『おい、撫でる手が止まっているぞ』
尊大な態度で撫でる事を要求する、膝上にいるこの少女は「夏目アンアン」
ゴシックロリータ風のワンピースドレスを纏い、精緻な人形を思わせる整った顔に、新雪の様な美しい白髪。
それだけでも充分目を引くが、何よりも印象的なのはその瞳。容姿が整っているからこそより際立つそれは、光を映さず何かを諦めた様な漆黒だ。
彼女とは家が隣同士という事もあり、それこそ物心つく前からの付き合いである。
以前はこの様な雰囲気の子ではなかったのだが、両親が心を病んで病院に入院し、我が家で面倒を見ることになった際にはそれはひどい状態だった。
なぜアンアンの両親が病んでしまったのかは、事情を知る唯一の当事者である彼女が口を閉ざしているため不明だが、いまだ心が回復していない彼女に説明を求めるのは酷だろう。
だから僕はアンアンを甘やかした。それはもう徹底的に。
コミュニケーションを取ることを拒み、自室に籠れば部屋の扉前から声をかけ続け。
部屋に入る許可が出たら時間の許す限り、隣に寄り添い。
これまでの仕草から、「話す」という行為を怖がっていると察したときはスケッチブックを用いて筆談を行った。
筆談に慣れて、コミュニケーションを取れる様になれば、平和だった以前の頃のように小説談義に花を咲かせた。
果てには、ひとりは嫌だというアンアンを拒否できずトイレや風呂まで付き添うようになり……
完全にやり過ぎた。
濁った瞳でこちらをうかがうアンアンの頭を撫でながら思う。
これ、悪化してるよな……?
アンアンを以前のように生活できるようにするためとはいえ、限度を超えてしまったのだろう。
今では、家では常に隣にいて、僕が外出するときはまだ外に出られなアンアンから5分おきに連絡が飛んでくる。
これはダメだ。全く健全ではない。
僕も男であるから、アンアンのような美少女がいてくれるのは非常に役得ではあるのだが、いつか僕が隣にいれなくなったとしてもしっかり生活できるように今から軌道修正せねば。
「なぁアンアン」
『なんだ?』
「少し、外に出てみないか?」
『む、無理だ…!わがはいに外の世界は厳しすぎる』
ひとまずの提案としての外出は当然拒否。
これは想定内だ。いつもならここで折れる僕だが今日はひと味違う。
「そういわずに。帰ってきたらなんでもひとつ、お願い聞くからさ」
『!それは本当か?』
「あ、ああ…俺にできる範囲でだけど」
『言質は取ったからな!今すぐ行こう』
自分で出した条件ではあるが、物凄い変わり身の早さに驚く。
俺は何をさせられてしまうんだ?
なんて一幕があり現在外。アンアンでもほかの場所よりは落ち着くだろうという考えで図書館に向かっている途中だ。
案の定とういうかなんというか、アンアンは俺の袖にしがみつき、なるべく俺以外を視界にれないようにしている。
最終的にはひとりでも外を歩けるぐらいにはなって欲しいが、外に出れているだけでも成長だろう。
俺は、一生アンアンに依存されるという今のままだとかなり濃い可能性で訪れる未来を見ないふりをしながら、アンアンを引きづるようにしながら図書館への道を急いだ。
見ないふりをした未来に、自分でも処理できない感情を感じながら。
「ほら、着いたぞアンアン。いい加減手を放してくれ」
『うぅ、絶対離れるなよ?』
とうとう図書館についた俺とアンアン。
流石に館内でずっとしがみつかせておくわけにもいかず、アンアンに離れるよう促す。
渋々と手を放すアンアン。進歩
「せっかく図書館に来たんだ。存分に本を読もう。」
『そうだな。だがわがはいが本を読むのはお前の膝上で一緒に、だ。これは譲らん』
「わかったよ」
結局は家と同じスタイルで読むことにはなるが、それでも勇気を出して図書館に来たんだ。これくらいの譲歩はいいだろう。
アンアンが書架から持ってきた本は、引きこもりの少女とスパダリな男の子の恋愛ものだった。
意図ォ!
本の内容と司書さんの視線にドキドキしながら読み進め、図書館も閉館の時間が迫ってきた。
「そろそろ閉館時間だ。切り上げよう」
『ああ。だが少し待て。この本の続刊を借りてから行く』
「アンアン…!ああ、もちろんだ」
本を借りるという事は、返却をするためにまた図書館を訪れるという事。
外出に対して前向きになってきたアンアンに感動し、少しオーバーになりながらも返事を返す。
その後、受付で図書館カードを作成し、目当ての本を借りてから図書館を後にする。
帰り道は行きとは違い、袖をつかむ手は変わらないが、足取りは確実に軽くなっており、明日への思考をポジティブなものにする。
そんな気持ちで歩いているとアンアンがスケッチブックを掲げ僕に問いかけた。
『今日は存外楽しめた。感謝する』
「アンアンが楽しめたなら良かったよ」
『そ、それでだな…今日誘ってくれたのはデート、ということでいいのだろうか?』
「も…!」
勿論だ。と言いかけた口が止まる。
今日はその意識がなかったかといえばそうではない。
しかし、本題はアンアンが自立できるようにだ。
ここでデートと肯定してしまえば良くない依存を深めてしまうかもしれない。
そんな照れ隠しをして答えてしまった。
「アンアンと出かけられて嬉しかったのは本当だ。けど今日はアンアンがこれから先、もしひとりになっても生活できるよう練習してもらおうと思ったんだ。」
「なっ…え…うぇ?」
ひと月ぶりに聞いたアンアンの声は、もの悲しいうめき声だった。
「うそ…それってお前が、貴方がいなくなるってこと?ウソウソウソ!!」
「アンアン、おちつ…」
「そんなのダメだ!認めない!貴方はわたしのモノなんだ!わたしのそばから【離れるな】!!!」
アンアンがそう言い放った途端、思考が霞む…目の前の少女から離れてはいけないと体が、脳が、魂が僕という存在を書き換える
「ああ、わかった。アンアンのそばを離れないよ」
「っ…!」
アンアンの顔が苦痛に歪む。どうしてだ?ワカラナイ
アンアンを不安にさせてはいけない
アンアンに安らぎを
アンアンに
アンアンを
アンアンが
薄れゆく意識の中、最後に見えたのは、人形のような少女の泣き顔だった。