「なあ、みんな!卒業したらさ、この四人で絶対にでっかい旅に出ようだがん!男だけの卒業旅行、めちゃくちゃ熱くないか!?」
昼休みの購買部裏。熱々の焼きそばパンを頬張りながら、荻中が冬の寒さを吹き飛ばすような熱量で、目を輝かせて拳を突き上げた。
「おっ、それ最高だピー!俺が計画するピー、間違いなく歴史に残る最高の旅にするピー!」
村上が待ってましたとばかりに胸を張り、いつものように玉田の制服の袖を指先でちょこんとつまむ。
「まずは聖地巡礼と、それからサッカー観戦のハシゴピー!」
「否!否!却下!」
玉田がすかさず村上の手をバシッと叩き落とし、深いため息をついた。
「あんたが計画したら、スケジュールがオタク趣味に偏りすぎてめちゃめちゃになるわい。だいたいさー、予算とか移動ルートとか、科学的かつ効率的な計算がゼロじゃん」
「あ〜ん、玉プィー、ひどいピー!冷たすぎるピー!」
村上がわざとらしい甘え声を上げて身悶えする。
「冷たくねーよ。現実的なツッコミだろ」
「あんたが現実的つったところで、その発言の論理的根拠はどこにあるんだつーの!」
また荻中が横から嬉しそうに玉田の口調を真似てからかい、玉田が「だーっ!荻中、お前は黙ってろ!」と顔を真っ赤にする。
そんな三人のいつものドタバタ劇を、翔大は少し離れた場所から、モナと並んで眺めていた。
「楽しそうだっちゃね、ダーリン。卒業旅行、うちも一緒に行きたいっちゃ!というか、うちも連れていくっちゃ!」
モナがフンスと鼻を鳴らし、拳を握って身を乗り出してくる。
「いやいやモナちゃん、これは『男だけの旅』だから無理だピー。女子禁制だぜぇ〜、また第二弾の旅行の時に一緒に行くピー」
村上が人差し指をチッチッと横に振ると、翔大がニヤリと笑ってモナをからかった。
「いやいや村上、モナは気が強いから中身は男みたいなもんやろ。男の子枠として連れてったってやー」
「誰が男の子だっちゃあ~!!」
モナはぷくーっと頬を膨らませて怒った。……その瞬間だった。
モナがドカッと机に置かれていた未開封の炭酸ジュースのアルミ缶に手をかけた刹那、彼女の細い指にはめられた不思議な指輪が、キィィィン……と鼓膜を震わせるような微弱な高周波を放ち、一瞬だけ青白く明滅した。
直後、モナが驚くほど軽々と、片手で「ベキィッ!」と信じられない音を立ててアルミ缶を完全に握りつぶした。指輪から流れ込んだ未知のエネルギーの仕業であることは、隣にいた翔大にしか気づけない。中身のコーラが激しく吹き出し、地面を濡らす。
「ヒィィッ!確かに中身はゴリゴリの戦闘民族だがん……!」
「峰ピー、お命大事にだピーィー!」
荻中と村上が、未知の怪力の正体を知る由もなくガタガタと震え上がる中、モナはふふんと勝ち誇ったような悪戯っぽい笑顔を浮かべた。そして、周囲の目が点になっている隙を見計らい、翔大の真横へとすーっと身を寄せてきた。
さっきまでの恐ろしいパワーが嘘のように、トーンを落とした吐息混じりの声で、翔大の耳元に触れそうなほどの至近距離でしおらしく囁いた。
「うちが……うちが女の子だってこと、ダーリンが一番よく知ってるくせに……」
その瞬間、翔大の脳裏に、これまで二人きりの部屋で触れ合ってきたモナの柔らかな体温や、あの甘い感触がフラッシュバックする。さらに、その言葉とシンクロするように、モナの指の指輪が、今度はいつもより長く「チカチカチカ……」と警告のような鈍い光を放って不気味に明滅した。
「「「えッ!!???」」」
購買部裏の空気が一瞬で凍りつき、次の瞬間、男子三人が大パニックに陥った。
「モ、モナちゃん今……なんて言ったがん!?」
「『知ってるくせに』って何ピー!?あと今、指輪がなんか光ったピー!峰ピー、ちみはモナちゃんの何をどこまで知ってるんだピー!?白状するピー!」
「否!否!今の発言は明らかに一線を越えた関係性を示唆してるじゃん!」
色めき立つ親友たちの尋問に、翔大は心臓を激しく跳ね上がらせながら、慌ててモナの光る指輪を手で隠しつつ、全力で両手を振った。
「な、ななな、何言うてんねんお前ら!幻聴や!耳鼻科行け耳鼻科!あ、それより荻中、お前さっき卒業旅行どこ行きたい言うとったっけ!?富士山か!?富士山登るんか!?」
あからさまに聞こえないフリをして、汗だくになりながら大声で話題を変える翔大。
そんな焦りまくる翔大のブレザーの裾を、モナは後ろからきゅっと引っ張り、上目遣いで小さく呟いた。
「……ダーリンのバカ」
頬をほんのり赤く染めたモナの、宇宙一可愛らしいその表情。いつも通りの、くだらなくて、騒がしくて、心臓が持たないほど愛おしい日常の風景。
