Identity.   作:安眠一兎

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EP9 雨天上等! 相合傘は許さない

 六月。

 

 梅雨である。

 

 朝から空は見事なまでに灰色だった。

 

 厚い雲が街を覆い、昨日から降り続いている雨は弱まるどころか、朝になって少し勢いを増している。

 

 道路は黒く濡れ、車が通るたびに水飛沫が上がる。

 

 駅へ急ぐ人々は傘を低く構え、空模様へ恨みでもあるような顔で足早に歩いていた。

 

 そんな中、B.A.B.E.L.本部玄関前で、皆本光一は一人だけ季節を満喫している人間を見つけた。

 

 

「……」

 

 

 銀白色の髪。

 

 いつもの白を基調とした男装ではない。

 

 今日は濃い藍色の着物だった。

 

 裾には流水を思わせる銀鼠の模様。

 

 帯は深い赤。

 

 髪も普段より少しだけまとめられ、細い簪が一本。

 

 そして何より。

 

 大きな赤い蛇の目傘。

 

 雨に霞む街の中で、そこだけ切り抜いたように色鮮やかだった。

 

 空蝉は雨粒を弾く傘の下から皆本を見つけると、微笑んだ。

 

 

「おはよう、皆本君」

 

「……おはようございます」

 

「朝から浮かない顔だね」

 

「空蝉さん」

 

「なんだね?」

 

「その格好は何ですか」

 

 

 空蝉は自分の袖を見る。

 

 

「着物だが?」

 

「それは分かります!」

 

「なら何を聞いているのかな」

 

「なんで着物なんですか!」

 

 

 空蝉は本気で不思議そうに蛇の目傘を少し持ち上げた。

 

 

「雨だからだよ」

 

「繋がってないでしょ……」

 

「雨の日に和傘を差さず、いつ差すのだね?」

 

「仕事では普通の傘を使ってください!」

 

「それでは面白くない」

 

「通勤に面白さを求めるな!」

 

 

 玄関前に皆本の声が響いた。

 

 横を通っていた職員が二人を見た。

 

 空蝉を一度。

 

 皆本を一度。

 

 そして何事もなかったように建物へ入っていった。

 

 B.A.B.E.L.では、変人にいちいち反応していると仕事にならない。

 

 

「おー」

 

 

 背後から呑気な声がした。

 

 皆本が振り返る。

 

 賢木修二だった。

 

 

「なんだよ皆本、朝っぱらから元気だな」

 

「好きで叫んでるんじゃない!」

 

「近所迷惑だぞ」

 

「原因はそこにいる!」

 

「ん?」

 

 

 賢木の視線が空蝉へ向く。

 

 そして。

 

 

「……おお」

 

 

 明らかに見る目が変わった。

 

 皆本は嫌な予感がした。

 

 

「賢木」

 

「いやいや」

 

 

 賢木は空蝉を上から下まで眺める。

 

 

「今日のあんた、かなりいいじゃん」

 

「ほう」

 

 

 空蝉の反応は、照れるでもなく嫌がるでもなかった。

 

 純粋に少し感心したようだった。

 

 

「そういう対象に私も入るのだね」

 

「何その言い方」

 

「いや。少し意外だったのでね」

 

「普通に美人だろ、あんた」

 

「ありがとう」

 

 

 賢木が調子に乗る。

 

 

「どう? 今日仕事終わったら飯でも――」

 

 

 空蝉は少し考えてから。

 

 

「でも君、昨日看護婦さんにも言ってたよね?」

 

「……」

 

「賢木?」

 

 

 皆本が横を見る。

 

 

「いや」

 

「図星か」

 

「うるせぇな!」

 

 

 空蝉は満足そうに頷いた。

 

 

「やはり」

 

「やはりって何だよ!」

 

「いつもの賢木君だと思ってね」

 

「あんたさぁ、仮にも口説かれてんだからもうちょっと何かないの?」

 

「ありがとう?」

 

「疑問形やめろ」

 

 

 賢木が苦笑しながら空蝉の肩へ手を回そうとした。

 

 その手が届くより先に。

 

