「急に俺が言い出すくらいだぜぇ~! 今回の聖地巡礼ツアーは、アニメの歴史を塗り替えた神聖な館へ行くことに決定したピー! そうけ、そうけ、皆、賛成してくれてありがとうピー! さあ、出発進行だピー!」
誰も賛成の返事をしていないにもかかわらず、勝手に全員一致で決定したことにして大いに盛り上がる村上佑行。
そんな彼のやたらと高いテンションの号令に巻き込まれる形で、男三人組に翔大とモナを加えた五人は、ガタゴトと心地よく揺れるローカル線の電車に乗り込んだ。
車内はスタートから賑やかなアニメ談義で満たされていた。ボックス席を陣取り、窓の外を流れる長閑な景色そっちのけで、向かいの席の玉田に熱弁をふるう村上の勢いが凄まじい。
「いいか玉プィー! マジンガーZのロケットパンチはただの武器じゃない、男のロマンの塊なんだぜ! スラムダンクの三井の『安西先生、バスケがしたいです』は涙なしには語れないし、タッチの達也と南の距離感なんて、もう俺がもだえ死ぬくらいだぜぇ~!」
「はいはい、分かったからさー! あんたに勝手に決められて連れてこられた上に、目の前でもだえ死なれても、私はちょっと困るんだけど……だからボックス席の狭いテーブルを乗り越えてきそうな勢いで熱弁するのやめろって! 圧が凄いからさー!」
物知りな玉田も、村上の度を越したオタクパワーには少々圧倒され気味だ。
隣のシートでは、荻中真二郎が「俺はタッチなら断然、南ちゃん派だがん。あの清楚な感じがたまらんがや」と鼻の下をデロッと伸ばし、その横でモナが「だっちゃ? そのみなみちゃんって子は、うちより可愛いっちゃか?」と頬をぷくっと膨らませて、翔大の二の腕にぎゅっと抱きついている。
そんな、十代の若者らしいバカバカしくも微笑ましいやり取りを見つめながら、翔大の胸には温かいものが広がっていた。
毎日すり減るように生きていたアラフィフの元サラリーマン。こんな風に友達同士で小銭を出し合って切符を買い、他愛のない話で笑い合いながら電車に揺られる時間など、とうの昔に忘れていた。乾ききっていた大人の心に、この騒がしい平穏がじんわりと染み渡っていく。
しばらくして、電車は目的のアニメ館の最寄り駅へと到着した。ホームに降り、青空の下を館内へと向かう道中のこと。村上が両手に持った大きなグッズ袋を抱えながら、わざとらしい甘ったるい声を上げた。
「あ~ん、荷物が重くて俺の手がちぎれちゃうくらいだピー……。玉プィー、これ半分持ってぇ~」
村上はのそりと距離を詰めると、玉田のスタジャンの袖を親指と人差し指でツン、ツン、と小さくつまみ、上目遣いで迫った。
「うわっ、ガチで気持ち悪いわ! 自分で持てよ! 寄るな、ツンツンするなっつーの!」
玉田が本気で嫌がって素早く飛び退き、それを見た村上は「ケケケケッ」と楽しそうに肩を揺らして笑っている。お馴染みの呑気な掛け合いに、翔大も思わず吹き出してしまった。
館内に入ると、そこは数々の名作アニメの展示が並ぶ夢のような空間だった。
日本のサブカルチャーの歴史を彩った貴重な模型や美麗な原画がずらりと並ぶ中、ある一角に差し掛かった瞬間、玉田が「あ」と声を上げて足を止めた。
そこには、名作『うる星やつら』の特大キャラクターパネルが飾られていた。
「……なぁ、なんかさー。このラムちゃんって、雰囲気がモナちゃんに凄く似てる気がしない? 髪の色とか、ちょっと世間離れしてるところとかさ」
玉田の鋭い一言に、翔大はドクンと心臓が跳ね上がるのを感じた。冷や汗が一気に吹き出す。
「え、あ、あはは……。た、確かに、語尾が『だっちゃ』なところとか、ちょっと世間離れした可愛い雰囲気とか、似てるかもね……」
翔大は必死に声を震わせないよう取り繕いながら、心の中で強烈につぶやいた。
(いや、似てるどころか、今まさに俺、これと全く同じような立場に置かれてるんやで……! 宇宙人の女の子にダーリンって呼ばれてひとつ屋根の下で同居しとるんやからな!)
