サクラの結晶   作:びりーばー

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お久しぶりです。
人視点onlyで、どうぞ。


入厩

 

2000年代前半、2歳新馬戦のスタートは現在の東京優駿翌週の6月上旬からではなく函館開催の7月中旬〜下旬だった。それに準じてクラシックを目指す期待馬や王道路線の馬ほど「じっくり成長を促して秋頃にデビュー」という傾向が強かった。

 

今のように競走馬の育成技術や外厩(サウザンファームしがらき・天栄などの育成牧場)の体制はあまり整っておらず、馬体をトレセン内で時間を掛けて仕上げるのが一般的だった。

 

それに倣ってイチは大島厩舎に入厩することになった。

馬主は勿論さくらトレードコマンス(全内尚)である。

 

かくして北海道にある古和牧場から馬運車で運ばれ、大島厩舎がある美浦トレーニングセンターに到着した。厩舎所属の調教助手である良太に引かれ馬運車からスロープを通じて地面に降り立つイチ。

 

 

「相変わらず惚れ惚れする馬体だ… 成長分もあるだろうし馬体重も前見た時よりも増えていそうだな」

 

大島はイチの馬体に驚きを隠すことができなかった。古和牧場で基礎の育成プログラムが終了したあとに会いに行ったことがあったがそれ以上に良い馬体になっていた。会いに行った後も毎日のように走っていたんだなと感じる程でまさに惚れ惚れする馬体だ。

 

「まずは入厩初日だ、新しい環境に慣れさせるためにもまずは馬房に入れようと思う。流石のイチでも新しい環境の変化には対応できないかもしれないから、あまり3歳馬や古馬たちがいる馬房の前をできるだけ歩かせないでやってくれ」

 

「了解。それにしてもコイツ落ち着いてるなあ、なんというか知性を感じるというか」

 

「やっぱりイチは只者ではないな。同じ時期に入厩してきた馬とは本当に根本からして違うのかもしれん」

 

イチの妙に落ち着いた態度を見て知性を感じると発言した良太に同調する太。中に人が入っているから確かに根本から違うのは大正解だ。

 

馬運車で運ばれてきた場所からイチの馬房まで良太が引いていくのだが、その馬房までに通り道に必ず3歳馬と古馬の前を通らなければいけない所がある。

 

それはこれまでGI2勝を含む重賞4勝を挙げ、中央競馬における芝・ダートのGIを制した東川の所有馬であるイーグルカフェとG I朝日杯FS・皐月賞共に2着だった良血馬サクラプレジデントだ。

 

イーグルカフェの馬房とイチの馬房は条件馬とサクラプレジデントを挟んでいてる。つまりサクラプレジデントとイチの馬房は横隣ということだ。

 

 

 

 

「こればっかりは避けられないよなあ、イチをビビらせないでくれよプレジデント…」

 

良太がビビっている理由はイーグルカフェとサクラプレジデントはなんと気性がどちらも荒いのだ。より酷いのはサクラプレジデントでレース中前進気勢が強く脚を溜めるのが結構難しいらしい。

 

今日はイーグルカフェが先週G I安田記念に出走し、放牧中のため不在だ。10番人気の低人気ながら4着に入線し、再度の復活が期待されている。

 

「そおっと… そおっとだぞ…」

 

良太が両頭を刺激しまいと足音を立てずに歩いているのに対してイチはそんなこと気にせずサクラプレジデントの馬房を堂々と素通りしようとする。

 

ヒヒィーン!!ブルルッ

 

 

「ああっ!最悪だ!」

 

当たり前だがサクラプレジデントにバレた。

まるで新人イビリのように嘶き、イチをビビらせようとするもイチはまったく動ずる様子はない。  

 

数秒間両頭が無言で見つめ合った後、サクラプレジデントが馬房の奥に引っ込んだ。良太は2頭に何があったのかは理解できなかったが確信したことがあった。

 

「こいつは大物だ…」

 

 

———————————————————————————

 

入厩から3日目が経ったある日、馬主の全内が大島厩舎の事務室を訪れにやって来た。目的はイチである。

 

「遅くなって申し訳ない、馬名が承認されましたよ」

 

馬名を決める時、JRAへ馬名の審査・登録審査を行う。

申請から承認・正式登録までには1ヶ月前後掛かるという。

 

去年から日本軽種馬登録協会への中央・地方一括申請システムが整い、2歳1月末〜2月中に審査を通過させて春までに確定させる流れができたのだが、全内は馬名を悩みに悩みまくりその流れに乗り遅れてしまったのだ。

 

「ほう、して馬名は?」

 

期待しているイチの馬名が気になるようで、大島は少し前のめりになって全内の言葉を待つ。

 

「馬名は サクラアルドール です。冠名のサクラとフランス語で情熱・灼熱・燃え上がる火を表すアルドールを組合わせました」

 

「いいですね、フランス語特有の上品な響きを持っていると言いますか。しかし意味は《情熱・灼熱》ですか」

 

「そうでしょう、母親のキャンドルを和訳した《小さな灯火》が牡馬として大きくなり《激しく燃え上がる火》となる。そして父親のロータリーの意味であるロータリーエンジンの駆動によって生み出される《灼熱・熱量》ともリンクしているんですよ」

 

自分が時間を掛けて考えたサクラアルドールを大島に誇らしげに語る全内。意味も完璧に考えており自信を持ってもいいだろう。

 

サクラアルドールと名付けられたその馬は名前が決まったということも露知らず馬房でもさもさと飼い葉を食っている。

 

 

 





サクラアルドール (Sakura Ardeur)
牡 鹿毛

父 サクラロータリー
母 サクラキャンドル
母父: サクラユタカオー
馬主 さくらトレードコマンス

調教師 大島太
生産者(産地) 古和牧場 (静内町)
中央獲得賞金 0万円
地方獲得賞金 0万円
主な勝ち鞍 -
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