Identity.   作:安眠一兎

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EP6 旧知邂逅! 混ざらない白と白

 現場に到着した時点で、皆本光一は眉をひそめた。

 

 

「……静かすぎる」

 

 

 予知課から回ってきた案件は、能力犯罪者三名による逃走事件だった。

 銀行強盗の末、追跡を振り切って臨海部の廃工場へ逃げ込んだ三人組。全員がエスパーで、うち一人は高出力の念動能力者。

 

 周辺住民の避難は完了。

 

 人質もなし。

 

 予知された二次被害を防ぎつつ、犯人を確保する。

 

 ザ・チルドレンの任務としては、比較的単純な部類だった。

 

 

「中におるんやろ?」

 

 

 葵が錆びた工場を見上げる。

 

 

「ああ。ただし勝手に動くなよ」

 

「分かってるって!」

 

 

 薫が答えた。

 

 そのままふわりと浮き上がる。

 

 

「薫!」

 

「まだ行ってねーだろ!」

 

「今から行くところだっただろ」

 

「なんで分かんだよ!」

 

「お前の主任だからだ」

 

「超能力かよ!」

 

「顔に書いてあったわよ」

 

 

 紫穂が横で笑う。

 

 

「うるせー!」

 

「とにかく、まず状況確認だ。紫穂、中の様子を――」

 

「必要ないみたい」

 

「え?」

 

 

 紫穂が工場の奥を見る。

 

 

「もういるわ」

 

「何が?」

 

「犯人」

 

 

 少し間を置いて、

 

 

「倒れてる」

 

 

 皆本の顔が変わった。

 

 

「全員、警戒しろ」

 

 

 

 

 三人は確かにいた。

 

 一人は鉄骨へ背中から貼りつけられている。

 

 一人は瓦礫の山に突っ込んで目を回している。

 

 最後の一人は両腕を背中側へ捻られた状態で、地面から数十センチほど浮かされていた。

 

 

「だから俺たちはもう何も――!」

 

「嘘はいけないな」

 

 

 軽い声。

 

 

「あ」

 

 

 薫が先に気づいた。

 

 廃材の山の上。

 

 白髪。

 

 学ラン。

 

 場違いなほどくつろいだ姿勢で、一人の男が座っている。

 

 

「兵部さんじゃん」

 

 

 薫の声音は、街中で知人でも見つけたかのように軽かった。

 

 皆本の反応は正反対だった。

 

 

「薫、下がれ!」

 

「え?」

 

「三人とも僕の後ろへ!」

 

 

 即座に前へ出る。

 

 兵部京介は、その様子を見て楽しそうに目を細めた。

 

 

「やあ、皆本君。相変わらず歓迎が激しいね」

 

「何をしてるんです」

 

「見れば分かるだろう?」

 

 

 兵部が倒れた犯人たちを見る。

 

 

「善行」

 

「自分で言う人間は信用できないな」

 

「厳しいなあ」

 

 

 薫が皆本の背中から顔を出す。

 

 

「でもこいつら捕まえたの、兵部さんなんだろ?」

 

「そうだよ」

 

「じゃあサンキュー」

 

「どういたしまして」

 

「薫!」

 

「なんだよ!」

 

「そいつから離れろと言ってるだろ!」

 

「離れてるじゃん」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 

 葵が困ったように眉を下げる。

 

 

「皆本はん、警戒するんは分かるけど……今んとこ、兵部はん何もしてへんで?」

 

「だから余計に問題なんだ!」

 

「何でやねん」

 

「こいつが何の目的もなく先回りして、犯罪者を捕まえて待ってると思うか?」

 

「僕への理解が深まってきたね」

 

「褒めてない!」

 

 

 兵部が笑う。

 

 皆本だけは笑わない。

 

 

「お前がB.A.B.E.L.で何をしたか、知らないわけじゃない」

 

 

 一瞬。

 

 兵部の笑顔から温度が消えた。

 

 ほんの一瞬だった。

 

 

「そう」

 

 

 それだけ。

 

 薫が皆本を見る。

 

 

「でも兵部、あたしら助けてくれるじゃん」

 

「それとこれとは別だ」

 

