雲一つない青空から、強烈な太陽が降り注ぐ。 白く輝く砂浜と、どこまでも広がるエメラルドグリーンの海。
夏休み初日、翔大たち5人は、電車の座席で揉みくちゃになりながら、ようやく目当ての海水浴場へと辿り着いていた。
「お待たせしたっちゃーー!」
海の家の更衣室から、モナが笑顔で飛び出してきた。
その瞬間、ビーチ一帯の時間が文字通りピタリと止まった。白い砂浜に映える、鮮やかなラム色のビキニ水着。抜群のプロポーションと、どこか神秘的な美貌を、これでもかと眩しく輝かせている。
「お、おみゃあ……!でら最高だがや……っ!!」
荻中が目をひんむき、鼻血を出す勢いでその場に崩れ落ちた。そんな荻中の後頭部を、隣から村上が呆れたようにポカリと叩く。
「こら、荻ピー。ビーチでの醜態は感心しないピー。淑女をそんな卑しい目で見るなんて美意識の欠如に他ならないぜぇー」
「うるさいて! 男なら誰でも見るわ、こんなもん!」
パラソルの下で荷物を広げていた玉田も、羨ましそうに深い溜息を漏らす。
「いいなー峰川は。いったいどうやったらあんな美少女をゲットできるわけ? 本当は何か、裏で怪しい国際条約でも結んでるんじゃないの?」
「怪しい条約って何やねん。邪推がすぎるわ(笑)」
そんなツレたちの騒がしい会話を耳にしながらも、翔大自身、モナの尋常ではない美しさに改めて見惚れていた。中身が50代の男であっても、この眩しさには心臓がバックバクに跳ね上がるのを止められない。
「ダーリン、うちの水着、似合ってるっちゃ?」
モナが翔大の腕にむぎゅっと抱きついてくる。柔らかな感触に、翔大は完全にフリーズした。
「お、おう……。ま、まあ、ええんちゃうか。それよりモナ、地球の紫外線は侮ったらあかんで。ほら、日焼け止め塗っときっ!」
あまりの眩しさに直視できず、あえて父親のようなセリフを早口で繰り出したものの、翔大の耳たぶは真っ赤に染まっていた。そんな大人の付け焼き刃の防壁など、宇宙人の少女にはお見通しらしい。
モナは嬉しそうにクスクスと笑いながら、滑らかな背中をコロンと向けた。
「じゃあ、ダーリンに塗ってほしいっちゃ!」
「え、お、俺が!?」
思わぬ展開にうろたえつつも、翔大は手のひらにクリームを伸ばし、モナの白い背中にそっと触れた。驚くほど滑らかで、少しひんやりとした肌。かつて大人の社会を生きていた頃の理性を総動員して邪念を振り払いながら、丁寧に、優しく伸ばしていく。
「ふふ、ダーリンの手、あったかくて気持ちいいっちゃ……」
くすぐったそうに身をすくめるモナの言葉に、不思議とドギマギした気持ちが消え、ただただ愛おしいという静かな信頼感が胸に満ちていくのを翔大は感じていた。
「おい、そこでお熱い作業を繰り広げている二人は放っておいて、ビーチバレーでもやりますきゃー!」
玉田が少し拗ねたような声をあげて、ビーチボールを放り投げてきた。その言葉を合図に、みんなで砂浜へと飛び出していく。
ここからは、モナの鈴が転がるような笑い声がビーチに弾け続けた。
「それ、いくっちゃーー!」
モナが砂浜を重力無視の軽やかさで跳び上がり、荻中の顔面に強烈なスパイクを叩き込む。
「ぐはぁっ!? モナちゃんのご褒美スパイク、激痛だけど……ご褒美ぃ!」
「荻中くん、やっぱりきびしいよ! 砂にまみれてるよ!」
続いて、砂浜でのスイカ割り。
目隠しをされた村上が、木刀を構えてフラフラと歩く。
「ここかピー! えいっ!」
勢いよく振り下ろされた木刀は、スイカの1メートル手前の砂山を激しく爆破した。
「アハハ! どこ叩いとんねん、かみちゃん!次は俺らの番やな!」
翔大が大笑いしながらタオルで目隠しをし、木刀を構える。ナビゲート役はモナだ。
「いくよ、ダーリン! えーっとね、右だっちゃ! あ、ううん、違うっちゃ。ダーリンの心の方角だっちゃ!」
「心の方角ってなんやねん!(笑)全然わからんわ!」
ツッコミを入れつつも、翔大の胸の奧がふっと温かくなるのを感じていた。モナの「こっちだっちゃ」という無邪気な声と、彼女が発する真っ直ぐな愛しさの波動が、不思議と脳裏に伝わってくる。
「……ここやっ!」
スパァンッ!!
