「NTL703。命令書の内容には目を通したと思う。現時点で、何か質問はあるか?」
背の高い、老齢の男性が威圧的な声で聞いてくる。
鋭い眼光に、ガッチリとした体躯。軍用バイオロイドであるナオミは、この男性がFLA型バイオロイド、軍司令階級用のバイオロイドだとすぐに理解した。更に気品ある軍服に付けられた勲章の数々から、軍における最高峰の地位である将軍階級の個体である事も分かる。
そんな彼に向かって、一介の観測員に過ぎないナオミは頭の中で「質問したい事は山程あるわよぉー!」と叫んでいた。
ナオミも将軍も軍人だ。確かに同じ組織で働く身なので、全く縁もゆかりもないとは言わない。だがナオミは観測任務などを行う実働部隊の一員に対し、将軍はその部隊の編成や作戦を考える役職。将軍からの命令は幾つもの階級を経由してナオミ達に届くため、顔を合わせるどころか通信で言葉を交わす事さえない。そのぐらい隔絶した立場の違いがある。
ましてや同じ部屋で、こうして向き合うなんてまずあり得ない。
何故自分は、関係者以外立入禁止の将軍執務室に来るよう指示されたのか。そして何故そんな一兵卒の自分が、個室にて将軍と対峙するようにソファーに座る羽目になっているのか。将軍の傍に
それらの理由は昨日自宅である寮室に送付された命令書に全部書かれていた。
端的に言えば、とある特別作戦に参加せよ、との事。ナオミには作戦に対する適性があると。詳細は機密事項のため命令書には記載せず、口頭で説明を行うと書かれていた。成程、今のところは書いてある通りだ――――将軍が直接面談するとは思わなかったが。
「……あの、何故、私がこの作戦に選ばれたのでしょうか」
困惑のあまり、つい本音が漏れ出てしまう。
書いてあった事を聞くなんて、軍隊どころか普通の会社でも褒められたものではないというのに。
「おや? 命令書から記載が漏れていたか? だとしたらこちらの落ち度だが」
「いえ、そのような事はありません。私に作戦への適正があると書かれていました。ですが、将軍がわざわざ面談をしてくれるような重大作戦の実行部隊に、私が適任とは思えません」
「成程。確かに、君は情報処理及び観測を得意とするタイプのバイオロイドだ。なんらかの重大な、戦局を左右するような作戦に貢献出来るとは思わないのが普通だろう」
ハッキリと下される評価。だが事実だ。NTL型バイオロイドも銃ぐらいは難なく扱えるが、人間の一般兵より若干上なぐらいで、戦闘歩兵用バイオロイドと比べれば遥かに弱い。
情報収集を軽んじる訳ではないが、結局のところ形勢を決めるのは実戦の方だ。どれだけ情報を集め、優秀な作戦を練っても、戦う兵士が無能では意味がない。重大作戦がどんなものかは分からないが、現場で直接戦うような任務にナオミは全く向いていない。出来ないとは言わないが、適任は他にいくらでもいる。
戦場の情報処理を担当するにしても、ナオミより優秀なNTL型だっていくらでもいる。それどころかNTL型よりも高性能な、ハイスペック型バイオロイドもいるほどだ。製造・維持コストが遥かに高いため一概に上位互換とは言えないが、重大作戦に投じるならこちらの方だろう。
どう考えてもナオミを選ぶ理由がない。
「では確認がてら、作戦の詳細及び君の適性について説明しよう」
そんな当然の疑問に対し、なんと将軍直々に説明してくれるらしい。「わぁーどんどん大事になっていく」と思うナオミの前で、将軍は威圧感のある口調で話し始める。
「まず、我々は近々『暗黒生命体駆除計画』を実行する」
一言目から、既にナオミにはよく分からないのだが。
将軍は確かに、駆除計画と言った。
つまり暗黒生命体を、人間の故郷である宇宙を食い尽くした存在を、今度こそ駆除するという事だ。この考え自体は何もおかしくない。相手は宇宙を滅ぼす化け物であり、今の人類にとって最大の脅威なのだから。
しかしナオミの感覚では、人類の文明は暗黒生命体を倒せるほど進歩していない。突入させたドローンは一秒と経たずに食われ、その操作をしていた拠点と遠隔操作体は為す術もなく食い尽くされた。観測さえろくに出来ていないのに、駆除など到底無理な話だろう。
まさか軍上層が楽観主義なんて事はあるまい。将軍の地位を担うFLA型は特に合理主義的思考をしていると聞く。作戦が成功すると言えるだけの、合理的根拠がある筈だ。
だがそれでも、破れかぶれか楽観的な考えに基づく作戦にしか思えない。
「無論、これは破れかぶれでも、楽観的な意思決定によるものでもない」
ナオミの考えを読んだように、将軍は答える。一瞬ドキリと心臓が跳ねたが、説明してくれるならば好都合。ナオミは将軍の話に一層耳を傾ける。
「作戦は複数フェーズに分けて実施する予定だ。君に参加してもらいたい第一フェーズでは、現在の暗黒生命体の身体能力を、正確に把握する事を目的とする。同時に、我々の開発した新兵器が通用するかの試験も行う。つまり調査が主体だ」
