ルーデウスに無為転変みたいなのを使える妹が増えたら 作:りんごりら
ルーデウス視点
気づけば白い場所にいた。
辺り一面なにもない空間だ。
俺の最後の記憶は、俺に向かって突っ込んでくるオルステッドの姿だ。
トマが無為転変を使いオルステッドの右腕を破裂させた。
オルステッドはそれをうまく再生出来ずに戸惑っていたようが、冷静さを取り戻した後は圧倒的だった。
エリスを吹っ飛ばしルイジェルドの意識を飛ばして、俺を……恐らく殺した。
最期の瞬間はわからない。
なにしろ一瞬で意識がなくなったからな。
腹の次は頭でも潰されたのだろうか。
まぁ、皆は無事だろう。
アイツが狙ってたのは俺一人だった。
………………あーあ、こんな終わり方か。
溜め息だけで呼吸が出来そうなくらいの落胆と、全身を蝕むやるせなさが俺を包み込む。
俺は大の字になって寝転がる。
前世の醜い体になったときの、いつものかきむしるような焦燥感はやってこない。
死んだからだろうか。
「やあ」
ぼーと白い天井を見つめていたら、人神が俺を立ったまま覗き込んできた。
ニヤニヤと腹立つ顔を携えて。
はは、モザイク野郎のモーニングコールとか誰得だよ。
「ひどいなぁ、神様の挨拶だよ?もっと喜んでくれないと」
喜べるわけねーだろ。
右腕で目を覆って、暗闇しか見えなくする。
「まぁ、それもそうか。……残念だったね」
あぁ、残念だよまったく本当に。
俺はバカだったし、なんにも出来なかった。
……でも、いきなり殺しに来るのはひどいだろ。
なぁ、なんでオルステッドはお前の名前を聞いた途端に襲いかかってきたんだ?
「奴は悪い龍神だからね、善良な僕を目の敵にしているのさ」
へぇ善良ね、面白いこと言うな。
けどま、お前は目の敵にされやすそうだしな。
でも、それなら事前に教えてくれてもよかったんじゃないか?
お前いろいろ見えてるんだろ?
「いや、ごめん、実は『龍神』に関しては見えないんだ。未来も現在も見えない。君が奴と出会うこともわからなかったんだ。奴にはそういう呪いがかかっていてね。4つくらい」
呪いか。
そういえば、トマのあれってなんなんだ?
魂をあれこれ弄って肉体変えて。
神子ってトマ以外にもいるんだろ?
ああいう力持ったヤツはいるのか?
「いないよ。少なくとも僕が生まれてから一度も見たことがない。とってもレアな力だね」
そうなのか。
「そうだよ。僕も初めて見たときはビックリしちゃったよ。でもまぁもう………………………………ね」
…………?
なんだ。
煮え切らない態度だな。
「そうかい?ま、いいや。
せっかく僕と話せるんだ。聞きたいことはないのかい?なんでも教えてあげるよ」
そりゃありがたいな。
もうなんの意味もないが。
ヒトガミの話の中で興味深い事はいくつかあった。
簡単にまとめると
・オルステッドは嫌われる呪いを持っている。俺に効かないのは異世界人だからかもしれない。
・スペルド族はラプラスの槍の呪いを受けていた。呪いは薄れつつあったが、ルイジェルドには残っていた。しかしこれも髪を切ったことから時間経過とルイジェルドの努力でどうにかなるらしい。
・人神は恐らく隠し事している。オルステッドのことを知らないっていったくせに、ベラベラ詳しく喋っていた。
これらを話している間、人神は妙に上機嫌で気味が悪かった。
後、俺に気持ち悪いくらい親切で気を遣っていた。
なぜだろう。
死んだヤツにはサービスしてくれるのか。
ならもっと色々聞き出せばよかったか。
「死んだ?」
お前もわかってるだろ。
俺はオルステッドに殺されて、終わるんだよ。
「なるほどね、それで自暴自棄になっているのか。」
まあな。
っと…そろそろ意識が薄れてきたし、お別れか。
最後にお前と穏やかな気分で話が出来てよかったよ。
嫌いなことは変わらないがな。
誰とも話さずに終わるよりはマシだった。
「そうかい……じゃあ、覚えておいてほしい。どんなことがあっても、僕は君の味方だよ」
なんだ?
気持ち悪いな。
初めて会った時みたいな雰囲気出しやがって。
「手厳しいなぁ。ま、でも君に朗報だ」
ん?
「君、死んでないよ」
---
ふと、目が覚めた。
体の節々がギシギシと痛む。
結構な時間、このゴツゴツした岩の地面に横たわっていたらしい。
いやそんなことより
「生きてる……?」
ローブの中央には大穴が空いてるが、そこから見える俺の地肌に傷はない。
ペタペタと首や顔を触ってみるが、傷痕なんて見つからない。
なんでだ。
見逃してくれたのか?
