上位種人間拉致百合確保 作:クリームパイ
トンボの翅をぶちりとちぎる。
自由気まま、蟲たちの支配者として振舞っていたトンボは、それだけで何もできなくなってしまう。
地面に放り投げたそれは無様にはい回り、傷口から漏れた体液に気付いたアリたちが集まり、暴れ狂いながらも無慈悲に生きたままちぎり取られていく。
学校帰りのあたしはそれをしゃがみながら眺める。
「あーあ、死んじゃった」
自分が他人と違うことに気付いたのは、確か小学生の頃だったと思う。
両親が共働きで常に学童保育に預けられていたあの頃、同級生の子がはしゃいで騒いで、そして派手に転んで腕を折った。
いわゆる複雑骨折って奴で、傷口からとがった骨が飛び出て大騒ぎになったのを覚えている。
そりゃもう周囲の人たちは大慌てだ。
救急車を呼んでもなかなか来ない中、血がどんどん溢れてカーペットに染み込んでいく。
本人も痛みに苦しみ暴れるものだから、より一層傷口が開いてさらに状況は悪化していった。
「……いいなぁ」
子供たちは誰もが怯え、心配する中……自分だけ胸の中に浮かんだ感情。
仲良かった波奈ちゃんがぎょっとした顔であたしのことを見ていて……それに気づいたあたしはすぐ周りの子の真似をして心配ゴッコをした。
自分でもなんで
けれど成長していくにつれて、だんだんと気付くようになったことがある。世の中で残酷だって言われることに、どこか胸の奥で惹かれていることに。
悲劇のヒロイン、残酷な末路、不幸な事故。
あたしが惹かれる物語は決まって可哀そうな存在がいる。その存在のことを考えると胸がどきどきする。
だから考えて考えて――多分、『可哀そう』が好きなんだって思った。
「えい、えい」
バッタの足をむしり取る。
飛び跳ねるための大きな足を失ったバッタは、これもやっぱりのろのろと地面を這うだけ。
自分がそういう人間なんだってわかってから、あたしはよく虫を触るようになった。
足をちぎって、羽をむしって、胴体の一部を指先ですりつぶして。
でも不思議なことにちっとも面白くない。
あの日みたいな高揚感が、憧憬が全然湧いてこない。
地を這う虫はただの虫。
「……うーん」
感情のせい?
虫には感情なんてない、ただ本能だけで生きているだけ。
もっと苦しみ悶えるような姿を見せてくれたら、またあたしの気持ちも変わるのかな?
あたしはまた、アリに集られているバッタを見下ろして――ローファーで踏み潰した。
.
.
.
「ただいま」
新築の一軒家はがらんどう、あたしの言葉に返事なんてない――つい最近までは。
「おかえりみすずー!」
ぱたぱたとスリッパの音をたててリビングからやってきたのは――ピンク髪の女性だった。
優しく甘い顔立ち、男性より身長が高くて豊満な体、どれも目を惹くけど……やっぱり一番はその背中に生える巨大で純白の翼だろう。
「……まだいたんだ」
「ふふ、貴女が幸せになるまではいるわ」
「……不審者」
小さく吐き捨て二階の自分の部屋に戻る。
あたしはソックスを脱ぎ捨て、ブレザーを椅子へと掛けてため息を溢した。
ステラ。
突如現れた不審者、いや怪人物。
自分のことを天使だとか、貴女を幸せにするために来ただとか意味の分からないことを延々口にする頭のおかしい女。
何度か追い出そうとしたけれど……ステラは異常に力が強くて押してもピクリともしなかった。
それに明らかに異常な存在が家の中を歩き回っているってのに、両親は彼女の存在に気付きもしない。
ステラもステラで、家に居座ってやることといえば食事の準備を始めとした家事掃除、アタシの身の回りの世話ばかり。
……まあ、そう。つまり、彼女が言っていることは本当のことなのだ。
認めざるを得ない、彼女は本当に天使であり、アタシを幸せにするためにこの家に訪れたのだ、と。
非現実すぎて意味が分からないけれどそれが事実、あたしは結局彼女を追い出すことを諦めて好きにさせている。
