ルーデウスに無為転変みたいなのを使える妹が増えたら 作:りんごりら
トマ視点
母さまが迷宮に捕まっている。
ギースさんから伝えられた情報はそれだった。
誰もが口を紡ぎ、沈黙がこの場を支配する。
わたしはショックと困惑で、その言葉を上手く咀嚼できず、飲み込めないでいた。
人や組織に捕まっているんじゃなく、迷宮に捕まっている。
迷宮探索に熱中しすぎてわたし達の元へ帰ろうとしないという比喩的な表現なのか、それとも、迷宮というのは何か組織等の名前でそれに囚われているのか。
グルグル胡乱に思考が回って、言葉に変換できない。
「どこの……なんで捕まってるんですか」
初めに沈黙を破ったのは、兄さまだった。
「俺も詳しくはわかってねぇんだけどよ。数年前に迷宮探索へ入ったパーティーの中に、ゼニスらしき人物を見たって話だ。それで……」
「それで、なんですか?」
ギースさんはより言いにくそうに、声を落とした。
「そのパーティーは消息を絶ったってよ」
動悸が激しくなるのを感じる。
消息を絶ったって……
いや、そんな、待ってよ。
わたしは声を震わせながら、カラカラに乾いた口を開く。
「じ、じゃあ、母さまは……」
「いや、まだ死んだとは限らねぇ。迷宮にゃ予想もつかない変な罠や魔道具があったりするからな。だから捕まっただ」
直接的な表現を使わないのは、わたし達への配慮なのだろう。
でも、でもでもでも、わたしは目の輝きが無くなった母さまの姿しか幻視することができない。
だって、数年前に迷宮に潜って、そこから生存報告が……
…………数年前?
ギルドに母さまの活動記録は……
いや、それはどうでもいい。
実際迷宮に入る母さまを見たというのだ。
そこを熟考しても意味がない。
「それに……最悪の時でも、墓くらいは必要だろ。そのためにも、迷宮に潜ってゼニスを持ち帰らねぇと…」
わたしは、あんな災害があっても家族全員でまた集まれると信じていた。
でも、ダメなのか。
考えてみれば、この災害で家族を失った人の方が遥かに多いはずだ。
なんで、その大多数の方にわたしがいないと思ってたんだろう。
そんな奇跡、起こるわけないのに。
…………考えたくなかっただけか。
「いえ、ゼニスは生きていると思いますわ」
エリナリーゼが口を挟む。
そういえば、母さまがベガリット大陸にいるというのはエリナリーゼに聞いたからだった。
その情報は合っていた。
ベガリット大陸の迷宮に入った母さまは、消息不明になったのだから。
「前に魔界大帝がゼニスは生きているといっていましたわ」
「魔界…………誰?」
「魔界大帝キシリカキシリスですわ。その方にゼニスの居場所を聞いて、パウロや貴女方に伝えたんですのよ」
聞いたことあるようなないような。
人魔大戦の筆頭だったっけ。
そして兄さまに予見眼を与えた人。
「魔界大帝がそう言ってたんですか?」
「ええ、実際に質問したのはロキシーですけど、生きているのは間違いないそうですわ」
「本当に!?」
生きている!
生きてさえいれば、魂が霧散していなければ、わたしはどうにかできる。
生きた母さまにまた会える!