「そういうもんなの?」

 

「そういうものだ!」

 

「大人ってめんどくせーな」

 

「お前が単純なんだ!」

 

 

 兵部が小さく笑った。

 

 

「僕は薫のそういうところ、好きだけどね」

 

「おう」

 

「薫!」

 

「何だよ!」

 

「そこで普通に返事するな!」

 

 

 そんなやり取りの最中だった。

 

 

「なるほど」

 

 

 別の声が、高いところから落ちてきた。

 

 

「そこまで堂々と言える辺りが真正なのかな、兵部君」

 

 

 全員が見上げる。

 

 二階の崩れかけた通路。

 

 白い人影が立っていた。

 

 銀白色の髪。

 

 白を基調とした服。

 

 両手には、いつもの手袋。

 

 

「空蝉さん!?」

 

 

 皆本が目を見開く。

 

 

「どうしてここに!?」

 

「少々気になるものが見えてね」

 

「予知課からは追加報告なんて――」

 

「私個人の話だよ」

 

 

 空蝉は手すりを越え、ふわりと一階へ降りる。

 

 着地した位置は。

 

 兵部から、きっちり数メートル離れていた。

 

 

「やあ、兵部君」

 

「……君まで来たのかい」

 

 

 今度は兵部が露骨に嫌そうな顔をした。

 

 

「随分な挨拶だね」

 

「せっかく気分よく過ごしていたのに」

 

「幼女三人を眺めながら?」

 

「人聞きが悪いなあ」

 

「真正だね」

 

 

 薫が首を傾げる。

 

 

「真正の何?」

 

「ロリコン」

 

「空蝉さん!」

 

 

 皆本が叫んだ。

 

 

「子供に何教えてるんですか!」

 

「ロリコンくらい知ってるぞ」

 

「知ってても口にするな!」

 

 

 薫が兵部を見る。

 

 

「兵部ってロリコンなの?」

 

「違うよ」

 

「ほら違うって」

 

「薫、それで納得するな!」

 

 

 空蝉は兵部を眺める。

 

 

「では薫君へのその執着は?」

 

「彼女は特別なんだよ」

 

「本人の目の前で臆面もなく言えるところが真正だよ、兵部君」

 

「君、昔からその言葉好きだね」

 

「便利なのでね」

 

 

 葵が腕を組んだ。

 

 

「まあ、薫にあんだけちょっかい出しとったら、言われてもしゃあない気ぃするけど」

 

「君まで?」

 

「事実関係の整理や」

 

 

 兵部がため息をつくふりをした。

 

 

「君たち、ひどくないかい?」

 

「兵部さん、それ空蝉の真似?」

 

「違うよ」

 

 

 薫が笑う。

 

 皆本はそれどころではなかった。

 

 

「空蝉さん」

 

「なんだね?」

 

「知り合いなんですか」

 

「見れば分かるだろう?」

 

「そうじゃなくて!」

 

 

 薫も二人を見比べる。

 

 

「友達?」

 

「違う」

 

「違うね」

 

 

 ほとんど同時だった。

 

 

「息合ってんじゃん!」

 

「心外だね」

 

「まったくだ」

 

「また合うたで」

 

 

 葵が呆れた。

 

 その時。

 

 

「姐さん!」

 

 

 兵部の肩から小さな影が飛び出した。

 

 空蝉の表情が一気に緩む。

 

 

「やあ、桃太郎君」

 

「久しぶりじゃねえか!」

 

「元気だったかね?」

 

「まあな!」

 

 

 桃太郎は兵部の肩を蹴ると、そのまま空蝉へ飛び移った。

 

 

「ちょっと、桃太郎」

 

「なんだよ京介」

 

「当然みたいに移るね」

 

「いいだろ別に」

 

「君は誰と一緒に来たと思ってるの?」

 

「京介」

 

「分かってるなら、もう少し遠慮してくれないかな」

 

「やだ」

 

 

 空蝉が桃太郎の頭を撫でる。

 

 

「相変わらず素直でいい子だ」

 

「京介よりはな」

 

「比較対象が最悪だね」

 

「姉さんもそう思うだろ?」

 

「当然だとも」

 