「おなかすいた……」
ぼーっとして気が付けば空は薄暗い。
虫を弄んでいて帰宅するのが少し遅れたからか、いつもならもうステラの夕食を食べている頃合い。
彼女は面倒な存在だが、慣れれば便利でもある。食事は毎食準備してくれるし、家を出ていく以外の頼まれごとはどんなことでも笑顔で受け入れる。
最初の頃小ばかにして、『トイレを舐めて掃除しろ』といったら平然と床に這いつくばったときは流石に焦ったけど。
むくりと起き上がり階段を下りる。
ぼんやりと、足元も見ずに歩いていたのが悪いのだろう。
「ステラ、夕飯は――!?」
ずるっ、と。
会談を踏み外したと気付いた時には、自分の鼻先の鈍い痛みに顔をしかめていた。
「いっ……つぅ……!?」
「みすずっ!? 大丈夫っ!?」
痛みに鼻へ触れると、手へべっとりとはりつく真紅の液体。
白いシャツがこぼれたそれで紅く染まっていく。
普段運動なんて全くしないからケガは不慣れ。
どうしたらいいのか分からなくて、痛みで混乱したままぽたぽたと垂れる血を手で受け止めていると――あたしの全身をふわりと純白の翼が包んだ。
その中であたしは、自分よりはるかに高身長なステラに全身をぎゅっと抱きしめられる。
「……すてら?」
「大丈夫、私が治すわ」
そういって彼女がアタシのことをそっと抱きしめると――血が止まった。
ううん、まるで時が遡るように、傷そのものがなかったことになった。服に染み付いた血すらもが綺麗に消え去った。
そうして彼女があたしの顔を覗き込む。
薄紅の綺麗な瞳に浮かんでいた感情は――心配。
どこまでもあたしを気遣う、慈愛の心。
無意識のうちに、つばを飲み込む。
今まで探しても探しても見つからなかった感情、蟲の足をちぎっても埋まらなかった思いが突如としてあふれ出す。
これ。
これだ。あの時感じた気持ち、羨ましさ。
ああ、そっか。あたしはずっと……。
「よかった……みすず、気を付けてね?」
傷が完治し安堵の笑みをこぼすステラに、あたしは微笑みかけた。
◇
「いたっ」
「みすず! だから包丁を使う時は気を付けてって……!」
指先にぷっくりと紅い血のふくらみが生まれた。
小さな傷だ。でもステラは大慌てでアタシの腕を抱えて、大焦りしながら必死に傷を癒してくれる。
それを眺めながら……あたしはうっすらと笑みを溢す。
あの日からあたしはステラと一緒になんでもするようになった。
学校に行くときもつれていくし、ご飯を作る時もいっしょ。なんでも一緒で、まるで仲良しな姉妹みたいにいつもいる。
そしてその度にケガをする。転んで、指を切って、何かにぶつかって。
ステラは毎回顔を真っ青にしてアタシを心配して、その傷を治してくれる。痛くないわ、大丈夫よって小さく何度も何度もつぶやきながら、最後にはぎゅっと抱きしめてくれる。
どんどん胸が満たされていく。
どんどん『すき』が溢れていく。
あたしがずっとずっとずっとずっとほしかったものがここにはある。
ステラは誰にも見えない、あたしだけが見えるから、あの日みたいに誰かがあたしの『ほしい』を奪うことはない。
これはぜんぶあたしだけのもの。
「あっ」
「みすず!?」
わざと腕を付き、まだ熱いコンロの五徳へ手のひらを押し当てる。
びりびりとした鋭い痛みが腕先を突き抜けてたまらず顔をしかめて――ちらりと覗いたステラの顔が悲痛に歪んでいるのを眺め、アタシの口はもっと歪む。
ステラがアタシの物になればなるほど感じるものがあった。
『足りない』
いくら胸の中に満たしても、心に溢れても、注げば注ぐほどあたしの想いは膨れ上がっていく。
もっと、もっと、もっともっと。鼻血だったら、指先の傷だったら、やけどならこの程度? それならもっと大きなけがなら? あたしの身体がぐちゃぐちゃになるような傷なら、顔が潰れるような酷いけがなら? もっと、もっと苦しんだらステラはもっと苦しいの? あたしのことをもっと見てくれるの?