「――よし、決まりじゃん。ルート作成は俺の頭脳に任せるべ」
玉田がノートを開き、文句を言いながらも「暫定ルート案」をガリガリと書き込み始めた。そこに荻中が「夜は枕投げな!」、村上が「アニ嫁のフィギュアと記念撮影!」と勝手に落書きを始める。モナも楽しそうに混ざり、翔大のノートの端に『翔大とモナの未来予想図』として、二人が並んで手を繋いで笑っている拙いイラストを描き加えた。
みんながワイワイと落書きで盛り上がるその裏で、モナはふと筆を止め、自分の左手にはめられた不思議な指輪をぎゅっと握りしめた。
(未来なんて……なくてもいい。今、こうしてダーリンの隣にいられれば、それだけでいいっちゃ……)
心の中で呟いたその切ない決意を誰にも気づかれないよう、モナは再び満面の笑みを作ってみせる。
そのノートをみんなで囲んで笑い合う。翔大も必死に友達のノリに合わせて笑ってみせた。――しかし、喉の奥で笑い声が静かに消えていく。
(卒業、か……)
三人が熱く語り合っている「未来の話」。どこへ行く、何をする、そんな他愛のない約束。だが、その輝かしい未来の絵図の中に、自分とモナの居場所が最初から用意されていないことを、翔大は心のどこかで痛いほど予感していた。
自分は50代の記憶を持ったまま、この過去に迷い込んだ異分子。そして、突如現れたモナがこの先どうなるのか……まだ何一つはっきりとは分かず、ただ底知れない不安だけが翔大の胸を締め付ける。17歳の少年たちが無邪気に信じている「明日」や「未来」という言葉が、今の翔大とモナにとっては、どれほど手を伸ばしても届かない砂上の楼閣のように思えた。三人の声が盛り上がれば盛り上がるほど、翔大の胸には、冷たい孤独と焦燥感が静かに積もっていく。
「村上は荷物持ち、荻中はナンパ禁止な」
玉田がペンを置き、会議を締めくくるように言った。そして、ふと腕を組んで、静かに佇んでいた翔大の方を振り返る。
その玉田の目は、さっきアルミ缶を潰した直後、そしてモナが耳元で囁いた瞬間に、彼女の指輪が一瞬だけ放った不可解な「光」を、確実に捉えていた。
「ところでさー、峰川。さっきから一言も喋ってないけど、君はどうなわけ? もしかして……卒業したら、もう俺たちと一緒に旅に行く『時間』すらない、なんて言わないよね?」
玉田のむき出しの鋭い瞳が、まっすぐに翔大の心の奥底を射抜いた。その言葉は、単なる冗談の体を装いながらも、完全に翔大の隠し事の、そしてこの世界の「歪み」の本質へと踏み込んできていた。
「え……?」
翔大は言葉を失い、喉が完全に干からびた。玉田は何かを、俺の正体に、気づいているのだろうか。
「あ〜ん、玉プィー、峰ピーがモナちゃんと二人だけの『新婚旅行』に行きたいからって、そうやって意地悪く嫉妬しちゃダメだピー!」
張り詰めた空気をこれっぽっちも読まない村上が、横からお気楽に割り込んでくる。
「そうだがや!峰ピーはモナちゃんとラブラブなんだで、俺たちのむさ苦しい旅よりデートの方が大事に決まっとるがん!」
荻中もケラケラと笑いながら同意した。
「だーっ!だからそんなんじゃねーっての!俺はただ、科学的な未来予測としてだな……!」
玉田が慌てて二人に反論し、再び購買部裏はいつもの賑やかな騒ぎへと戻っていく。
「あはは……。せやな、新婚旅行は気が早すぎるわ」
翔大は、背中に冷たい汗を流しながらも、なんとか親友たちのノリに合わせて笑ってみせた。しかし、玉田のあの探るような視線だけは、冷たく脳裏に焼き付いて離れない。
やがて昼休みが終わり、五人はそれぞれの椅子へと戻り、午後の授業に向けて教室の喧騒の中に溶け込んでいった。
だが、自席から斜め前に座る翔大の背中を見つめながら、玉田は一人、ペンを回す手を止めて小さく息をつく。
(……あいつ、最近何か一人で抱え込んでるな。いったい何を、隠しやがってんだよ……)
いつもと違う翔大の不自然な挙動。その鋭い追及の裏には、同じ教室で机を並べる親友としての、偽りのない深い心配の色が静かににじんでいた。
一人残されたような焦燥感の中で、翔大は手元のノートを見つめた。そこには、荻中や村上のバカげた落書きと、モナが描いた愛らしい二人のイラスト、そして『翔大とモナの未来予想図』という文字が残されている。
(このノートに残ったみんなの文字も、モナの絵も……俺が元の世界に戻ったら、全部消えてまうのかな……)
賑やかに笑い合う仲間たちの向こう側で、誰も知らないタイムリミットの足音が、以前よりもいっそう大きく、確実な地響きとなって翔大の心に響き始めていた。