カス性格バトル 作:匿名の筆者
家名の誇りという強固な枷に縛られたアンバー伯爵の心中には、夜の静寂さえも打ち消すほどの、鉛のように重い焦燥感が渦巻いていた。
就寝前に本来こんなことは考えたくもない。
しかし自らの血を引く最愛の息子であり、次代のアンバー家を背負うべき唯一無二の後継者であるエルネストが、平民と戯れているという動かしがたい事実。
好敵手を得たなどという、青臭く耳触りのいい言葉でどれだけ飾り立てようとも、伯爵の胸中で燻る嫌悪と拭い去れない危機感の色が薄れることはなかった。
弓の名手を発見し、領民たちの求心力を高めるという政治的な名目で弓術の大会を催すこと自体は、当主として十分に理解できる賢明なパフォーマンスだった。
しかし、問題はその内実。
息子の放つ矢の羽には、あろうことか平民と同じ素材のものが使われていたのだ。貴族としての高貴な身分を象徴する華美な装飾、それがなくとも特別な素材の羽を……とやるのが普通だ。
特製の羽を捨て去り、完全に平民と同じ矢を射った。息子の変質した感性を目の当たりにするたび、伯爵の眉間には深く、決して消えることのない険しい皺が刻まれることになった。
遠回しに、あるいは時には父親としての権威を込めて冷ややかに咎めてみても、返ってくるのは「我、好敵手を得たり」という鸚鵡のような返答ばかりだった。
頑迷固陋、まるで自意識の分厚い殻に閉じこもったかのように、エルネストは外界からのまともな警告を一切受け付けようとしない。その頑なな態度にいら立った伯爵が、その好敵手の正体を徹底的に調べ上げさせたのは、領主としての当然の防衛策であり、ある意味で必然の行動だった。
だが、調べれば調べるほど、伯爵の胸中は得体の知れない不安と根深い猜疑心に毒されていく。
男の名はギガガガガ。ボルト村という内陸の、かつて開拓民たちが過酷な環境を切り開いて作り上げた土地の出身だった。
歴史を振り返れば、かつて山岳地帯に関所が設けられ、険しい山肌に新たな都市が築かれた。その開発と拡張の過程で、ボルト村を筆頭にあらゆる他領地から農民たちが大量に流入し、定住していったという経緯がある。
何世代も前の遠い昔話とはいえ、血のルーツや土地にまつわる因縁は根深く、ルーツが今なお燻る摩擦の種になるやもしれぬ。
そんなよそ者の血を引く平民の若者が、アンバー家の高貴な血を引くエルネストと対等のスコアに立ち、並び称されている。その光景そのものが、伯爵にとっては耐えがたい秩序の歪みであり、不吉な前兆であった。
しかし、当のエルネストはその背後にある政治的危険性や、身分社会のあまりに繊細なバランスを微塵も理解していなかった。
大会での結果は、伯爵にとって、そして家臣たちにとって残酷なまでに僅差であり、この恐ろしさは明白だった。ギガガガガは平民出身であるにも関わらず、エルネストと完全に互角の成績を残した。
的へと用意された矢すべてを命中させる皆中。これは、決して簡単なものではない。ギガガガガは皆中を、まるで呼吸をするかのように平然とやってのけたのだ。
エルネストが皆中をするのはもはや当たり前だ。継矢を二度披露したものの、ギガガガガでさえも継矢を一回し、かなり拮抗したスコアに。
本来、十本の矢が的に命中したところで、継矢になる確率などそう高くはない。
継矢を行った場合、矢が五本命中したのと同じスコアを与えるというルールにしていた。
エルネストのスコアは圧倒的。1+1+1+1+1+1+1+1+5+5、つまり18点のスコア。
それに対してギガガガガはどうか。1+1+1+1+5+1+1+1+1+1、14点のスコア。
もはや継矢で射らなければ、皆中したところでエルネストは追い抜かされるところだ。
これではエルネストの凄さが霞んでしまう。だから気に食わないし大会のルールを変えようにもこれは二、三百年ほど続いた伝統的なルール。変えようものなら大批判間違いなしだ。
その圧倒的な技量の拮抗を周囲の観衆は賞賛し、弓の名手として平民たちは熱狂をもって呼び称えた。
だが伯爵の目には、それがどれほど危険な火種であるか手に取るように分かっていた。
貴族の前でいつもの成績を残せるのならば、まあ豪胆と評せば聞こえはいいが、要するにそれは身の程をわきまえない、弁え知らずに他ならぬ。
「地上の弓術は平民の技。貴族は馬上で高みから矢を射る者だ」
「披露するのならば、おまえは全ての頂点に立ちなさい。並び立つ存在を突き放し、圧倒的な頂点として輝くのだ」
かつて伯爵の言葉に、エルネストは臆することなく、むしろ怜悧な光を宿した瞳でこう言い返した。
「 父上、しかし兵たちは……その平民の技を用います。この領地を守る極めて多数の兵は、そもそも馬に乗りません。馬の無い者の技という言葉は、命を賭して戦う兵たちを貶すことと同義ではありませんか」
その揚げ足取りに、当時の伯爵は一瞬、言葉に詰まるほどの衝撃を受けた。息子の論理は一見すると正論のようでありながら、貴族と平民の間に引かれた絶対的な境界線を意図的に曖昧にし、統治の基盤を足元からすくい取るような、極めて危険な詭弁だった。
「なっ、それは詭弁だ!いいか、まずは貴族というものについて〜」
そこからは説教になってしまった。
本当は地上から射る技術の重要性などハッキリ理解している。しかし平民の技とあえて突き放したのも、息子の教育のため。
伯爵が自分の息子と交わした最近の会話は、いつもこのような平行線のまま、冷え切った殺伐とした空気を残して終わる。家を継ぐべき者が身分の意味を見失い、友情に心酔している。このままでは、アンバー家が何世代もかけて築き上げてきた威厳と統治の基盤が、内側から音を立てて崩れ去ってしまう。
息子が気に入ってるし、弓も実際にうまい。なら武官として取り立てて抱え込み、登用させるほかないか。
ぼんやりと、一人の武官を登用するのに必要な書類の数について考え事をする伯爵は、今日もあの平民に息子が追い抜かれる悪夢を見そうだった。最高の指導者、最高の環境、最高の時間を用いたというのに、なぜエルネストがここまで追いつかれるのか。
ゴドー・ギガガガガ
ボルト村は、ゴドー家によって作られた。
ギガガガガという名前は先祖から受け継いでおり、一族の中でも最も秀でた者に与えられる。
友愛的意味で関心を向けているのはエルネスト。
恋愛的意味で関心を向けているのはイヴォンドー。
趣味は弓矢の羽を作ること。最近は父の畑に竹が生えてしまい、地下茎を引っこ抜くことを農民たちに命令した。
地下茎は硬かったが掘って取り出した時、地面には大穴が空いていた。雨が降ったら水が溜まってしまうような、この畑の一角をどうしようかと悩む。