「二人で僕を悪者にするのやめてくれる?」

 

「日頃の行いやろ」

 

 

 葵がぼそりと言った。

 

 兵部が眉を上げる。

 

 

「君まで?」

 

「今のは桃太郎に同意しただけや」

 

 

 薫は興味深そうに二人を見る。

 

 

「空蝉、桃太郎とも知り合いなんだな」

 

「桃太郎君とは気が合うよ」

 

「姉さん菓子くれるしな」

 

「兵部さんは?」

 

「京介は京介」

 

「随分雑だね」

 

 

 

 

「それで」

 

 

 ひとしきり騒いだところで、空蝉が倒れている犯人たちへ目を向けた。

 

 

「兵部君」

 

「何?」

 

「何を探していたのかな」

 

「探していたと決めつけるの?」

 

「君が善意だけで先回りして犯罪者を片付けるものか」

 

「信用がないねえ」

 

「経験則だよ」

 

「そこは僕も同意します」

 

 

 皆本が即座に入る。

 

 

「皆本君まで?」

 

「最初からそう言ってるでしょう!」

 

 

 兵部は少し笑って、懐から小型端末を取り出した。

 

 

「これだよ」

 

 

 皆本の表情が変わる。

 

 

「見せてください」

 

「君に?」

 

「犯罪者に言うのもどうかと思うが、僕は仕事で来ているからな」

 

「はいはい」

 

 

 兵部が端末を持ち上げる。

 

 空蝉が横から画面を覗いた。

 

 

「ふむ」

 

「興味ある?」

 

「もちろん」

 

 

 兵部が何気なく端末を空蝉へ向けた。

 

 空蝉も手を出しかける。

 

 止まる。

 

 兵部も。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 薫が首を傾げた。

 

 

「何してんの?」

 

 

 兵部は無言で近くの鉄骨へ端末を置いた。

 

 空蝉がそこから取る。

 

 

「直接渡せばいいじゃん」

 

「嫌だよ」

 

「私も嫌だね」

 

「なんでそこだけ意見合うんですか!」

 

 

 皆本が叫ぶ。

 

 

「彼女、ばっちいから」

 

「奇遇だね。私も同じことを考えていたよ」

 

「小学生ですか!」

 

 

 葵が呆れたように二人を見る。

 

 

「ほんま何なん、この二人」

 

 

 紫穂は笑わなかった。

 

 空蝉は桃太郎へ普通に触れている。

 

 兵部も、人との距離そのものを嫌うようには見えない。

 

 なのに。

 

 二人は互いにだけ。

 

 妙に近づかない。

 

 

「……」

 

 

 紫穂が何かを考える。

 

 それに気づいたのか気づいていないのか。

 

 空蝉は端末へ視線を落とした。

 

 

 

 

「子供……?」

 

 

 皆本が画面を覗き込む。

 

 人名。

 

 顔写真。

 

 能力分類。

 

 年齢。

 

 十代前半。

 

 中には、薫たちより幼い子供までいる。

 

 薫も横から覗いた。

 

 

「あたしらくらいの奴ばっかじゃん」

 

「能力レベルも高いわね」

 

 

 紫穂が言う。

 

 葵の表情も曇る。

 

 

「なんや、これ」

 

「名簿というより……候補者リストだな」

 

 

 皆本が兵部を見る。

 

 

「あなたはこれを追ってたんですか?」

 

「さてね」

 

「兵部」

 

「怖いなあ」

 

 

 兵部は笑ったまま。

 

 ただ、視線は端末から離れない。

 

 空蝉も同じだった。

 

 

「空蝉?」

 

 

 薫が呼ぶ。

 

 

「ん?」

 

「怒ってる?」

 

 

 空蝉が目だけを薫へ向ける。

 

 

「そう見えるかね?」

 

「ちょっと」

 

「なら、そうなのかもしれないね」

 

 

 それだけ言って端末を閉じる。

 

 

「皆本君。これは回収した方がいい」

 

「もちろんです」

 

「解析後、載っている子供たちの所在確認も」

 

「ええ」

 

「話が早くて助かるよ」

 

 

 兵部が口を挟む。

 

 

「僕にも結果を教えてほしいな」

 

