Identity. 作:安眠一兎
現場に到着した時点で、皆本光一は眉をひそめた。
「……静かすぎる」
予知課から回ってきた案件は、能力犯罪者三名による逃走事件だった。
銀行強盗の末、追跡を振り切って臨海部の廃工場へ逃げ込んだ三人組。全員がエスパーで、うち一人は高出力の念動能力者。
周辺住民の避難は完了。
人質もなし。
予知された二次被害を防ぎつつ、犯人を確保する。
ザ・チルドレンの任務としては、比較的単純な部類だった。
「中におるんやろ?」
葵が錆びた工場を見上げる。
「ああ。ただし勝手に動くなよ」
「分かってるって!」
薫が答えた。
そのままふわりと浮き上がる。
「薫!」
「まだ行ってねーだろ!」
「今から行くところだっただろ」
「なんで分かんだよ!」
「お前の主任だからだ」
「超能力かよ!」
「顔に書いてあったわよ」
紫穂が横で笑う。
「うるせー!」
「とにかく、まず状況確認だ。紫穂、中の様子を――」
「必要ないみたい」
「え?」
紫穂が工場の奥を見る。
「もういるわ」
「何が?」
「犯人」
少し間を置いて、
「倒れてる」
皆本の顔が変わった。
「全員、警戒しろ」
◆
三人は確かにいた。
一人は鉄骨へ背中から貼りつけられている。
一人は瓦礫の山に突っ込んで目を回している。
最後の一人は両腕を背中側へ捻られた状態で、地面から数十センチほど浮かされていた。
「だから俺たちはもう何も――!」
「嘘はいけないな」
軽い声。
「あ」
薫が先に気づいた。
廃材の山の上。
白髪。
学ラン。
場違いなほどくつろいだ姿勢で、一人の男が座っている。
「兵部さんじゃん」
薫の声音は、街中で知人でも見つけたかのように軽かった。
皆本の反応は正反対だった。
「薫、下がれ!」
「え?」
「三人とも僕の後ろへ!」
即座に前へ出る。
兵部京介は、その様子を見て楽しそうに目を細めた。
「やあ、皆本君。相変わらず歓迎が激しいね」
「何をしてるんです」
「見れば分かるだろう?」
兵部が倒れた犯人たちを見る。
「善行」
「自分で言う人間は信用できないな」
「厳しいなあ」
薫が皆本の背中から顔を出す。
「でもこいつら捕まえたの、兵部さんなんだろ?」
「そうだよ」
「じゃあサンキュー」
「どういたしまして」
「薫!」
「なんだよ!」
「そいつから離れろと言ってるだろ!」
「離れてるじゃん」
「そういう問題じゃない!」
葵が困ったように眉を下げる。
「皆本はん、警戒するんは分かるけど……今んとこ、兵部はん何もしてへんで?」
「だから余計に問題なんだ!」
「何でやねん」
「こいつが何の目的もなく先回りして、犯罪者を捕まえて待ってると思うか?」
「僕への理解が深まってきたね」
「褒めてない!」
兵部が笑う。
皆本だけは笑わない。
「お前がB.A.B.E.L.で何をしたか、知らないわけじゃない」
一瞬。
兵部の笑顔から温度が消えた。
ほんの一瞬だった。
「そう」
それだけ。
薫が皆本を見る。
「でも兵部、あたしら助けてくれるじゃん」
「それとこれとは別だ」
「そういうもんなの?」
「そういうものだ!」
「大人ってめんどくせーな」
「お前が単純なんだ!」
兵部が小さく笑った。
「僕は薫のそういうところ、好きだけどね」
「おう」
「薫!」
「何だよ!」
「そこで普通に返事するな!」
そんなやり取りの最中だった。
「なるほど」
別の声が、高いところから落ちてきた。
「そこまで堂々と言える辺りが真正なのかな、兵部君」
全員が見上げる。
二階の崩れかけた通路。
白い人影が立っていた。
銀白色の髪。
白を基調とした服。
両手には、いつもの手袋。
「空蝉さん!?」
皆本が目を見開く。
「どうしてここに!?」
「少々気になるものが見えてね」
「予知課からは追加報告なんて――」
「私個人の話だよ」
空蝉は手すりを越え、ふわりと一階へ降りる。
着地した位置は。
兵部から、きっちり数メートル離れていた。
「やあ、兵部君」
「……君まで来たのかい」
今度は兵部が露骨に嫌そうな顔をした。
「随分な挨拶だね」
「せっかく気分よく過ごしていたのに」
「幼女三人を眺めながら?」