見えないはずのスイカを、翔大の木刀が見事に真っ二つに割った。
「やったー! ダーリンすごーいっちゃ!!」
「な、なんだよ今の夫婦漫才は……!」
「テレパシーか何かですかー!? もう、お前らリア充爆発しろー!」
男子たちの愛あるブーイングの中、五人で大口を開けて頬張ったスイカは、砂が少し混じっていたけれど、格別に甘くて美味しかった。
たくさん動いてお腹が空いたお昼時。
五人は海の家のテラス席に陣取り、ラーメンや焼きそばを突っついていた。
「やっぱり海の家で食べるラーメンは、普通の店の三倍美味いじゃん!」
玉田がフーフーと息を吹きかけながら、ズズッとスープをすする。
「うち、この『らーめん』のスープ、とっても気に入ったっちゃ!ダーリン、一口あげるっちゃ」
モナがレンゲですくって、自然な動作で翔大の口元へ運ぶ。
「あ、おう、サンキュー。……美味っ! ――って、荻中、お前さっきから人の焼きそばの豚肉ばっかり箸で狙うなや!」
「このイカ焼きは絶品ピー。俺が言うくらいだぜぇ〜、ねえ、玉プィーも、あーんしてよぉ〜」
「うわっ、気持ち悪いな! 村上、その『玉プィー』って呼び方と、指先で僕のシャツを引っ張るのをまずやめろよ!」
どこを切り取っても、騒がしくて、くだらなくて、最高に愛おしい時間。
昼食後、モナが「ちょっと海の家のお姉さんとお話ししてくるっちゃ!」と席を外したタイミングで、男子四人は買ったばかりの缶ジュースを持ち、裏手の静かな防波堤に腰を下ろした。
ジリジリと照りつける太陽と、波の音。ふと、いつもはお調子者の荻中が、真面目な顔でサイダーの缶を見つめた。
「なぁ、峰川。お前、モナちゃんのこと本気なんだろ?」
「……ちみがモナピーをどんだけ大事にしてるか、見てりゃ分かるピー」
村上が珍しくまっすぐな目で翔大を見た。玉田も海風に髪を揺らせながら、剥き出しの飾り気のない瞳で優しく微笑む。
「最初はさー、峰川には勿体ないくらいの美少女だと思ってたけど……今は、峰川の隣にはモナちゃんしかいないなって、俺らも思ってるよ。何かあったら、いつでも俺らを頼りなよ」
「……おう。サンキューな…俺、お前らが友だちでほんまよかったわ……てゆーたら感動する?(笑)」
「うわっ、自分で言って照れ隠しすんなよなー!」
「台無しだて、峰ピー!」
冗談めかして笑い合う4人。しかし翔大の胸の奥には、大人になってからでは絶対に手に入らない、打算も損得もない、真っ直ぐで熱い友情が温かく満ちていた。
夕暮れ時。
海の家も片付けを始め、ビーチからはあれほどいた人影がまばらになっていく。オレンジ色に染まる引き潮の波打ち際を、モナが楽しそうにパシャパシャと走っていた。
その時だった。
「きゃーっ!?」
不意にやってきた少し大きな波に足を取られ、モナが水しぶきを上げて海へ倒れ込んだ。
「モナ!!」
翔大の頭が真っ白になる。靴を履いたまま弾かれたように砂浜を蹴り、無我夢中で海へと飛び込んだ。
「モナ!大丈夫か、モナッ!」
ずぶ濡れになりながら抱き起こすと、モナはプカプカと波に揺られながら、きょとんとした顔で翔大を見上げた。
「えへへ、ダーリン。もしかして、助けに来てくれたっちゃ?」
「……っ、脅かすなや……!ほんまに、心臓止まるかと思ったんやぞ……」
モナがただ水遊びを楽しんでいただけだと気づき、翔大は全身から力が抜けるのを感じた。そのまま濡れた彼女の身体を、ギュッと強く、本気で抱きしめる。
「ふふっ……ごめんだっちゃ。でも、ダーリンが来てくれてすっごく嬉しかったちゃ!」
砂浜へ上がり、バスタオルで身体を拭いていると、モナがふと自分の背中越しに肩をすくめて見せた。そこには、うっすらと水着の紐の跡が「日焼け跡」として残っていた。
「あーあ、真っ赤になってもうたな。痛ないか?」
「痛くないっちゃ! むしろ、嬉しいっちゃ」
「なんでやねん」
「だってこれ……今日、ダーリンが背中に日焼け止めを塗ってくれた証拠だっちゃ。ずっと消えないでほしいっちゃ」
えへへと笑うモナの言葉に、翔大は照れくささと同時に、たまらない愛おしさを感じてそっと彼女の頭を撫でた。
「よし、そろそろ着替えて片付けよか。お前、水着濡れてるから海の家で着替えておいで」
「うんっ! わかったっちゃ!」
モナが元気よく返事をして、バスタオルを羽織りながら海の家へ向かって走っていく。
一人残された翔大は、去っていくモナの後ろ姿と、夕日に照らされてキラキラと輝くラム色の波しぶきをじっと見つめていた。
昼間の賑やかな笑い声の余韻と、防波堤での仲間たちの言葉が、胸の奥で心地よく響いている。
(あかん……楽しすぎるわ……)
五十代の冴えないサラリーマンだった頃には、もう二度と手に入らないと諦めていた、何物にも代えがたい輝かしい時間。
けれど、翔大の胸には同時に、冷たい引き潮のような切なさが押し寄せていた。
(この幸せは……一体、いつまで続くんやろか)
中身が大人の自分だからこそ、ふとそんな予感が胸をよぎってしまうのかもしれない。楽しい夏休みには必ず終わりがあるように、この夢のような二度目の青春にも、いつか決定的な幕引きが来てしまうのではないか、と。遠い星から来たモナが、ずっとこの地球の、自分の隣にいられるわけがない……そんな気がしてならなかった。
海の家の前まで走っていったモナが、ふと立ち止まって振り返り、手を大きく振りながら叫んだ。
「ダーリン! 着替えたらすぐ戻るっちゃ! 待っててねーー!」
夕日の光と、翔大への真っ直ぐな信頼だけをその瞳に宿して、弾けるような満面の笑みを浮かべるモナ。
「おう! 待ってるわ!」
翔大は胸の切なさをぐっと呑み込み、笑顔を作って力強く手を振り返した。
終わりが来るのかもしれないなら、なおさらだ。このラム色の波しぶきが消えてしまうその日まで、俺はこの一瞬を、仲間たちとの時間を、そしてこの少女を、全霊で愛し、守り抜いてみせる。
翔大の胸に爽やかな夏風が吹き抜け、夕暮れの海をどこまでもオレンジ色に染め上げていった。