ルーデウスに無為転変みたいなのを使える妹が増えたら 作:りんごりら
トマ視点
ヒュドラは死んだ。
結晶が砕け、中から母さまが解き放たれた。
「ゼニスッ!」
父さまがいの一番に駆け寄り、母さまを抱き締める。
次にわたしが、そして皆が。
父さまは顔をクシャクシャに歪めて、とりとめなく涙を流した。
「ゼニス、ゼニス…やっと……うっうぅぅ……」
転移事件から5年。
やっと、家族が揃った。
ようやく、母さまに会えた。
母さまの手を優しく両手で包み込む。
「母さま……ぐすっ……母さまぁ……!」
胸が震えて、温かくなって、わたしもポロポロと泣いてしまった。
これで、わたしの…わたし達家族の転移事件はおわったのだ。
しかし、いつまでも泣いているわけにはいかない。
こんな所にいたら母さまが風邪を引いてしまう。
裸だし。
周囲の巨大な魔力結晶とヒュドラの鱗を形作っていた大量の魔石をせっせこ転移魔方陣に持っていく。
部屋の奥に大量の魔力付与品があったので、それも頑張って運搬。
これだけの荷物をわたし達が運ぶのは大変なので、第六階層にいた魔物を改造して荷物持ちにさせた。
後は電光石火で迷宮から脱出した。
特に言うことはない。
が、強いて言えば、ストックを気にする必要がなくなったので行き以上に楽な移動になった。
外では馬に扮した改造魔物を走らせて、リーリャ達のいるラパンの宿へ戻った。
リーリャ、ヴェラにシェラも父さまの笑顔と母さまの姿を見ると、とても喜んでくれた。
リーリャの涙を見たのは家族会議以降初めての事で、それほど母さまを大切に思っていてくれたんだと思うと、心がポカポカした。
部屋の一室に母さまを寝かせる。
この2日間母さまは一度も目を覚ましていない。
けれど、絶食状態で体が弱っても無為転変で何とかできるし、魂あるし、生命活動もしているので、もう少ししたら目を覚ますだろうと、そう思っている。
母さまが寝ている間、父さまはずっと傍にいて、頭を優しく撫でたり手をぎゅっと繋いだり、ブエナ村での話や転移してからの事をとりとめなく話していた。
母さまが目を覚ましたのは2日後だった。
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「ほんとっ!?母さま起きたって!」
「うん!ゼニスさん身動ぎして目を開けてたよ!」
ヴェラに連れられて母さまがいる宿の部屋に向かう。
ついさっきまで迷宮へ魔物をストックしに行こうと準備していたから、今ヴェラに会えたのは実に幸運だ。
せっかく母さまが起きたというのに、わたしは何日か遅れて再会する所だった。
階段を駆け上がって部屋の前まで来た。
ヴェラは他の人を呼びに行くらしい。
勢いよく扉を開ける。
「母さ───」
「ゼニス!聞こえるか?……ゼニス、オレだ。こっちはルディだ!わかるだろ!?」
「そんな揺らしちゃダメですよ!落ち着いてください!」
「旦那様!今は奥様を安静にしてください!」
「ゼニス!聞こ………いや…オレの事、わかるよな?…………なぁ、どうしちまったんだよ……ゼニス……」
目の前に飛び込んで来た光景は、わたしの理解を拒むものだった。
ベットから上半身だけ起こして、唾を垂らしながら虚ろな目をする母さま。
そして母さまの肩を掴み、グラグラと揺すって意識を取り戻させようとする父さま。
それを止めようとする兄さまとリーリャ。
その全てが、思い描いていた幸せな空間とかけ離れていた。
「………………え?」
何が起こっているのか。
なんで父さまが焦っているのかがわからない。
母さまは、寝ぼけているだけじゃないのか?
魂だって揺らいでいて、反応がある。
父さまや兄さま、リーリャにまた会えて喜んでいる感じの揺らぎ方だ。
わたしが部屋に入って来たこともわかっているようだし……あれ?
じゃあ、母さまはなんで何も言ってくれないの?
