私が教師として身を置くバルドル・クラスには、数多の生徒達やヴァーデンベルク先生も教師として所属しているが、クラスとは学区特有の体系であり、いずれ学区から巣立つ生徒達に、ファミリアに所属していたという肩書きを与えない為の処置で、これは生徒達の進路を考えてのことになる。
帝国の騎士、海洋国の海兵、魔導大国の魔導士、そして迷宮都市の冒険者やギルドの職員。
様々な進路が存在する学区の生徒達であるが、進路によってはファミリアという肩書きを警戒する人々も少なくはなく、神の派閥であるファミリアに所属していたという経歴持ちが、他派閥のファミリアに改宗した場合、よほどの信頼関係がなければうまくいかないこともあり、最悪の場合は間諜として疑われることもあるそうだ。
その為、あくまでも学区ではファミリアではなく学区の学級であるクラスという名称を使い、生徒達の将来を考えた配慮をしている学区は、生徒達を大切にしていた。
他派閥のファミリアからの移籍ではなく、学区という学校のクラスで、様々なことを学んできた期待の新人といったことにしておいた方が心証も悪くはならないということも、考えられているのかもしれない。
学区という学舎は複数の神様達と教師達に加えて、多数の生徒達によって運営されている世界最大の教育機関。
国家系ファミリアと似たような系統である学区には、複数のクラスが存在しており、校長でもあるバルドル様のバルドル・クラス以外にも、イズン様のイズン・クラス、ブラギ様のブラギ・クラスなどのクラスが、合計で十は存在している。
生徒達の所属クラスを見分けるには、制服の左胸に取り付けられている紋章を見れば、一目瞭然だ。
学区の制服に存在する紋章は、ファミリアのエンブレムのような扱いとなっており、それぞれのクラスを表す紋章。
ちなみにバルドル・クラスの紋章は、光と船というものであり、生徒達からの人気も高かった。
そんなバルドル・クラスに所属する教師である私は、冒険者やギルド職員になるという進路が決まった生徒達を迷宮都市に送り出す作業の手伝いをしていたが、学区を卒業した生徒達の中でも学業が優秀だったエイナ・チュールさんが、ギルドの職員となったところを見届けておく。
新人冒険者が何日生き残るかという賭けなどをしていたりするギルド職員や、私腹を肥やして身体まで肥やしているギルド長まで存在するギルドには、あまり良いイメージがない私だが、チュールさんという生徒がやってみたいと決めた仕事であるなら、それを否定することはない。
ただ、冒険者はあっさりと亡くなることもあるので、担当していた冒険者が亡くなることもあるかもしれないから覚悟はしておくように、とチュールさんには伝えておいた。
学区の生徒達のように、教師達に護られている訳ではない冒険者の死傷率は高く、死体が発見されずに遺品だけしか残らないなんてことも珍しくはない冒険者。
ギルドの職員となったからには、生きて帰ってこれなかった冒険者達を、チュールさんは数多く見ることになる筈だ。
ギルドで職員として働くと決めたチュールさんが、冒険者達の死によって折れてしまうことがないように祈っておくとしよう。
それはそれとして、ロキ・ファミリアの主神であるロキ様にセクハラされそうになったシノブノさんが、逆にロキ様にセクハラしまくっているのは、止めた方が良さそうではあるな。
学区から迷宮都市オラリオでの進路を選んだ卒業生達を見学に来ていたロキ様は、外見は美人なシノブノさんに思わずセクハラしようとして失敗し、逆にシノブノさんからセクハラされてしまっていた。
「なんやのこの子!無駄に洗練された無駄のない動きでうちの背後に回り込んで、尻を揉みしだいてくるんやけど!」
セクハラシノブノと呼ばれる位には、同性にセクハラしまくっていたシノブノさんの無駄に洗練された無駄のないセクハラに、ロキ様は翻弄されている。
「神の尻はたまんねぇでござるよ!胸は無いとしてもこっちの肉付きは中々でござるな!」
「ああっ!そないに揉んだらあかんって!」
そう言って恥ずかしそうに身をよじらせて、顔を真っ赤にしていたロキ様。
「あかんくないでござるよ!さあ、今度は前の方も」
「当て身」
明らかにセクハラがエスカレートしそうなシノブノさんに当て身を叩き込んで失神させておき、シノブノさんのセクハラから解放されたロキ様を見たが、顔が赤いままで息も荒い。