「嫌です」

 

 

 皆本は即答した。

 

 

「早いね」

 

「当然でしょう!」

 

 

 薫が兵部を見る。

 

 

「兵部もこのリスト追ってたんだろ?」

 

「かもしれないね」

 

「じゃあ教えてやればいいじゃん」

 

「薫!」

 

「だって同じ奴ら追ってんなら――」

 

「目的が同じとは限らない!」

 

 

 皆本の声が強くなる。

 

 

「この子たちを守りたいのか、自分の仲間にしたいのか、それとも別の目的があるのか。僕らには分からないんだ」

 

 

 兵部が目を細める。

 

 

「いいね、皆本君」

 

「何がです」

 

「それくらい疑ってくれた方が安心するよ」

 

「褒められてません!」

 

「褒めたつもりなんだけどな」

 

「皆本君」

 

 

 空蝉が呼んだ。

 

 

「はい」

 

「そのくらいでいいよ」

 

「……空蝉さん?」

 

「警戒する人間が一人くらいいた方がいい」

 

 

 兵部が空蝉を見る。

 

 

「本人の前で言う?」

 

「聞かせているんだよ」

 

 

 薫が空蝉を見る。

 

 

「空蝉も兵部って危ないと思ってんの?」

 

「もちろん」

 

 

 即答だった。

 

 薫が少し驚く。

 

 

「でも普通にしゃべってんじゃん」

 

「話が通じる相手だからね」

 

「それだけ?」

 

「それ以上必要かね?」

 

 

 皆本が口を挟む。

 

 

「この人はB.A.B.E.L.で人を殺してるんですよ」

 

 

 空気が少し変わる。

 

 薫たちも黙る。

 

 兵部は何も言わなかった。

 

 

「今助けてくれたことと、それは別です」

 

「ああ」

 

 

 空蝉が頷く。

 

 

「その通りだよ」

 

 

 兵部が薄く笑う。

 

 

「君にまで言われるとはね」

 

「客観的に警戒するべき経歴だろう、君は」

 

「厳しいなあ」

 

「今さら傷ついたふりをする歳でもあるまい」

 

「年齢の話はやめない?」

 

 

 桃太郎が空蝉の肩で笑った。

 

 

 

 

 ほんの数秒。

 

 全員の注意が逸れた。

 

 鉄骨へ固定されていた念動能力者の指が動く。

 

 皆本が気づいた。

 

 

「――薫!」

 

 

 遅い。

 

 天井近く。

 

 吊り下げられていた巨大な鋼材が、金具ごと引き千切られた。

 

 数百キロの鉄塊。

 

 真正面。

 

 薫たちへ。

 

 

「っ!」

 

 

 葵が反応する。

 

 薫が振り向く。

 

 間に合わない。

 

 鋼材が止まった。

 

 少女たちの数メートル手前。

 

 空中で。

 

 

「……」

 

 

 兵部が手を上げている。

 

 その隣。

 

 空蝉も。

 

 二人の力が。

 

 同じ鋼材を掴んでいた。

 

 

「――」

 

 

 ほんの一瞬。

 

 二人の表情が同時に歪んだ。

 

 

「うわ」

 

「最悪」

 

 

 ほとんど同時だった。

 

 次の瞬間。

 

 鋼材が横へ吹き飛ぶ。

 

 工場の壁を突き破り、轟音と共に外へ消えた。

 

 静寂。

 

 

「……何?」

 

 

 薫が目を瞬く。

 

 兵部は眉間を揉んでいた。

 

 空蝉は、まるで手に何か不快なものが付着したように指先を振っている。

 

 

「……二人ともどうしたんです?」

 

 

 皆本が聞く。

 

 

「何でもないよ」

 

「何でもないね」

 

「いや、絶対何かありましたよね!?」

 

 

 兵部が空蝉を見る。

 

 

「君」

 

「言うな」

 

「まだ何も言ってないけど」

 

「顔が腹立たしい」

 

「それはお互い様じゃない?」

 

 

 桃太郎が二人を見て、呆れたように鼻を鳴らした。

 

 

「……ったく」

 

「桃太郎君」

 