 空蝉がすっと半歩ずれた。

 

 

「……」

 

 

 賢木の腕だけが空を切る。

 

 

「避けた?」

 

「避けたよ」

 

「即答かよ」

 

「君は特に、触らないでもらえると助かるね」

 

「あー」

 

 

 賢木は一瞬だけ目を細めた。

 

 医師。

 

 精神感応能力者。

 

 その二つを兼ねる賢木だからこそ、何となく察するところがあるのだろう。

 

 

「はいはい。ノータッチね」

 

「理解が早くて助かるよ」

 

「口説くのは?」

 

「好きにしたまえ」

 

「そこはいいんだ」

 

「実害がないからね」

 

「言うねえ」

 

 

 皆本が呆れた。

 

 

「朝から何やってるんだ、お前ら」

 

「皆本には関係ないだろ」

 

「ある! これから三人で仕事なんだからな!」

 

「せっかくの雨なのにねえ」

 

 

 空蝉は少し残念そうに言った。

 

 

「仕事です!」

 

 

 その言葉に。

 

 彼女はようやく本部へ足を向けた。

 

 ただ。

 

 廊下へ入る直前。

 

 蛇の目傘を一度だけ、くるりと回した。

 

 飛び散る雨粒を見て。

 

 空蝉はやっぱり楽しそうだった。

 

 

 

 

「で?」

 

 

 会議室。

 

 賢木が椅子へ深く腰掛ける。

 

 

「せっかくの休みに呼び出して、傘泥棒か?」

 

「ただの傘泥棒なら我々の仕事じゃない」

 

 

 皆本が資料を机に広げた。

 

 

「能力犯罪の疑いがある連続器物損壊事件だ」

 

「言い換えただけじゃね?」

 

「違う!」

 

「相変わらず堅いな、お前」

 

「賢木が軽いんだよ」

 

 

 窓際。

 

 空蝉は濡れた蛇の目傘を丁寧に畳んでいた。

 

 当然のように備え付けの傘立ては使わず、持参した布で水滴まで拭いている。

 

 皆本が見る。

 

 

「……聞いてます?」

 

「聞いているよ」

 

「ならこっち見てください」

 

「傘が濡れている」

 

「傘は濡れるものです!」

 

「和傘は手入れが大切なのだよ」

 

「あんた本当に今日楽しんでんな」

 

 

 賢木が笑う。

 

 

「そう見えるかね?」

 

「見える見える」

 

 

 皆本が写真を指した。

 

 

「話を戻すぞ」

 

「はいはい」

 

「ここ一週間、雨の日にこの周辺で妙な事件が続いてる」

 

 

 一枚。

 

 駅前。

 

 一枚。

 

 公園。

 

 一枚。

 

 商店街。

 

 

「歩いてる最中に傘が突然吹き飛ばされる?」

 

 

 賢木が写真を手に取った。

 

 

「ああ。風じゃない。防犯カメラを見る限り、念動力で引っ張られてる可能性が高い」

 

「怪我人は?」

 

「昨日一人。傘を飛ばされて驚いた拍子に転倒。軽い頭部打撲」

 

「だから俺か」

 

「念のためな」

 

「了解」

 

 

 賢木の声音だけが少し仕事のものになる。

 

 空蝉も写真を覗き込む。

 

 

「それで?」

 

「妙な共通点がある」

 

「ほう」

 

「被害の大半が」

 

 

 皆本が写真を並べ直した。

 

 若い男女。

 

 夫婦。

 

 学生二人。

 

 どの写真にも。

 

 一つの傘に二人。

 

 

「相合傘?」

 

 

 空蝉。

 

 

「ああ」

 

 

 賢木が眉を寄せる。

 

 

「マジ?」

 

「今のところ十二件中十件」

 

「残り二件は?」

 

「夫婦と女子高生二人」

 

「いや夫婦は相合傘だろ」

 

「言葉の定義じゃない!」

 

「女子二人も?」

 

「一本に二人で入っていた」

 

 

 賢木が黙った。

 

 

「……許せんな」

 

「犯人に言ってる?」

 

「相合傘してる連中に」

 