「ギースさん!どこの迷宮で消息を絶ったの?」
居ても立っても居られず、思わず立ち上がってテーブル越しにギースさんへ詰めよった。
「転移の迷宮ってとこだ」
「よし早く行こう今すぐ行こう!」
「おい待てって!話を聞いてくれ!」
個室から飛び出そうとしたわたしを捕まえて、ギースさんは手帳を取り出す。
「俺はゼニスの話を聞いてから、転移の迷宮に潜るパーティーに雑用やら斥候やらで入って地図を作っていた。だがなあ、そこが厄介な場所でよ。
魔法陣が至るところにあってどこに飛ぶのか分からねぇ。」
魔方陣とは、転移魔方陣の事だろう。
だから転移の迷宮。
人探しにとって最悪の場所だ。
だが、魔物を斥候に使い物量作戦で地図を作ればいいのではなかろうか。
「大丈夫なんとかできるよ。早く行こう!ほら、兄さまとエリナリーゼも立って!」
「いや、明日にしよう」
「なんで」
「そんな浮き足立った状態で迷宮に入ったら危ないし、何かを見落とす。落ち着いてから行くべきだろう」
落ち着いてないのは自覚している。
エリナリーゼとギースさんの話の時差から、迷宮内でも長く生き残れているのは分かっているが、それでも早く助けるべきだろう。
「わたくしも明日出発するのがいいと思いますわ」
「エリナリーゼもそう思うの?」
「ええ、それから地図の作成をするのならギースにパーティーへ入って貰う必要がありますし、貴女の事情をどこまで話していいのか決めないといけませんわ」
あ、確かに。
母さまを効率的に探す為に無為転変を使うのは確実だが、説明してなかった。
二人共知ってる人達だったので自然に頭から抜け落ちていた。
うーむ。
二人に窘められてしまった。
冷静になってみると、今日はもう真夜中だし無為転変を説明するとさらに時間取られると気づいた。
母さまを1日で見つけられる可能性は低いのだからきちんと休んで迷宮に入る方がいいか。
「わかったよ。今日は休むね」
「ああ、お前の事は宿で話そう。ギースさんは宿取ってますか?」
「おう。何の話か分からねぇが、先輩の宿で聞くぜ」
「わざわざありがとうございます」
「いいってことよ。むしろもっと舎弟みたいに接してもいいんだぜ?牢屋ん時みたいに」
牢屋とな。
兄さまが話していた魔大陸の旅で出てきたドルディアの村冤罪投獄事件だろう。
もしやその時に知り合った人なのだろうか。
話は宿で色々聞こう。
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宿でギースさんにわたしの術式を話した。
実際に目の前で魔物を弄ったり体を変えたり。
ギースさんは興味深そうに力を色々質問してきた。
「いやーすげぇな兄弟揃って!兄は無詠唱の水聖級魔術師で妹は神子っつーんだからな」
「んふふ、それほどでもないよ」
「てことはあれか、先輩が女になってんのはトマの力なのか?」
「そうなんですよ。サキュバス対策です」
テーブルを中心にして、わたしとエリナリーゼはベッドに、兄さまとギースさんは椅子に座っている。
「そういえば、転移の迷宮にサキュバスは出るんですの?」
「いや、出てこねぇはずだ」
「そうなんだ。兄さま、どうする?」
兄さまがギースさんの手帳をテーブルに置いた。
そして腕を組んで悩む。
「うーん。男に戻ってもいいんだが、体に魔力を流す感覚を女の体で慣らしてしまったからな。男に戻った時、暫く上手く動けないかもしれない」
「ベガリット大陸から離れたら戻る?わたしはどっちでもいいけど」
「どっちでもいいってお前な……」
兄さまが男だろうと女だろうと好きで尊敬してるのは変わりない。
「なぁ先輩、女の体ってどんな感じなんだ?」
ギースさんがにやけた顔で兄さまの肩を掴んだ。
「そうですね。まず、胸が重いです」
「ハハ、そりゃそんなにデカけりゃな」
「男の視線がよく分かりますね。僕だってこんな胸の人がいたら見ちゃいますよ」
「ちげぇねぇ」
「ルーデウスは小さい胸はお好きじゃありませんの?」
パッドで誤魔化されているが、エリナリーゼの胸は小さい。
エリスさんよりも小さそうだ。
もしかすると、わたしよりも?
