「結果から言うとさー、あいつ転校もしないのに俺たちをあんなに泣かせたわけ。おまけに電話破壊で大遅刻とか、本当に人騒がせじゃん?」
夏の日差しが容赦なく照りつける校庭の隅。玉田が、朝の新大阪駅でのドタバタを思い返しながら、やれやれと両手をすくめて呆れたように言った。
その横で、荻中が「いやー、ほんまにすまんがん。あの時は俺もパニックになっとったし、まさか最後の夜に携帯を便器にダイブさせるとは思わんかったんだがん……」と、バツが悪そうに頭をかきながら弁解する。
そのさらに横では、村上が売店で買ってきたばかりの焼きそばパンを頬張りながら、
「荻プィが大阪に残れて良かったピー。一時は寂しくてサッカーどころじゃなくなるところだったピー。俺が言うくらいだぜぇ~」と、大げさに胸をなでおろしていた。
――お前、サッカー部じゃなくて帰宅部だろ、というツッコミを全員が心の中でしまい込む。
何はともあれ、最悪の事態を免れて安心しきった一同は、どこか気の抜けた様子で、休み時間の校庭をのんびりと散歩していた。
しかし、玉田だけは違った。その手には、びっしりと細かな文字やグラフのようなものが書き込まれた一冊のノートが握られている。
(……やっぱりおかしいんだよ。いくら計算しても科学的に説明がつかない。理系の俺の目はごまかせないからさー)
玉田の鋭いインテリの視線の先には、翔大の腕に嬉しそうに絡みついているモナがいた。
「ねえ、ダーリン!今日のお弁当の卵焼き、美味しかったっちゃ?うち、一生懸命作ったんだっちゃ!」
「おう、めちゃくちゃ旨かったわ。出汁の塩梅が絶妙や。ありがとな、モナ。ほんま、だいぶ料理の腕あげたよな。毎日食うのが楽しみやわ」
翔大が50代の確かな舌で、愛おしそうにモナの頭を優しく撫でながら褒め言葉をかける。
すると、モナは一瞬できょとんとした後、まるで熟したトマトのように顔を真っ赤に染めた。
「…っ! ほ、ほんとっちゃ!? 嬉しいっちゃ……!実はね、ダーリンが留守の時、佳子ママにダーリンの好きな味付けをこっそり教えてもらったんだっちゃ。それから、キッチンで何度も何度も練習したんだっちゃ!」
照れくさそうに、でも心底嬉しそうに打ち明けるモナ。翔大のために一生懸命フライパンを振るモナの姿を想像し、翔大の胸はこれ以上ない愛おしさと熱い感情でいっぱいになった。中身が50代だろうが関係ない。こんなに健気で可愛い子が、自分のために努力してくれたのだ。
しかし、そんな二人の甘い雰囲気をじっと観察していた玉田の脳内では、これまでのモナの不自然な行動がすべてデータ化され、リストアップされていた。
おかしい箇所その①:階段を上る時、一瞬だけ重力を無視したようにふわりと不自然に浮き上がるスカートの裾。風速と生地の質量を計算しても、あの滞空時間は絶対にあり得ない!
おかしい箇所その②:感情が高ぶった瞬間に、彼女の指先でチカチカと不規則にパルスを放つ、あの『不思議な指輪』。現代の地球の科学水準では絶対に説明がつかないエネルギーの波形だ!
「うーん……でも、前の海の家での一件といい、俺の見立ては間違いだったのかなぁー……」
玉田がブツブツと呟きながらノートにペンを走らせていた、その時だった。
「あ、喉が渇いたから冷たいジュース飲むっちゃ!」
モナが自販機で缶の炭酸飲料を買ってきた。だが、プルタブが固いのか「うーん、開かないっちゃ……」と苦戦している。
「貸してみ、俺が開けたるわ」
翔大が手を伸ばした、まさにその瞬間。
「ぬんっ!」とモナが小さく気合を入れた。
ピカッ!
一瞬、モナの指輪が怪しく明滅したかと思うと、パキィィィン!という金属の破裂音と共に、モナは缶のプルタブをごっそり根元から引きちぎり、おまけにアルミ缶の側面を素手でベコッと深く握りつぶしてしまった。プシューッと勢いよく噴き出す炭酸飲料。
「うわあああ!? モナ、お前握力ゴリラか! どんな開け方しとんねん!」
翔大は心臓が飛び出るほど冷や汗をかき、必死に「人間の怪力」として周囲にアピールしようと大声をあげた。
しかし、そのモナの離れ業を見た荻中が、なぜか目をキラキラと輝かせてガッツポーズをした。
「すっげえ……!モナちゃん、実はすっげえハードな筋トレを隠れてやっとるんやな! 見かけによらず、その細い腕のどこにそんなパワーが……ぐぅ、俺も負けてられんがん!」
荻中は謎に対抗心を燃やすと、その場で「ふんぬーっ!」と全力で腕立て伏せを始めだした。
それを見た村上は「ちみは、筋肉バカけぇ!わけのわからない勘違いをするなピー!」と冷ややかなツッコミを入れる。
一方、玉田のノートには、凄まじい勢いで追記がなされていた。
おかしい箇所その③:缶の剪断応力を超える瞬間的怪力。および指輪の発光現象。
「否! 否!」
玉田は強く首を振り、自分の中の科学者としてのプライドと疑念を打ち消そうとする。すると、村上が勝ち誇ったような顔でさらに割って入ってきた。
「玉ピーのその科学的検証も甘いってこと。あのね、モナちゃんは……遠い未来からやってきたタイムパトロールの秘密エージェントか、あるいは異世界の魔法少女だと思うピー!」
「おい村上、それ完全に深夜アニメの見すぎだろ!」
玉田がすかさず激しく突っ込むと、モナはギョッとしたように目を丸くし、「村上くん、すごい見抜いてるっちゃ……?いや、違うっちゃ、うちは普通の女の子だっちゃ!」と、思いっきり挙動不審になりながら慌てて両手をブンブンと振って否定した。
その横で、翔大は冷や汗を拭いながら「お前ら、漫画の読みすぎや!はよ静かにせえ!」と必死で二人の口を塞ぎにかかる。
玉田の鋭すぎる科学的視点、荻中のズレた筋肉勘違い、そして村上の的外れすぎるオタク的推理。三者三様の勝手な妄想が入り乱れる中、翔大はコーラまみれになって「あちゃー……」と困り顔をしているモナの小さな身体を、さりげなく自分の背後へと庇うようにして、親友たちのバカ騒ぎをそっと見つめた。
(頼むからこれ以上突っ込まんといてくれよ、玉田……ってか、全員別の意味で推理が斜め上すぎて逆に助かるわ!)
夏の終わりの少し生温かい風が、ざわざわと校庭の砂を巻き上げて、いつもの騒がしくも愛おしい5人の間を吹き抜けていった。