 

 空蝉が写真を一枚取る。

 

 

「面白いね」

 

 

 皆本が睨む。

 

 

「笑わないでください」

 

「笑ってはいないよ」

 

「顔が楽しそうです」

 

「珍しい事例ではある」

 

「犯罪者を珍獣みたいに扱わない!」

 

「しかし実際、恋愛感情と能力犯罪が結びつく例は――」

 

「あんたさぁ」

 

 

 賢木が割り込む。

 

 

「真面目な顔で分析してるけど、その格好だと説得力ねぇな」

 

「服装と職務能力に因果関係はないよ」

 

「正論なのが腹立つな」

 

「だろう?」

 

「褒めてない」

 

 

 皆本は二人を見た。

 

 

「……チルドレンを連れてこなくてよかった」

 

「何で?」

 

「教育に悪い!」

 

「主にどっちが?」

 

「両方だ!」

 

     

 

 

 雨の駅前。

 

 午後になっても空は暗い。

 

 人々は傘を差し、狭い歩道をすれ違う。

 

 皆本は黒い傘。

 

 賢木は透明なビニール傘。

 

 空蝉は赤い蛇の目傘。

 

 

「……目立つなあ」

 

 

 賢木が呟く。

 

 

「私かね?」

 

「あんた以外誰がいる」

 

「いい傘だろう?」

 

「傘だけじゃなくて全部だよ」

 

「ありがとう」

 

「褒めたっけ?」

 

「今さらだね」

 

 

 皆本が前を歩く。

 

 

「遊んでないで周囲を見ろ」

 

「見てるって」

 

「賢木、お前はもっと真面目にやれ」

 

「真面目にやってるだろ」

 

「女の人が通るたびに目で追うのやめろ!」

 

「オスの本能だろうが」

 

「最低だ!」

 

 

 空蝉が横から賢木を見る。

 

 

「器用だね」

 

「あんたに言われると何かムカつくな」

 

「何故だろうね」

 

 

 その時。

 

 空蝉の足が止まった。

 

 

「皆本君」

 

「え?」

 

 

 数十メートル先。

 

 一つのビニール傘。

 

 若い男女が肩を寄せて歩いている。

 

 皆本の顔が引き締まる。

 

 

「賢木」

 

「見えてる」

 

 

 三人の歩調が落ちる。

 

 数秒。

 

 何もない。

 

 さらに数歩。

 

 突然。

 

 傘が真上へ飛んだ。

 

 

「きゃっ!」

 

 

 女性が声を上げる。

 

 

「来た!」

 

 

 皆本が叫ぶ。

 

 飛ばされた傘がさらに加速。

 

 その瞬間。

 

 空中で止まった。

 

 空蝉が片手を上げている。

 

 

「大丈夫かね?」

 

 

 傘がゆっくり降りる。

 

 男性が受け取った。

 

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「どういたしまして」

 

「皆本!」

 

 

 賢木の声。

 

 人混み。

 

 一人だけ、こちらを確認して走り出した男。

 

 

「追うぞ!」

 

 

 皆本が走る。

 

 

「了解!」

 

 

 賢木も続く。

 

 

「空蝉さん!」

 

「聞こえているよ」

 

 

 空蝉は歩いている。

 

 

「走ってください!」

 

「着物で走るのは品がない」

 

「あんた本気で言ってんの?」

 

「本気だとも」

 

「空蝉さん!!」

 

「分かった分かった」

 

 

 一瞬。

 

 白い髪と赤い傘が消える。

 

 次の瞬間。

 

 三十メートルほど前方。

 

 空蝉が何事もなかったように現れた。

 

 着地も綺麗だった。

 

 賢木が目を丸くする。

 

 

「……あんたテレポートも使えたっけ?」

 

「使えるよ」

 

「前から?」

 

「使えるとも」

 

「質問ずらしたな」

 

「賢木! 後にしろ!」

 

「へいへい」

 

    

 ◆

 

 

 男は路地へ逃げ込んだ。

 

 二十代後半。

 

 黒髪。

 

 服装はそれなりに整っている。

 

