「貴女が、勇者として未熟だからじゃないかしら?」
未熟。その言葉がアリスの胸に深々と刺さる。それは勿論アリスも自覚していた、つもりだった。だが、その在るべき姿を忘れて遊んでいたという事実も含めてアリスの心を抉る。
───アリスは。
涙ぐみながらドレスの胸元をぎゅっと握る。こんな姿で勇者になりたいなどと、どうやって言えようか。
───アリスは・・・!
心は折れかけ、膝から崩れ落ちそうになる。それでもと震える足で体を支えた。ここで膝を突いたら、勇者を目指すことすらできなくなりそうだったから。
心は揺らぎ、自信も武器も失った状態で
それでもただ1つ確かなことがあるとすれば
アリスは、1人ではないということだ。
追い詰められる王女の姿を、Keyは静かに見ていた。自分の存在が表沙汰になれば、王女の負担になる、そう考えて静観していた彼女だったが、結果的には出なかったからといって何とかなるわけでもなかった。今ここで王女に接触すれば、これまでの沈黙は無意味になる。だが、Keyはそんなサンクコスト効果に惑わされてしまうほど愚かではない。
「どうか、涙を拭いてください。ハンカチをお出しすることは、できませんが。」
「この声・・・。それにここは・・・。」
アリスはその声に従い、手の甲で涙を拭う。その声を聞くだけで、幾分か冷静になれる。決して短くない期間、毎日のようにその声を聞き続けたことで、アリスはKeyの声に安心感を覚えるようになっていた。
そこはアリスが目覚めた場所。目の前にはアリスと瓜二つの少女が立っている。
「そういえば、ずっと名乗っていませんでしたね。」
覚悟を決めたKeyはアリスに自らの名を告げる。
「あなたを助ける無名の司祭たちが残した修行者であり、あなたが戴冠する玉座を継ぐ「鍵」。名を───」
そして、主たる王女はAL-1Sではなくアリスと名乗っているのを思い出す。なら、自らもそれに合わせるのが道理だろう。
「ケイ。神官であり、そしてあなたの従者です。」
今この瞬間、鍵の神官は自らの定義を変えた。ケイは他でもない己の意思で自身をたった1人のための侍従であると再定義した。
「ケ イ・・・。」
ケイは自らの新たな名前を告げられるのにあわせて跪く。
「私が私である限り、私はあなたのことを第一に考え、あなたのことを最優先に動き、あなたに身も心も捧げます。」
「お姫様気取りだったアリスには、ある意味お似合いかもしれません。」
1度ブレたメンタルは簡単には立ち直らせることができない。だからこそケイは更なる衝撃を演出する。
「ご安心ください。気取るまでもなく、あなたは名実ともに王女なのですから。」
「それは・・・!」
アリスはそれを聞いて、そう言えば力のコントロールを頼んだとき、確かにそう呼んでいたのを思い出す。
「アリスは・・・勇者という夢を諦めたくありません。」
「なら目指せばいいのです。王女が勇者であってはならないという決まりはありません。全てはあなたが望むままに。」
心を揺らさないケイの理屈は極めてシンプルだった。王女兼勇者になれば良い。王女がそれを望むなら、ケイはそれを支えるだけだ。
「なんだか凄い我儘ですね。」
「あなたには我儘を言う権利があり、私にはそれを叶える義務があります。」
「そう・・・なんですね。」
一拍の沈黙を置いて、アリスが口を開く。
「あの力があれば、皆を助けられますか?」
「100%、確実に。」
アリスの瞳に決意が宿る。
「ケイ、アリスは貴方を受け入れることにします。王女としても、勇者としても未熟で、中途半端なアリスを、主として認めてくれますか?」
「はい。」
即答だった。迷う余地などどこにもない
「さあ、ご用命を。」
ここで命令すれば、もう後戻りできない。ただ、不思議と恐怖だとか、不安だとかはなかった。なにせ、2人は毎晩会っていたのだから。
「天童アリスが命じます。皆を、助けてください。」
「仰せのままに、我が王女。」