「なんも言ってないだろ」

 

 

 紫穂の目が細くなる。

 

 皆本は二人を見比べた。

 

 

「今の、何だったんです?」

 

「鋼材を止めただけだよ」

 

「その後の話をしてるんです!」

 

「細かい男だね、君は」

 

「命に関わる現場だから聞いてるんです!」

 

 

 皆本がさらに追及しようとした、その時。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 念動能力者が再び身体を起こそうとした。

 

 兵部の視線が向く。

 

 空気が変わった。

 

 男の身体が床から浮く。

 

 

「兵部!」

 

 

 皆本が即座に声を上げる。

 

 

「誰を狙った?」

 

 

 兵部は笑っている。

 

 だが目は笑っていない。

 

 男の身体が床へ引かれる。

 

 ミシ、とコンクリートが鳴った。

 

 

「やめろ!」

 

 

 皆本が一歩出る。

 

 

「もう動けないだろ!」

 

 

 薫も兵部を見る。

 

 桃太郎が低く呼んだ。

 

 

「京介」

 

 

 そして。

 

 

「兵部君」

 

 

 空蝉の声。

 

 兵部が横を見る。

 

 

「死体を増やすな」

 

「……」

 

「後処理が面倒だ」

 

 

 数秒。

 

 圧力が消える。

 

 男が床へ落ちた。

 

 

「君らしい止め方だね」

 

「爺相手に道徳の授業をする気はないよ」

 

 

 空蝉は淡々と言った。

 

 

「皆本君」

 

「はい!」

 

「今度こそ拘束を」

 

「薫、葵、紫穂!」

 

「おう!」

 

「了解!」

 

「はいはい」

 

 

 三人が一斉に動く。

 

 今度こそ男は完全に無力化された。

 

 皆本は拘束を確認してから兵部を睨む。

 

 

「今、殺す気だったでしょう」

 

「さあ?」

 

「誤魔化すな!」

 

「皆本君」

 

 

 空蝉が言う。

 

 

「警戒するのは正しいと言っただろう?」

 

 

 皆本は黙る。

 

 兵部は否定しなかった。

 

 

 

 

「待って」

 

 

 犯人へ触れていた紫穂が、ふいに顔を上げた。

 

 

「どうした?」

 

 

 皆本が身を寄せる。

 

 

「この三人だけじゃない」

 

「何?」

 

「もう一人いる」

 

 

 皆本の表情が変わる。

 

 

「どこだ?」

 

「下」

 

 

 紫穂が床を見る。

 

 

「地下にいる」

 

「何してる?」

 

「……消そうとしてる」

 

「何を?」

 

「分からない。でも急いでる」

 

 

 空蝉と兵部が同時に工場奥の階段を見る。

 

 

「皆本君」

 

「分かってます!」

 

 

 即座に指示。

 

 

「葵、地下へ!」

 

「了解!」

 

「薫は僕と来い! 紫穂は無理に読まなくていい!」

 

「分かってる」

 

 

 兵部も歩き出した。

 

 

「僕も行こうかな」

 

「来ないでください!」

 

「どうして?」

 

「あなたがいるとややこしくなるからです!」

 

「もう十分ややこしいんちゃう?」

 

 

 葵が言った。

 

 

「葵!」

 

「冗談やって」

 

 

 皆本が振り返る。

 

 

「空蝉さんも――」

 

 

 いない。

 

 

「先行ったで」

 

「空蝉さん!」

 

 

       ◆

 

 

 地下保管庫。

 

 空蝉が扉を蹴り開けた時、男は大量の記録媒体を床へ並べていた。

 

 

「そこまでだよ」

 

「っ!」

 

 

 男が振り返る。

 

 直後。

 

 空蝉の表情が僅かに強張った。

 

 男の能力。

 

 精神干渉。

 

 視界が揺れる。

 

 ほんの一瞬だけ動きが止まる。

 

 男が駆ける。

 

 出口へ。

 

 

「残念」

 

 

 そこに兵部がいた。

 

 

「な――」

 

 

 男が急停止する。

 

 逆方向へ。

 

 空蝉が手を上げる。

 

 鉄扉が閉まる。

 