「……今すぐ戦う訳ではないと理解しました。しかし……」
「考えている事は分かる。暗黒生命体の生息圏に侵入、その後調査する事が可能とは思えない、だろう?」
「……はい」
将軍から問われ、ナオミは一瞬の躊躇いの後肯定する。
少なくとも通常任務である観測作業では、ドローンは大した観測も出来ずに食われるだけ。なんらかの作戦や装甲の改良をしたところで、劇的に観測結果が改善するとは思えない。
それどころか逆探知される事を思えば、余計な観測は人類の首を絞める。昨日やったような通常の観測作業すらすべきでないとナオミは思っているぐらいだ。確信がない限り、新たな観測作戦をするメリットはない。
「それが可能になったから、この作戦を実行する事にした」
故に、将軍のこの言葉に驚きはない。
だがどうやるのか? 単なる技術進歩で迫れるような、実力が拮抗している相手ではないと思うが――――
「これが、その技術の産物だ」
ナオミの考えをまた読んだかのように、将軍は一枚の写真を差し出す。ナオミは写真を受け取り、すぐに見る。
写真に映されていたのは、巨大なシリンダーだった。
筒状のそれは透明で、中身が見える状態だ。その中身は一人の成人女性らしき身体。
恐らくバイオロイドだろう。工業的に生産されるバイオロイドにとって、容器内で培養生産されるのは普通の事だ。ナオミも同じやり方で生まれた。女性の顔はナオミと全く同じものであるが、NTL型バイオロイド及び派生シリーズはみんな同じ顔なのでこれも特段おかしくない。
だが、注意深く観察すれば奇妙な点に気付く。
「……容器の周りの機械が、随分物々しいですね」
一般的なバイオロイド生産設備と比べて、写真の容器周りが充実し過ぎている気がする。
今のバイオロイド文明の技術力であれば、バイオロイド生産に大きな設備は不要だ。バイオロイドを格納するための大型シリンダーを除けば、家庭用ゲーム機ぐらいの大きさのバイオプロジェクターと、冷蔵庫ぐらいの大きさの資源格納庫があれば十分だろう。
ところがこの写真の機械は、車一台はありそうな大型プロジェクターが横付けされている。資源格納庫は見られないが、シリンダー上部に人間一人は通れそうな大きさの配管が幾つも繋がっていた。更にプロジェクターに刺さっている電源コードが、人間の腕よりも太い。普通なら家電のコードぐらいの大きさがあれば十分なのに、一体どれほどの電力を必要としているのか。
コストを度外視した高性能バイオロイドの製造であれば、機材は大型化するものだ。しかしそれでも冷蔵庫にエアコンが付属する程度。正直、将軍や政治家を担うバイオロイドでもここまで立派なものを使うとは考え難い。
その疑問にも、将軍は答えてくれた。
「その通り。これは特注にして、我々軍部が開発した新型バイオロイド……DB型バイオロイドだ」
「DB型……?」
「正式名称は、暗黒生命体型バイオロイドだ」
一瞬、ナオミは将軍が気でも狂ったのかと思った。
遅れて、やはり異常だと思い、思わず立ち上がってしまう。
「暗黒生命体型……!?」
「そうだ。厳密には暗黒生命体の能力を再現したバイオロイド素体となっている」
驚くナオミを他所に、将軍は淡々と語る。
曰く、ナオミ達NTL型が収集したデータは、一つ一つは一ミリ秒にも満たない微々たる情報でしかない。だが情報量がゼロでもない。ほんの小さな、断片的情報は有している。
軍の情報統括部ではこのデータを解析し、暗黒生命体の暫定能力値を算出。高性能シミュレーションを重ね、有している能力を推定するところまでは成功していた。尤も机上の空論であり、単なる『戦闘能力』の数値化でしかないが……ともあれ肉体スペックの見立てぐらいは出来ている。
そして。
「そこにかつて軍が入手した暗黒生命体の細胞を、組み込んでいる」
恐ろしい産物を、そこに追加した。
数年前に行われた暗黒生命体の観測作戦……この時も昨日ナオミ達が行っていたのと同じく、別次元に配置した遠隔操作体からドローンを操作し、暗黒生命体の生息する宇宙への観測を試みた。そして結果的にろくなデータを得られず、逆探知されて暗黒生命体が観測者のいる次元に侵入してきた。
ところがその暗黒生命体は活動を停止してしまう。
原因は、恐らくエネルギー不足。別次元に暗黒生命体が侵入する際、通常ならば無数の暗黒生命体が一斉に入り込む。人間文明と暗黒生命体が接触した時も、数十体の小型種がほぼ同時に侵入してきた。そして奴等は互いに食い合い、繁殖しながら、侵入先の空間全体に広がっていく。食う食われるの生存競争を繰り広げながら、エネルギー補給をしているという訳だ。
だがこの時の暗黒生命体は、何故か一体だけしか来なかった。理由は分かっていない。他個体との連携が上手く取れなかったのか、はたまた偶然か。兎も角一体だけでは他に食べるものがない。
暗黒生命体は大慌てで観測拠点に突撃してきたが、間に合わなかったのだろう。途中で活動を停止すると、そのまま休眠状態に入ったのである。
