女神「融通するから許してクレメンス」 作:にんじん
私の名前はグランアタランテ。
名前が競走馬みたいだって?
鋭いね。でも違う。
私は競走馬の名前と魂を受け継ぐ存在――ウマ娘なんだ。
私には前世というものがある。
ここではない世界で、男として生まれた記憶。
特筆すべきことのない、普通の人生だったと思うけど、些か死ぬが早すぎたかな。
享年18歳。
高校を卒業して、いざ大学生活だ!と意気込んでいた矢先に死にました。
必死に勉強して志望校に合格したのにさ。
そうして目覚めたら、一面真っ暗な世界にいて。
女神を名乗る存在に『こちらの不手際で死なせてしまったので第二の人生を』なんて言われ。
お詫びに色々と融通してくれるとのことで、女神の言うことにほいほい頷いていたら急に視界が白く染まって意識が途絶えた。
次に目を覚ましたら銀髪碧眼幼女になっていて、すわTS転生か!?と思いきや獣耳と尻尾のおまけ付き。
前世でTS転生、ケモ耳を嗜んでいた私は、粋な女神の盛り盛りサプライズに歓喜した。
突然、キャッキャッと大喜びで走り回る私を見て今生の両親は天才だと笑っていた。親馬鹿め。
その後、4歳になった私は母に連れられて地元のウマ娘ちびっこクラブの体験会に参加。
同じく参加していたちびっこウマ娘たちと一緒にかけっこという名の模擬レースを走ってぶっちぎりで勝利した。
興奮気味のコーチに入会を勧められ、走ることの楽しさを知った私は母におねだりして入会することに。
このちびっこクラブというのは、4歳から12歳までのウマ娘たちがトレセン学園入学に向けて必要な基礎体力や走りの基礎を身に着けることを目的とした育成組織だ。
ちなみに私が入会したクラブは、基礎を学ぶのはもちろんだけどそれ以上に、走ることの楽しさを知る。ということに重きを置いていたのもあって、ガチガチに基礎トレーニング!ではなく、みんなで楽しく基礎を学んで走ろうね。というスタンスのもとみんなキャッキャッと元気いっぱいに走り回っていた。もちろん私も混じって走りまくった。え?中身?そんなもん関係ないね。
そんな楽しい日々を送り、10歳。
その頃には、自身の身体の異常性に気が付いていた。
どれだけ走っても尽きない『無尽蔵のスタミナ』
これが女神の言っていた"融通"なのだと理解するのに時間はかからなかった。
それを目敏く見抜いたコーチによる指導は、クラブのスタンスはどこにほっぽり投げたのかと疑問に思うほど一層熱が入り、私はメキメキと頭角を現していった。
最後に、私に対するコーチの指導は熱血漫画のソレだったと記しておく。
少し時が経って11歳。
この頃には自然と将来の進路が明確になっていた。
日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称トレセン学園の中等部に入学すること。
日本最高峰の育成機関なだけあってその門は狭い。なにしろ日本中のウマ娘たちの強い憧れであり、こぞって目指す場所であるから。入学試験も学科、実技、面接と全て高水準を求められ、さらに学園に相応しい人品も問われる。と、ここまで聞くと敷居が高いのではないかと思うかもしれないけど(実際高い)、私はそこまで心配していなかった。何しろ私は姿こそ変わってしまったけど、中身は熾烈な国立大の受験戦争を勝ち抜いた益荒男だ。アレに比べればマシだろうと。
というわけで、コーチに太鼓判を押され、両親にも背中を押された私は、トレセン学園を目指すことになったのだった。
そうして受けたトレセン学園の入学試験。
結果は合格。
まあそうだろうと、天才だなんだと喜ぶ両親の前では澄ました顔をしてしまったけど、内心では大喜びだった。合格というのは何度経験しても嬉しいもの。
筆記に関しては、前世で一度習っているわけで問題なくスラスラ解けた。
実技では、同じ受験生とレースを走りスタートからゴールまで先頭でぶっちぎった。
面接は───まあいいじゃん。
何はともあれ、私は無事にトレセン学園への入学を決めた。
それからというもの、トレセン学園入学までの間は両親の惜しみないサポートと某テニス選手と化したコーチの熱血指導により私はさらなるパワーアップを果たした。フォームの最適化、距離や場面に応じた走法の切り替え、より確かな脚質の見極めなど様々な改善改良を行った。短期間ではあったものの、私の身体はスポンジのようにそれらを吸収し、自分の力へと昇華していった。
そうして───私はトレセン学園中等部に入学を果たした。