「申し訳ありませんロキ様。うちの学生が失礼しました。後日、ファミリアのホームにも謝罪に行かせていただきます」
そう言いながら私はロキ様に深々と頭を下げておいたが、なんとか息を整えたロキ様は「そないに気にせんでええよ。セクハラしようとしたら逆にセクハラされたとか完全に笑い話やし、うちの子達に知られたら爆笑されそうやから、態々ホームまでは来んといて」と恥ずかしそうに言っていた。
「シノブノさんのセクハラで此方がロキ様にご迷惑をかけたのは事実ですから、正式な謝罪も必要かと思ったのですが」
「あんま気にせんでええから、最初にセクハラしようとしたうちもあかんし、それでも気になるっちゅうなら、美味い酒でも奢ってくれればええよ」
「それではシノブノさんを学区に送り届けてから私は迷宮都市に戻ってきますが、待ち合わせ場所は何処にしましょうか」
「ほんまに奢ってくれるんなら、豊穣の女主人って酒場がうちの行き付けやし、そこにしよか」
「豊穣の女主人ですね。わかりました」
ロキ様と豊穣の女主人という酒場で待ち合わせることを約束し、失神したシノブノさんを担いで移動して、手早く学区に戻った私は、シノブノさんを同室のサンジョウノさんに預けておき、それなりの額のヴァリスを用意してから再び迷宮都市へと戻る。
豊穣の女主人という酒場にまで行き、店内に入ると女店員らしき女性が私を見た瞬間「目がぁぁ!目がぁぁ!」と眩しいものでも見たかのように、目を抑えながら床を転がり始めた。
「仕事できないなら引っ込んでなシル!」
酒場の女将らしき人にそう言われていた女店員の人は、まだまだ床で悶えていたが、他の店員達に連れられてなんとか店の奥に引っ込んでいったシルという名前の店員。
眩しそうに目を抑えていたシルという女店員に、私が何もしていないことを、全て見ていた女将は知っていた為、女将からは特に何も言われることはなかったが、他の店員達からは多少警戒されていたな。
そんなちょっとした騒動があったりもしたが、酒場の中でロキ様の居場所を探してみると、既に酒を飲んでいたロキ様に「こっちやで!」と呼ばれたので隣の席に座り、メニューを見て私も注文しておくことにした。
ロキ様の近くの席にはロキ・ファミリアの姿もあるが、護衛に徹しているのか、私とロキ様の会話に口を挟むことはない。
豊穣の女主人の料理のメニューを確認した私は、どうせなら普段あまり食べられないものを食べようと考えて、たまには肉を沢山食べておきたいと思った私は、厚切りのステーキを頼んでおく。
海上を移動する船である学区でなら新鮮な海鮮は食べられるが、保存食ではない肉はあまり食べられないので、こうして陸地に居る時ぐらいは肉を食べておくのも悪くはない。
注文してしばらくしてから、テーブルに置かれた厚切り肉のステーキは見るからに美味しそうであり、実際にフォークとナイフで切り分けて食べてみると、しっかりと肉を食べている感じがして、とても美味かった。
美味なステーキに夢中になりかけたが、今回はロキ様に美味い酒を奢ることが目的であるので、私はステーキを食べる手を止めて「ロキ様、好きな酒を頼んで大丈夫ですよ」と言っておくと「瓶でソーマ頼んでもええの?」と聞いてくるロキ様。
瓶1本で数万ヴァリスはするソーマという名の酒は、酒場で頼めば倍の値段になるかもしれないが、その程度なら充分支払えるヴァリスを持っている私は「ソーマを頼んでも構いませんよ」と快く許可を出す。
「太っ腹やな。ミア母ちゃん!ソーマをボトルで1本頼むで!」
嬉しそうな笑顔で、ソーマを注文したロキ様の前に瓶で置かれたのは、ソーマという作成者の神と同じ名の酒。
「ソーマは相変わらず美味い酒やで!もう1本頼んでもええかな?」
「頼みたいだけ頼んでも大丈夫ですよ」
「ほんまに太っ腹やな。ミア母ちゃん!ソーマもう1本!」
その後、ソーマを数本頼んで酔い潰れたロキ様を、豊穣の女主人に居るロキ・ファミリアの面々に引き渡し、ロキ様が飲んだ酒と私が食べた料理の代金を全て支払った私は、豊穣の女主人から立ち去り、学区の船へと戻っておいた。
まあ、シノブノさんのセクハラ被害にあったロキ様へのお詫びが、ソーマ数本で済んだのは安上がりだと思っておくとしよう。