痛みなんてどうでもいい。
それ以上にステラがあたしを見てくれている悦びが気持ちを押しつぶしていく。
あたしを見て、もっとしんぱいして、あたしだけを見続けて他に何も見ないで。あなたがあたしを見てくれるなら壊れてしまってもいいから。
もうこの程度じゃ足りない。
あたしは満たされない。
ちっぽけな傷で埋めてきた心の枷。けれど、一度耳を傾けてしまえばもはや抑えなど出来なかった。もっとあたしをみてもらわないと、壊さないとって心の声がこんなにはっきり聞こえてしまったから。
火傷を必死に治すステラの薄紅の髪に、真紅の液体がべったりと張り付いた。
「みす……ず……?」
彼女の瞳に映るのはあたしだけ。
包丁をおなかに突き刺して、ずぶりと引き抜いたあたしの歪んだ笑みだけがステラの視界を奪っている。
それがたまらなくうれしくて、たまらなく幸福で、あたしは吐きそうな脳内を幸福で埋め尽くして小さく涙をこぼした。
「もっと……みて……あたしを……ステラ……」
「どう……して……!? どうしてこんなこと!?」
ステラが必死に抱き着く。
柔らかくて暖かい身体、それだけで恍惚とした気持ちが全身をめぐる。
そうして傷口はあっという間に消え去った。
たった一回だ。
たった一回お腹を刺しただけ。それだけで彼女は真っ青な顔をしてあたしをずっと見ている、いつもみたいにすぐ目を逸らしたりなんてしないであたしのことだけを考え続けている。
彼女のきれいな顔も、心もぜーんぶずぅっとあたしのものになっちゃった。
次は胸、その次はおかお、最後は首。
あたしの全部を壊してステラの全部をあたしのものにする。
ぜぇったいにほかの人の物になんてならないように、ほかの人を幸せにするなんて絶対にダメだから。
「……はなして?」
「離せるわけないでしょう!? どうしてこんなことを!?」
でも行動を移す前に両手をステラに掴まれてしまった。
「むー……!」
じたばたと暴れるも、ステラはあたしよりはるかに背が高いし力も上。
何もできず包丁を奪い去られる。
「かえして! かえしてステラ!!」
「だめ……っ!」
彼女の脚へ必死に縋り付いて懇願するも、ステラは顔を真っ青にして何度も首を横に振るった。
さっきのことを思うと余韻だけで脳がぴりぴりと甘い気持ちに包まれる。
でもたりない。
もっと壊してほしい、もっと治してほしい。
あたしは必死にステラの腕をからめとって、その全身へ抱き着いて――
「……あっ」
よろけた彼女の手が滑って、包丁の切っ先があたしの首筋に突き刺さった。
力が強い彼女はそのつもりはなかったのだろうけれど、刺さってはいけない奥の奥にまで突き刺して、蒼白の顔で包丁を引き抜いてしまった。
首筋から蛇口みたいに溢れる鮮血。
抱き合ったステラの顔が真っ赤に染まっていく。あたしの色に染まっていく。
「あぁ……嘘よ……! ごめんなさい、そんなつもりなんてなくて……!!」
泣きながらステラがあたしに抱き着いた。
彼女の治癒の力はこんな致命傷にすら効いてしまうらしい。瞬く間に血が止まって、飛び散ったそれも消えてしまう。
あたしは焼け付きそうな脳内にぐちゃぐちゃと髪をかき乱して、ふらりと揺れ――
「ありがとう」
ステラにキスをした。
舌先を捻じ込んで、今までの悦びを彼女に分けるように激しく暴れさせて。
