Identity. 作:安眠一兎
B.A.B.E.L.郊外高出力訓練施設。
市街地から十分に距離を置き、周囲を広い立入制限区域で囲んだそこは、レベルの高いエスパーが実戦を想定した訓練を行うための場所だった。
地上には模擬市街、地下には観測区画。
壁も道路も車両も、ある程度は壊れることを前提に作られている。
言い換えれば、ここをわざわざ指定する時点で、少なくとも穏やかな用事ではない。
「……蕾管理官、いや不二子」
「なによ」
「ひとつ聞いても?」
空蝉は辺りを見回した。
人気のない模擬市街。
今日は訓練予定も入っていない。
その中央に立つのは、空蝉と蕾不二子だけだった。
「何?」
「どうしてここなのかな」
「静かだから」
「君が静けさを好むとは知らなかったよ」
「あら失礼ね」
「違ったかね?」
「違わないけど」
即答だった。
空蝉は嫌な予感を強めた。
不二子は笑っている。
この女がこういう顔をしている時は、たいてい周囲の誰かが酷い目に遭う。
「……では帰ろう」
「待ちなさい」
「嫌だね」
「まだ何も言ってないでしょう」
「君の顔を見れば十分だよ」
踵を返す。
背後から。
「ちょっと運動していかない?」
「断る」
地面が爆ぜた。
「――ッ!」
空蝉が消える。
立っていたアスファルトが、轟音とともに大きく陥没した。
数十メートル先。
模擬ビルの屋上へ、空蝉が現れる。
「君は!」
声を荒げる。
「話し合いという文明を知っているかね!?」
「知ってるわよ」
不二子がゆっくり浮かび上がる。
「今日は使わないだけよ」
「二度と文化人を名乗るな!」
「何よ、避けられたじゃない」
「だから何だ!」
不二子が片手を上げた。
地上のコンクリート障害物が持ち上がる。
一つ。
二つ。
三つ。
空蝉の顔が引きつった。
「……それを人に投げるつもりではないよね?」
「避ければいいでしょ」
「老人虐待だ!」
「誰が老人よ!」
「ここには老人しかいないだろう」
飛来。
空蝉が消える。
建物の上半分がまとめて吹き飛んだ。
◆
最初の数分。
空蝉はひたすら逃げた。
転移。
念動による受け流し。
ごく短い催眠による射線外し。
不二子が撃つ。
空蝉が避ける。
そして文句を言う。
「まだやるのかね!」
「まだ逃げてるでしょう?」
「君が追うからだ」
不二子の念動が路面を薙ぐ。
空蝉が飛び退く。
跳んだ先。
既に別の力が置かれている。
「……!」
転移。
一瞬前までいた空間が潰れた。
「あら」
「なんだね」
「随分と逃げ方が変わったわね」
「年寄りも新しいものを覚えないとね」
「あんたが言う?」
「君にも言えるだろう」
「私はまだ若いわよ」
空蝉が黙る。
「何その顔!」
「いや、何も」
「腹立つわね!」
攻撃。
「理不尽極まりない!」
再び転移。
だが。
回数を重ねるほど、不二子の攻撃は空蝉の逃げ先へ近づいていた。
転移直後を狙われる。
次に選びそうな遮蔽物を先に潰される。
広く逃げれば、移動先ごと面で薙がれる。
空蝉は額の汗を拭った。
「……困ったな」
「あら。もう終わり?」
「まさか」
不二子が構える。
空蝉は自分の服を見る。
普段通りの装い。
動けない服ではない。
だが、本気で近接戦闘を行うためのものでもなかった。
「管理官」
「何?」
「少し待っていたまえ」
「は?」
空蝉が消えた。
不二子が瞬きをする。
一秒。
二秒。
三秒。
「……逃げた?」
五秒。
再び空間が揺らぐ。
「待たせたね」
現れた空蝉を見て、不二子が目を細めた。
白を基調とした戦闘装束。
金と赤の装飾。
手袋。
先ほどまでの柔らかな立ち姿も消えている。
足は僅かに開き。
重心は低い。
指先から余計な動きが消えていた。
「あら」
「何かな」
「やっとその気?」
「君が着替えさせたんだよ」
「その割に嬉しそうね」
「気のせいだ」
