次回はもっと甘くしたいなぁと思っているので、良ければお付き合いください。
初夏、新緑が美しく景色を彩り、気持ちのいい風が吹き抜ける。
そんな大多数の人にとっては心地のいい季節にはいつも思い出す。
親友だった彼女が航空事故にあって行方不明になってしまった苦い思い出を。
「で、では行ってきますね……お土産、きっとあなたが気に入るようなものを買ってきますから」
そういって、普段は泣きそうな困り顔をしている彼女が珍しく満面の笑みを浮かべて飛行機に搭乗するのを見送った。
旅行から帰ってきたらどんな話を聞かせてくれるだろうか。
彼女のセンスは独特だから、お土産もきっと予想外なものになるだろう。
そんなことを考えながら帰途につく。
そして、彼女の顔を再び見たのは空港ではなく、テレビニュースの画面だった。
『緊急速報です。昨日〇〇空港をたった飛行機が墜落しました』
朝食を摂りながら流していたいつものニュース番組から流れる非日常な言葉。
普段であれば災難だなぁと思う程度なそれは、ひとつの心当たりによって自分に関係のある現実だと自覚させられる。
事故の概要を話し終えたアナウンサーは、被害者の読み上げを始めた。
そこにあった『氷上メルル』の顔写真を認識した時の絶望の大きさは現在でも更新されていない。
なんて事があったのは、もう何年も前の話で、今では何とか生活できている。
とはいっても、あの事故があった時期になると、こうして空港に足を運んでしまう。
女々しいな、とは自分でも思うけれども、段々彼女の面影が薄くなっていくことに耐えられず、何かに導かれるように来てしまうのだ。
感傷に浸るのもそこそこに、そろそろ切り上げようとしたところに声がかかる。
「あ、あのあのあの……少しよろしいでしょうか?」
「はい?なんです……か」
ナイーヴになっている時に声をかけられ、ぶっきらぼうに返事をしながら振り向くと——
『氷上メルル』が、そこにいた。
ありえない、そう脳は訴えているが、暴れる心臓が落ち着かない。なにせあまりにも記憶にある彼女と一致する。
恰好こそ真っ白な修道服を改造したようなドレスとぶっ飛んでいるけれど、つっかえがちだが優しさが伝わる声色、そしてその泣きそうな困り顔。
間違いないと確信できるほどに彼女は氷上メルルだった。
「お前、メルルか……?」
「はい、そうですよ」
「今までどこにってか、えっと」
「とりあえず、立ち話もなんですからどこかに入りませんか?」
あまりにもあっさりと肯定され、混乱する俺の手を掴み喫茶店へと誘導する。
以前の彼女にはなかった有無を言わせぬ雰囲気に気おされながら、素直についていく。
目的の店へと到着し、注文を済ませた後、一呼吸おいて彼女は話し始めた。
「まず、断言しておきますね。私は氷上メルルです」
そこから始まった過去語り。
飛行機が墜落し、海流にさらわれ、運よく島に流れ着いたこと。
さらに幸運なことにその島は無人島ではなく、人が住んでいたこと。
その島の住人は魔女と呼ばれる存在で、その名の通り魔法を使え、大魔女さまなるメルルを助けた方に、メルルも魔法を授けてもらったこと。
まるで物語のような流れと情報量の多さに驚きながら情報を咀嚼していく。
ここまでは事故に会ったとは思えないほど明るく語っていたメルルだが、声が硬さを帯び始める。
魔女たちと楽しく過ごしていたが、突然来た人間たちにその楽園が破壊され、一番したっていた大魔女さまも行方知れずとなり、現在は探している最中だという。
「そ、そうか、全てを理解できたわけではないがとりあえずは飲み込もう」
「はい、飲み込んでください」
まただ、氷上メルルは極度に憶病で心配性ではあるけれど、人を思いやれる優しい子だったはずだ、だがさっきから会話の節々に混ざる押しの強い言葉。まるで生命の上位者として人間に語りかけるような仕草。
膨らんでいく違和感を抑えながら、会話を続ける。
「ひとりで見知らぬ土地を生き抜くのは想像を絶する苦労だろう。まずはこう言うべきだった。おかえり。生きていてくれて嬉しいよ」
「……ふふ、あなたならそう言ってくれると思っていました。」
記憶と重なるその笑顔と、先ほどから感じる違和の板挟みになりながらさらに問いかける。
「おばさんとおじさんの情報は何か掴めたか?こっちでも探しているんだが、まるで情報がなくてな」
「あぁ……死んだんじゃないんですかね?」
さらっと流された彼女の両親の安否に、感じていた違和が決定的なものとなる。
誰だ、コイツは?
