上位種人間拉致百合確保 作:クリームパイ
「あー……田中に任せた資料どこ行った……?」
トラックパッドを弄りクラウド上のファイルを次から次に開く。
似たような名前のファイルは整理がまともになされておらず、既に終わった案件の内容がいくつも残っていた。
女は苛立たし気に頭をかき回し自室で呻く。
優芽、御年27歳、彼氏無し。
コンサル業で働き半ば結婚を諦めた彼女は長めの髪をひっつめ、本日二本目となるエナジードリンクのプルタブを押し込んだ。
「おねーさん!」
「……んっ」
作業的に生ぬるい炭酸を喉奥へ流し込んでいると、少女の明るい声と共にその背中へ衝撃が走る。
「ラミィ、悪いけどちょっと今忙しいから……」
「え~!? 今日は休日だって言ってたじゃん!」
少女の言葉に優芽は少し言葉に詰まり、そっと薄暗いカーテンの隙間へと目を逸らす。
数カ月前、終電の終わった深夜の街をふらふらと帰路についていた優芽が拾ったのが、この目の前の少女ラミィであった。
つやつやの黒髪、仕立ての良い可愛らしいゴシックロリータ、人形のように整った顔立ち、そしてなにより――人外染みた真紅の瞳と小さな翼。
正直、やばいかなって思った。
優芽は当時の感覚を思い出す。
何が、と言われても口では表現できない。けれど何か脳の奥底、自分でも理解できない本能のような場所が、目の前の存在が危険であると警告を鳴らしていた。
『えっと……一緒に帰る?』
『うん!』
だが二十連勤による脳の酷使により限界を迎えていた優芽は、その直感に反応しきれず少女の手をつかんだ。
そして二人で手をつないで寝ることだけに使っているボロアパートに帰り――少女を抱き枕代わりに抱きしめて寝た。
甘い匂いのする少女と共に寝たその日から、夢の体内の疲労感は不思議なことに少しだけ軽くなった。
……だからなのか、どうにもそのまま一緒に暮らしちゃったんだよなぁ……はぁ。
「……?」
ラミィをちらりと一瞥し、内心優芽は頭を抱えた。
最初は脳がついにぶち壊れてしまったのだと思った。
上司に怒鳴られ、奴隷のように頭を下げ、頭の悪い同僚が下らぬ理由で不機嫌になるのを必死になだめ、そんな日常の中で頭がどうにかなってしまったのだと。
睡眠を求める体で這うように精神科へ向かい、薬を山のようにもらって家に付き――薬を飲み続けて早数カ月、少女はまだ部屋にいる。
「ねーねー! 仕事なんて辞めちゃおうよー! おねーさんこのままじゃ死んじゃうって!!」
「死ぬ死ぬ思ってるうちは死なないの、人間死ぬ気になっても案外生き延びちゃうんだから」
「わたしは分かるの! おねーさん心臓もどんどん悪くなってるよ!!」
「あはは! かもね~!」
カラカラと空き缶を振りながら優芽は濃い隈のへばりついた顔で笑う。
「仕事なんてしないで生きれたらなぁ~」
「……仕事、本当はしたくないの?」
「そりゃそうでしょ!! あんたねぇ、仕事がなんで仕事って言われてるか分かる? 誰もしたくないから仕事って言うのよ! あはは!」
今の言うほど面白かったか?
