Identity. 作:安眠一兎
B.A.B.E.L.本部局長室。
皆本光一は、政府機関の執務室とは思えない室内を見回し、僅かに眉をひそめた。
必要以上に大きな机。高価そうな調度品。そして壁には、この部屋の主である桐壺帝三本人を描いたらしい肖像画まで飾られている。
「改めて、ようこそB.A.B.E.L.へ。君の着任を心から歓迎するよ、皆本君」
机の向こうで、桐壺が両腕を広げる。
「ありがとうございます」
皆本は一礼すると、手にしていた資料を机へ置いた。
表紙には三人の少女の顔写真が並んでいる。
明石薫。野上葵。三宮紫穂。
いずれも十一歳。
そして、いずれも超度七。
「君には今日から、ザ・チルドレンの現場運用主任を務めてもらう」
「承知しています。その上で、先に確認しておきたいことがあります」
「何かな?」
「彼女たちは、B.A.B.E.L.においてどういう立場なんですか」
桐壺が目を細める。
「どういう、とは?」
「特務エスパーとして運用される戦力なのか。それとも、保護されるべき子供なのか」
「両方だよ」
桐壺の返答は早かった。
皆本も、それ自体に異論はなかった。
彼女たちの能力が必要とされていることも、その力でしか解決できない事件が存在することも理解している。
だが、だからこそ確認しておかなければならない。
「なら、現場では僕が判断します」
「もちろんだ」
「任務達成よりも本人たちの安全を優先する場合があります。能力の使用を止めることもある」
「構わない」
「上層部から反対されても?」
「その時は私が何とかしよう」
軽い調子ではあったが、桐壺は迷わなかった。
「そのために君を主任として呼んだんだ、皆本君」
皆本は僅かに表情を緩めた。
「分かりました」
「もっとも、あの子たちが君の指示を素直に聞くかどうかは別問題だがね」
「聞かせます」
「頼もしい」
桐壺は楽しそうに笑う。
「今後、連携する職員についても確認したいのですが」
「医療、訓練、装備開発。それぞれ専門のスタッフがいる。紹介は順次行う予定だ」
「現場へ同行する能力者は?」
「チルドレンの三人が基本だ。ただ、場合によっては他の特務エスパーとも組んでもらう」
桐壺はそこで、何かを思い出したように指を立てた。
「そうだ。いつか紹介したい人間が一人いる」
「同僚ですか?」
「そう考えてくれて構わない。特務エスパーの空蝉君だ」
「空蝉……」
「予知課に籍を置く、超度七の予知能力者だ。普段は遠方の関連施設に詰めているが、時折こちらにも顔を出す」
「遠方の支部?」
「海上にある、少々特殊な施設でね。仕事内容については、本人から聞くといい」
「どんな人物なんですか」
桐壺は腕を組んだ。
「有能だよ。判断も早い。滅多なことでは取り乱さない。チルドレンとも多少の面識がある」
「他には?」
「芝居がかっている」
「勤務上の特徴を聞いているんですが」
「それも含めて、会えば分かる」
皆本がさらに尋ねようとした時、局長室の通信端末が鋭い警報音を発した。
先ほどまでの穏やかな空気が消える。
桐壺が即座に応答した。
「何事だ」
『予知課より緊急報告。B.A.B.E.L.本部に隣接する区域で、航空機の墜落事故が発生する未来を予知しました』
壁面モニターが点灯する。
映し出された予知映像には、不鮮明ながら制御を失ったヘリコプターが映っていた。機体は回転しながら高度を失い、B.A.B.E.L.近傍の市街地へ落下しようとしている。
『発生予測時刻まで、残り十二分。現時点では機体と墜落位置の特定に至っていません』
「周辺空域を封鎖。警察と消防へ連絡しろ」
桐壺は続けて指示を飛ばす。