不二子が笑った。
「そういうことにしておいてあげる」
◆
そこから、戦い方が変わった。
不二子が撃つ。
空蝉はもう大きく逃げない。
頬を狙った念動を、首を僅かに傾けて避ける。
数センチ。
それだけ。
空いた間合いへ自分から入る。
不二子が腕を振る。
空蝉の姿がぶれる。
攻撃が空を切る。
催眠。
ほんの一瞬だけ、そこにいる位置を誤認させた。
本物の空蝉は既に半歩横。
低い姿勢から掌底。
不二子が受ける。
受けた腕へ念動。
肉体を殴るのではなく、受けた腕そのものを押し込む。
「っ!」
不二子の足が滑る。
だが倒れない。
「やっと出たわね」
「何がだね」
「昔のあんた」
「失礼だな」
空蝉が笑う。
「今も私だよ」
不二子の拳。
空蝉が沈む。
頭上を抜ける。
足元へ念動。
不二子の重心が僅かに崩れる。
転移。
背後。
肘。
不二子が振り返らずに受け止める。
「……」
「……」
互いに笑った。
次の瞬間には、二人とも姿を消していた。
◆
同時刻。
B.A.B.E.L.本部。
「局長!」
「どうした!」
「郊外訓練施設から高レベル能力反応!」
桐壺帝三が顔を上げた。
「訓練予定は?」
「ありません!」
「能力者を識別しろ!」
「既に出ています!」
職員が画面を見る。
一瞬。
「……蕾管理官です」
「管理官?」
「それと」
嫌な間。
「空蝉管理官」
桐壺の顔から血の気が引いた。
「……車を出せ」
「え?」
「今すぐだ!」
◆
「で、なんで俺まで呼ばれてんの?」
車内。
賢木修二が欠伸を噛み殺す。
「僕に聞かないでくれ」
皆本が答える。
「お前、担当主任だろ?」
「空蝉さんの担当になった覚えはないよ」
「じゃあ俺もっと関係ないじゃん」
「医療要員!」
「つまり怪我する前提?」
「その二人がやり合ってるんだぞ!」
「あー」
賢木が納得した。
「まあ、怪我しても勝手に治るんじゃないか?」
「軽いな!」
「逆に聞くけど、お前俺に止めろとか言わないよな?」
「……」
「言わないよな?」
「……状況次第だ」
「帰っていい?」
「ダメだ!」
前席。
桐壺が震えている。
「訓練施設を……無断で……」
「皆本」
賢木が小声になる。
「俺、現場より局長の方が怖くなってきた」
「奇遇だな。僕もだ」
◆
別車両からは、梅枝ナオミと谷崎一郎も呼び出されていた。
「高レベルの超能力戦闘、と聞きましたけど……」
「そうらしいな」
「私、制圧補助ですよね?」
「ああ」
「……誰を?」
谷崎が少し黙る。
「蕾管理官と空蝉君」
「……」
ナオミが前を見る。
「主任」
「なんだ」
「今から帰っていいですか?」
「気持ちは分かる」
◆
到着。
皆本は車を降りた瞬間、立ち止まった。
「……」
訓練施設が。
少し。
地形を変えていた。
壁がない。
舗装が剥がれている。
訓練用車両が横倒し。
遠くで轟音。
「派手にやってんなあ」
賢木。
「感心してる場合か!」
「感心くらしかすることないだろうが」
桐壺が先へ走る。
「急げ!」
観測区画へ駆け込む。
防護壁越し。
二つの影が交差する。
「……速い」
皆本が呟く。
空蝉が消える。
不二子は振り向かない。
空蝉が現れるより先に、何もない空間へ攻撃。
そこへ。
空蝉が現れかける。
「――!」
転移を途中で切り替える。
別方向へ。
不二子は既にそちらへ身体を向けていた。
空蝉も驚かない。
その攻撃が来る前提で身を沈める。
反撃。
不二子が受ける。
さらに反撃。
「……何だ、これ」
皆本の口から零れた。
「何が?」
賢木が横へ来る。
「二人とも、相手を見てから動いてない」
「そりゃまあ」
賢木も見る。
笑いが消えた。
「……そうだな」
攻撃を見て反応しているのではない。
相手が次に何をするかを想定して、その次を選んでいる。
外れれば即座に修正。
当たればさらに先へ。