 少なくとも、一見しただけなら普通の会社員と大差ない。

 

 

「待て!」

 

「嫌だ!」

 

「B.A.B.E.L.だ! 止まれ!」

 

「それで止まる馬鹿がいるか!」

 

「正論みたいに言うな!」

 

 

 男が腕を振る。

 

 路地脇に置かれた空き缶が一斉に浮かぶ。

 

 賢木の目が細くなる。

 

 

「サイコキネシス。レベル三……四くらいか」

 

 

 飛来。

 

 空蝉が軽く手を振る。

 

 缶が壁へ逸れる。

 

 

「出力は高くない」

 

「でも細かいな」

 

「そうだね」

 

 

 男がさらに何本かの傘を浮かべ、視界を塞ぐように投げる。

 

 

「それ!」

 

 

 皆本が前へ出る。

 

 

「こいつ、逃げ方慣れてるぞ!」

 

「常習犯か?」

 

「可能性は高いだろう」

 

 

 傘が落ちる。

 

 男はもういない。

 

 

「ちっ」

 

 

 賢木が舌打ちする。

 

 皆本が振り返る。

 

 

「空蝉さん!」

 

「何かな?」

 

 

 空蝉は路地の端を見ていた。

 

 軒下。

 

 一匹の猫が雨宿りしている。

 

 

「……」

 

「猫見てる場合じゃない!」

 

「可愛いよ」

 

「あんたさぁ!」

 

 

 賢木まで笑う。

 

 

「いや、確かに可愛いけど」

 

「賢木!」

 

「分かったって!」

 

    

 ◆

 

 

 結局、その日は逃げられた。

 

 しかし。

 

 持ち帰ったものはあった。

 

 能力使用の映像。

 

 動き。

 

 癖。

 

 そして。

 

 空蝉が妙に引っかかっていた。

 

 

「皆本君」

 

「何です?」

 

「周辺地域の過去一年分」

 

「何をです?」

 

「軽微な念動能力事件」

 

 

 皆本が顔を上げる。

 

 

「何で?」

 

「少し気になる」

 

 

 空蝉は今日撮影した映像を止める。

 

 傘。

 

 端を引く。

 

 人間から数メートル離す。

 

 壊さない。

 

 そのまま捨てる。

 

 

「物を破壊したいわけではない」

 

「嫌がらせ目的?」

 

「おそらくね」

 

 

 賢木も映像を覗く。

 

 

「妙に加減してんな」

 

「ああ」

 

「じゃあ調べてみるか」

 

    

 

 

 一時間後。

 

 

「……」

 

 

 机が事件記録で埋まっていた。

 

 皆本が一枚持ち上げる。

 

 

「去年十二月。駅前イルミネーション。記念撮影中の携帯電話が十七件、手元から弾き飛ばされる」

 

「全部二人組?」

 

 

 賢木。

 

 

「ああ」

 

 

 次。

 

 

「二月十四日。プレゼント用の紙袋が六件」

 

「分かりやすいな」

 

「四月。花見会場で二人用のレジャーシートが十二件めくり上げられる」

 

「……」

 

「八月」

 

 

 空蝉が一枚拾う。

 

 

「夏祭り会場。購入した綿菓子が四件吹き飛ばされる」

 

 

 賢木が写真を見る。

 

 

「一個の綿菓子を二人で食ってんな」

 

「十一月。紅葉公園でカップルの記念撮影中に小石が飛来」

 

 

 沈黙。

 

 

「こいつ」

 

 

 賢木が言った。

 

 

「年中無休でやってない?」

 

「そう見えますね」

 

「勤勉だね」

 

 

 空蝉。

 

 

「褒めるな!」

 

「季節感がある」

 

「嫌がらせで季節感感じないでください」

 

 

 空蝉は記録を並べる。

 

 

「同一人物だと思うよ」

 

「根拠は?」

 

 

 皆本が聞く。

 

 

「力の掛け方」

 

 

 指で写真を示す。

 

 

「物体の中心ではなく、必ず少し端へ掛ける。壊さず、所有者から一定距離だけ離す。対象の選び方も同じ」

 

