出せるが……人口は急に増やせない。インフラ整備なども考えると、急に増やしても餓死者が続出するだけだ。

 全盛期の力を取り戻すには相応の社会規模、人口が必要だと考えると、再起するだけでも一千年以上掛かりかねない。これでは暗黒生命体と戦うなど夢のまた夢。いや、戦う前に裏世界へと侵入され、今度こそ絶滅させられる可能性もある。裏世界は地球があったのとは別次元の空間だが、近い場所にある空間でもある。暗黒生命体が順当に別宇宙へと拡散すれば、遠からぬうちに発見されるだろう。

 迅速な文明再興を求められた人間が、苦悩の末に生み出した存在――――それがナオミ達バイオロイドである。

 工業的に製造されるバイオロイドによって、人口のかさ増しを試みたのだ。バイオロイドは人間及び人間社会への奉仕が組み込まれており、様々な作業を代行する。それこそ生命の危険がある行い、リスクを無視した仕事を割り振られる事もゼロではない。そして繁殖能力も持たず、工業的に生産をしなければ『種』を存続出来ない。

 バイオロイドとは人間達が再興し、宇宙を取り戻すための道具と言えよう。

 

「ぶっちゃけ私的には、暗黒生命体の観測なんて止めて、宇宙の奪還も諦めるべきだと思うのよねぇ」

 

 尤もナオミのように、人間に対し『忠義』を持ち合わせていないバイオロイドが大多数なのだが。

 確かにバイオロイドは人間の代わりに生み出された道具だ。しかしかつての人間文明を再現するため、九千億体ものバイオロイドが生み出された結果――――今や裏世界はバイオロイド文明と化している。何しろ人口の九十九パーセント以上がバイオロイド。人間がどうしたところで、バイオロイドにとって都合の良い社会とならざるを得ない。

 しかもバイオロイドにとって、人間は脅威足り得ない。

 まず人口差が圧倒的だ。百倍を遥かに超える人数差があるのだから、どんな阿呆でも勝負にならないと分かるだろう。更にバイオロイドは工業的に生産された存在だ。その能力は目的によってチューニングされている。ナオミ達NTL型は高速で情報処理を行うのが得意である(このため観測任務などをよく行う)し、長距離戦闘用に開発されたSPN型は〇・一秒以内に三キロ先の目標への狙撃を可能とする能力を持つ。工場労働用バイオロイドは戦闘能力が低いものの、生産業では圧倒的効率を誇る。一対一でも得意分野なら負ける事はまずあり得ない。

 おまけにインフラやライフラインも全てバイオロイドが掌握している。そういった作業を受け持つために作られた存在なのだから当然だ。バイオロイド達が三日ボイコットをするだけで、人間社会は破綻する。怒り狂って人間がバイオロイドを『破壊』しまくっても、その人間社会の担い手がいなくなるので人間にもダメージがある。端から勝負になどならないのだ。

 ちなみにバイオロイドには人間に対する奉仕精神が組み込まれているが……所詮『考え方』だ。少し柔軟な発想をすれば十分抜け道はある。人格のない機械ならこれで制御出来ても、作られたとはいえ生命であるバイオロイドの抑止機能としては不十分だった。

 人間にとって幸いな事に、バイオロイドは人間自体を敵視してはいない。奉仕精神に抜け道はあるが、人間自体への嫌悪までは流石に抱けない。わざわざ抱く理由もない。ただ、対等な生命として認めてほしいとは思っていた。

 このため人間が宇宙から逃げ出し、バイオロイド製造を始めてから百年後となる今では、共存という形で共に暮らしている。バイオロイドだからと差別される事はなく、人間だからと迫害される事もない。二つの種族が共に社会を形成している状態だ。今では『人類』という言葉は、人間とバイオロイドを含む単語となっている。この文明の主役はバイオロイドであると認められ、バイオロイド文明と呼ぶのが一般的だ。

 しかしこうなると、バイオロイド側には宇宙奪還に対するモチベーションがない。

 バイオロイドにとって故郷はこの裏世界であり、地球のあった宇宙などそれこそ別宇宙の話である。滅んだところでどうでも良い存在だ。人間側も、今では故郷の宇宙を知らない世代が過半数を占めている。行った事もない土地の奪還に命を賭ける若者なんてまずいない。

 そして裏世界での生活は、日々豊かになっている。バイオロイドと人間達の働きにより、裏世界文明は急速に発展しているのだ。この軍事施設の他にも、居住区画や工業区画、商業区画や農業区画などが作られ、何も存在しなかった裏世界に星の如く浮かんでいる。どの区画も惑星よりも巨大で、その繁栄ぶりが窺えるだろう。あと十数年もすれば、人口でも技術でも豊かさでも、全盛期の人間以上の社会を築ける筈だ。