「チルドレンを出動させる。事故発生地点が確定するまで、本部のヘリで空中待機だ」
『了解!』
通信が切れる。
皆本は資料を持ち上げた。
「僕も同行します」
「赴任初日だが」
「現場運用主任です。彼女たちだけを行かせる理由はありません」
桐壺は一瞬だけ皆本を見つめ、それから力強く頷いた。
「期待しているよ、皆本君」
*
B.A.B.E.L.のヘリコプターは、予測地点の上空を旋回していた。
窓の外には本部施設と、その周囲に広がる市街地が見える。地上では警察と消防が交通規制を始めていたが、予知された事故の正確な位置はまだ定まっていない。
「まだ来ないのかよ」
薫が座席に腰掛け、落ち着きなく足を揺らしていた。
「予知された時間までは、もう少しあるわ」
紫穂が端末へ目を落としたまま答える。
「待っとるだけっちゅうのも、落ち着かへんなあ」
葵が窓の外を覗き込んだ。
皆本は三人の向かいに座り、それぞれの装備を確認していた。
「薫。リミッターの状態は?」
「正常。さっきも確認しただろ」
「もう一度だ」
「細かい男はモテないぞ」
「任務中だ」
「うわ、つまんねー」
薫が頬を膨らませる。
皆本は気にせず、葵と紫穂の装備にも目を通した。
初対面に近い三人へ細かな指示を出せば、反発される可能性はある。
それでも、確認を省く理由にはならない。
彼女たちは強力なエスパーだ。
だが同時に、まだ十一歳の子供でもある。
その時、機体が大きく揺れた。
ローター音へ、金属を引き裂くような異音が混ざる。
「何や!?」
操縦席から警告音が響いた。
『操縦系統に異常! 機体を制御できません!』
機体が急激に傾く。
皆本は座席の手すりを掴んだが、身体が横へ大きく振られた。
高度計の数字が減少していく。
「墜落予知って、このヘリのことだったの!?」
紫穂が声を上げる。
「全員、機外へ脱出!」
皆本の指示と同時に、葵の瞳が光った。
落下を始めた機内から、空間の輪郭が消える。
次の瞬間、皆本は硬い地面へ肩から投げ出されていた。
肺の空気が押し出される。視界が揺れ、遅れて全身へ痛みが走った。
「っ……全員、無事か!」
「うちは平気や!」
「私も……」
葵と紫穂の声が返る。少し離れた場所では、操縦士たちも身を起こしていた。
皆本は即座に周囲を見回した。
一人足りない。
「薫は?」
葵の表情が凍った。
「一緒に跳ばしたで。確かに全員――」
頭上から、急激にローター音が近づいてくる。
「伏せろ!」
全員が地面へ身を伏せた直後、無人のヘリが広場へ激突した。
脚部が潰れ、機体が大きく傾く。回転を続けていたローターが舗装面へ接触し、甲高い破砕音と共に千切れ飛んだ。
金属片が火花を引いて地面を跳ねる。機体は横倒しになり、砕けた窓から黒煙が噴き出した。
衝撃が収まるより早く、紫穂が顔を上げた。
「あそこ!」
煙の向こう、墜落地点から数十メートル離れた場所に、小さな人影が倒れていた。
「薫!」
皆本は立ち上がり、駆け出した。
薫は舗装面に横向きで倒れていた。
片腕を身体の下へ巻き込み、もう一方の手で地面を押している。起き上がろうとしているらしい。しかし肩が僅かに震えるばかりで、頬すら地面から離れない。
「薫、聞こえるか!」
「来るな……」
掠れた声だった。
皆本は足を止めない。
薫の周囲だけ、地面の様子がおかしい。
落ちていた砂やガラス片が、舗装面へ押し込まれるように動かない。薄い金属板は中央から窪み、薫の髪も服も地面へ貼りついていた。
少女の身体の下から、低い軋みが響く。
アスファルトに一本の亀裂が走った。
「来るなって言ってんだろ……!」
薫が腕へ力を込めた。
その瞬間、地面が沈んだ。