この奇跡により、軍部は暗黒生命体の身体を回収する事に成功。サンプルの入手により、研究は飛躍的に進む事になる。
「無論研究は安全性を最優先にしている。実験空間は幾つもの別次元を経由し、何かあってもこの裏世界を逆探知されないよう務めた。万一事故が起きた際には隔離措置を行い、それが無理なら緊急避難……バイオロイド生産拠点ごと別宇宙に退避する用意をしていた」
「……つまりいざとなれば民間人を見捨てて逃げたと。流石に倫理的問題が大きいように感じます」
「だからこそ、研究は極秘に進めた。この千載一遇のチャンス、暗黒生命体を知る機会を逃すなど、それこそあってはならない事だ」
リスクを取ってでも、勝利する可能性を選ぶ。それも秘密裏に。
ナオミの好まない選択だ。しかし人類が暗黒生命体に打ち勝つためには、このチャンスは絶対に掴まねばならない。反対意見を抑え込むために、情報を秘匿するのも『合理的』ではある。
それに工業的に製造可能なバイオロイドであれば、必要最小限の機器さえ持ち出せば何処でも復興出来る。万一失敗してもやり直しが利くのだから、この危険な研究も悪手とまでは言えない……ナオミは軍のやり方を好まないが、全否定するほどの拒否感も抱かなかった。
「未だ暗黒生命体の身体は殆ど解明出来ていない。実のところ能力はおろか、細胞単体の観察すら出来ていない体たらくだ。どんな方法で観測しても、真っ黒にしか見えていない。だが安定的な培養方法は確立し、少量の細胞であれば制御にも成功。ついにバイオロイドの肉体にも組み込めた。これによりDB型バイオロイドは、暗黒生命体と同等の身体能力、そして能力を得たという訳だ」
「……軍の偉業については、理解しました。しかし、その話が私の作戦参加とどう結び付くのです?」
話を聞く限り、DB型バイオロイドの生産は成功している。
ならばこのバイオロイドを調査計画に投入すれば良い。暗黒生命体の細胞を用いたなら、暗黒生命体の暮らす領域でも活動可能な筈だ。むしろ此処で使わないなら、何故作ったのかも分からない。
この疑問は、将軍達にとって想定内だったのだろう。彼はすぐに答えてくれた。
「簡単に言えば、安全のためだ。試験運用時に確認されたのだが、DB型バイオロイドの脳には問題がある」
「問題?」
「自己認識が上手く機能しないのだ」
暗黒生命体の細胞は、たった一つですら極めて強大な存在だった。細胞から放たれるなんらかのシグナルがバイオロイドの脳を狂わせ、自己認識を崩壊させてしまう。具体的に言うと、自分の身体が自分のものと思えなくなる。
結果、様々な自傷行為を引き起こす。
一番多いのが自分の身体を食い荒らすというもの。腕や足など、口が届く範囲にあるものを片っ端から食べてしまう。次に肉体を抉るなどの損壊行為、その次に見られるのが殴るなどの打撃。いずれも、自分が死に至るまで続けられる。
言うまでもなく、こんな状態では作戦の遂行能力などない。暗黒生命体の力を持っていても、それを自滅に用いられては無意味だ。
「研究を重ねた結果、特定思考パターンの脳であればこの自傷行為を防げると判明した。つまり暗黒生命体の思考に、ある程度同調する性格ならば拒絶反応が出ない」
「それなら、そういう性格の脳をデザインすればよいではないですか。我々バイオロイドの脳はどれも、作業目的に合わせて調整されているのですから、今更難しいものではないでしょう?」
「ところがそうもいかない。この性格というのが、やや反社会的気質を含んでいるのだ。単純に製造すれば、指示に従わない個体が生まれかねない」
「……成程。やっと話が見えてきました」
ようやく、ナオミは何故自分が此処に呼ばれたのか理解した。
バイオロイドは脳も工業的に生産する。意識は脳から生まれるのだから、脳構造を完璧に摸倣すれば、人格もまた完全にコピーする事が可能だ。このやり方でバイオロイドは製造目的通りの思考を有して生まれる。工場作業用なら単純作業に対する高い集中力を発揮し、政治家用なら対人コミュニケーションが苦ではないように。
しかしどんな工業製品にも『誤差』は存在する。
不良品ではない。通常運用する分にはなんら問題のない水準だ。例えるならパソコンのキーボードのボタン位置が〇・一ミリ右にズレても誰も困らないような、そんな些細なもの。ナオミとその友人である389号が同じNTL型なのに性格や口調が異なるのは、稼働開始してからの生い立ちや人付き合いも大きな要因ではあるが、脳構造の差異による影響も少なくないだろう。
これ自体は社会を豊かにする多様性である。だが、DB型バイオロイドではこの多様性を許容出来ない。
将軍の言う通りならば、DB型バイオロイドの身体に適合するのは反社会的気質の性格だ。どれだけ精密に脳構造を設計・製造したとしても、確実に反社会的気質を持ってしまう。その気質に誤差が生じた結果、危険な反社会的性格が誕生したらどうなるか?