あんなに俺を殺そうとしていたのに?
「そうだ、皆はどこに……」
幸い、すぐに見つかった。
エリスは岩壁にもたれ掛かって気を失っていた。
ルイジェルドは道の中央で槍を持ったまま膝立ちで気絶していた。
しかし、トマが見つからない。
俺は2人に毛布をかけ、焚き火を作ってから探し始めた。
まずは、アスラ王国方面の道を進んでみる。
いつぞやのシーローン王国みたいに大声で呼びながら。
もしかしたら、去っていったであろうオルステッドに追撃したのかもしれない。
トマは俺達の中で一番オルステッドにダメージを与えていたし、耐久力だってひとしおだ。
焚き火が見えなくなるくらい歩いてもいなかったので、戻って今度はシーローン王国方面を探してみる。
こっちにトマがいる理由は思い付かない。
だから後回しにした。
ここは一本道なので、俺は二択を外したわけだ。
さっきと同様に声を張り上げながら歩く。
歩いて、歩いて、歩いて、歩いて。
歩いて、歩いて、歩いて、声をさらに上げて。
歩いて、歩いて、歩いて、声が震え初めて。
歩いて、歩いて、寒いのに何故か汗が流れ落ち
て。
歩いて、息が苦しくなって、歩いて、焦燥感が胸を焼き尽くして。
歩いて、歩いて────走って、走って、走って、走って。
口が血の味しかしなくなっても、心臓が内側から胸を叩きつけるように脈打っても、足が鉛のように重くなっても、俺にはどうでもよかった。
だが、人間には限界がある。
俺はゼエゼエと呼吸がし辛くなり、視界が白んで膝から崩れ落ちてしまった。
起き上がるため、震える腕で体を持ち上げ、気合いだけで頭を持ち上げた時、一本道の外側、すなわち崖になっている方が見えた。
トマが見つからない。
それは、崖に落ちたからじゃないのか。
なぜ崖に落ちたのか。
オルステッドと戦ったからだ。
なぜオルステッドと戦うハメになったのか。
俺が声をかけたからだ。
なぜ俺は声をかけたのか。
人神と同じ感じがして、何か知っていると思ったからだ。
つまり、俺のせいでオルステッドと戦って、トマが見つからないのか。
いや、見つからないだけだ。
きっと生きている。
だって、トマは言っていた。
魔力さえあればどんな怪我も一瞬で治るって。
それも少ない魔力でいい、自己補完の範疇で治せるって。
それに、トマは俺より強い。
破壊力だけなら俺が上だが、それ以外の剣術や防御力、速さだってトマの方が上だ。
だから生きている。
再会したら、まず謝ろう。
俺のせいでオルステッドと戦う事になってごめんなさい。
俺のせいで肉塊みたいな姿になってごめんなさい。
俺のせいで、崖から落ちる事になってしまってごめんなさい。
情けない兄でごめんなって。
エリス達の所まで戻って来た時、既に二人は目覚めていた。
「ルーデウス!」
「エリス……」
エリスは俺に駆け寄って抱き締めてくれた。
いつもならその柔らかさや匂いに俺の息子が反応するはずだが、今はそれより心にきた。
腕を回して抱き締め返す。
その温かさが俺を癒し、同時に自己嫌悪を増幅させる。
俺は、俺の行動のせいでこの温かさを失いそうになったのだ。
「ルーデウス……」
「ルイジェルドさん、無事でよかったです」
ルイジェルドも歩いて俺の傍に来た。
「トマは……どこだ?」
「探し回ったんですけど、見つかりませんでした。恐らく崖から落ちたのだと思います。」
「……そうか」
ルイジェルドは目を伏せて、俺に頭を下げた。
「すまん……お前の妹を守りきれなかった」
俺は慌ててルイジェルドに手を伸ばす。
そもそもオルステッドが襲ってきたのは俺が声をかけてしまったのが原因だ。
それにルイジェルドは真っ先に俺を庇ってくれたし、その後も必死に戦ってくれた。
感謝することはあっても恨むことなんて一つもない。
「顔を上げてください。そもそもトマは死んでませんよ。魔力がある限りほとんど不死身なんですから」
「魔力がある限りはな……」
不穏な言葉が耳に入り、ゾワッと背筋が凍った。
ルイジェルドは続けて言った。
「あの白い髪は魔力が枯渇した証だ」
魔力が……枯渇?