「つまり」

 

 

 賢木が腕を組む。

 

 

「嫌がらせの職人?」

 

「職人って言うな!」

 

「では常習犯」

 

「そっちでしょう」

 

 

 空蝉が別の写真を見る。

 

 

「しかし面白い」

 

「また始まった」

 

「あんたほんとこういうの好きだな」

 

「能力者は使い方に癖が出るのでね」

 

「医者でいう手癖みたいなもん?」

 

「近い」

 

「ふーん」

 

 

 賢木が空蝉の横から写真を取ろうとして。

 

 指が空蝉の手袋へ触れる寸前。

 

 空蝉がさりげなく資料を机へ置いた。

 

 賢木も、何も言わず別の一枚を取る。

 

 もう互いに慣れていた。

 

 その程度の距離だった。

 

    

 

 

 二日後。

 

 雨。

 

 空蝉はまた着物だった。

 

 

「……」

 

 

 皆本が見る。

 

 今日は墨色。

 

 帯は暗い朱色。

 

 蛇の目傘は同じ赤。

 

 

「何ですか」

 

「何が?」

 

「服」

 

「着物だよ」

 

「昨日と違う!」

 

「同じものを二日続けて着るのかね?」

 

「そういう話じゃない!」

 

 

 賢木が口笛を吹いた。

 

 

「今日もいいな」

 

「ありがとう」

 

「終わったら飯――」

 

「でも君、昨日も受付の女性に同じことを言っていたね」

 

「見てたの?」

 

「見えていた」

 

「やりづらいな、あんた!」

 

 

 皆本が呆れる。

 

 

「お前も懲りろよ」

 

「男には挑戦が必要なんだよ」

 

「相手は選ぶべきだと思うんだが」

 

「君、段々失礼って言葉を忘れてきてはいないかい?」

 

     

 

 

 犯人は、前回と同じ駅前に現れた。

 

 そして今度は。

 

 逃がさなかった。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 三方向を塞がれた男が悪態をつく。

 

 空蝉が一枚の写真を持ち上げた。

 

 

「君」

 

「何だよ!」

 

「去年の十二月」

 

 

 イルミネーション。

 

 

「これも君だよね?」

 

 

 男は写真を見る。

 

 一秒。

 

 

「……ああ! 俺だよ!」

 

 

 皆本が目を見開いた。

 

 

「認めるのか!?」

 

「もう一件も二件も変わらねぇだろ!」

 

「二件どころじゃないだろう」

 

「だったらもう何件でも一緒だ!」

 

「いや、流石に」

 

 

 空蝉が次を出す。

 

 

「二月十四日」

 

「俺だ!」

 

「花見」

 

「俺!」

 

「夏祭りの綿菓子」

 

「それも俺だよ!」

 

 

 賢木が笑い出す。

 

 

「マジで年中無休じゃん、お前」

 

「うるせぇ!」

 

「十二月は十七件」

 

 

 空蝉が言う。

 

 男の胸が少し張った。

 

 

「繁忙期だったからな!」

 

「何のだよ!」

 

 

 皆本が叫ぶ。

 

 

「カップルの!」

 

「それはお前の業務じゃない!」

 

「誰かがやらなきゃならねぇだろ!」

 

「ならない!」

 

 

 賢木が腹を抱える。

 

 

「皆本、こいつ最高だな」

 

「笑うな!」

 

「いや無理だって!」

 

 

 男が吠える。

 

 

「春は花見! 夏は祭り! 秋は紅葉! 冬はイルミネーション!」

 

「四季を満喫してるじゃないか」

 

 

 賢木。

 

 

「満喫してるのはあいつらだ!」

 

 

 空蝉が感心したように頷く。

 

 

「なるほど」

 

「納得すんな!」

 

「年間を通して一貫しているね」

 

「褒めてない?」

 

「褒めてはいないよ」

 

    

 

 

 ひとしきり叫んだ後。

 

 空蝉が犯人をじっと見た。

 

 

「君」

 

「あ?」

 

「素材は悪くないと思うんだけどね」

 

「……」

 

 

 男の顔が変わった。

 

 

