ルーデウスに無為転変みたいなのを使える妹が増えたら 作:りんごりら
トマ視点
ミルボッツ領から外れ、フィットア領へ向けて石畳の道を進む。
暖かな日差しに照らされた固い石の上をコツコツと歩き、水筒に入った水をゴクリと飲む。
改造竜はまだ弱る気配が無い。
コイツは布を被せて竜ということを隠している。お陰で赤竜の下顎からミルボッツ領まで怪しまれることはなかった。
ロキシー先生によると明日にはフィットア領へ着くらしい。
わたしは気持ちを落ち着かせるように、再び水をゴクリと飲み、道の先を真っ直ぐに見つめた。
逸る心臓の鼓動を押さえながら。
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ドキドキと心臓が鳴り響き、周りの音が遠退いて、冷や汗が背中を伝って、ぎゅっと握りしめた両手は、感覚を失いつつある。
まだ、フィットア領に着いた訳ではない。
わたしはそこに足を踏み入れてない。
しかし、遠目から見えるフィットア領、そこには、何もない。
ただ、草原が広がっている、ように見える。
見えるだけだ。
だんだん早歩きになっていく。
いつもの歩き方も忘れて、必死に、走る。
脱力してしまった体は、足を容易にもつれさせ、真っ直ぐ走ることの邪魔をする。
いつもなら乱れない呼吸が、おかしい。
ちゃんと息が吸えない。
「はっはっはっは……!」
走って、走って、走って、転んで、走った先には、
遠目で見たのとなにも変わらない、ただの草原があった。
「…………………………」
ひゅう、後ろから吹いた冷たい風が、わたしの体を押し倒し、よろめくようにへたり込ませた。
目の前の光景が理解できない、わからない、したくない、信じられない、信じたくない。
フィットア領は、小麦豊かで、喧騒が町を包み込んで、人々の賑わいがある場所だったはずだ。
ロアの町には、エリスさん、にいさま、ギレーヌ、屋敷の人達がいて、誕生日を皆で祝った。
ブエナ村には、とおさま、かあさま、リーリャ、ノルン、アイシャ、シル姉、メグ、ハナがいる。
みんなわたしの大好きな人達で、帰ってきたら、たくさん抱き締めて貰うつもりだった。
それが、全部、出来なくなった。
幻想になった。
空想になった。
奪われてしまった、あの光に。
「…………これが、あの、フィットア領だというのですか…………。」
隣から唖然とした声が聞こえる。
言葉の意味もわからず、右から左へ流れていった。
けれど、あまりの虚しさと悲しさは、わたしの心の中からドロリと溢れだして、わたしの口から出ていった。
「…………ろきしー、せんせい。…………わたし、……帰るところ、無くなっちゃった……。」
「っ!……トマさん……!」
目の前が真っ暗になった。
ロキシー先生が強くわたしを抱き締めたのだ。
彼女自身の感情も乗せて、わたしを慰めるように、強く、強く、強く。
抱き締め返そうと、腕を上げようとした、だが、全身が悲しみという泥濘に飲み込まれてしまったわたしには、叶わぬ望みだった。
わたしは1歩も動けない。
もう、なにもできない。
それでも、ロキシー先生はずっと、背中を擦ってくれた。温もりを、わたしに与え続けてくれた。
どれだけ口を開かなくても、ずっと。
もう、わたしには、ロキシー先生しかいないのかもしれない。
「……大丈夫か?あんたらも、家族を失ったクチかい?」
頭の上から声が聞こえた。
あんたらも、か。
この見知らぬ人も、家族を失ったのだろうか。
「…はい、優秀な弟子と、その家族を。」
「…………実はフィットア領の難民キャンプがあるんだ。あんたらの家族の情報が載ってるかもしれない。行ってみるかい?」
家族の……情報……?
