『・・・分かりました、ミッションを変更します。』
ミッションの内容が変わる。「プロトコルATRAHASISを制御せよ」。現在は垂れ流しになっているそれをしっかりと支配するように、ということだった。現在その力は、アリスを中心にして周囲の機械を侵蝕していた。例えるなら、蛇口を開いたまま水を垂れ流しているような状態だ。
目を閉じて集中する。
「アリスちゃん・・・。」
ユズの声が聞こえる。
まずは溢れる力を抑え込もうとする。
失敗する。
「アリスちゃん・・・!」
ミドリの声が聞こえる。
元を断とうと力の源を探る。
失敗する。
「アリス!」
モモイの声が聞こえる。
溢れた力をかき集めようとする。
失敗する。
”アリス!”
先生の声が聞こえる。
その力に手を伸ばそうとする。
失敗する。
───あ、もしかして。
アリスは理解した。これは、自分1人でコントロールする力ではないのだろう。そしてそれを手伝ってくれそうな相手を、アリスは1人だけ知っている。
『手伝って、くれますか?』
『勿論です。我が王女。』
その声はどこか歓喜に満ちていて、その姿こそ見えないが、それでも彼女が恭しく腰を曲げて礼をしている姿は容易に想像できた。そして次の瞬間、アリスは誰かが自分に寄り添っているのを確かに感じた。抱きしめられているようで、隣にいるようで、手をつないでいるような、そんな不思議な感覚。ただ、あるべきものが、あるべき場所に戻ってきたような、そんな安心感と当り前さがそこにはあった。
『お願いします。』
彼女にそう一言頼めば、その力をまるで手足のように操れるようになる。先程までの苦労はいったい何だったのかというくらいだ。拡散し続けたその力を集めて、体内に戻していく。同時にゴトリと音を立てて、Type.Mたちが膝をつくようにしながらその電源を落としていった。
「プロトコルATRAHASIS、実行終了。」
ヴェリタスの部室を、尋常な機械の駆動音が満たす。体感10分の僅かな時間、誰も動くことができなかった。その少々騒がしい沈黙を最初に破ったのはモモイだった。
「アリスーーー!」
特に根拠はないがなんとなく大丈夫そうだと判断したモモイはアリスに駆け寄り、飛びついた。続いてミドリ、そしてユズ。そんな3人のことを、アリスは無抵抗に受け入れた。ただ、何をすればいいのか分からなかった。それでも、そこには安堵があった
まるで何事もなかったかのようにゲーム開発部は日常に戻ることになった。あのときことは、ヴェリタスが知的好奇心で生み出したコンピューターウイルスの暴走として処理された。この程度の事故、ミレニアムでは新聞の1面を飾ることすらない。実験中の不手際程度のことを一々重大ニュースとして扱っていたら、ミレニアムのメディアの社員は過労死してしまう。
結局、この一件のことはヴェリタスや先生の力を以てしても何も分からずじまいだった。未知の機械、未知の現象。ヴェリタスの部長であるヒマリであれば或いは・・・といったところだ。
実の所、行使したアリス本人さえもよく分かっていない。ただ、知っているのだろうという感覚だけがあった。既視感と言い表すと少し違う気がする。もっと根源的な何か。アリスの語彙では、それはアリス自身の「固有魔法」と言うのが最もしっくりきた。今でも、その気になれば、自らを「王女」と呼び慕う彼女───声からして、夢に出ていた彼女と同一人物だとアリスは考えていた───に声を掛ければ、あの現象を自在に操ることができるという確信があった。
───アリスは、一体何者なのでしょうか。
アリスは本能的に理解していた。この力を使えば、きっと世界を滅ぼすことだってできる。不思議な気分だった。世界の半分をやると言われた勇者も、こういう気分だったのだろうか。いずれにせよ、アリスの答えはもちろん、そんな力は使わない、それ1択だった。
「新たなミッションよ。・・・天童アリスという生徒を攫いなさい。」
「承知しました。」
勇者とは、本人の望む望まざるに関係なく、事件に巻き込まれるものである。思惑が交錯しながら夜は更けていく。夜は静謐で、そして激動なのだから。