一度通った攻撃は、次には通らない。
同じ手を二度見せれば罠になる。
「能力の強さだけじゃない……」
皆本が呟く。
薫。
葵。
紫穂。
三人とも強い。
出力だけなら、既にこの二人を上回る部分すらあるだろう。
だが。
今ここへ入れたら。
「……勝てない」
賢木が横目で見る。
「チルドレン?」
「ああ」
空蝉が催眠で不二子の視線を一瞬ずらす。
転移。
死角。
念動で足元を払う。
不二子は倒れながら念動を返す。
空蝉は既にそこにいない。
「今の三人じゃ」
皆本は目を離さなかった。
「能力での戦闘にすらならないだろう」
賢木は答えなかった。
ただ。
「まあ」
少しして。
「今はな」
とだけ言った。
その声が届いたのかどうか。
戦場の不二子が、一瞬だけこちらを見た。
空蝉も。
二人とも何も言わなかった。
◆
「局長!」
ナオミたちが到着する。
「梅枝君!」
「はい!」
「念動制圧の補助を――」
ナオミが防護壁の向こうを見る。
不二子が模擬ビル一棟分の瓦礫を持ち上げている。
空蝉が、その中へ自分から突っ込んでいく。
「……」
「梅枝君?」
「いや、これ止めるのは私じゃ無理ですよ!?」
「何!?」
「無理です!」
「やる前から諦めるな!」
「規模が違います!」
谷崎も覗く。
「まあ無理だろうな」
「主任!?」
「私もそう思う」
「そこで意見が合致されても困るのだが」
「本気では無いだろうが、実戦経験豊富な高レベルの複合能力者が2人は分が悪いでしょう」
「そうだろうが……」
桐壺が頭を抱える。
「ではどうすればいいんだ!」
谷崎が考える。
「終わるのを待つ」
「施設が保たんわ!!」
賢木が横から言う。
「俺もそれが一番安全だと思いますけど」
「君まで! 何とかならんのか?」
「いや無理ですよ。俺、対超能力者向けじゃない上医者ですよ?」
「私が何人必要なんでしょうか」
ナオミ。
「穏便に納めるならダース単位だろうな」
谷崎が落ち着いた声色で呟いた。
◆
不二子が瓦礫を放つ。
数十。
それぞれ違う角度。
空蝉が腕を上げる。
皆本には、最初それが単純な防御に見えた。
違った。
止めない。
一つ目の軌道を僅かに変える。
二つ目へぶつける。
三つ目は先端だけ押す。
回転が変わり、四つ目と衝突。
残った数個だけを横へ逃がす。
必要なところに。
必要な分だけ。
ナオミの目が変わった。
「……あれ?」
皆本が振り返る。
「どうしたんだ?」
「空蝉さんって」
ナオミは戦場から目を離さない。
「色んな能力を使える代わりに、一つ一つの使い方は結構雑だって聞いてたんですけど」
「まあ」
谷崎が答える。
「概ねその認識で合っている」
「ですよね?」
「ああ。能力によっては素人目に見ていても危なっかしい程だ」
その間にも。
一本の鉄骨が空蝉へ飛ぶ。
空蝉は全体を止めない。
先端だけ。
ほんの数度、横へ振る。
鉄骨は空蝉の肩を掠めるように抜け、地面へ突き刺さった。
「……」
ナオミが眉を寄せた。
「精密操作だけなら」
少し躊躇して。
「私と、そんなに変わらなくないですか?」
谷崎がすぐには答えない。
空蝉を見る。
「……そう見えるな」
「前からです?」
「いや」
谷崎が首を傾げる。
「少なくとも、私はこんなのはあまり見たことがない」
「ですよね……」
賢木が横から覗く。
「調子いい日なんじゃね?」
「念動力ってそういうものなんですか?」
「知らん。もしくは普段が手抜きか」
「医者にも分からんか」
「医者ですからね」
ナオミはもう一度、空蝉を見る。
何か引っかかる。
だが。
答えまではない。
◆
その頃。
不二子にも小さな違和感があった。
先ほどまで通っていたフェイントが通らない。
右手を僅かに上げる。
攻撃する――ように見せる。
空蝉は動かない。
「……」
「あら」
「何かな」
「今の避けないの?」