不慣れだから歯がこすれあってしまう。けれどそれすらいとおしくて、必死に彼女の口の中を犯し尽くした。
彼女に斬られ、ステラの動揺した顔を見た瞬間に今までの比じゃないほどの悦びが、多幸感が体を駆け抜けて、心も、脳も、心臓すらもが甘い感覚に埋め尽くされたのを感じた。
きっとこれ以上の悦びはこの世に存在しない、細胞全てが震えるほどのシアワセ。
「もっと」
すてら。
「もっとこわして」
ステラがとりおとした包丁を拾い上げ、その柄をそっと握らせる。
「あたしをぐちゃぐちゃにして、なんかいも、ずっと、ずぅーっとこわしつづけて」
もつれる舌で伝える心の言葉。
彼女が支える切っ先へ体を密着させる。
ぞくりとした感覚と共に冷たいなにかが体内へ侵入し、ステラが小さく唇を噛みしめ――それを上からあたしの唇が覆う。
ぐり、ぐり、体を揺らして、壊されて、こぼれた血が彼女の身体を覆って、あたしの舌が彼女の口内を埋めて。
「それが、みすずのよろこびなの?」
「うん」
熱い吐息を漏らす。
「みすずはそれでいいの?」
「うん」
また口をふさぐ。
傷口も塞がってしまったけど、すぐにもう一つ開けた。
「ステラにこわされたい」
「私に……?」
「ステラだけに、こわされたいの。あたしの全部をあげる、貴女のぜんぶをわたしのものにして?」
そうしてあたしは、ステラの身体をぎゅっと抱きしめて、その耳元でささやいた。
「おねがい……あたしを幸せにして?」
その瞬間、ステラの腕に力が増した。
ずっと混乱していた彼女の薄紅の瞳に……喜びの感情が満ちたのが分かった。
「ごめんなさい、ずっと気付けなかった……貴女がこうしてほしいなんて」
内臓をぐりぐりと切っ先が抉る。
ステラが片腕であたしのことを強烈な力で抱きしめ、口内で自分の舌先をまるで蛇のように絡めてきた。
彼女があたしのすべてを受け入れてくれた。それを理解した瞬間、今まで注いでも注いでもあふれるばかりだった胸の奥の何かが、はっきりと満たされた。
「ずっとつらかったわね」
「……うん」
縦に切り裂かれる。
あたまを何度もなでられて、優しいキスをしてもらう。
「苦しかったわね」
「うん」
大事なところをえぐり抜かれる。
身体を密着させて、ステラがやさしくあたしの首筋を舐めた。
「もう大丈夫よ……貴女の全部をこわしてあげる」
「すてら、すき……だいすき」
「私も、大好き」
あたしはステラに抱かれて家から出た。
ここがどこか分からない、けれど全てが真っ白な見知らぬ部屋にいた。
ぐちゃぐちゃになるまで抱き潰されて、その全部を治されて。
何度も何度も何度も何度も、何分も何時間も何日だって。白い部屋では時間なんてもはや分からない、けれど長い時間が経ったのはなんとなく理解できたし、これから先も永遠に終わらないことも分かった。
ステラは恍惚の笑みを浮かべていた。きっと、あたしも同じ笑みを浮かべていた。
「もっと……」
ステラがあたしの口を貪る。
身体をおもちゃみたいに扱って、幸福が弾ける。
弾ける。人格も体も、心も、全てがぐちゃぐちゃにすりつぶされていく。
あたしは嬌声をあげながらステラに縋り付く、
もっと。
もっと。
もっともっと。すてらはずぅっとあたしのもの、あたしはずぅっとすてらのもの。
ああ。
あたしはやっと、あたしのしあわせをみつけられた。