そんな翔大の焦りを知ってか知らずか、モナはパネルの横にあるキャラクターの説明文を熱心に読み込んでいた。原画や説明書きをじっと眺めたあと、フッと悪戯っぽい笑みを浮かべると、翔大の顔を覗き込んできた。
「でも、この『諸星あたる』っていうダーリンは、うちのダーリンとは大違いだっちゃね~」
「えッ? ど、どこが……?」
「このあたるは、すぐに他の女の子に鼻の下を伸ばして、浮気ばかりしようとしてるっちゃ……。うちのダーリンは、絶対に他の女の子にフラフラしたり、浮気なんかしないっちゃよね?」
モナは満面の笑みを浮かべていた。しかし、そのトパーズ色の美しい瞳の奥には、「もしそんなことをしたら、どうなるか分かってるっちゃね?」と言わんばかりの、強烈な釘がしっかりと刺さっていた。
感情が高ぶれば、あの不思議な指輪の力が暴走しかねない。
「あ、あああ、当たり前じゃないか! 俺が浮気なんてするわけないよ、あははは……」
引きつった笑顔で必死に頷く翔大。モナの真っ直ぐで少し重い愛の質量に、若返ったはずの背中を冷たい汗が伝うのだった。
するとモナは、さらに上目遣いで翔大の顔を覗き込み、少し試すような甘い声で問いかけてきた。
「じゃあ……ダーリンは、うちとこのラムちゃん、どっちが可愛いと思うっちゃ?」
「えっ……!?」
不意を突かれた翔大は、一瞬言葉に詰まった。
実はサラリーマン時代、この作品の直撃世代であり、ラムちゃんは青春の真っ只中で憧れ続けた大好きなキャラクターだったのだ。50代の魂に刻まれた「ガチの思い出」がほんの一瞬だけ邪魔をして、完璧な即答のタイミングを逃してしまう。
「…………」
モナの笑顔が、すうっと引いていく。大きな瞳が不満げに細められ、桜色の綺麗な唇がハッキリと尖った。
「……ダーリン、いま一瞬迷ったっちゃ。信じられないっちゃ! 目の前に本物のうちがいるのに、絵の女の子と比べるなんてひどいっちゃ! もう知らないっちゃ!」
「わ、わあああ! ごめんモナ! 違うんだ、迷ったわけじゃない!」
怒ってそっぽを向いたモナに、慌てて両手を振ってフォローに入る翔大。
「あまりにもモナが可愛いから!このパネルの何百倍も眩しくて、つい見惚れて頭が真っ白になっちゃっただけやから! 本当にモナが一番可愛い! 世界一可愛い!」
必死の形相で弁明する翔大を見て、モナはぷいっと横を向いたままでいたが、やがて頬を林檎のように赤く染めると、嬉しさを隠しきれない様子でチラリと翔大の盗み見た。
「……んもう、ダーリンの嘘つき。でも……そこまで言うなら、許してあげるっちゃ」
そう言うと、モナは再び翔大の腕に全体重をかけるようにして、ぎゅーっと抱きついた。二人だけの熱烈なラブ空間が、展示室の片隅に出来上がる
。
それをつまらなそうに横目で眺めていた玉田は、呆れたようにハァと小さく息を吐いた。
「はいはい、ごちそうさま。外はまだ明るいのに、二人してどこまでお熱いわけ? 公共の場なんだからさー、少しは自重してよね。否! 否! だよまったく」
展示を一通り見終えた五人は、出口付近にあるミュージアムショップ(お土産コーナー)へと足を運んだ。
村上と荻中はキーホルダーや限定フィギュアの棚へ一目散に駆け出し、「この造形美、ヤバいピー!」「名古屋の部屋に飾る用に一個買うがん!」と大騒ぎしている。
そんな中、モナがふと足を止めたのは、ラブコメ作品の限定ペアストラップが並ぶコーナーだった。二つ並べると一つのハート型になる、可愛らしいデザインのキーホルダーだ。
「ダーリン、見て見て! これ、すっごく可愛いっちゃ!」
モナは目を輝かせると、迷わずそのペアストラップを一つ手に取り、レジでお買い上げ。そのまま翔大の元へ嬉しそうに駆け寄ってきた。
「はい、ダーリンの分だっちゃ!」
「えっ、俺に……? でも、男子高校生がカバンにペアストラップつけるのって、ちょっと恥ずかしくないか……?」
中身がアラフィフの翔大は、思わず頭をかいて照れくさそうに引いてしまう。しかし、モナは翔大のスクールバッグのファスナーに、手際よくストラップをカチリと装着した。
「恥ずかしくないっちゃ! これをつけてたら、『この男の人には可愛い許婚(いいなずけ)がいます』っていう目印になるんだっちゃ! 他の女の子が寄ってこないための『魔除け』だっちゃよ!」
「ま、魔除けって……女の子たちは悪霊か……」
「とにかく、絶対外しちゃダメだっちゃね!」
モナは満足そうに胸を張り、自分のバッグにもお揃いのストラップをつけて見せた。少し強引で、けれど飛び切り一途な愛の形に、翔大は苦笑しつつも胸の奥が温かくなるのを止められなかった。
(……高校生でお揃いストラップなんて、サラリーマン時代の俺なら絶対に考えられんかったな。でも……悪くないか)
翔大は照れくささを隠すように、カバンに揺れる小さなストラップをそっと指先で撫でた。
ふと向こうのレジを見やると、村上が大量の限定グッズを抱え、荻中と玉田が「買いすぎだろ!」とツッコミを入れている声が聞こえる。
そんな賑やかな仲間たちの声を心地よいBGMにしながら、翔大は隣で嬉しそうにストラップを眺めるモナを見た。
(……いいもんだな、こういうの。会社と家を往復するだけの干からびたオッサンだった俺が、今、こんなに眩しい光の中にいる。大きな事件も、大それた未来もいらない。ただ、この騒がしい平穏と、愛おしい時間が、できるだけ長く続いてほしいな……)
カバンで揺れるお揃いのストラップと、腕に伝わるモナの確かな温もりを感じながら、17歳の肉体で二度目の青春を駆ける翔大は、心からそう願うのだった。