よどんだ思考で一瞬前自分が笑った理由すら疑いながら、優芽は追加でもう一本のエナジードリンクを傍らの段ボールから持ち上げた。
「……仕事なんてせずに済んだらあんたと遊びにも行けるけどねぇ~」
時間当たりで割れば最低賃金を余裕で下回るような給料、食費と居住費、その他生活費で毎月の手取りは消えていく現状、不可能なのは言うまでもない。
死ぬために生きている、それが今の優芽の悲しい現実。
「……捕まえた! うりうり~!」
傍らに立つラミィをぎゅっ、とだきしめ、優芽はその頭をぐりぐりと撫でる。
少し乱暴で、けれどラミィはいつもそれを喜んできゃっきゃと笑い声をあげる……そのはずだった。
「……できるよ?」
抱かれたラミィの紅い瞳がいやに目についた。
「んー? なにがー?」
「おねーさんが一生働かなくても済むように、なれるよ?」
「あはは! そーだねぇ、宝くじでも当たればねぇ~」
実際のカスみたいな確率を考えれば不可能に近い。
けれどこの、偶然拾った人外の少女と一緒に買いに行けば、まあ一つの思い出にはなるかもしれない。
優芽はそうぼんやりと考え、先ほど取り出したドリンクの缶を開けようと手を伸ばし――その手首を、小さな手がつかみ上げた。
「なりたい?」
「……? ラミィ?」
「なりたい? なりたくない?」
気が付けば優芽の両腕は少女につかみ上げられていた。
それどころか、まるで押し倒されたかのように地面へ仰向けになり、胸元に馬乗りになったラミィがこちらを覗き込んでいる。
「……なりたい、かな?」
正直、脳内は混乱以外の何物でもない。
だが少女が望んでいそうなその言葉を、優芽は無意識のうちに口にしていた。
「そっか! おねーさんもずっとそう思ってくれてたんだね!」
にんまり、とラミィが微笑む。
「わたしもね、ずーっとそう思ってたの! きっとそうだったら、ずっと幸せだなって!」
「っ、え!?」
突如部屋の照明が真っ暗になった。
雷か何かでブレーカーが落ちた!? でも外はこんなに晴れてて、満月も見えて……!?
混乱する優芽の身体が突如として空に浮かぶ。
いきなりのことに優芽は言葉にならないか細い悲鳴を上げ手足をばたつかせるが、当然そんな超常現象相手に意味があるわけもなく。
「もうこんな家いらないよね! 外いこっ!」
振り向くとそこには、自身の体躯を遥かに超える巨大な翼を背負うラミィが微笑んでいた。
「ちょっ……まっ!?」
優芽の言葉などきかないとばかりに少女がアルミサッシを開け放ち、二人の身体は空を舞う。
少し肌寒い夜の風を全身に受け、二人の身体は高く、高く、並ぶ家々を足元遥か下に見下すまで飛んでいった。
最初は恐怖一色だった優芽の心へ、次第に喜びの色が浮かぶ。
当然だ。
誰だって憧れることだろう、こんな月の夜に空を飛ぶだなんて。
ゆるいシャツと薄いショートパンツ一枚、むき出しの素足で優芽は空を舞う。隣でにこにこと微笑む黒髪の少女と共に。
「あ、ふ、あははっ! すごい! すごいよラミィ! こんなこと出来たの!?」
「うん!」
「これって魔法ってやつ!?」
「そーだよ!」
きゃっきゃと、まるで子供のように腕をばたつかせ優芽は声を張り上げた。
こんなに大騒ぎしたのはいったいいつぶりだろう、高校を卒業してからはもう記憶がないくらいだ。
誰かに気を使うこともない、何かに怯えることもない。ただひたすらに、横で翼を羽ばたかせる少女と共に、同じ年齢になったかのように無邪気に喜ぶ。
しばらく二人は風の赴くがままに空を舞い、騒ぎ……そして少し落ち着いたころ、優芽の後ろからラミィがぎゅっと抱き着いてきた。
「ねーおねーさん」
「んー? なーにー?」
「わたしのものになって?」
くりくりとした紅い瞳が見つめている。
優芽は少しだけ何を言うべきか考え、ちょっとだけ恥じらいからほほを赤らめて笑う。
「……もうあんたのものみたいなもんだよ、えへへ」
拾ったときはどうしたもんかと思った。
いや、ついさっきまで同じことを考えていた。
けれどもこんな幸せな時間を味わってしまっては、もはや優芽の方がラミィの虜みたいなものだ。
こんなちっちゃい子になぁ。
我ながらちょっとどうかとは思わんでもないが、しかしこんな幸せなのだから仕方ない。
あとで何かアイスでも買ってあげようか、なんて優芽は少女のことをそっと抱きしめようと体をよじらせ――
「……ぇ?」
その首元に、鋭い二つの何かが突き刺さった。