「エリナリーゼ、男ってのは好き嫌いに関わらずデカい胸があったら見ちまうもんだ」
「わかってますわよ。ただルーデウスの好みを聞いてるだけですわ。どうですの?」
「僕は……エリスの胸が好きです!」
「おお、流石兄さま!」
2年経っても兄さまのエリスさんへの愛は衰えない。
ここから兄さまの熱が入ったようで、エリスさんへの愛を語りだした。
馴れ初め、家庭教師、魔大陸、フィットア領まで。
ここまでの愛がありながら、何故下半身に負けるのだろうか。
わたしも男になったらわかるのかな。
話終えた辺りで、ギースさんが静かにわたしへ聞いてきた。
「……そういや、その無為転変っつうの?種族を変えたりは出来んのか?」
「擬似的に体の構造を変える事はできるよ。わたしがその種族をよく知ってないといけないけど」
「へぇ……」
「なりたい種族があるの?人族ならできるよ」
「いや、なんでもねぇ」
答えた後、ギースさんは何故か遠い目をしていた。
それが、何故か印象的だった。
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翌日、ぐっすり寝て体調を整えたわたし達は準備を整え転移の迷宮へ向かった。
改造魔物を使ったら半日で着いた。
転移の迷宮は難易度S級であり、その転移魔方陣という面倒な特徴から冒険者に好かれていないらしい。
人が少ないのは好都合だ。
無為転変使いたい放題キャンペーンが開催された。
「じゃあ、入るぜ」
ギースさんを先頭に、転移の迷宮へ足を踏み入れた。
今回の目的はわたしと兄さまが迷宮に慣れる事、迷宮の地図を作成することだ。
どれだけの時間が掛かるか分からない。
今考えてみると、昨日のわたしは無謀だった。
反省しよう。
「薄暗いですね」
「ええ、松明を落とさないよう気を付けるんですのよ」
洞窟探索は初めてだが、これは難しい。
明かりの松明で片手が塞がってしまう。
どうにかできないだろうか。
「無為転変」
ポケットの改造魔物を弄ってみる。
手が塞がらない光源、単に魔物を光らせればいいか。
掌の上で魔物がぐにゃりと変形し、大きくなって発光し始めた。
そして四足歩行で歩く。
「これを光源にしよ」
「こりゃ便利だ。ありがてぇ」
むふふ、褒められちゃった。
第一階層は壁や天井に白い糸が張り巡らされ、床には小さな小蜘蛛がうようよ這い回っている。
当然潰しながら歩くため、一歩進む度プチプチ音がなる。
出てくる魔物はB級の
一匹くらい捕まえてみようか。
そう考えながら、ひたすらギースさんの足跡を踏んで、歩く。
これが意外に神経を使う。
「んお!魔物だ!」
やっと魔物が出てきた。
ギースさんが下がり、エリナリーゼとわたしが前衛になる。
「行きますわよ!」
「ちょっと待って。コイツら捕まえたい」
「生け捕りですの?」
ポケットから二つの魔物を取り出す。
「一瞬で終わるよ。
魂の拒絶反応により爆発的に質量が増加、威力を抑えた撥体が飛んでいき、網のように朱凶蜘蛛に絡み付く。
わたしはプチプチ歩いてそれに近づき、掌を押し付けた。
悲鳴を上げながら朱凶蜘蛛は掌に収まるくらいに縮んだ。
「よし!次からは殺していいよ」
一見最強の戦術に見えるが、魔物を2対1で交換しているのでやり過ぎるとストックが無くなる。
「こりゃすげぇな……」
お褒めの言葉を賜ったところで、再び深層へ進んだ。
順調に進んで行くと、大部屋に到着した。
どうやらここは、朱凶蜘蛛がひしめいているらしい。
それなら避ければいいのでは、と思うかもしれないが、ここを突破した先に魔法陣がある。
ギースさんはそう言っていた。
迷宮で戦う時に気を付けることは、火を使わないことと天井に向けて攻撃しないことだ。
前者は毒が充満して、後者は洞窟が崩壊する。
いっそ兄さまの魔術で全てを壊してしまった方が早そうだが、母さまが捲き込まれてはいけないのでそれは出来ない。
「入るぞ、先輩頼んだぜ!」
「任せてください」
突入した瞬間から兄さまは
兄さま達がいる後方へ近寄らせないために、わたしとエリナリーゼは剣を振るって蜘蛛を倒す。
魔力は節約だ。
わたしは兄さま程魔力量が多くない。
迷宮に何日も潜るのだから、量を気にせず使っていいのは兄さまだけだ。
大量の氷の槍が奥から蜘蛛を貫き、命を刈り取る。
数分もしないうちに、全て倒しきってしまった。
「先輩も相変わらずすげぇな……」
ギースさんが呟いた。
そうでしょ!兄さまはすごいのだ。
部屋の奥には二つの魔法陣があった。
一つは大きく丸印の刻まれた石が置いてある。
「こっちが第二階層へ繋がる魔方陣だ」
改造魔物に先行させてから、わたし達も乗った。
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第二階層は小蜘蛛がいなくなり、土の地面がさらされていた。
魔物は巨大な鋼鉄の芋虫、アイアンクロウラーが出てきた。
興味深い点は、朱凶蜘蛛と協力して襲いかかってくることだ。
アイアンクロウラーが盾となり、朱凶蜘蛛が蜘蛛糸を飛ばしてくる。
ひとつ思い付いた事がある。
わたしの蜘蛛を使えば騙し討ちが出来るのでは?