 男が脇道へ飛び込もうとする。

 

 兵部がほんの半歩だけ横へずれた。

 

 空蝉の拳銃が火を噴く。

 

 弾丸は男の足元。

 

 反射的に跳ねたところで、兵部の念動力が身体を掴んだ。

 

 床へ。

 

 空蝉が距離を詰める。

 

 一切相談していない。

 

 指示もない。

 

 なのに噛み合っている。

 

 

「……」

 

 

 遅れて出現した皆本が、その光景を見て足を止めた。

 

 

「打ち合わせしてたんですか?」

 

「まさか」

 

「嫌だね」

 

 

 同時。

 

 

「じゃあ何でそんなに息合うんです?」

 

 

 兵部が笑う。

 

 

「長いからじゃない?」

 

 

 空蝉がものすごく嫌そうな顔をした。

 

 

「その言い方はやめたまえ」

 

「事実だろう?」

 

「不愉快だね」

 

 

 男が最後の抵抗を試みる。

 

 空蝉が手を上げる。

 

 念動力で身体を押さえつけ――。

 

 

「……」

 

 

 少し力が強すぎた。

 

 床が嫌な音を立てる。

 

 

「空蝉さん!」

 

「おっと」

 

 

 空蝉が出力を抜く。

 

 

「危ないですよ!」

 

「加減を間違えた」

 

「軽く言わないでください!」

 

 

 兵部が横で笑う。

 

 

「相変わらず雑だね」

 

「君に言われたくないよ」

 

「僕はもっと上手いけど?」

 

「黙りたまえ」

 

 

 男が呻く。

 

 

「お前ら……何なんだ……」

 

 

 空蝉と兵部が同時に見る。

 

 

「「知らなくていい」」

 

 

 皆本が頭を抱えた。

 

 

 

 

 地下から回収された資料は、最初の端末よりずっと量が多かった。

 

 若年エスパーの能力情報。

 

 居住地域。

 

 家族構成。

 

 学校。

 

 一部には、能力発現前後の記録まである。

 

 

「完全に調査されてるな……」

 

 

 皆本が眉を寄せる。

 

 薫たちも、さすがに表情が硬い。

 

 

「気持ち悪いな」

 

 

 薫が言った。

 

 

「うちらみたいなん集めて、何するつもりやったんやろ」

 

「これから調べる」

 

 

 皆本は資料をまとめる。

 

 

「少なくとも、このリストに載っている子たちは全部確認する必要がある」

 

「手伝ってあげようか?」

 

 

 兵部が聞く。

 

 

「結構です」

 

「早いねえ」

 

「あなたの場合、保護した後でそのまま勧誘しかねないでしょう!」

 

「それは偏見だよ」

 

 

 空蝉が横から言う。

 

 

「保護は少女を優先した方がいいかもね」

 

「君まで?」

 

「子供相手に真っ向から口説きにかかる危険人物だろう?」

 

「まるで真っ当な大人みたいだね」

 

「君が問題児なのでね」

 

 

 薫が首を傾げる。

 

 

「でも兵部も、これ気になってたんだろ?」

 

「そうだね」

 

「じゃあ悪いことじゃなくね?」

 

「薫」

 

 

 皆本が言う。

 

 

「行動だけを見るな」

 

「でもさ」

 

「助けてくれることがある。だから信用していい、とはならないんだ」

 

「ふーん」

 

 

 薫は完全には納得していない顔だった。

 

 兵部はそれを見て少し笑う。

 

 

「まあ、そのくらいでいいんじゃない?」

 

「あなたが言うな!」

 

 

 

 

「じゃあ、僕はそろそろ帰るよ」

 

 

 兵部が言った。

 

 

「待ってください」

 

 

 当然のように皆本が止める。

 

 

「まだ聞きたいことがあります」

 

「僕、今日はかなり協力したと思うけど」

 

「だから信用するとは言えない」

 

「本当にぶれないね」

 

「当然だ!」

 

 

 薫が手を上げる。

 

 

「じゃーな兵部」

 

「薫!」

 

「帰るんだろ?」

 

「そうだけど!」

 

「じゃあいいじゃん」

 

 

 葵も軽く手を振る。

 