髪が白くなるのが魔力切れの印なのか。
俺が最後に見たトマも髪が白くなっていた。
その前にくすんだ水色になっていたから、神子の力の影響だと思って特に気にしていなかった。
ならば、いや、それだと、トマは
「すまん…………」
「いや……なんで、謝るんですか。なんで、そんな顔をするんですか」
ひどい耳鳴りが俺の聴覚を奪っていく。
指先から血の気が引いて、じっとりと冷や汗が滲む。
「だって、そんな顔されたら、本当に」
「すまん……ルーデウス……」
「だから、謝らないでくださいよ……!」
ふらふらと覚束ない足取りで、必死に最悪から目を背けて、ルイジェルドの肩を掴む。
歯を食い縛りながら、指先が真っ白になるくらい強く。
ルイジェルドの態度は一貫している。
それも俺にとって致命的に不都合な方に。
「ルーデウス……その、私も、役に立てなかった……」
肩が触れるくらい近くにいたはずのエリスは、俺から3歩離れた位置に申し訳なさげに立っていた。
いつものつり上がった眉も垂れ下がって、彼女のたくましさを感じる声も小さく、弱々しくなっていた。
「エリス……」
「ごめんなさい」
だから、なんで、謝るんだよ……!!!
感情が理性をぶっ飛ばして、堰を切ったように叫んだ。
「ルイジェルドさんもエリスも!なんでそんなこと言うんですか!トマが死んでるわけないでしょう!アイツが!崖程度で!死ぬわけがない!!!」
頭の中の考えを吹き飛ばすくらい声を張り上げる。
「トマは神子なんですよ!特別な存在なんです!俺と違って、誰にもできない力を持っている!そんなヤツがこんな所で死ぬわけがない!!!」
大袈裟な身振り手振りは、俺の考え、言葉、叫びだけが正しくなるために。
醜悪だな、前世の壁ドンとなにがちが───
違う!
そんなこと考えるな!
「今にも崖から出てきますよ。ほら、トマって生き物を従わせられるじゃないですか。あの竜とか魔獣を。未だに出てこないのは、きっとそのための生き物を探してるんですよ」
俺自身も信じきれない薄っぺらい妄言をつらつらと並べる。
掲示板で培った中身のない文章だ。
なんでだろう。
反射だけで話しているからか、頭では違うことを考えてしまう。
全部自虐だけど。
「それか魔獣をストックしてるんじゃないですか?この戦いでほとんど使いきったでしょうし。
そうだ。トマってまだ中級魔術までしか使えないんですけど、最近上級を教えてるんですよ。
あと人形作りも様になってきていて、俺が唸るほどの癖を詰め込んだ作品を作ったんですよね。
それを俺が褒めると嬉しそうに身を震わせて抱きついてきて」
「ルーデウス」
ルイジェルドが俺の両肩を掴んだ。
あれ?
なんかルイジェルドがぼやけて見える。
「今は、泣け」
頬に手を当ててみると、確かに濡れていた。
「俺の、いや、僕のこれは、涙じゃないですよ。悲しいことなんてないんですから」
そう言ってるのに、流れる液体の量は次第に増えてきた。
呼吸がヒックヒックと吸い込むように変わってくる。
ルイジェルドが不意に頭を撫でた。
連想記憶を刺激されたのか、パウロの顔が頭に浮かんだ。
だらしない顔だ。
トマとノルンに抱きつかれてデレデレしている。
そうだ、思い出した。
俺は、離れた所からそれをニヤニヤ見てたんだ。
それで、パウロがちょいちょいと手招きするから、仕方なく抱きついてやって、父親の幸せを感じて貰ったんだ。
だんだんパウロとの会話が蘇ってきた。
夜、パウロが泊まっている宿で俺達は話した。
内容は、トマの神子の力と旅の同行。
パウロは俺がいるからトマの旅の同行を許可していた。
俺は自分一人で決めるのは良くないと思って、宿に戻って二人に話して許しを得た。
その時ルイジェルドは、「せっかく会えたのに、また家族と離れるのは辛いだろう」って言ったんだ。
正直、ミリスでトマと会うまでは、家族の恋しさを余り感じていなかった。
その余裕が無かった。
けれど、実際家族と過ごしてみたら、俺の心が癒されていくのを実感した。
家族の大切さを知ったんだ。
離れ離れになってようやく……
違うか。
引きこもって、追い出されて、死んで、転生してようやくか。
つくづく学習能力がない。
でも、やっと知れたんだ。
なのに、俺は家族を失った。
俺のせいで。
パウロは再び家族を失い
ノルンは頼れる姉を失い
リーリャは仕える家族を失い
アイシャは優しい姉を失い
ゼニスは愛娘を失い
俺はお兄ちゃんっ子な妹を失った。
あぁ、ダメだろこんなの。
ちくしょう。
こんなのを、認めてしまったら。
トマが死んだのを、実感してしまったら。
半開きの口の端から、零れるように言葉が落ちた。
「パウロに、合わせる顔がない……」
あぁ、俺って、
クズのままだったんだ。
クズだから、妹を死なせたんだ。
そう思った瞬間、俺は意識を失った。