舐めるように黒刀を見ていた椿さんは「手前に黒刀を預けてみぬか」などと言ってきたが、黒刀を見る目が尋常ではない椿さんの提案に頷くと黒刀がとんでもないことになりそうなので、迷わず断っておく私。
それからも何かと理由をつけて、頑なに私の黒刀から離れようとしなかった椿さんを強引に引き剥がし、黒刀を取り戻してから工房を立ち去った私は、学区の第8小隊を連れて再び椿さんの工房を訪れた。
対面した第8小隊と椿さんは、椿さんが第8小隊の面々に用意する日緋色金製の装備をどんなものにするかを話し合った後に、それぞれの手や現在使っている武器などを椿さんに見せていた第8小隊の面々。
日緋色金を用いて使い手に合わせたオーダーメイドの装備を用意する最上級鍛冶師の仕事にかかる代金は安くはなく、1人1億ヴァリスとして第8小隊4人で4億ヴァリスとなったようだが、既に私が先払いで6億ヴァリスを支払っていたので、生徒達が4億ヴァリスを支払う必要はない。
シノブノさんは2振りの小太刀、サンジョウノさんは籠手と具足、テントウさんは大剣、マシマさんは刀と、それぞれに用意された日緋色金製の装備は、間違いなく第1等級武装。
4人分の装備に潤沢に使用しても残っていた日緋色金を用いて、椿さんは不壊属性まで持たせた刀を5本ほど作っていたようで、それもお守り代わりにと第8小隊と私に渡してきた椿さん。
刀の方は5本で2億ヴァリスと格安であったが、私の黒刀の鑑賞料や此方が日緋色金を用意したことも含めて割り引きしておいてくれたみたいだ。
とりあえず4億ヴァリスを支払っても残っていた2億ヴァリスで、不壊属性持ちな刀5本の代金を支払っておき、これで全ての装備を受け取った第8小隊は、ダンジョンの中層で新たな装備を手に馴染ませておくつもりらしい。
ダンジョンの中層で新装備を用いて戦っていく第8小隊の面々は、連携を行いながら戦っていたが、今回は後衛のサンジョウノさんも籠手と具足を馴染ませる為に前衛達と一緒に前に出て戦っており、中層のミノタウロスを籠手に覆われた拳で撲殺していた。
ダンジョンの中層でしばらく過ごし、木竜グリーンドラゴンまで倒した第8小隊は、完全に新たな装備を使いこなせるようにはなっていたが、今回は新装備を手に馴染ませることが目的である為、ダンジョンに長居することなく手早く撤収した第8小隊と私。
それから学区に戻り、身体を休ませた第8小隊は下層の更に深い階層へと向かう前に準備を始めることにしたようだ。
「調合学科が用意できるポーションよりも、オラリオで売られているポーションの方が効き目は高いでござるな。味だけは調合学科のポーションが上でござるが」
「オラリオのポーションは味よりも効能を重視してるんじゃねーですかね」
「おばあちゃんが言っていた。病は飯から。食べるという字は人が良くなると書く」
「せやなポーション以外にもダンジョン内で食う飯も必要やな、って何かテントウが言いたいことがなんとなくわかるようになってきたことに危機感があるんやが」
そんな会話をしていた第8小隊の面々は、下層探索の為にオラリオでポーションを購入することにしたようで、多少割高でも品質が良いディアンケヒト・ファミリア製のポーション各種を購入し、学区の商業学科の生徒が売り出していた保存食を買っていた。
それ以外にも必要になりそうなものを生徒達に助言しておいた私も、下層のより深い階層に同行する為、ある程度の準備をしておき、生徒達が準備を完了させると荷物を背負い、第8小隊と共にダンジョンへと向かう。
上層から中層を越えて下層の上部までは1日もかからずに到着した第8小隊は、全員がLv5となったことで、多少の無茶な行軍もできるようになっていたのは確かだ。
27階層まで続く「水の迷都」を越えた28階層こそが、下層の安全階層である「迷宮の花園」であり、採取可能な果実などは少ないが、飲んでも問題がない泉の水があり、檸檬のような柑橘類に似た味がほのかにする「迷宮の花園」の泉水を好んでいるエルフ達も居るようである。