「次に魔物に会ったらわたしに任せてくれない?」
「何やるんだ?」
「改造蜘蛛使って騙し討ち」
と、兄さまと話していたらアイアンクロウラー御一行が現れた。
噂をすれば、というやつだろうか。
「無為転変、やれ」
糸の射出能力を強化した改造蜘蛛がアイアンクロウラーへ接近する。
そして、アイアンクロウラーは警戒すること無く、糸に絡め取られた。
「やった!兄さま、今のうちに」
「トマ!前見ろ前!」
焦った兄さまの声、疑問に思いながら前方に振り向くと、アイアンクロウラーがムカデのようなスピードで近づいていた。
うわ!効いてないの!?
重すぎるのか、それとも共生関係だからか!?
『泥沼!』
アイアンクロウラーは突然発生した泥沼に足を取られて動けない。
そのまま兄さまの
わたしが体当たりされても死ぬわけじゃないが、陣形が乱れる可能性があった。
戦闘の後、周囲の安全を確認して休憩になった。
その時皆に目茶苦茶怒られた。
「なんとか間に合ったし、当たってもお前なら平気かもしれない。けど、迷宮探索ではちゃんと集中しろよ」
「トマ、遊びじゃありませんのよ」
「そうだぜ。工夫しようとするのは結構だけどよ、緊張感は持っていねぇとな」
「はい……ごめんなさい」
現実は上手くいかないものだ。
第二階層は一階層程マッピングが進んでないらしく、改造魔物を使って安全かつ効率的に地図を作っていった。
ギースさんは戦闘能力こそないものの、それ以外の能力は驚くほど高く、みるみる内に第二階層の全容が分かっていく。
そこで1日を使い、魔物に見張りさせながら就寝した。
翌日、作戦会議の結果、第三階層へ入るのが決定した。
ギースさんのお陰で第一階層と変わらず順調に進み、大部屋に到着した。
ここまでは多くの冒険者が到達していて、情報が多く手に入ったからというのもある。
中で待ち構えているのはアイアンクロウラーと蜘蛛。
数が増えた所で兄さまの魔術に勝てる訳もなく、岩砲弾連射で蜂の巣にされた。
「相変わらずじゃなく、先輩前より強くなってるな」
「分かりました?この体になってから調子いいんですよ」
---
第三階層は出現する魔物にマッドスカルが加わる。
首の無い泥の巨人で、胸のドクロが弱点だ。
一番の特徴は魔物を従えることで、第二階層で出てきたやつらを従えて指揮を取る。
その上岩砲弾のような魔術を使い、ドクロ以外にダメージを与える方法が無い。
どうやらドクロが本体みたいで、魂もそこにあった。
泥を触っても魂を弄れない。
人が持っている剣に触れてもその人の魂を弄る事が出来ないのと同じだ。
そんな厄介な魔物、マッドスカルは兄さまの岩砲弾であっさり死んだ。
前衛の魔物も改造魔物とわたしとエリナリーゼで十分に倒せた。
数が多い場合は
第三階層はマッピングが徹底されてなく、ここで2日間程探索した。
改造魔物の雑用と兄さまの無尽蔵の魔力でさして疲れは溜まらなかった。
しかし、エリナリーゼの呪いがあるので一旦帰宅。
ラパンの宿へ戻った。
一回目の探索では、母さまは見つからなかった。