 

「ほな」

 

「お前たちはもう少し警戒心を持て!」

 

 

 紫穂が笑う。

 

 

「皆本さんが四人分持ってるから大丈夫よ」

 

「そういう問題じゃない!」

 

 

 兵部が愉快そうに笑った。

 

 

「いいチームだね」

 

「お前に評価されたくない」

 

「京介」

 

 

 桃太郎が空蝉の肩から呼ぶ。

 

 

「帰るんだろ」

 

「ああ。桃太郎も」

 

「へいへい」

 

 

 桃太郎が空蝉の肩から兵部へ戻る。

 

 

「じゃあな、姐さん」

 

「またね、桃太郎君」

 

「次は菓子用意しとけよ」

 

「善処しよう」

 

「絶対だぞ」

 

「僕の分は?」

 

 

 空蝉が兵部を見る。

 

 

「え?」

 

「そこまで露骨に差をつけなくてもいいと思うなあ」

 

「桃太郎君は可愛いからね」

 

「僕は?」

 

「真正だ」

 

「まだ言うんだ」

 

 

 薫が笑った。

 

 

「兵部さん、もう諦めなよ」

 

「薫まで……」

 

 

 白い光が兵部の周囲へ集まり始める。

 

 その直前。

 

 兵部が空蝉を見る。

 

 

「……」

 

 

 空蝉も見る。

 

 

「……」

 

 

 数秒。

 

 

「何だね」

 

「いや」

 

 

 兵部は眉間を軽く押さえた。

 

 

「やっぱり不愉快だなと思って」

 

「奇遇だね」

 

「姐さんも?」

 

「大変不愉快だよ」

 

 

 桃太郎がため息をつく。

 

 

「お前ら、ほんと面倒くせえな」

 

「桃太郎君」

 

「オレは何も知らねえぞ」

 

「何も聞いてないよ」

 

「じゃあいい」

 

 

 兵部が小さく笑う。

 

 

「またね、空蝉」

 

「なるべく遠慮したいものだね」

 

 

 光。

 

 二人の姿が消えた。

 

 

 

 

「……空蝉さん」

 

「なんだね?」

 

「話があります」

 

「私にはないよ」

 

「あります!」

 

「犯人の引き渡しが先では?」

 

「それが終わったらです!」

 

 

 薫が二人の間から顔を出す。

 

 

「なあ空蝉」

 

「何かな」

 

「兵部と昔なんかあったの?」

 

「色々ね」

 

「色々って?」

 

「色々だよ」

 

「今何歳なの?」

 

「薫!」

 

 

 皆本が止める。

 

 

「なんだよ!」

 

「女性に年齢を聞くな!」

 

「でも皆本も知りたいんだろ?」

 

「僕が知りたいのは経歴だ!」

 

「同じじゃん!」

 

「違う!」

 

 葵が呆れたようにため息をつく。

 

「また始まったわ」

 

 

 紫穂は一人だけ、空蝉を見ていた。

 

 

「空蝉さん」

 

「ん?」

 

「兵部には近づかないのね」

 

 

 一瞬。

 

 空蝉の視線が紫穂へ向く。

 

 

「近づいていただろう?」

 

「そういう意味じゃないわ」

 

「……」

 

 

 紫穂はにっこり笑った。

 

 

「まあいいけど」

 

「紫穂?」

 

「何でもない」

 

 

 空蝉は自分の手袋を軽く引き上げた。

 

 先ほど、兵部と同じものへ手を伸ばした側。

 

 皆本はそれを見逃した。

 

 

「空蝉さん!」

 

「聞こえているよ」

 

「じゃあ答えてください! 兵部とは何年前から――」

 

「さてね」

 

「誤魔化すな!」

 

 

 空蝉は笑いながら歩き出す。

 

 後ろから皆本の声。

 

 薫の笑い声。

 

 葵の呆れ声。

 

 紫穂の視線。

 

 白は二つあった。

 

 よく似た色で。

 

 妙に長く互いを知っていて。

 

 近づけば近づくほど、露骨に嫌な顔をする。

 

 混ざらない。

 

 少なくとも。

 

 二人とも、そのつもりだった。

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