「人聞きが悪いなあ」
「真正だね」
薫が首を傾げる。
「真正の何?」
「ロリコン」
「空蝉さん!」
皆本が叫んだ。
「子供に何教えてるんですか!」
「ロリコンくらい知ってるぞ」
「知ってても口にするな!」
薫が兵部を見る。
「兵部ってロリコンなの?」
「違うよ」
「ほら違うって」
「薫、それで納得するな!」
空蝉は兵部を眺める。
「では薫君へのその執着は?」
「彼女は特別なんだよ」
「本人の目の前で臆面もなく言えるところが真正だよ、兵部君」
「君、昔からその言葉好きだね」
「便利なのでね」
葵が腕を組んだ。
「まあ、薫にあんだけちょっかい出しとったら、言われてもしゃあない気ぃするけど」
「君まで?」
「事実関係の整理や」
兵部がため息をつくふりをした。
「君たち、ひどくないかい?」
「兵部さん、それ空蝉の真似?」
「違うよ」
薫が笑う。
皆本はそれどころではなかった。
「空蝉さん」
「なんだね?」
「知り合いなんですか」
「見れば分かるだろう?」
「そうじゃなくて!」
薫も二人を見比べる。
「友達?」
「違う」
「違うね」
ほとんど同時だった。
「息合ってんじゃん!」
「心外だね」
「まったくだ」
「また合うたで」
葵が呆れた。
その時。
「姐さん!」
兵部の肩から小さな影が飛び出した。
空蝉の表情が一気に緩む。
「やあ、桃太郎君」
「久しぶりじゃねえか!」
「元気だったかね?」
「まあな!」
桃太郎は兵部の肩を蹴ると、そのまま空蝉へ飛び移った。
「ちょっと、桃太郎」
「なんだよ京介」
「当然みたいに移るね」
「いいだろ別に」
「君は誰と一緒に来たと思ってるの?」
「京介」
「分かってるなら、もう少し遠慮してくれないかな」
「やだ」
空蝉が桃太郎の頭を撫でる。
「相変わらず素直でいい子だ」
「京介よりはな」
「比較対象が最悪だね」
「姉さんもそう思うだろ?」
「当然だとも」
「二人で僕を悪者にするのやめてくれる?」
「日頃の行いやろ」
葵がぼそりと言った。
兵部が眉を上げる。
「君まで?」
「今のは桃太郎に同意しただけや」
薫は興味深そうに二人を見る。
「空蝉、桃太郎とも知り合いなんだな」
「桃太郎君とは気が合うよ」
「姉さん菓子くれるしな」
「兵部さんは?」
「京介は京介」
「随分雑だね」
◆
「それで」
ひとしきり騒いだところで、空蝉が倒れている犯人たちへ目を向けた。
「兵部君」
「何?」
「何を探していたのかな」
「探していたと決めつけるの?」
「君が善意だけで先回りして犯罪者を片付けるものか」
「信用がないねえ」
「経験則だよ」
「そこは僕も同意します」
皆本が即座に入る。
「皆本君まで?」
「最初からそう言ってるでしょう!」
兵部は少し笑って、懐から小型端末を取り出した。
「これだよ」
皆本の表情が変わる。
「見せてください」
「君に?」
「犯罪者に言うのもどうかと思うが、僕は仕事で来ているからな」
「はいはい」
兵部が端末を持ち上げる。
空蝉が横から画面を覗いた。
「ふむ」
「興味ある?」
「もちろん」
兵部が何気なく端末を空蝉へ向けた。
空蝉も手を出しかける。
止まる。
兵部も。
「……」
「……」
薫が首を傾げた。
「何してんの?」
兵部は無言で近くの鉄骨へ端末を置いた。
空蝉がそこから取る。
「直接渡せばいいじゃん」
「嫌だよ」
「私も嫌だね」
「なんでそこだけ意見合うんですか!」
皆本が叫ぶ。
「彼女、ばっちいから」
「奇遇だね。私も同じことを考えていたよ」
「小学生ですか!」
葵が呆れたように二人を見る。
「ほんま何なん、この二人」
紫穂は笑わなかった。
空蝉は桃太郎へ普通に触れている。
兵部も、人との距離そのものを嫌うようには見えない。
なのに。
二人は互いにだけ。
妙に近づかない。
「……」
紫穂が何かを考える。
それに気づいたのか気づいていないのか。
空蝉は端末へ視線を落とした。
◆
「子供……?」
皆本が画面を覗き込む。
人名。
顔写真。
能力分類。
年齢。
十代前半。
中には、薫たちより幼い子供までいる。
薫も横から覗いた。
「あたしらくらいの奴ばっかじゃん」