「何?」

 

「顔立ちは悪くない」

 

「……おう」

 

「体格も普通」

 

「まあな」

 

「服も整えれば問題ない」

 

「そうだろ?」

 

 

 賢木も横から男を見る。

 

 

「まあ確かに。髪ちょっと切って服変えりゃ普通にいけそうだな」

 

「だろ!?」

 

 

 皆本が見る。

 

 

「お前まで何を始めてるんだ」

 

「客観評価だよ」

 

 

 空蝉が続ける。

 

 

「能力も実用的だ」

 

「分かってんじゃねぇか!」

 

「細かな念動操作ができる。職業上の選択肢も多いだろう」

 

「俺、結構できる男なんだよ!」

 

「行動力もある」

 

「そう!」

 

「一年を通してカップルを監視できるくらいに」

 

「言い方!」

 

 

 賢木が皆本へ小声で言う。

 

 

「上げるなあ」

 

「絶対落とすぞ」

 

「お前もそう思う?」

 

「今までを見てればな」

 

 

 空蝉が微笑んだ。

 

 

「だから」

 

「おう!」

 

「君がモテない理由、ほぼ性格なんじゃないかな」

 

「……」

 

 

 雨音。

 

 

「……」

 

「……は?」

 

 

 賢木が吹き出した。

 

 

「ぶはっ!」

 

「笑うな!」

 

「いや、悪い、無理!」

 

 

 空蝉は不思議そうだった。

 

 

「何か変なことを言ったかね?」

 

「やめろ」

 

「外見は問題ない」

 

「やめろって」

 

「能力も問題ない」

 

「頼む」

 

「なのに一年中カップルを追跡し、季節ごとに嫌がらせの方法を考えている」

 

「それ以上言うな!」

 

「付き合う相手を探す時間より、嫌がらせ対象を探す時間の方が長いのでは?」

 

「俺を殺す気か!!」

 

 

 賢木が横から口を挟む。

 

 

「いやぁ、正論で人が殺せるか見ものだな」

 

「お前まで!」

 

「でもまあ」

 

 

 賢木は男を眺める。

 

 

「その執着はかなり面倒臭いな」

 

「黙れ医者!」

 

 

 皆本が最後に言った。

 

 

「あと犯罪歴」

 

「三人で刺すな!!」

 

 

 男は天を仰いだ。

 

 雨が顔へ落ちる。

 

     

 

 

「でも」

 

 

 空蝉が言った。

 

 

「改善可能な部分が多くて良かったじゃないか」

 

 

 男が顔を戻した。

 

 

「……改善?」

 

「ああ」

 

「俺にもまだ可能性ある?」

 

「あるとも」

 

「マジで!?」

 

「まず余罪分の刑事手続きを終えてからだけどね」

 

「そこからかよ!!」

 

「当たり前だ!」

 

 

 皆本と声が重なった。

 

 賢木が笑う。

 

     

 

 

 男は、少しだけ静かになった。

 

 道路の向こう。

 

 一本の傘へ二人で入った男女が歩いていく。

 

 男の眉間に皺が寄る。

 

 

「……ああいうの見ると腹立つんだよ」

 

 

 皆本が答える。

 

 

「腹が立つこと自体まで取り締まる気はない」

 

「分かってるよ」

 

「だったら能力を使うな」

 

「それが難しいんだよ!」

 

「難しくてもやるんだ!」

 

 

 男は舌打ちする。

 

 その視線が。

 

 空蝉へ移った。

 

 赤い和傘。

 

 墨色の着物。

 

 雨粒を眺めながら、妙に機嫌がいい。

 

 

「お前」

 

「何かな?」

 

「ずっと一人だよな」

 

「そうだね」

 

「昨日も今日も」

 

「ああ」

 

「……なんでそんな楽しそうなんだよ」

 

 

 空蝉が首を傾げた。

 

 

「雨だからだが?」

 

「それが分かんねぇんだよ!」

 

「雨の日に着物を着る」

 

 

 空蝉は傘を少し持ち上げた。

 

 

「和傘を差す」

 

「……」

 

「それだけでそれなりに楽しいよ」

 