 わざわざ暗黒生命体と戦う事など、リスクでしかない。仮に人間だけで民主的投票を行ったとしても、反対の方が多くなるだろう。

 

「そうは言うが、暗黒生命体は宇宙を渡れるんだ。何時かは裏世界に来る筈なんだから、備えは必要だろ」

 

 それでも暗黒生命体の調査を行うのは、389号が言うように奴等の裏世界襲撃を否定出来ないため。オーバーロード文明や人間文明の時と同じように、この裏世界にいずれ暗黒生命体が入り込む可能性は十分あり得る。

 だからこそ暗黒生命体の研究を続け、いざという時に備えて対策を練り続ける……これが今のバイオロイド及び人間側の上層部が考えている事だろう。復讐ではなく、未来の子供達を守るために進歩する。社会の在り方としては健全なものだとナオミも思う。

 しかしナオミはもっと消極的なやり方が良いと考えていた。

 

「備えねぇ……出来るとは思えないけど」

 

「昔からお前はそー言ってるよな。暗黒生命体には勝てないって」

 

「だって、あれに勝てるイメージが浮かばないんだもの」

 

 バイオロイド文明の発展は著しい。人間達だけで文明を回していた時よりも急速に強くなっている。バイオロイドは工業的に作れるため、人間と違い『自己改善』も簡単に行えるからだ。社会の担い手が文字通り強くなれるのだから、文明だって強くなる。それはナオミも認めるところだ。

 しかし暗黒生命体を直接観測したナオミの感覚では……暗黒生命体の強さは底が見えない。

 そもそも『強さ』でどうにかなるとは思えなかった。生命として、根本的な次元が異なるような感覚。どれだけ自分達が強くなろうとも、届きようがないと本能的に感じてしまう。

 心情的な理由だけではない。先程の観測実験で明らかなように、人類側は侵入させたドローンが一瞬で食われている状況なのだ。今回の実験でも、使える観測データは殆ど得られていないだろう。こんな体たらくで勝てると言えるのは、余程の楽観主義(無能)以外にはいまい。

 それどころか、暗黒生命体は逆探知してくる事がある。ドローンが移動をした際のルートを辿り、別宇宙への侵入を試みてくるのだ。これを防ぐため、観測作戦を実施する際は裏世界とは別の次元を『生成』し、そこに遠隔操作体を配置。この遠隔操作体でドローンを操作している。

 今のところこの方法で暗黒生命体の裏世界侵入を防げているが、何時まで通用するか分からない。観測するほどデータは集まるが、同時に暗黒生命体の侵入確率も上がっているのではないか。だとすると観測行為は対抗策どころか危険な賭けになってしまう。

 だから戦うのではなく、逃げるべきだとナオミは思うのだ。

 

「平行宇宙は理論上無限に存在する。だったら何かある度に逃げて、住処を変えるのが合理的だと思うのよねぇ……」

 

「そーいうもんかねぇ。私は、キッチリ対抗する方がいいと思うが。大体逃げ回る生活とか、精神的に無理があるだろ」

 

 バイオロイドの基本的身体構造は人間と同じである。脳構造も似ているため、精神性も人間のそれに近い。

 終わりのない逃亡生活、築き上げた文明を捨てて動き回る日々。確かにこんな生活はメンタル面での負担が大きい。バイオロイドは人格もある程度弄れるので、そういった生活に適応する個体を製造する事は可能だが……あまり大きな変更は人間性の喪失を生み、社会への不適合を引き起こす。

 何より後からの人格変更は(倫理的な面から)出来ないため、逃亡生活は九千億もいるバイオロイド達に無理を強いるも同然だ。バイオロイド社会も民主制を採用しているため、市民の意見を完全には無視出来ない。

 そして多くの『人類』は、怯える生活よりも戦う事を選ぶ。自分達の文明の力を信じているがために。生存を重視し、感情を軽視するナオミの考え方は、バイオロイド達から見ても少数派であった。

 

「ま、私も軍用バイオロイドだし。いざとなれば戦いますけどね」

 

「私ら観測部隊だから、駆り出されてる頃には敗北濃厚だけどな」

 

「言えてる〜」

 

 とはいえ今は『いざ』という時ではないので、暢気に友人と軽口を叩く。軍用バイオロイドとはいえ、ナオミの人格は人間と大差ないのだから。

 この生活が何時終わるのか、或いは終わらないのか。未来の事は分からないが、その時までは己の職務にしっかり励む。それが自分に出来る事だと思い、ナオミは今出来る事をやると、とても現実的に、ある意味では能天気に考えていて。

 翌日、人類の命運を左右する任務への参加を要請されるとは、予想すらしていなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。