「能力レベルも高いわね」
紫穂が言う。
葵の表情も曇る。
「なんや、これ」
「名簿というより……候補者リストだな」
皆本が兵部を見る。
「あなたはこれを追ってたんですか?」
「さてね」
「兵部」
「怖いなあ」
兵部は笑ったまま。
ただ、視線は端末から離れない。
空蝉も同じだった。
「空蝉?」
薫が呼ぶ。
「ん?」
「怒ってる?」
空蝉が目だけを薫へ向ける。
「そう見えるかね?」
「ちょっと」
「なら、そうなのかもしれないね」
それだけ言って端末を閉じる。
「皆本君。これは回収した方がいい」
「もちろんです」
「解析後、載っている子供たちの所在確認も」
「ええ」
「話が早くて助かるよ」
兵部が口を挟む。
「僕にも結果を教えてほしいな」
「嫌です」
皆本は即答した。
「早いね」
「当然でしょう!」
薫が兵部を見る。
「兵部もこのリスト追ってたんだろ?」
「かもしれないね」
「じゃあ教えてやればいいじゃん」
「薫!」
「だって同じ奴ら追ってんなら――」
「目的が同じとは限らない!」
皆本の声が強くなる。
「この子たちを守りたいのか、自分の仲間にしたいのか、それとも別の目的があるのか。僕らには分からないんだ」
兵部が目を細める。
「いいね、皆本君」
「何がです」
「それくらい疑ってくれた方が安心するよ」
「褒められてません!」
「褒めたつもりなんだけどな」
「皆本君」
空蝉が呼んだ。
「はい」
「そのくらいでいいよ」
「……空蝉さん?」
「警戒する人間が一人くらいいた方がいい」
兵部が空蝉を見る。
「本人の前で言う?」
「聞かせているんだよ」
薫が空蝉を見る。
「空蝉も兵部って危ないと思ってんの?」
「もちろん」
即答だった。
薫が少し驚く。
「でも普通にしゃべってんじゃん」
「話が通じる相手だからね」
「それだけ?」
「それ以上必要かね?」
皆本が口を挟む。
「この人はB.A.B.E.L.で人を殺してるんですよ」
空気が少し変わる。
薫たちも黙る。
兵部は何も言わなかった。
「今助けてくれたことと、それは別です」
「ああ」
空蝉が頷く。
「その通りだよ」
兵部が薄く笑う。
「君にまで言われるとはね」
「客観的に警戒するべき経歴だろう、君は」
「厳しいなあ」
「今さら傷ついたふりをする歳でもあるまい」
「年齢の話はやめない?」
桃太郎が空蝉の肩で笑った。
◆
ほんの数秒。
全員の注意が逸れた。
鉄骨へ固定されていた念動能力者の指が動く。
皆本が気づいた。
「――薫!」
遅い。
天井近く。
吊り下げられていた巨大な鋼材が、金具ごと引き千切られた。
数百キロの鉄塊。
真正面。
薫たちへ。
「っ!」
葵が反応する。
薫が振り向く。
間に合わない。
鋼材が止まった。
少女たちの数メートル手前。
空中で。
「……」
兵部が手を上げている。
その隣。
空蝉も。
二人の力が。
同じ鋼材を掴んでいた。
「――」
ほんの一瞬。
二人の表情が同時に歪んだ。
「うわ」
「最悪」
ほとんど同時だった。
次の瞬間。
鋼材が横へ吹き飛ぶ。
工場の壁を突き破り、轟音と共に外へ消えた。
静寂。
「……何?」
薫が目を瞬く。
兵部は眉間を揉んでいた。
空蝉は、まるで手に何か不快なものが付着したように指先を振っている。
「……二人ともどうしたんです?」
皆本が聞く。
「何でもないよ」
「何でもないね」
「いや、絶対何かありましたよね!?」
兵部が空蝉を見る。
「君」
「言うな」
「まだ何も言ってないけど」
「顔が腹立たしい」
「それはお互い様じゃない?」
桃太郎が二人を見て、呆れたように鼻を鳴らした。
「……ったく」
「桃太郎君」
「なんも言ってないだろ」
紫穂の目が細くなる。
皆本は二人を見比べた。
「今の、何だったんです?」
「鋼材を止めただけだよ」
「その後の話をしてるんです!」
「細かい男だね、君は」
「命に関わる現場だから聞いてるんです!」
皆本がさらに追及しようとした、その時。
「くそっ……!」
念動能力者が再び身体を起こそうとした。
兵部の視線が向く。
空気が変わった。
男の身体が床から浮く。
「兵部!」
皆本が即座に声を上げる。
