サクラの結晶   作:びりーばー

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新しい話を出す度に反応を貰えるので、毎日投稿続けられているこの頃。明日から入院するので投稿頻度もっと上がりそうです。


ホッカイドウ、旭川より

 

札幌競馬場の馬主席。その最前列で1人の男が双眼鏡を握りしめたまま、微動だにせず緑のターフを凝視していた。

 

その男とは、岡島繁幸。

 

競馬界では「マイネル軍団の総帥」と呼ばれ、その自慢の相馬眼で馬を見出し、コンスタントに活躍馬を輩出している名伯楽である。

 

彼の視線の先では、今まさに自身が創設したサラブレッドクラブ・シアトルスルーの所有馬マイネルラファエロが出走していた新馬戦が終わったところだった。

 

マイネルラファエロは新馬戦を2桁着順で終えた。

新馬戦の勝ち馬はサクラアルドール。

サンデーサイレンス全盛の時代に、懐かしいサクラの血を引く美しい鹿毛の馬だ。

 

岡島はゆっくりと双眼鏡を下ろした。

その顔は衝撃を受けたような、驚きに満ちた表情だった。

 

「……素晴らしい。実に素晴らしい馬だ」

 

岡島繁幸という男はお世辞を言わない。

どれほどの良血馬であっても、どれほどの高額馬であっても、自分の眼に叶わなければ「走らない」と一刀両断する男だ。その男がこれほどの手放しの称賛を口にするのは極めて稀だった。

 

「あれは本物だ。必ず来年のクラシックの主役になる」

 

興奮を隠しきれない様子で岡島は手元の出馬表に大きく赤ペンで丸をつけた。だが、その視線はすぐに別の意味を持った鋭いものへと変わる。

 

「うちの『秘蔵っ子』とどんな勝負をするのか… いやはやこれからが楽しみだ」

 

岡島の脳裏に浮かんでいたのは、三石の小さな牧場で出会った1頭の荒々しい鹿毛の仔馬の姿だった。

 

 

 

 

ナイター照明が灯り始めたホッカイドウ競馬・旭川競馬場。

前週にサクラアルドールが輝いたきらびやかな札幌とは違いどこか泥臭く、しかし地方競馬特有のディープな雰囲気が漂うその場所に、その馬は現れた。

 

その馬の名は、コスモバルク

 

後に「道営の星」や「道営のエース」と呼ばれるコスモバルクは地方のホッカイドウ競馬に所属しながら中央競馬や日本国外のレースに挑戦し、中央の重賞を3勝、2004年の中央競馬クラシック3冠レースすべてに出走したほか、2006年の国際G Iシンガポール航空インターナショナルカップを制したまさに04世代を代表する1頭である。

 

血統表を見れば地味という言葉すら生ぬるい主流外の血筋だった。父はザグレブといい、アイルランドのダービーを勝利した馬だったが種牡馬としてはお世辞にも成功しているとは言えず、日本ではマイナーとされる欧州の重い血統だ。

 

しかし、母の欄に目をやればそこには古き日本の血統が刻まれていた。母イセノトウショウの父、つまり母父は 天馬トウショウボーイ。主流血統から外れ地方へと流れ着いた天馬の娘が産んだ執念の産駒。それがこのコスモバルクだった。

 

旭川5R JRA認定フレッシュチャレンジ ダート1000m。

1番人気に推されていたコスモバルクの背に跨るのはホッカイドウ競馬の西藤正弘。

 

ゲートが開き、飛び出した若駒たちが激しくダートの砂を蹴り上げる。しかし、大方の予想に反して1番人気のコスモバルクは一歩遅れる形となった。

 

ダート1000mという短距離戦。出遅れは致命的だ。

しかも本質的に中長距離向けの馬にとってはあまりにも忙しすぎる舞台。おまけにダートの砂を嫌うように首を激しく振っている。

 

西藤が懸命に促すが、周囲の馬たちのダッシュについていけない。中団馬群に包まれ、前からは容赦なく砂が飛んでくる。コスモバルクにとって最悪の展開だった。

 

道中砂を被るたびに不快そうに身をよじり、否が応でも走りのリズムを砂によって崩されていく。

 

3コーナーを回る頃、馬券購入者は落胆していた。

そんな時、西藤は外に出せる小さな隙間があるのを見つけた。砂を被るのを嫌うならば、外へ出すしかない。

 

西藤が強引にその小さな隙間に馬体を捻じ込み、無理矢理外へ進路を取った瞬間、鹿毛の馬体が唸りを上げた。

 

最後の直線。そこからの脚はまさに執念の塊だった。

 

ダートの砂粒を爆音を立てるかのように激しく後ろへ弾き飛ばし、一歩、また一歩と前を行くサンダーテーオーに迫る。

 

フォームはバラバラ。ダートが明らかに合っていない。

ペースもまったくの適正外。

滑る足元に苦しみながらも、闘争心だけで体を引きずり出すように走っていた。

 

猛然と追い上げるコスモバルク。一完歩ごとに差は縮まる。

だがあまりにも決定的な前半のロス、そして1000mという距離はコスモバルクにとっては短すぎた。

 

結果は2着。

サンダーテーオーに4馬身引き離された、2着だった。

 

 

生涯1度しか走ることができないデビュー戦を落としたのだ。馬主は落胆して然るべきはず。

 

しかし岡島の顔に落胆の表情はなかった。

 

「あの直線の脚… ダートの砂に足をとられ、あれだけ不器用な走りをしながらも上りは良い。やはりバルクは芝の馬か」

 

確信した様な表情でコスモバルクを語る岡島は次の、その次のステップをも見据えているように見えた。

 

異なるスタートラインから足を踏み出した04世代のサクラアルドールとコスモバルク。物語は始まったばかり。緑のターフで2頭の運命が激突するその日は、もうすぐそこまで迫ってきている。

 

 





また明日お会いするかもしれませんね。
ではまた。
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