エリドゥ防衛に関して、「自分でやった方が早くて正確だから」という理由で使う気のなかったオートモードに切り替えてまで、リオは無言のアリスを見つめていた。アリスの変化を見逃さない方が重要だと考えてのことだ。
「プロトコルARAHASIS稼働。」
突如として、アリスの身体から未定義の力が迸る。それは電気はでなく、光でもなく、熱でもない。名もなき神々の者たちが扱う、名を持たぬ概念的エネルギー。それがエリドゥを侵蝕し、変質させ、彼女たちのリソース領域へと定義づけていく。
「・・・貴女、アリスではないわね。」
そう告げたリオのことをアリス、否、ケイは見つめ返した。態々アリスではなくケイとしての人格を表に出すことは、プロトコルATRAHASISの実行だけで言えば全く不要な措置だ。この機能の本来の存在意義は、単に「王女」の人格が世界の終焉を拒んだときのためのもの。しかし今回はケイがリオと直接話をするためにその機能を使用した。
「長々しい自己紹介はこの際省きましょう。私の個体名はケイ。あなたが探していた『協力者』です。」
「なるほど・・・。」
その言い回しは、言外に前提の説明は不要と語っていた。同時に、それに触れるということは会話をする気があるという意思表明だと、リオは受け取った。
「それで、貴女の目的は何?」
「王女の目的が私の目的です。私は王女の従者である故に。」
目的。それが今果たすべき目的という意味ではないことをケイは正しく理解した。リオはケイの人柄を知りたがっている。故に最も大きな枠組み、「ケイがアリスに協力する目的」を話すべきと判断した。
「キヴォトスに終焉を齎す気は?」
「王女がそれを望んだならそうします。」
それは実質滅ぼさないというのと同義であった。
「キヴォトスとアリスなら───。」
「王女を選びます。」
ここまでの会話、ケイは全て即答だった。その短い間に、リオはケイという人格の凡そを掴んだ。彼女は全ての前提にアリス、即ち王女がいる。それも本能レベルに刻みこまれている。つまり、ケイを如何に説得しようとも、それはあまり意味を持たないということだった。
「もし、アリスがキヴォトスを優先しろと言ったら?」
「キヴォトスを救って私も死にます。」
瞳は口より雄弁だ。その視線は両方を選べるならそうすると語っている。思考実験的な話題だから渋々それに合わせているといったところだ。リオとしては話しやすい相手だった。
「そう。なら、好きにしなさい。」
一瞬でエリドゥの主導権を握られ、人格面にも積極的な敵対意思が認められない。計画はこれにて全段階が終了した。あとは精々、ケイにはゲーム開発部たちの窮地を救う英雄として接触してもらった方が話が円滑に進む。自分は全ての元凶として、雲隠れでもしておこう。
「分かりました、好きにしましょう。」
しかし、ケイはそんなリオの思惑を見透かしてか、リオを捕らえて、肩に担ぐ。
「えっ・・・。」
「私のメモリーによれば、時として自分に危害を加えた相手にも手を差し伸べるのが勇者だそうなので。」
彼女の規格外な身体スペックにリオが敵うはずもない。リオは脱出を早々に諦めた。
リオたちの計画における秘密兵器、それは飛鳥馬トキが操縦することになるアビ・エシェフだ。
そしてゲーム開発部たちと言えば、こちらはこちらでアバンギャルド君に苦戦していた。特にヴェリタスの干渉をヒマリが防いだのが大きい。
しかしトキが押され気味ということもあって、トキとアバンギャルド君を後退。アビ・エシェフとアバンギャルド君の連携でC&C、ゲーム開発部を同時に相手する方針に切り替えたのだ。
そういうわけで、トキと2度目の対面となったネルはリベンジに燃えていた。エリドゥの演算にネルが根性で喰らいつく。アビ・エシェフに対応できるのがネルだけであり、そのネルもモード2の時点で決して余裕がなかった。はっきり言って先生たちはかなり不利であった。
このままだと詰みだ。先生がそう感じたとき、トキも、C&Cも、ゲーム開発部も、先生も、遠隔で干渉していたヴェリタスすら、エリドゥの変質を感じ取る。
プロトコルATRAHASISが始まった瞬間だった。