「避ける必要がないのでね」
不二子が笑う。
「急に勘が良くなったじゃない」
「元からだよ」
「そうだったかしら」
「老人だって成長するものだ」
「便利ね、その言い訳」
次。
今度は本物。
空蝉は攻撃が生まれるより一瞬早く動いた。
不二子の眉が僅かに上がる。
観測区画。
賢木が目を細めた。
「……ん?」
「どうした?」
皆本。
「いや」
賢木は首を傾げる。
「あの人、さっきより読み良くね?」
皆本も気づく。
確かに。
先程まで、不二子のフェイントには何度か引っかかっていた。
「慣れたのか?」
「かもな」
それ以上の理由は思いつかなかった。
◆
「管理官」
空蝉が不二子の攻撃を流す。
「何?」
「さっきから」
転移。
不二子の横へ。
「私が何を使うか」
不二子が振り向きざまに拳。
催眠。
拳が僅かに外れる。
「見ているね?」
空蝉の掌底を不二子が腕で受ける。
「今さら気づいたの?」
「性格が悪い」
「あんたに言われたくないわ」
「どういう意味かな!」
「そのまま!」
不二子が空蝉を吹き飛ばす。
だが。
空蝉は空中で転移。
今度は真正面。
珍しく逃げない。
「……?」
不二子が力を集める。
大出力。
小細工なし。
正面から押し潰す。
空蝉は一瞬考えた。
そして。
「仕方ないね」
同じように片手を上げた。
二つの巨大な念動が正面衝突した。
轟音。
防護壁が震える。
「伏せろ!」
皆本が叫ぶ。
衝撃波が観測区画まで届く。
ナオミが目を見開いた。
「今の……!」
砂埃の中。
不二子の足が、ほんの僅かに後ろへ滑っていた。
空蝉も数歩下がっている。
「……」
不二子が自分の手を見る。
空蝉を見る。
「あらそれ」
「何かな」
「私の?」
空蝉は袖の埃を払った。
「さてね」
「誤魔化す気?」
空蝉が少し笑う。
「君相手なら真似しても構わないだろう?」
「……ふぅん」
不二子の表情が僅かに変わった。
それ以上は聞かない。
「変なところで律儀ね」
「意味が分からないな」
「そういうことにしておいてあげる」
◆
不二子が踏み込む。
空蝉も。
ここからは。
出力ではなかった。
認識。
位置。
重心。
呼吸。
空蝉が催眠を差す。
不二子の視界の中で、空蝉が半歩だけずれる。
拳が外れる。
空蝉はその内側へ入る。
念動で加速した拳。
不二子が腕で受ける。
その瞬間。
空蝉は腕そのものではなく、不二子の足元へ力を掛ける。
「っ!」
崩れる。
転移。
背後。
肘。
不二子は振り返る前に念動を撃つ。
空蝉は来ることを知っていたように頭を下げる。
そのまま脇腹。
「――!」
入った。
不二子の身体が数メートル飛ぶ。
皆本が息を呑む。
大技ではない。
空蝉がやったことは。
相手を一瞬だけ騙して。
避けて。
殴っただけ。
それなのに。
「……実戦的だな」
思わず呟く。
薫ならもっと大きな力を使っただろう。
葵ならもっと遠くへ飛んだ。
紫穂ならもっと多くを読み取った。
だが空蝉は。
必要な分しか使わない。
相手が一瞬だけ間違えれば。
それで十分。
そして不二子も。
「痛いじゃない」
起き上がりながら笑っていた。
「君が始めたんだろう」
「でも」
不二子が首を鳴らす。
「楽しんでるじゃない」
「気のせいだね」
「あんた戦闘服に着替えて戻ってきたのよ?」
「必要な措置だよ」
「今笑ってるし」
「……」
「ほら」
「君相手に一方的に殴られるのも癪なのでね」
「あら」
不二子が笑う。
「やっぱり」
「何がだね」
「別に」
再び。
二人が構えた。
「そこまでだぁぁぁぁぁ!!」
轟く声。
二人が同時に止まった。
砂埃の向こう。
桐壺が立っている。
顔は。
戦っている二人より怖かった。
「……不二子」
空蝉が小声で言う。
「何?」
「逃げようか」
「奇遇ね」
「二人とも待てぇぇぇ!!」
◆
「正座」
「桐壺」