「ちょ……らみぃ……?」
痛みが脳へ届くより早く、優芽の身体は弛緩する。
空中でふにゃりと四肢が動かなくなったところを、ラミィの細い腕がぎゅっと抱きしめた。
「すき」
吸い上げられていく。
「すきすき!」
どんどんと、遠慮すらない勢いで何かが。
「だーいすき! おねーさんはもうラミィのだからね!」
じゅるじゅると、少し下品にすら感じる音を立てながら少女が自分の血を啜っていると気付いた時にはもう遅かった。
首元から全身へ強烈な多幸感と、異常なまでの感謝、喜びが全身へ広がっていく。
それはまるでこの少女、ラミィに――全てを支配されているかのようで。
視界が激しい点滅を繰り返しまともに焦点すら定まらないまま、優芽はその激しい快楽にうめき声をあげるしかできない。
いったいどれだけ経っただろう。十分か、もしかしたらたった数秒だったのかもしれない。
全身へ甘く堪えがたいしびれが満ちに満ちたその時、
「……あっ、あぶないあぶない! 全部吸っちゃうところだった!」
ラミィはうずめていた顔を上げ、赤く濡れそぼった唇をぺろりと舐めあげた。
「次はおねーさんの番ね!」
そうしてその細いうなじを優芽の首元へ突き出す。
「……? おねーさん?」
だが優芽の身体はくたりとラミィの身体へよたれかかるばかり。
快楽に体を小さく振るわせ、彼女の願いなどかなえられるはずもない。
「あっ、そっか……えーっとぉ」
少女は少し困ったように眉をひそめる。
しかし数秒もするといいことを思いついたと顔を明るくして――ぶちり、と、自分の舌先を噛みちぎった。
「
間違いなく重症、絶え間なく少女の口の中には血がたまっていく。
しかしラミィはむしろ笑みを一層深め――優芽の頭を抱きかかえ深く舌を絡めた。
「ん……ふぁ……!」
「ひゃめだよおねーさん、にげないで……」
恍惚とした表情でラミィは血まみれの舌を絡めていく。
そしてその年に見合わぬ舌遣いで優芽の舌をねぶり、弄び、己の血をその喉奥深くにまで押し込んでいった。
そうして血が優芽の胃にまで届いた瞬間――
「なっ、えっ!?」
朦朧としていたはずの優芽が突如覚醒した。
それはひとえに急激に体内の血が増え、ボロボロだった体が癒え、そして何より……胃を中心に強烈な快楽が全身を駆け巡ったからだ。
「ひぁ……」
「もっとのんで? もっと、おねーさん、足りないでしょ?」
互いの胸元を真紅に染めながらラミィは強く優芽の身体を抱きしめる。
刻み付けるように、呪うように、決して逃がさないと己の血を優芽の身体の奥深くにまで流し込む。
一度意識を取り戻した優芽だったが、その堪えがたい『幸福』に震える腕で少女の身体へ抱き着き、再びきゅう、と意識が遠のいていくのを感じた。
「今度はわたしだよ?」
そうして、ラミィはがりりと優芽の舌先を噛みちぎる。
しかしそれすらも、もはや今の優芽にとっては幸福の一部に過ぎなかった。
まるでストローでも吸い上げるかのように舌先をからめとられ、ちゅうちゅうと己の血を啜られる度に優芽の身体は再び力を失っていく。
そうして興奮したラミィは彼女のぼさぼさの頭をぎゅっと抱きしめ、その頭をぐちゃぐちゃと撫でまわし、優芽の豊満な胸元を何度も激しく揉みしだいた。
「もっと、もっと! 今度はおねーさん!」
舌をかみちぎる。
血が注がれる。
噛みつかれる。
血を吸い取られる。
全ての行為が悦びに繋がる。
全ての行為が優芽の脳を焼いていく。そして刻み付けていく、ラミィに従うことが幸福だと。彼女の物になることが唯一で、至高の行為だと。
真っ赤な目を爛々と輝かせたラミィはついに衝動の赴くまま、優芽の全身へとかみついた。
小さな口をあぐあぐと動かし、腕に、首筋に、太ももに、そして胸に、己の歯型をくっきりと残していく。
まるで喰らい尽くされているかのように、そして優芽自身彼女に操られるかのように、ラミィの身体を喰らい尽くすかのように歯型の跡を残していった。
荒い息遣いが深夜の空へ響いていく。
少女と女、二人の淫靡な喘ぎは治まることがない。
血を貪り、唇を貪り、そしてその体へ噛みつき舐めあげる。
そうして月が傾いた頃――唾液と血にべっとりと濡れた優芽は、豊かな胸元を曝け出してぐったりとラミィの腕の中で気絶していた。
ラミィは彼女の首筋をねろりと舐めあげ、艶やかな笑みを一人浮かべる。
「つづきは、わたしのお城でね?」
翼が月を覆い――そこには何も残らなかった。