「難民キャンプ…!何処にあるんですか!教えてください!」
「え……ほんとに……?」
「家族の情報があるかどうかはわからん……確認しないことにはな。あっちの方だ。」
行かなきゃ。
震える足で無理やり立ち上がる。
ロキシー先生の手を握って、髭の男へついていく。
「ここだ。」
男が言った難民キャンプは、木でできた建物が数多く建っていて、村のような規模になっていた。
掲示板まで歩く途中、ナイフで自らの命を絶とうとする商人や、号泣し地面に崩れ落ちる家族が目に写った。
こんな空気、紛争地帯でも無かった。
あそこはそれどころでは無いというだけかもしれないが、わたしにとってはここの淀んだ空気の方がキツかった。
「そこの掲示板に、死亡者や行方不明者のリストが載ってある。……じゃあな、家族、生きているといいな。」
「ありがとうございました。」
「……ありがとう。」
髭の男は振り返らず、手を振って出ていった。
振り返って掲示板を見る。
死亡者リストは見ない、行方不明者だけを見て、家族と友達を探す。
身長のせいか、探しづらい。
まごまごしながら歯がゆい思いをしていると、ロキシー先生が声をあげた。
「……あった!ありましたよトマさん!
ルーデウス・グレイラット。
ゼニス・グレイラット。
リーリャ・グレイラット。
アイシャ・グレイラット。
以下行方不明……!」
行方不明!
つまり、死んでないかもしれない!
みんな光に巻き込まれたようだが、命があってまた会えるかもしれない!
「よかった……あの、とおさまとノルンは見つけられた?」
「ちょっと待ってください……………………あった!ありました!けれど、これは……。」
けれど?
けれどってなに?
ロキシー先生はどこでその名前を見つけたの?
行方不明者?……それとも……
処刑台に上がっていくような、緊張感と絶望感が走る。
「…少なくとも、死亡者リストにパウロさんとノルンさんの名前はありません。行方不明者リストに書かれていた2人には線が引かれてありました。」
「線が引かれてた?それって!もう見つかってるってこと!?」
「わかりません、ここの人達に話を聞いてみるしか……」
自分でももう一度、掲示板を隅々まで、もはや睨み付けるように確認する。
しかし結局見つけられず徒労に終わった。
溜め息をつき、掲示板から目を離して人に話を聞きに行こうとしたとき、ロキシー先生にギュッと腕を掴まれた。
「待ってください!見つけました、パウロさんの伝言です!」
とおさまの、伝言!
ロキシー先生指差す紙を読む。
『ルーデウスへ。
ゼニスとリーリャ、トマとアイシャが行方不明だ。
ノルンは俺が保護している。
お前が現在どこにいるかはわからん。
だが、お前なら一人でもここに辿り着けると考えている。
それに、トマはお前といた筈だから、保護してくれていると信じている。
よって、お前の捜索は後回しにする。
オレはミリス大陸へと行く。
そこがゼニスの生まれ故郷だからだ。
リーリャの故郷・実家にも伝言を残しておく。
お前は中央大陸の北部を探せ。
見つけたら下記まで連絡を。
ゼニス、リーリャも同様に連絡を。
また、オレや家族のことを知る人物、あるいは元『黒狼の牙』メンバーへ。
捜索を手伝って欲しい。
『黒狼の牙』の元メンバーは俺に思う所もあるだろう。
水に流せとは言わない。罵ってくれてもいい。
靴をなめろというなら舐めよう。
財産は全て消えたので報酬は出せないが、頼む。
オレの家族を探してくれ。
- 連絡先 -
ミリス大陸ミリス神聖国首都ミリシオン冒険者ギルド
パーティ名『ブエナ村民捜索隊』
クラン名『フィットア領捜索団』
パウロ・グレイラットより』
「生きてた……とおさまが、生きてたぁ……!ぐすっ。」
またへたり込んでしまったし、涙も出てきた。
だが、さっきみたいな絶望感は無い。
あるのは安堵だけだ。
わたしはほっと胸を撫で下ろす。
「本当に良かった……。」
ロキシー先生も安堵している。
「ぐすっ……んっ……ロキシー先生のお陰でここまで来れた……来れました。本当に、本当に!ありがとうございます!!!」
「いいんですよ、わたしがしたくてやったことですから。」
彼女は優しく微笑み掛ける。
この旅で何度も救われた、世界一の笑顔だ。
釣られてわたしも笑顔になった。泣き笑いだ。
掲示板から離れ、椅子に座ってこれからの話をする。
「わたしはパウロさんの伝言通り、捜索に参加したいと思います。探す場所は魔大陸です。」
「うん、私も行く。」
「いいえ、魔大陸へ行く前に貴女をミリシオンへ送り届けます。その後、魔大陸のためのパーティーを組んで探しに行きます。」
「とおさまの所まで送ってくれるの!?ありがとー!