「…………あぇ……」
母さまが、まるで赤ちゃんが出すような声を発した。
ふにゃふにゃで柔らかい、いわゆる喃語だ。
「ゼニス、ゼニス……分かるか?……頼むから…返事をしてくれよ…!」
父さまが一縷の希望にすがるような、震えて半ば裏返った声で、母さまの意識を確かめる。
「……あっ……ぁうぇー……あーー……」
母さまは天井を見上げながら、意味のある言葉ではなくただの鳴き声を上げ続ける。
無表情のまま、ピントの合ってない目のままで。
髪が口に入りかけて、唾液で濡れてしまっているが、それを気にする素振りはない。
そんな、廃人みたいになってしまっている母さまだが、わたしの魔眼は確かに魂の揺らめきを捉えていた。
「旦那様……奥様は、おそらく」
リーリャは目を伏せて、言いづらそうに父さまへ申し出ようとする。
しかし、父さまは母さまを抱き締めたまま、リーリャに顔を見せずに手を前に出し、言葉を遮った。
「………ぇあ……うあー…………」
「……しばらく、一人にしてくれ……」
「旦那様……」
「…………わかりました」
二人は沈痛な面持ちになりながら、部屋を出ようと振り向いて、わたしとぶつかった。
相当驚いていたので、わたしが居ることに気づいてなかったのだろう。
「トマ様!いらしたのですか」
「いたよ、ずっとね」
わたしはこの場に存在する暗い空気を無視して、遠慮なくベッドのすぐそばまで近づいた。
左目を閉じて、右目の魔眼だけで母さまを見る。
魂の揺らぎを、そこから読み取れる感情を良く理解するために。
「トマのやつ、何をやってるんだ……?」
兄さまがわたしの行動に困惑している。
魂が見えないのなら当然の感情だ。
この魔眼を持っていなければ、母さまは廃人にしか見えないだろう。
だが、わたしは違う。
「…………無為転変…遍殺即霊体」
魔眼だけでなく、術式でも魂を感じとるために、姿を変える。
全身にツギハギが走り、髪はくすんだ水色に変色する。
体に刻まれた術式が強烈に輪郭を帯びる。
強化された術式によって、母さまの魂を知覚する。
「…………母さま、分かる?」
声による返事はない。
だが、魂は揺らいだ。
嬉しそうに、再会を喜ぶ揺らめきだ。
………………む、なるほど。
多分わたし達がここにいることは分かってるね。
でも声は届いてない……にも関わらず、反応はしてる。
視覚や聴覚以外の方法でわたし達を知覚している。
そう仮定できそうだが……
……例えば、ルイジェルドさんの額の赤い宝石。
あれは周囲の魔力をレーダーのように見れるらしいが、そんな風に何らかの器官によってわたし達を認識しているのだろうか。
しかし、体に宝石なんて見たらない。
体内にそういうのがあるのか?
ツギハギの人の記憶を探る。
モグラはネズミとの生存競争に負けて、土中に潜って生活するようになった結果、視力が退化して嗅覚が発達したらしい。
ヘビは元々足があって、それで地上からで穴を掘って進んでいたようだが、体をくねらせて土の中を進みやすいように足が退化したらしい。
つまり、母さまは視覚や聴覚に頼らずに外界を知覚できるようになったから、それらの機能は退化した、と考えることができる。
その場合の対処は簡単だ。
わたしが無為転変で普通の人族の体にすればいい。
脳はどうだろう。
魂が揺らいでるってことは思考はできるっぽいし、植物状態にはなっていない。
単純に、脳や脊髄の神経系がおかしくなっているのかもしれないな。
……うん、考えてもキリがないな。
とりあえず、人族の体にしてみよう。
「無為転変」
魂の形状を変える。
健康な人族の体へと。
「…は?なっなにやってんだトマ!」
隣で父さまが狼狽える。
「母さま?何本指を立てているかわかる?」
「…………んぁー……あー……」
「違うのか…」
特別な器官ができたわけじゃない。
脳も神経も正常。
種族は人族のまま。
うーむ……
「トマ……お前、何かわかるのか?」
父さまが、今度はわたしに縋るように聞いてきた。
弱々しく引きつった口元で。
わたしは期待に応えられない。
何もわからない。
治せない。
「わからない……魂の反応はあるからわたし達に気づいてはいるんだけど、何かおかしくて……」
「……は、いや待て。反応があるって、言ったのか」
「ん?うん。また会えて嬉しいって、そう魂が揺らいでるよ」
集中しすぎて言ってなかったか。
父さまはパクパクと口を動かして、言葉にならない声を出す。
そして、静かに泣き始めた。
「そう……なのですか?」
リーリャが恐る恐る確認を取ってきた。
「うん。それで……視覚や聴覚以外で外界を認識してるっぽいんだよね」
「というと?」
「えっと……ごめん。それしかわからない。ただスペルド族の額の宝石みたいな体の器官じゃなくて、他のやり方で認識してると思う」
わたしの知識が少ないせいで全然わからない。
不甲斐ない。
「つまり、母様は記憶を失ってないし、意識もあるって事だよな?」
「そういうこと」
兄さまが眉根を寄せて思案する。
母さまの事は皆にも考えてもらおう。
わたし一人じゃ無理だ。
部屋の空気が少し晴れてきた時、ドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえた。