亀裂が一気に枝分かれし、薫の身体を囲むように広がっていく。押し固められていた小石が砕け、細かな粉となって隙間から噴き出した。
皆本の身体にも、突然強烈な重みが掛かった。
肩が落ち、膝が折れかける。
薫が倒れているのではない。
自分の念動力で、自分自身を地面へ押しつけ続けている。
「薫、力を止めろ!」
「できたら……やってる……!」
手首のリミッターが赤く点滅していた。
制御装置から火花が散る。
甲高い破裂音が響いた。
金属製の輪に亀裂が走り、内蔵された部品が弾け飛ぶ。
直後、圧力が跳ね上がった。
皆本の膝が地面へ叩きつけられ、薫の身体がさらに深く舗装面へ沈む。
その光景を見た皆本は、さらに一歩を踏み出した。
「皆本さん、駄目!」
紫穂の声が飛ぶ。
皆本の肩が下へ引かれた。
全身へ巨大な錘を括りつけられたようだった。
一歩進むたびに膝が震える。
肺が圧迫され、息を吸うことすら難しい。
「来るな……!」
薫が地面へ頬を押し付けられながら叫んだ。
「お前まで潰れるぞ!」
皆本は答えず、薫の隣へ膝をついた。
そのまま、小さな身体へ覆いかぶさる。
「何してんだよ!」
「君一人に受けさせるよりはましだ!」
薫へ集中していた圧力の一部が、皆本の背中へ移った。
骨が軋む。
肺から空気が押し出され、視界が白く明滅した。
皆本の両肘が地面へ沈む。
肘の下から新たな亀裂が広がり、砕けた舗装材が左右へ押し出された。
それでも皆本は、薫を抱え込むように両腕を回した。
「大丈夫だ」
「どこがだよ!」
「少なくとも、君は一人じゃない!」
薫が息を呑む。
圧力は一定ではなかった。
皆本の身体を押し潰すほど強くなったかと思えば、僅かに緩む。
そして薫の恐怖が高まるたび、再び激しく跳ね上がった。
周囲に散らばっていた小石が数センチほど浮き、次の瞬間には地面へ叩きつけられる。
砕けた石片がさらに細かく砕け、粉塵へ変わった。
皆本の服が背中へ密着し、腕の筋肉が震える。
地面へついた手のひらが擦れ、血が滲んだ。
「薫!」
紫穂が声を張る。
「私の声を聞いて! 怖いのは分かる。でも、皆本さんを潰したくはないでしょう!」
「分かってる! 分かってるけど、止まらないんだよ!」
薫の叫びに呼応し、圧力がさらに強まる。
皆本の身体が沈んだ。
その時だった。
二人へ集中していた力が、不自然に揺らいだ。
皆本の背中を押していた圧力が、横方向へ滑る。
直後、数メートル離れた舗装面が轟音と共に陥没した。
円形に沈んだ地面から、大量の砂埃が噴き上がる。
「ほう」
場違いなほど落ち着いた声が響いた。
白いロングコートを纏った人物が、煙を上げるヘリの残骸の向こうから歩いてくる。
銀白の髪を背後で束ね、白を基調とした衣装には金糸と赤い組紐があしらわれている。
墜落現場には似つかわしくない、舞台衣装のように煌びやかな装いだった。
「随分と派手な歓迎会だね、薫君」
「空蝉……!」
薫が苦しげに顔を上げる。
「近づくな! 止められない!」
「見れば分かるよ」
空蝉は微笑み、片腕を大きく横へ広げた。
舞台の幕を開くような、芝居がかった仕草だった。
「そこの君。そのまま薫君を抱えていたまえ」
「言われなくても……そうしています!」
「それは頼もしい」
空蝉が一歩踏み出した。
靴底が地面へ触れた瞬間、薫を中心に伸びていた亀裂の向きが変わる。
皆本たちへ向かっていた亀裂が左右へ分かれ、空蝉を囲むような弧を描いた。
浮き上がっていた舗装材が一斉に横へ弾かれる。
皆本の背中を押す力が、僅かに弱まった。
消えたわけではない。
一点へ集中していたはずの圧力が、突然その輪郭を失った。