ただのバイオロイドであれば、製造後に『廃棄処分』すれば良いだろう。しかしDB型バイオロイドは、暗黒生命体の生息圏で活動出来る優れた能力を持つ。こんな存在が反抗や破壊を企てたら、既存の戦力で止められるか分からない。最悪、暗黒生命体を裏世界に招くような凶行に出る可能性もある。
一から人格を組み上げるのは、万一の時のリスクがあまりにも高い。そこで考え出されたのが、社会活動に参加している反社会的気質のバイオロイドの脳を、DB型バイオロイドの身体に移植する事だ。
「反社会的気質とはいえ、既に社会で活動し、犯罪歴がなければ安全と言えます。この脳をDB型バイオロイドに移し替えれば、安全な反社会的思考を持たせられますね」
「その通り」
「そして私の人格が、DB型バイオロイドとの親和性に極めて優れている。だからこの身体への
「その通りだ」
将軍はあっさりと、ナオミの推測を認めた。
脳移植手術。即ち、新しい身体に脳を移し替える手術。
人間が裏世界に逃げ込む前の社会であれば、倫理的に認められないやり方だろう。しかしナオミ達バイオロイドにとっては、大した問題ではない。むしろよくある事であるし、当然の権利でもある。
というのもバイオロイドは思考パターン含めてデザインする訳だが、製造時の誤差で目的に適さない心身の(例えば動物愛護精神の強い食肉加工用バイオロイドなど)『不良品』が誕生する事は起こり得る。身体は特定業務に特化しているのに、人格的にそれが不適合では生き難いにも程があるだろう。
だったら身体を移し替えるのが合理的だ。自分の性格に合った身体となり、適した仕事が出来れば、その後の人生はより良いものとなるのだから。
故にバイオロイド達は身体と思考の不一致を感じたら、別の身体への脳移植処置を行う。人格適性のない者に作業を命じても非効率なので、行政も積極的に対応してくれる。
ナオミも脳移植に抵抗はない。軍用個体の性質上、上官命令に逆らうという思考も持ち合わせていない。DB型バイオロイドに適性があるという話も、暴走などの危険を考慮して軍も徹底的に調べている筈なので、誤りという事もないだろう。
「(後は、暗黒生命体の生息圏に侵入すれば当然命の危険がある訳だけど……)」
自分の生命の危機。普通の生物ならば強い拒絶感が生じるシチュエーションであるが、ナオミは殆ど気にしない。
それは時に命を投げ出す必要がある軍用バイオロイドだからというのもあるが、ナオミ個人の気質でもあった。死にたいとは微塵も思わず、リスクも好まず、可能ならば生存を選ぶが、必要なら別に死んでも構わないと考えている。軍用バイオロイドの中でも、ここまで自己の生命に頓着しないのは稀だ。
果たしてこの気質がDB型バイオロイドの肉体に適したのか。なんにせよナオミは自らの生命を軽視し、この作戦がもたらす社会的メリットの大きさを重視。仮に自分が死んでも問題ないと判断する。
「分かりました。脳移植手術を受ける事に同意します」
DB型バイオロイドの身体に自らの人格を移す事に、ナオミはさして悩まず同意した。
「感謝する。作戦は一月後に実施予定だ。脳移植手術及びリハビリ計画も順次伝えよう」
「はい。どれほど活躍出来るかは分かりませんが、微力を尽くしたいと思います」
「ああ、よろしく頼む」
将軍は右手を伸ばす。
気軽に握るのは階級差からして少々無礼か、とも思ったが、わざわざ相手が出してくれた手だ。拒む方が余程無礼だろう。
にこやかに笑いながらナオミは将軍の手を握り返す。
そして心の奥底で新しい身体に入る事を、ちょっと楽しみに思うのだった。