……でも、とおさまとノルンに一目会ったら、わたしも魔大陸に行くよ。戦力として、心許ないことはないでしょ?」
剣術に無詠唱魔術、豊富な魔力量に、なにより無為転変!改造魔物で斥候や見張り、即席の武器も作れて移動手段も陸海空自由に!……海はやったこと無いけど。
「正直、ありがたい話ですが、パウロさんの許可を貰ってから言ってください。貴女はまだ8歳なんですよ?」
「むぅ、にいさまだって7歳で家庭教師行ってた。」
「魔大陸は家庭教師より過酷な環境です。」
そんなに大変な所なのか。
魔大陸に飛ばされなくてラッキーだ。
「さて、話を纏めます。
まずはミリス神聖国首都ミリシオンへ向かうため、王竜王国の港町、イーストポートを目指します。
その後、海を渡ってウェストポートへ、ミリシオンに向かいます。そこの冒険者ギルドへ行き、パウロさんと合流します。」
「わかりました!」
わかりやすい説明だ。
それに、気分がいい。
フィットア領へ戻って来るときよりも、希望に満ち満ちている。
早速立ち上がって、改造竜に乗せてある荷物を点検する。
食料よし、お金よし、冒険者プレートよし……
一通り終わったのでロキシー先生を呼ぶ。
あれ?
浮かない表情をしている。
「どうしたの?」
「あっいえいえ!何でもありませんよ!点検は終わりましたか?」
「終わったけど…。」
「じゃあ早速行きましょう!ミルボッツ領に戻りますよ!」
見間違えだったのかな?
小声で、「ミリス神聖国ですか……。」って言ってたような?
心配だ。
でも、大丈夫。ロキシー先生を苛める人は、ちゃんと皆殺しにするから。何人でも。
彼女を守る決意を固めながら、わたしは、ロキシー先生の後を追った。
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「……………………んぁ。」
いつの間にか馬車で眠ってしまっていたようだ。
ガタガタと揺れる馬車にも慣れきって、こんなに熟睡できるようになった。
それにしても懐かしい夢を見た。
フィットア領に戻ったときのことだ。
あの時、もし1人でそこに辿り着いていたら、わたしはどうなっていたのだろう。
挫けて立ち上がれず、そのまま餓死していただろうか。
それとも、無為転変のお陰で、一日中動かない生きた死体のようになっていたかも。
そんな風にならなかったのは、彼女がいたからだ。
チラリと隣の青髪の先生に視線を向ける。
腕にべちゃっとした液体が着いていた。
あっやび。
ロキシー先生にもたれかかって寝ていたため、よだれが服についてしまっていたのだ!
いけない!すぐに取らなきゃ!
服の裾でごしごしと拭いて、綺麗にした。
これでバレないかな?
うぅー、ごめんなさい。後で新しい服をプレゼントしよう。
冒険者ランクが上がって、高い報酬のやつを取れるようになっててよかった。
馬車の外から朝焼けが差し込んでくる。
赤色からオレンジへ変わっていく太陽を眺めながら、袋からパンを取り出し、ちぎって食べる。
「もうそろそろ着きますよ。」
「わかりました。」
馬車の御者が到着を知らせてくれた。
ロキシー先生を起こさないと。
右肩をユサユサと揺らして、声をかける。
「ロキシーせんせー、もう着くよー。」
「スースー……ぅう?……トマさん?……どうかしたんですか……?」
起き抜けで意識がぼんやりとしていて、目線が合っているのかいないのか。
力無くわたしにしなだれかかってきた。
んふふ、寝ぼけてぽやぽやしてる。
馬車の中だし、安全で熟睡しちゃったんだろうな。
「もうすぐ着くよ、王竜王国港町、イーストポートに。」
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