皆本の背中を押し潰していた力は弱まり、その代わりに、広場の各所で舗装や街灯が悲鳴を上げ始める。
近くの街路樹が大きく撓んだ。
標識が根元から曲がる。
外周に並んでいた街灯のガラスが、端から順番に砕けていく。
停車中の車両が横へ数十センチ滑り、タイヤを軋ませた。
被害は広がっている。
だが皆本と薫を押し潰していた力は、確実に薄れていた。
「何を……」
皆本が声を絞り出す。
「少々、舞台を広げているだけさ」
空蝉のコートが、風向きとは無関係に大きく翻った。
周囲の粉塵が彼女を中心に渦を巻く。
薫の念動力が空蝉へ吸い寄せられているようにも、彼女を避けて左右へ流れているようにも見えた。
「薫君。無理に止めようとしなくていい」
「でも……!」
「出てしまうものは仕方がない。今は、行き先だけ私に預けたまえ」
再び圧力が揺れる。
皆本のすぐ脇にあった瓦礫が沈みかけた。
だが地面へ押し潰される直前、力の向きが変わる。
瓦礫は地面と平行に吹き飛び、遠方の防護壁へ激突した。
薫自身を縫い付けていた力も、少しずつ分散していく。
少女の身体の下で陥没していた地面が、それ以上沈むのを止めた。
「葵君」
空蝉が呼ぶ。
「予備のリミッターが、墜落したヘリの非常装備に入っている。持ってきてくれるかな」
「分かった!」
葵の姿が消える。
次の瞬間、炎を上げるヘリの近くへ出現した。
燃料の臭いと熱風が押し寄せる。
葵はローターの残骸を避けながら機体へ近づき、半ば潰れた非常用収納部を見つけた。
扉は衝撃で歪み、開かなくなっている。
「こんなん、まともに開けとる場合やないな!」
葵は収納部の内部を目視すると、その中身だけを転送した。
非常用ケースを抱え、皆本たちの傍へ戻る。
「これや!」
「皆本君」
空蝉が初めて皆本の名を呼んだ。
「薫君への装着を頼むよ」
「僕の名前を知って――」
「質問は後だ。今は彼女を優先したまえ」
皆本は予備リミッターを受け取った。
薫へ覆いかぶさった姿勢のまま、少女の片腕を取る。
圧力はまだ残っている。
手首を数センチ持ち上げるだけで、腕の筋肉が悲鳴を上げた。
「薫。腕を出してくれ」
「また壊れるかも……」
「壊れたら交換する」
「簡単に言うなよ」
「君が潰れるよりは簡単だ」
薫が震える腕を差し出す。
皆本はリミッターを手首へ装着した。
固定。
認証。
作動音が鳴る。
薫を中心に吹き荒れていた力が、急速に萎んだ。
地面を押し続けていた圧力が消える。
ひび割れの奥から、押し込められていた空気と砂埃が一斉に噴き上がった。
横倒しになりかけていた街灯が静止する。
空中で細かく震えていたガラス片が、雨のように地面へ落ちた。
車両の車体が軋みながら元の高さへ戻る。
街路樹の枝が跳ね上がり、葉が一斉に散った。
皆本は力を失い、薫の隣へ崩れ落ちる。
「終わった……」
薫もその場へ伏した。
空蝉が広げていた腕を下ろす。
それと同時に、彼女の周囲で渦を巻いていた粉塵が静かに落ちた。
遠くで燃えるヘリの音だけが残る。
空蝉は二歩ほど進み、近くの壁へ片手をついた。
白い手袋で口元を覆う。
指の隙間から、赤いものが僅かに滲んだ。
「空蝉、大丈夫か!?」
薫が身を起こそうとする。
空蝉はすぐに姿勢を正した。
「心配はいらないよ、薫君。少々、張り切りすぎただけさ」
「血ぃ出とるやないか!」
葵が指摘する。
「舞台には多少の赤があった方が映えるだろう?」
「また格好つけてる」
「おや。助けてもらった相手への第一声としては、随分と辛辣だね」
空蝉はいつも通りの笑顔を浮かべた。
ただ、皆本にはその笑顔があまりにも早く、あまりにも綺麗に作られたように見えた。