「誰を狙った?」
兵部は笑っている。
だが目は笑っていない。
男の身体が床へ引かれる。
ミシ、とコンクリートが鳴った。
「やめろ!」
皆本が一歩出る。
「もう動けないだろ!」
薫も兵部を見る。
桃太郎が低く呼んだ。
「京介」
そして。
「兵部君」
空蝉の声。
兵部が横を見る。
「死体を増やすな」
「……」
「後処理が面倒だ」
数秒。
圧力が消える。
男が床へ落ちた。
「君らしい止め方だね」
「爺相手に道徳の授業をする気はないよ」
空蝉は淡々と言った。
「皆本君」
「はい!」
「今度こそ拘束を」
「薫、葵、紫穂!」
「おう!」
「了解!」
「はいはい」
三人が一斉に動く。
今度こそ男は完全に無力化された。
皆本は拘束を確認してから兵部を睨む。
「今、殺す気だったでしょう」
「さあ?」
「誤魔化すな!」
「皆本君」
空蝉が言う。
「警戒するのは正しいと言っただろう?」
皆本は黙る。
兵部は否定しなかった。
◆
「待って」
犯人へ触れていた紫穂が、ふいに顔を上げた。
「どうした?」
皆本が身を寄せる。
「この三人だけじゃない」
「何?」
「もう一人いる」
皆本の表情が変わる。
「どこだ?」
「下」
紫穂が床を見る。
「地下にいる」
「何してる?」
「……消そうとしてる」
「何を?」
「分からない。でも急いでる」
空蝉と兵部が同時に工場奥の階段を見る。
「皆本君」
「分かってます!」
即座に指示。
「葵、地下へ!」
「了解!」
「薫は僕と来い! 紫穂は無理に読まなくていい!」
「分かってる」
兵部も歩き出した。
「僕も行こうかな」
「来ないでください!」
「どうして?」
「あなたがいるとややこしくなるからです!」
「もう十分ややこしいんちゃう?」
葵が言った。
「葵!」
「冗談やって」
皆本が振り返る。
「空蝉さんも――」
いない。
「先行ったで」
「空蝉さん!」
◆
地下保管庫。
空蝉が扉を蹴り開けた時、男は大量の記録媒体を床へ並べていた。
「そこまでだよ」
「っ!」
男が振り返る。
直後。
空蝉の表情が僅かに強張った。
男の能力。
精神干渉。
視界が揺れる。
ほんの一瞬だけ動きが止まる。
男が駆ける。
出口へ。
「残念」
そこに兵部がいた。
「な――」
男が急停止する。
逆方向へ。
空蝉が手を上げる。
鉄扉が閉まる。
男が脇道へ飛び込もうとする。
兵部がほんの半歩だけ横へずれた。
空蝉の拳銃が火を噴く。
弾丸は男の足元。
反射的に跳ねたところで、兵部の念動力が身体を掴んだ。
床へ。
空蝉が距離を詰める。
一切相談していない。
指示もない。
なのに噛み合っている。
「……」
遅れて出現した皆本が、その光景を見て足を止めた。
「打ち合わせしてたんですか?」
「まさか」
「嫌だね」
同時。
「じゃあ何でそんなに息合うんです?」
兵部が笑う。
「長いからじゃない?」
空蝉がものすごく嫌そうな顔をした。
「その言い方はやめたまえ」
「事実だろう?」
「不愉快だね」
男が最後の抵抗を試みる。
空蝉が手を上げる。
念動力で身体を押さえつけ――。
「……」
少し力が強すぎた。
床が嫌な音を立てる。
「空蝉さん!」
「おっと」
空蝉が出力を抜く。
「危ないですよ!」
「加減を間違えた」
「軽く言わないでください!」
兵部が横で笑う。
「相変わらず雑だね」
「君に言われたくないよ」
「僕はもっと上手いけど?」
「黙りたまえ」
男が呻く。
「お前ら……何なんだ……」
空蝉と兵部が同時に見る。
「「知らなくていい」」
皆本が頭を抱えた。
◆
地下から回収された資料は、最初の端末よりずっと量が多かった。
若年エスパーの能力情報。
居住地域。
家族構成。
学校。
一部には、能力発現前後の記録まである。
「完全に調査されてるな……」
皆本が眉を寄せる。
薫たちも、さすがに表情が硬い。
「気持ち悪いな」
薫が言った。
「うちらみたいなん集めて、何するつもりやったんやろ」
「これから調べる」
皆本は資料をまとめる。
「少なくとも、このリストに載っている子たちは全部確認する必要がある」
「手伝ってあげようか?」
兵部が聞く。