「ゼニスが目を覚ましたんですの!?」
「ゼニスさん!」
「うおっとっと。へへ、急ぎすぎて足が……あ?」
エリナリーゼ、ロキシー先生、ギースさんが部屋に転がり込んで来たが、母さまを一目見ると固まった。
「ひとまず、わたしが説明するね」
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ルーデウス視点
トマがゼニスを治療し始めて3日経った。
エリナリーゼの身の上話とトマの魔眼によると、ゼニスは廃人になっていないらしい。
いわゆる呪子になっているようだ。
エリナリーゼの協力の元、ゼニスを救うためトマは呪いの研究をし始めた。
だが、手応えは乏しい。
理由の一つとして、環境がよろしくない。
ここは迷宮都市ラパンだ。
実験道具や呪いについて乗っている本など売っていない。
当然、0から探り探りの研究になる。
巨人の肩に乗れないのだ。
そりゃ効率が悪い。
パウロはトマの手伝いや雑用を積極的にこなしたり、ヴェラ達の今後を話し合ったりと真面目にやっている。
ギースやタルハンドは少し研究を手伝った後、他の場所へ行くらしい。
薄情なやつらだ。
と思ったが、転移事件から6年間も協力してくれたのだ。
ここがキリの良い所なのだろう。
ゼニスに希望がないわけじゃないしな。
……それに、一番の薄情者は俺だ。
もちろん、俺もゼニスの状態を悲しんではいる。
しかし、パウロやエリナリーゼ程落ち込んでいるかと言われると、違うのだ。
そのせいで、なんだか俺だけが場違いな感覚がある。
気のせいだろうか。
気のせいだといいな。
俺はこの3日間ゼニスのためにやれる事を考えていた。
思い付いたのはラノア魔法大学。
そこに入学して呪いについて学ぶのだ。
また、お金を積んで頼めば研究室を貸してくれるかもしれない。
きっとトマの研究の効率は段違いに良くなるだろう。
よし、明日パウロ達に話すことをまとめよう。
俺は先に転移魔方陣でラノア魔法大学へ行き入学、ゼニスの負担を減らすため、ラノアで家を買っておき、あっちで生活するための基盤を整えておく。
その間、トマ達はラパンで研究を進めておいてもらって、俺がラパンに帰ってきたら全員で移動する。
これなら研究のできない無駄な時間を作らない。
椅子から降りてベッドに入り、目を閉じる。
俺にできるのはこれくらいだろう。
いい加減俺だけ何もやれていないこの現状から抜け出したい。
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「やぁ!」
いつものだ。
白い空間に胡散臭いモザイク野郎。
今度は何の話だろうか。
「いやー君が思い詰めているみたいだから来てあげたんだよ」
俺が?
そんなことは……
「ないっていうのかい?本当に?」
……否定はできない。
だがヤケになってるわけじゃない。
冷静に、自分の現状を分析しているだけだ。
「そうかなぁ?」
ああ、そうだ。
だからその不快な動きを止めろ。
なんで腰を横に振ってるんだ。
「ちょっとテンションが上がっちゃったんだよ」
前回とは大違いだな。
繁忙期は終わったのか?
「まぁ、落ち着いたかな。油断はできないけど、またこうして君に会えるくらいにはなったよ」
俺は会いたくないんだが。
「そんなこと言わないでおくれよ。僕だって傷つくんだよ。今の君みたいに」
ハッ!
俺が傷ついてるって?
5年も行方不明だったゼニスは生きていて、さらにまた話せる希望がある。
どこに傷つく要素があるんだよ。
「君は自分の薄情さに胸を抉られてるんだろう?」
……言葉が出ない。
コイツ相手に皮肉すら出ないとは。
「ま、僕はしょうがないと思うよ!だって9年くらい会えてなかったんだし、君がゼニスと触れあっていたのはたった7年だ。別れている時間の方が長い」
…………………………まぁ、そうだよな。
「僕は君に同情するよ。
……………………あっそ。
で、何のようだ。
さっさと本題に入ってくれ。
「いつものヤツさ。君に助言を授けましょう」
助言ね。
あ、そういえば前の助言ってラノア魔法大学に入れって話だったよな。
それって、この状況になるのを見越してたのか?
「そうだよ。君達がラパンに行かなくてもパウロはゼニスを助け出したさ。そして大学で研究を進めたトマは、すぐさまゼニスの呪いを解いただろうね」
いや、パウロ達にヒュドラが倒せるとは思えないんだが。
トマがめっちゃ頑張って倒せた
「信じないならそれでもいいよ。でもさ、この状況になっても僕の助言を信じないのは…………」
なんだよ。
最後まで言えよ。
「ふふふ。それはさておき、助言を授けましょう!」
はいはい。
「おほん!ルーデウスよ、転移魔方陣へ向かうのに女のままガルバンの護衛になりなさい。さすれば、ロキシーは安全に魔法大学までたどり着き、なおかつ、研究も進むでしょう」
え?
なんでロキシーが……
いや、そうか。
ロキシーは魔法大学出身、もし入学の時にいたら色々融通してくれる可能性があるのか。
それに女のままって……ああ、サキュバス対策か。
でしょう……でしょう……でしょう……。
エコーを残し、意識が薄れていった。