カス性格バトル 作:匿名の筆者
川で足を洗いながら、私は小さくため息をついた。
「くそ。私らしくない失敗をした。」
「返り血くらいならまだいいが……」
「問題は、沼の毒犬の血をまともに浴びたことだ。病毒そのものじゃないとはいえ、あいつは何もかもが不潔すぎる。」
ああ、本当にさっさと洗い流してしまいたい。
本当なら近づく前に石を投げるなり、長い棒で頭蓋骨を叩き割るなりすれば済んだ話だった。
それなのに、柴刈りの最中だからと油断した。結果的に奇襲を許し、蹴り飛ばして距離を取ってから何度も棒で殴りつける羽目になった。
生き物だから背骨でも頭でも壊せば死ぬけどあいつらは驚くほどしぶとい。脇腹を蹴り飛ばしても、頭を何度殴っても、簡単には動きを止めない。人間の血の味を覚えた獣っていうのは、本当に執念深いものだ。
……まあ、終わったことはいい。
死体はそのうち野鳥がつつき、虫が群がり、最後は骨だけになる。どんなに凶暴な野獣も最期は、そんなものだ。
問題は、生きている間にどれだけ迷惑を撒き散らしたか、だ。
最終的に背骨をへし折ってやったとして、それまでに私に攻撃を加えてきた。
沼の毒犬なんて名前からして最悪だけど、実際はかなりタチが悪い性質を持つ。
由来としては歩いた所が毒沼になるからと、知り合いの狩人が話してくれたが……正直、まだ名前のインパクトが弱い。
【エクストリーム・トキシンポイズンベノム・デスドッグ】とか、そんな物騒な名前にした方がいいんじゃないか?
だってどう考えてもこんなの、まだ毒の強調が足りないだろ、毒だぞ毒、まだ重大性が表現できてないんじゃないか?
はるか昔、犬神に愛されて野犬を使役する加護を授かった人間がいたらしい。その潰えた野望の成れの果てなのか、その統率が消えて散り散りになった結果なのかは知らないけど、とにかく今いる沼の毒犬は、文字どおりクソみたいな生き物だ。
小型犬だろうが大型犬だろうが関係なく、どんだけ愛くるしい犬であっても噛まれたら沼の毒犬と全く同じ能力を獲得し、さらには凶暴になって、言葉だって通じないし、主人であっても攻撃するようになる。
同じように土地を腐らせ、同じように病毒を撒き散らし、同じように獣へ噛みついて仲間を増やす。
仲間を増やす能力も全く同じ。まるでタイプライターのカーボン紙のようにコピーし、何から何まで全く同じ写し身となる。これだから脅威なのだ。
放っておけば、一匹が二匹になり、二匹が四匹になる。同士討ちをするような凶暴性ゆえ、群れないことが救いだが。
しかし一匹だけとはいえ行動範囲が広すぎる。川沿いには複数現れることもあるし、やっぱりクソすぎる。山でも平原でも平気で歩き回るから、どこで遭遇してもおかしくない。
これを放置したら、本当に村が一つ駄目になる。
夜になると、あいつが歩いた土は腐敗を始めて農業の重要な水源たる川を汚染するし、毒沼になった場所からはえげつない毒草が生えてくる。
地面を突き破るように次々と芽吹いて、あっという間に辺り一面を覆ってしまう。
その毒草を食べた動物は、ほぼ即死。
鹿も猪も、野兎も関係ない。
家畜なら、それだけで財産が吹き飛ぶ。
人間や牛なら多少は耐えられるらしいけど、それでも煮詰めた毒草をコップ一杯ほど飲めば、口が痺れ、手足が動かなくなり、そのまま死ぬ。
……牛なら、もう少し耐えるんだったかな。
まあ、細かいことはどうでもいい。
そんな植物が勝手に生えてくる時点で、十分すぎるほど災害なんだから。
野生動物に共通していることだけど、人間だって噛まれれば助からない。病毒に侵されて、そのまま死ぬし、冒険者や農奴が毒で命を落とす原因なんて、だいたいこいつだ。
だから私は、心の底から嫌いだ。