「結構です」
「早いねえ」
「あなたの場合、保護した後でそのまま勧誘しかねないでしょう!」
「それは偏見だよ」
空蝉が横から言う。
「保護は少女を優先した方がいいかもね」
「君まで?」
「子供相手に真っ向から口説きにかかる危険人物だろう?」
「まるで真っ当な大人みたいだね」
「君が問題児なのでね」
薫が首を傾げる。
「でも兵部も、これ気になってたんだろ?」
「そうだね」
「じゃあ悪いことじゃなくね?」
「薫」
皆本が言う。
「行動だけを見るな」
「でもさ」
「助けてくれることがある。だから信用していい、とはならないんだ」
「ふーん」
薫は完全には納得していない顔だった。
兵部はそれを見て少し笑う。
「まあ、そのくらいでいいんじゃない?」
「あなたが言うな!」
◆
「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」
兵部が言った。
「待ってください」
当然のように皆本が止める。
「まだ聞きたいことがあります」
「僕、今日はかなり協力したと思うけど」
「だから信用するとは言えない」
「本当にぶれないね」
「当然だ!」
薫が手を上げる。
「じゃーな兵部」
「薫!」
「帰るんだろ?」
「そうだけど!」
「じゃあいいじゃん」
葵も軽く手を振る。
「ほな」
「お前たちはもう少し警戒心を持て!」
紫穂が笑う。
「皆本さんが四人分持ってるから大丈夫よ」
「そういう問題じゃない!」
兵部が愉快そうに笑った。
「いいチームだね」
「お前に評価されたくない」
「京介」
桃太郎が空蝉の肩から呼ぶ。
「帰るんだろ」
「ああ。桃太郎も」
「へいへい」
桃太郎が空蝉の肩から兵部へ戻る。
「じゃあな、姐さん」
「またね、桃太郎君」
「次は菓子用意しとけよ」
「善処しよう」
「絶対だぞ」
「僕の分は?」
空蝉が兵部を見る。
「え?」
「そこまで露骨に差をつけなくてもいいと思うなあ」
「桃太郎君は可愛いからね」
「僕は?」
「真正だ」
「まだ言うんだ」
薫が笑った。
「兵部さん、もう諦めなよ」
「薫まで……」
白い光が兵部の周囲へ集まり始める。
その直前。
兵部が空蝉を見る。
「……」
空蝉も見る。
「……」
数秒。
「何だね」
「いや」
兵部は眉間を軽く押さえた。
「やっぱり不愉快だなと思って」
「奇遇だね」
「姐さんも?」
「大変不愉快だよ」
桃太郎がため息をつく。
「お前ら、ほんと面倒くせえな」
「桃太郎君」
「オレは何も知らねえぞ」
「何も聞いてないよ」
「じゃあいい」
兵部が小さく笑う。
「またね、空蝉」
「なるべく遠慮したいものだね」
光。
二人の姿が消えた。
◆
「……空蝉さん」
「なんだね?」
「話があります」
「私にはないよ」
「あります!」
「犯人の引き渡しが先では?」
「それが終わったらです!」
薫が二人の間から顔を出す。
「なあ空蝉」
「何かな」
「兵部と昔なんかあったの?」
「色々ね」
「色々って?」
「色々だよ」
「今何歳なの?」
「薫!」
皆本が止める。
「なんだよ!」
「女性に年齢を聞くな!」
「でも皆本も知りたいんだろ?」
「僕が知りたいのは経歴だ!」
「同じじゃん!」
「違う!」
葵が呆れたようにため息をつく。
「また始まったわ」
紫穂は一人だけ、空蝉を見ていた。
「空蝉さん」
「ん?」
「兵部には近づかないのね」
一瞬。
空蝉の視線が紫穂へ向く。
「近づいていただろう?」
「そういう意味じゃないわ」
「……」
紫穂はにっこり笑った。
「まあいいけど」
「紫穂?」
「何でもない」
空蝉は自分の手袋を軽く引き上げた。
先ほど、兵部と同じものへ手を伸ばした側。
皆本はそれを見逃した。
「空蝉さん!」
「聞こえているよ」
「じゃあ答えてください! 兵部とは何年前から――」
「さてね」
「誤魔化すな!」
空蝉は笑いながら歩き出す。
後ろから皆本の声。
薫の笑い声。
葵の呆れ声。
紫穂の視線。
白は二つあった。
よく似た色で。
妙に長く互いを知っていて。
近づけば近づくほど、露骨に嫌な顔をする。
混ざらない。
少なくとも。
二人とも、そのつもりだった。