*
B.A.B.E.L.本部前は、瓦礫と粉塵に覆われていた。
墜落したヘリは消火されつつある。
正面広場には巨大な陥没と無数の亀裂が残り、街灯や標識は折れ曲がっていた。
そこへ桐壺が駆けつける。
「皆本君! チルドレン!」
四人の無事を確認し、続いて周囲の惨状へ目を向けた。
「……見事に壊れたねえ」
「感想が軽すぎませんか!」
「人的被害は?」
「ありません」
「ならば、建物くらい安いものだ」
「安くありません。修繕費はどこから出すつもりですか」
「やはり君を主任にして正解だったよ、皆本君」
「今する話ですか、それは」
皆本が反論しようとした時、桐壺は白いコートの人物に気づいた。
「空蝉君もいたのか」
「予知課へ立ち寄ったら、少々騒がしい未来が見えてね」
空蝉は服についた埃を払う。
「見過ごすのも寝覚めが悪いので、余興へ参加させてもらったよ」
「ちょうどよかった。皆本君、先ほど話した同僚というのが――」
桐壺が紹介するより先に、空蝉が一歩進み出た。
片手を胸へ添える。
瓦礫の前とは思えないほど優雅に腰を折った。
「さあ、初めましてだね、皆本君。特務エスパーの空蝉だ。よろしく頼むよ」
「初めまして……でいいんでしょうか」
皆本は怪訝な顔をする。
「先ほど、僕の名前を呼んでいましたよね」
空蝉は一拍だけ黙った。
それから、いかにも得意げに片目を細める。
「エスパーですから、と言うべきかな?」
「予知能力って、そういう使い方をするものですか?」
「さてね。便利な言葉ではあるよ」
薫が小さく吹き出した。
「出た。空蝉のごまかし笑い」
「薫君。そこまで見抜かれてしまっては、私も形無しだ」
「空蝉さんとは前から知り合いなのか?」
皆本が尋ねる。
「たまに来るんだよ。変な服着て、お菓子持って」
「変な服とは心外だね。これは私なりの正装だよ」
「正装で墜落現場に来る奴がいるかよ」
「ここにいるだろう?」
空蝉は自分を指して笑った。
葵も呆れながら肩をすくめる。
「まあ、見た目は派手やけど、悪い人やないで」
「それはどうも」
ただ一人、紫穂だけは黙っていた。
空蝉がそちらへ顔を向ける。
「紫穂君も久しぶりだね」
「……そうね」
「今日は随分と静かだ」
「いつも通りよ」
「それなら何より」
空蝉はそれ以上追及しなかった。
皆本は紫穂の表情に、僅かな警戒を見つけた。
空蝉が桐壺と事故処理について話し始めてから、皆本は小声で尋ねる。
「彼女が苦手なのか?」
「別に」
「でも、何か気にしているように見える」
紫穂は空蝉の背中を見つめた。
「読めないのよ」
「心が?」
「正確には、読もうとすると邪魔される。弾かれるわけじゃない。変なものが間に入って、どこを見ればいいのか分からなくなるの」
「能力を防御しているのか」
「たぶん。でも、それだけじゃない」
紫穂は僅かに眉を寄せる。
「表面だけなら読めるの。でも、言葉も感情も綺麗に揃いすぎてる」
「揃っているなら問題ないんじゃないか?」
「普通は少しくらい、言葉にならない部分があるのよ」
紫穂は空蝉の背中を見つめた。
「あの人には、それが見つからないの」
紫穂はそれ以上説明しなかった。
皆本が再び空蝉へ目を向ける。
彼女もこちらを見ていた。
視線が合うと、空蝉は穏やかに微笑み、芝居がかった優雅な会釈を返す。
皆本も反射的に頭を下げた。
頼れる同僚。
超度七の予知能力者。
チルドレンには慕われ、局長からも信頼されている人物。
それでも、紫穂にはどこか不自然に見える人間。
瓦礫の上に立つ白い姿を見ながら、皆本はその名前を胸中でもう一度繰り返した。
空蝉。
それが、彼女との最初の邂逅だった。