「そんなことよりですね、あなたに頼みたいことがあるんです」
氷上メルルのようなナニカが語り始める。
人間の世界に身を隠した大魔女さまを見つけるために、政府が実施している魔女因子検査で引っかかった者を集め大魔女さまを見つけ出すという儀式に協力してほしいのだとか。
意気揚々と語られる儀式の内容に戦慄し、身体中がアラートを鳴らす。
「そんな悍ましいものの手伝いなんてできるわけなだろ!」
「で、でも、あなたは手伝ってくれますよね?私のことが好きなのでしょう?でなければ毎年毎年あの空港を訪れるはずがありません。好きなわたしの手伝いができるのだから、あなたも幸せなのではないでしょうか?」
理解できない。何を言ってるんだ。コレは。
まるで自分も手伝うことが規定事項のように話す彼女に恐怖し、逃げ出そうとした身体を後ろから押さえつけられる。
「すみませんね。ここまで知ってしまった以上、あなたは拒否できないんですよ。抵抗は……してもいいですけど、無駄に痛い思いをしたくなければ諦めてください」
そう告げられ、何かを注射されたと感じた時には意識は朦朧とし、闇の中へ落ちていった。
「う、ぅぅ……ここは?」
「あ、起きたんですね。よかったぁ。私、もう目覚めないんじゃないかと心配で……」
起き抜けにそんな言葉をのたまうのは勿論、氷上メルル。
完全にどの口がではあるが、本当に心配する気配を感じタチが悪い。
そんな彼女の言葉を無視し、現状を確認する。
とりあえず身体は五体満足ではあるが、十字架に磔にされており自由はない。
部屋は狭く、窓一つない石の壁が圧迫感を補強する。
更に、目の前にある木製のテーブルには何に使うのか知りたくもない道具のオンパレード。
これら全ての要素が自分の行く末を暗示しており、背中を冷や汗が伝う。
「む、無視はいけません……!悲しいじゃないですか」
「ぐっ……!」
彼女の手にした鞭が容赦なく振るわれる。
打たれた部分の皮膚が裂けるほどの力加減で行われた鞭打ちは抵抗する気力を奪うのに最適だ。
実際、俺はもう折れたくなっている。
「なぜ、俺を攫ってこんなことをする?」
「先ほど言ったとおりです。あ、あなたには、大魔女さまを見つけるための儀式、【魔女裁判】を手伝ってほしいんです」
「で、あるならば、その役割は他のやつでいいはずだ。なんの力も持たない俺よりも、俺を攫うときに協力していたやつの方が合理的だろう」
「そ、そうですけど……!そうじゃなくてぇ……あなたが良いんです。あなたが、そのぅ……好き、ですから」
「は?」
白い頬を真っ赤に染めながらメルルは答えた。
拷問の最中だというのに、予想外の答えすぎて固まってしまう。
「だって、初めてだったんですよぅ……憶病で引っ込み思案だった私に寄り添ってくれて、いつも手を引いてくれて、味方でいてくれた王子様のようなあなた。こんなの、好きになるなって方が無理ですぅ」
「そ、そうか……だが、それでどうして俺を誘拐するという結論になる?」
「魔女候補の子たちに殺し合いをさせる【魔女裁判】。本当は私、こんなことしたくないんです……でも、大魔女さまにもういちど会うためにはこうするしかなくてぇ……ずっとひとりでこんなことをして、心が折れそうになっていたんです。そんな時にあなたを思い出して、ひとりじゃなくてふたりなら、きっと大魔女さまと再会するまで耐えられると思ったんです」
勝手すぎる吐露であるそれは、しかし俺の心を揺さぶった。
氷上メルルという少女は魔女裁判などという悪趣味なことを進んでするような子ではない。
先ほどのセリフは、嘘というには真に迫り過ぎていて……
その思いにかつての優しい彼女の面影を見た。見てしまった。
「もう抵抗はしない。だからこの拘束を解いてくれないか」
「え……で、でもぉ」
「大丈夫だから。もっとちゃんと、メルルのことを聞かせてくれないか?」
「わ、わかりました」
おずおずと拘束をといたメルルと向かい合う。
そして地面に座り、彼女の話を聞いた。
これまであったこと。喫茶店では話せなかった彼女の想いも併せて。
ここに至るまでのすべてを聞いた俺はたまらず彼女を抱きしめた。
「ふぇっ……あのあのあの」
「メルル、これまでよく頑張ったな。これからは俺も一緒だ」
「え、え、え、これは夢でしょうか?」
「夢じゃない、俺はここにいる」
「ふ、ふぇぇぇぇぇん」
泣き出してしまったメルルを宥めながら俺は思う。
これから歩む道はきっと間違っている。
でも、それでも、俺は彼女と共に居たいと思ってしまった。
俺だって、彼女が初恋だったのだから。
とある孤島。魔女となる少女が集う館。
その隠された部屋で今日もふたりの男女は計画を練る。まるでお茶会中の雑談のような気軽さで。
「あぅ……今回の魔女候補さんたちは中々魔女化してくれないんですよね。どうしたらいいでしょう?」
「そうだね。この子の家庭環境は——」
会議は踊る。その光景はかつて存在した日常の一コマのようで、内容に目をつぶれば微笑ましいといえるだろう。
もう回数を数えるのも億劫になるほど繰り返された魔女裁判。
アタリを引くまで終わらぬそれは、ふたりをより深い依存へと沈めてゆく。
「あなただけは、最期まで私の味方でいてくださいね……」
男に聞こえない程度の声量で呟いた主は立派な魔女といえる悍ましい笑みを浮かべていた。