「一人で?」

 

「一人で」

 

「寂しくねぇのかよ」

 

 

 空蝉は少しだけ考えた。

 

 それから。

 

 

「寂しいことと、雨を楽しむことは別の話だろう?」

 

 

 男が黙る。

 

 

「一人だから楽しめない、というものでもない」

 

「……」

 

「少なくとも今日は、私はかなり楽しい」

 

「見りゃ分かるよ!」

 

「そうか」

 

「朝からずっとでしょう」

 

 

 皆本が横から言った。

 

 

「あんたらにも分かるくらいなのか」

 

「かなりな」

 

 

 賢木も頷く。

 

 

「なんなら事件より和傘の方が楽しそうだったぞ」

 

「それは誤解だよ」

 

 

 三人が空蝉を見る。

 

 

「……」

 

「何かな?」

 

「説得力がねぇな」

 

 

 賢木が言った。

 

 男がため息を吐いた。

 

 

「俺も和傘買えば人生楽しくなるかな」

 

「そこまでは保証しないよ」

 

「そこは太鼓判を押すところじゃん」

 

「だが試すくらいは自由だろう?」

 

「まず自由になる前に取り調べだぞ」

 

 

 皆本が現実へ戻す。

 

 

「お前ほんと空気読まねぇな!」

 

「僕が悪いのか!?」

 

     

 

 

 犯人は連行された。

 

 最後まで、

 

 

「次のクリスマスまでには俺だって……!」

 

「まず取り調べを受けろ!」

 

「まだ半年ある!」

 

「そこを目標にするな!」

 

「半年あれば服装は変えられるね」

 

「空蝉さん、応援しない!」

 

「再犯を応援しているわけではないよ」

 

「分かってます!」

 

 

 パトカーの扉が閉じる。

 

 賢木が笑いながら手を振った。

 

 

「頑張れよー」

 

「賢木!」

 

「恋人探しの方だよ」

 

「残酷な希望を持たせるな」

 

 

 車が去る。

 

 皆本が深く息を吐いた。

 

 

「疲れた……」

 

「お前、昔から真面目すぎんだよ」

 

「お前が真面目じゃなさすぎるんだ」

 

「医療班としては真面目にやったろ」

 

「今日は怪我人いなかったじゃないか!」

 

「いいことだろ?」

 

「それはそうだけど!」

 

「君たち仲いいねえ」

 

 

 空蝉が言う。

 

 二人が同時に見る。

 

 

「今さら?」

 

「今さらだな」

 

 

 また声が重なった。

 

 空蝉が少し笑う。

 

 雨脚は、いつの間にか弱くなっていた。

 

 

「……」

 

 

 空蝉が空を見る。

 

 

「止みそうだね」

 

「そうですね」

 

 

 皆本。

 

 

「残念だ」

 

「何が?」

 

 

 賢木。

 

 

「もう少し傘を差していたかった」

 

「本当に今日それしかないな、あんた」

 

「仕事もしただろう?」

 

「したけどさ」

 

「余罪も見つけた」

 

「それもそうだけど」

 

「皆本君」

 

「はい?」

 

「明日も雨だそうだよ」

 

「……」

 

 

 空蝉の目が少し楽しそうに細くなる。

 

 皆本は嫌な予感を覚えた。

 

 

「別の着物を着ようとか考えてませんよね」

 

「……」

 

「今考えたな!」

 

「何のことかな」

 

「その顔で誤魔化せると思うな!」

 

 

 賢木が笑う。

 

 

「いいじゃん。明日も見てみたいし」

 

「君は皆にそうだよね?」

 

「そこまた戻る!?」

 

「事実だろ」

 

「皆本まで!」

 

 

 三人で歩き出す。

 

 黒い傘。

 

 透明な傘。

 

 赤い和傘。

 

 空蝉は少しだけ前を歩いた。

 

 水溜まりへ赤い円が映る。

 

 歩くたびに揺れる。

 

 それを見て。

 

 彼女はまた、ほんの少し笑った。

 

 六月の雨は。

 

 まだしばらく続きそうだった。

 

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