犬神の信徒が邪教徒扱いされるようになった理由の一つが、この化け物だという話も聞いたことがある。
ヤバいやつのせいで全体が邪神の信徒扱いってのは少し気の毒だとは、確かに思う。
思うけど、それとこれとは別問題だ。
こんな生き物を生み出した側が恨まれるのは、ある意味当然でもある。
もっとも、畑や村の近くに現れなければ、私だってわざわざ追い掛けたりはしない。
山奥で勝手に生きているなら、それでいい……土壌汚染さえしなければ。
柴刈りに来た場所のすぐ近くまで来たのだから始末したが、やはりこういうことだったら話は別だ。
誰だって、自分の家の近くに毒沼が広がるのを黙って見てはいられない。
領主でも騎士でも冒険者でも、早めに調べてくれるなら、それに越したことはない。
だけど、待っている間にも毒沼は広がるし……畑が腐り、草地が死に、家畜が倒れる。
そんなものを放っておけるほど、私は物好きじゃないし、堪忍強くもない。
ただ、それだけの話だ。
いちおう、こいつの能力によって作られたものだから倒せば毒沼は作られていた分は消えるし、歩いた場所も毒沼にはならないはず。だけど、毒沼ができたら……複数体居るということになる。
私は川に浸けた足を上げてみても、やっぱりまだ何か汚れがある気がした。これだから踏み潰すのは嫌なのだ。
虫を潰すのとはわけが違う。背骨が折れる感触がしっかりあるし、とにかく水気を払ってみても、まだ纏わりつくような臭いを感じる……はあ、辺りに充満してる血のせいか?鼻がもげそうな感じがする!空はもう赤く染まり始めているというのに……。
暗くなる一方だ、夕方なんていい事はひとつも無い。早く帰ろう。
「毒沼になってる場所に竹を生やせばいいんじゃないか、とか考えたけれど。冷静に考えてみたら、毒沼って人間が足を踏み入れたらさすがに死ぬよな?」
「毒沼に足をうっかり滑らせて死ぬヤツが、骨まで犬に食われちまって、全く観測されないからじゃないか?」
私はハッとした。これは、そもそも統計にならないヤツが相当数いて、森の失踪も動物のみなどでは決してないのでは?という疑念を抱くのに十分だ。
「しかも毒沼って緑色で、泡立ってたり、異臭がするらしいし〜不気味ってもんだよなあ」
「犬神の信徒が迫害される原因ってやっぱり偏見とかもあるだろうけど実害毒沼のせいじゃないか……?」
この結論に辿り着いたあと、私は家に帰ってシミターを握りしめた。犬は報復に来ると聞くし、夜になってしまったけど農奴たちの家にも訪ねて起こした。
一晩だ、一晩の間は絶対に起きる。朝になったら絶対に寝てやるぞ!いつでもかかってこいや!
この曲刀の錆にしてやる……いや錆びたらダメだけど、絶対に家畜一匹たりとて奴らに狩らせん!
毒草(単一の種類)
特徴:斑点状の模様が葉っぱ全体に刻まれており、触った際にかゆみがある。毒沼が消えても、毒沼から生えた植物は消えないため、残る。
ホウセンカのように弾ける実を持っており、水中であっても種から発芽することができる。徐々に生息域を広げるが、往々にして駆除される。
しかし、この植物を駆除しない限り、毒沼は容易に復活するため、犬の性質と組み合わせるとあまりにも放置することは危険である。
効果の逸話:あまりに強い毒なので鳥の駆除に使える。なお、土壌に散布した場合、塩とほぼ同じ効果を有するため、穀倉地帯に大打撃を与えることが判明済み。
この知識は焚書となり、追記された図鑑は全て封鎖されている。
現在では汚染力が口伝のみで伝えられていて、正式な書類には有毒性を示す部位はあっても、その環境に対する脅威は少なく見積もられる。
知の制御は良好だ……少なくとも、大衆への露見は遅れ続ける。