何本もそびえる蒼水晶の柱と美しい花畑に、高い天井からは青白い藤の花が垂れ下がって、不可思議な光で「迷宮の花園」を照らしており、階層全体が青や紫に白などの色に見える神秘的な場所である28階層。
水分補給として点々とある泉の水を手で掬って飲んでいた第8小隊の面々は、ほのかに柑橘類系の酸味がある泉水に驚いているみたいだった。
「かすかに檸檬みたいな味がするでござるな。飲料としては悪くないでござるが」
「料理に水を使うときはこの泉水は使わねーようにしねーといけないですね」
「おばあちゃんが言っていた。どんな調味料にも食材にも勝る物がある、それは料理を作る人の愛情だ、と」
「愛情を込めて酸味が邪魔にならない味付けにすりゃええって言うても、それが簡単にできるのは料理がめっちゃ得意なテントウだけやろって、あかんは、テントウの語録を瞬時に解読できるようになってもうた」
安全階層で落ち着いた会話をしていた生徒達だったが、上や下の階層からモンスターが来た時に瞬時に対応できるように、警戒を緩めることはない。
それから安全階層である28階層の「迷宮の花園」を探索していた生徒達は、目星をつけていた蒼水晶を砕いて、幾つかの水晶飴というレアフルーツを回収していたようで、保存食以外にも水晶飴を食していた第8小隊の面々。
1日もかけずに28階層まで向かうのは、多少無茶な行軍であった為、Lv5であろうと少しは疲れがあるようだった第8小隊の4人。
時間ごとに交代で見張りをしながら、用意したテントで眠る第8小隊を少し離れたところで座って見守っていた私に、見張り役を務めていたテントウさんが話しかけてきた。
「おばあちゃんが言っていた。男と女は時として化学反応を起こす。なにがあってもおかしくない」
「教師と生徒で何かがあったら問題なんですが。落ち着いてくださいテントウさん」
「おばあちゃんが言っていた。強くなりたければ喰らえ、と」
そう言いながらにじり寄ってきたテントウさんから距離をとっておいた私は、諦めず迫り来るテントウさんから離れて、一定の距離を保っておく。
しかしそれでもテントウさんは全く諦めることはなく、此方への突撃を幾度も繰り返してきたテントウさん。
「おばあちゃんが言っていた。男には我慢できない1本があると」
「テントウさんのおばあ様に、お孫さんになんということを教えているんですかと文句を言いたくなってきましたよ」
そう言いながら幾度も突撃してくるテントウさんをいなして捌いておいた私は、深く溜め息を吐いた。
そんなやり取りを繰り返している間に、見張り交代の時間が来たが、明らかに体力を消耗していたテントウさんに「お前なにしとったんや」と呆れた顔を向けていたマシマさん。
「おばあちゃんが言っていた。女が何もなかったと言うときは、詮索するな、と」
「明らかに何かあったやないか、まあ、あんま体力を消耗するようなことはするもんやないで」
それだけ言ってテントウさんを問い詰めることもなかったマシマさんは性格的にさっぱりとしていて、本人が言いたくないことを無理に聞き出すこともない。
その後、レポートを書くことが苦手なマシマさんが、私に幾つかの質問をしてきたが、苦手なことも頑張ろうとしていたマシマさんを褒めておくと、マシマさんは素直に喜んでいた。
苦手でもちゃんとやろうと頑張っている生徒の手伝いをする位は許される筈だと考えて、下層の29階層からの環境や怪物などの情報を幾つかマシマさんに明かしておく。
それらを紙にメモしていたマシマさんは、忘れない為にメモを書くことを習慣にしているらしい。
レポート提出に役立ちそうな情報も幾つか明かしてはみたが、それらを上手く報告書にできるかは、マシマさんの頑張り次第になりそうだな。