「正座です!」
「私は管理官よ?」
「知っています!!」
「私は一応、被害者なのだが」
「途中から戦闘服に着替えて戻ってきた人間が言う台詞ではないね!」
「……」
空蝉が黙る。
「しかも自分から追撃していただろう!」
「必要な反撃だよ」
「笑っていたじゃないか!」
「……」
「どうなんだ!」
空蝉は少し考えた。
「まぁ必要だが割と楽しかったことは否定しない。偶にならいいかもね」
「空蝉君!!」
半壊した施設の管理棟。
不二子と空蝉が並んで正座している。
少し離れて。
皆本。
賢木。
ナオミ。
谷崎。
「……」
賢木が皆本へ寄る。
「なあ」
「何だ」
「あれ正座させられる奴いたんだな」
「局長だからな」
「役職の話じゃなくて」
「僕も驚いてる」
不二子が振り返る。
「聞こえてるわよ」
「すみませーん」
「賢木!」
「お前も言ってただろ!」
ナオミが小声で谷崎へ。
「主任」
「なんだ」
「私、来た意味ありました?」
「怪我人が出なかった」
「私何もしてませんけど」
「良いことだ」
「そういうものでしょうか……」
「それにあの瓦礫の撤去は人手が必要だろう」
桐壺の説教は続く。
「そもそも事前申請もせず――」
「申請したら許可した?」
不二子。
「するわけないでしょう!」
「ほら」
「ほらじゃありません!!」
空蝉が頷く。
「その言い訳は今度使わせて――」
「空蝉君は黙っていなさい!」
「はい」
◆
日が傾く頃。
ようやく解放された。
「酷い目に遭った」
空蝉が肩を回す。
「あんたが途中から乗るからでしょう」
「最初に襲ったのは君だよ」
「逃げ続ければよかったじゃない」
「君が逃がさなかっただろう」
「まあね」
「ほら」
二人は施設の外を歩く。
少しして。
空蝉が口を開いた。
「それで?」
「何?」
「何を見たかったのだね」
「さあ」
「惚けるな」
「珍しいわね。あんたが聞くなんて」
「いきなり襲われれば聞きたくもなるよ」
不二子は前を向いたまま。
「最近」
「うん?」
「あんた、ちょっと変わったでしょ」
空蝉はすぐには答えなかった。
「そうかね」
「そう見えるわ」
「老眼かな」
「もう一回やる?」
「遠慮しよう」
不二子が少し笑う。
「前なら」
そこで言葉を止めた。
「……いや」
「何だね?」
「別に」
「気になるじゃないか」
「自分で考えなさい」
「不親切だね」
「昔からでしょ」
「それもそうだ」
二人は少し歩く。
不二子が何気なく言った。
「最近、楽しそうよ」
空蝉の歩調が少しだけ遅くなった。
「そう見えるかね?」
「見える」
「……そうか」
それだけ。
不二子もそれ以上は言わなかった。
遠く。
皆本たちがまだ施設の損害確認をしている。
不二子がそちらを見る。
「今日はあの子たち来なかったのね」
「チルドレンかね?」
「そう」
「学校だろう」
「ふぅん」
空蝉が不二子を見る。
「何かな」
「別に」
「今日はそれが多いね」
「便利なのよ」
不二子は歩き出す。
「じゃあ帰るわ」
「送ろうか?」
「いらない」
「つれないね」
「あんたの運転、昔一回乗ったから知ってるのよ」
「無事だったろう?」
「結果論よ!」
数歩。
不二子が振り返る。
「空蝉」
「何かな」
「今のあんた」
少し考えて。
「悪くないんじゃない?」
空蝉が露骨に嫌そうな顔をした。
「……君に褒められると落ち着かないね」
「あらそう」
「気味が悪い」
「もう一発いっとく?」
「遠慮しよう」
「賢明ね」
不二子は手を振って去っていく。
空蝉はその背中を見送った。
しばらくして。
自分の手を見る。
今日。
随分と色々なことをした。
以前なら選ばなかったやり方も。
以前なら使わなかった場面も。
「……変わった、ね」
呟く。
その言葉が何を指しているのか。
空蝉自身にも。
まだ、はっきりとは分かっていなかった。