駅から学園までの道、そして学園内が喧騒に包まれる朝、私は道を逸れて校舎では無い場へと向かう。
扉につけられた金色の取手を握り開けると、その中にはステンドグラスにより色付けされたカラフルな陽光が差し込んでいた。
響き続ける聖歌、綺麗に並べられた長椅子に、天井から吊るされた巨大な鐘。
ここは大聖堂、私が身を置くトリニティ総合学園に聳え立つ祈りの場である。
「す、すみません!遅れましたっ!」
小走りで中央の通路を進み、謝辞を叫びながら皆さんが立っている場所へと向かう。
今は朝の合唱の時間だ。1日の初めに神へと祈りを捧げる事でその日の安寧を願う、シスターフッドの日課である。
しかし私は、額に汗を滲ませながら喉を振るわせ、神への賛美を垂れ流すその様を
───馬鹿馬鹿しいと、そう思っていた。
***
初めて目を覚ました時は驚いた。
何せ髪色が違う。毎日お付きの人に整えられていた黒髪は、気品のある長い金髪に。
失われた両目も、綺麗な水色となって取り戻されていた。
そして何故か置いてあるシスターのコスプレ衣装。それがコスプレでは無いと気付いたのは少し後だった。
どうやら私の名前は世理代ミミカと言うらしい。
どうやら私はトリニティ総合学園と言うところに通っている1年生らしい。
どうやらこの都市では銃の携帯が認められているらしい。
どうやら私はシスターフッドと言う宗教団体に属しているらしい。
そんな『どうやら』の連続、私なはずなのに私では無い、まるでプログラムされた初期設定の様な記憶が私は怖かった。
そして理解した。どうやら私は『転生』したのだ、と。
前世の私が叩き込まれた文鎮の様に分厚い教典に、そんな記述があった気がする。
前世の私は宗教2世と言うやつで、生まれた時から神が身近にあった。
だからこそ私は神が嫌いだ。
神などは祈ったところで何もしてくれないのだと、何もすることができない虚像なのだと知っているから。
そしてそんな虚像に祈っている人達を見ると、とても胸が苦しくなる。
果たしてその祈りの先に何があるのだろうか?祈りの先にあるのは祈り、そしてまた祈り、祈り続ける。
願いが叶う事は生涯なく、存在しない希望を心の支えにしながら生き続けるその生に、何の意味があるのだろうか。
そして私は首を括った。
輪廻の輪から外れます様に、と人生で初めて心の底から神に祈りながら。
その結果がこれだ。やはり神は存在しない、祈りも届かない。
それともなんだ、神が「次の人生は幸せに生きてね♡」などと言ってきたとでも言うのか。
しかし結局、今世も幸せなどではなく……
「1、2、3、4……あら?一枚足りていないようですが?」
ブロンド髪の少女が、1万円札をぱらぱらと数える。
相手は私と同じ、トリニティ総合学園に在籍するお嬢様。
その内学内でのカーストが高い数人に、私は財布の中身を奪い尽くされていた。
「私達は確かに5枚と、そう伝えましたよね?」
「……すみません…お金が、なくって」
「ああもしかして……数え間違えですか?ええそうでしょう、まさかこの学園にこの程度の金額も持って来れない貧民が紛れ込んでいるだなんて……到底信じ難いですからね」
彼女達は裕福な家庭に育ち、ブランド品を身に付け、お金には一切困らない暮らしをしているはずだ。
わざわざ私なんかから奪う必要もないだろう。
つまり彼女達は、一種の娯楽としてこんな事をしている訳だ。
「ですが……4と5の違いも分からないような低脳も、この学園にはふさわしくありませんね。さあ皆さん、ミミカさんの頭を治して差し上げましょう」
主犯格の合図と共に、その取り巻き達が一斉に私の頭へと足を振りかぶる。
頭が揺れ、視界が血で滲み、肌が擦れて傷が出来た。
しかし私はどうも、彼女達に怒りの感情は抱けないらしい。
思い出したくもないが、私は前世で『とてもひどいこと』をした。
きっとこれはその罰だ。ひどいことをしておいて、首を括って逃げようとした私への罰。
そう思わないとやっていられない。
このいじめがではない、前世の行いを今精算していると考えないと、不幸にした大勢の顔が脳裏に浮かんで離れてくれないのである。
「……では、明日は今日の倍持ってくるよう。数え間違えは許されませんわよ」
授業開始10分前の鐘が鳴ると、彼女達は倒れ伏した私の顔に唾を吐き去っていった。
こんなに汚れたシスター服で授業に向かうのはあまり良くない。私の事ならどうでもいいが、シスターフッドのイメージを私のせいで悪くするわけにはいかないのだ。
こう言う時は制服に着替えるのが良いのだろうがどうせ隠されているかびしょ濡れだ。
こんな時にジャージでも持っていれば良いのだろうが金銭的な問題で買えていない。
当然服を貸してくれる誰かも居ない。居たとしても断っている。
そうして私が導き出した結論は、授業を休み人気のない場所で予習を行う事。
見える限りの土埃を払い、私は大聖堂へと向かうのだった。
***
小さな木箱に入り、ポストの投入口程しかない隙間を通して向かいの子羊の告解を聞く。
懺悔室はさながら裁判だ。
閉じ込められた状態で自らの罪を吐き出す、その相手は裁判官ではなく神なのが余計たちが悪い。
「……懺悔します。私は学内で……その……えっちな……漫画を読んでしまいました……」
ただその内容は胃に優しい物が多い。
所詮は一学生の悩み、それもトリニティとなると生きるのに困っているような生徒は殆どいない。
そうなると必然的に告解の大半は日常の些細なミスなどになる。
「分かりました。きっと貴方の罪も主は快く赦してくださいます。さあ、共に祈りを捧げましょう」
数秒間沈黙が流れる。
当然私は祈りなど捧げず、手を膝の上に置いたままぼーっと座っているだけだった。
「献身的な貴方の姿をきっと、主は見てくださっていますよ」
「……それって……えっちな…漫画を読んでる姿も、って事…?」
仕切り越しに少女が声を振るわした。
顔も仕草も見えないが相当恥ずかしがっているだろう事が簡単に伝わってくる。
「そうですね……貴方がしっかりと善い行いをすれば、主も見なかった事にしてくれるでしょう」
我ながら意味のわからない返しだと思う。
と言うか神もえっちな漫画読みたい時くらいあると思うよ。
***
「今日もお疲れ様です、ミミカさん」
懺悔室での職務を終えた私に、一人の少女が話しかけてきた。
「シスターヒナタ、そちらこそお疲れ様です」
長い黒髪に柘榴石の様に綺麗な赤色の目、まるで前世の私を思わせる彼女の名は若葉ヒナタ。
シスターフッドに籍を置く3年生で、私の先輩にあたる人だ。
「本日の告解も中々に癖のあるものばかりで……果たして力になれているのかどうか……」
私はいつの間にか、人を助けるのが怖くなっていた。善意が迷惑に転じてしまうあの感覚を味わった日から。
「力になれているのか」とは言ったが、本心は人の力になんてなりたく無い、根っこから薄情な人間だ、私は。
「ミミカさんの頑張りはきっと主も見てらっしゃいますよっ!だから……こんな通告はおかしいと……」
普段の雰囲気からは一転、シスターヒナタの表情が曇って行く。
「通告……もしかして私宛てにですか?」
彼女が発した言葉からは、どうもそれ以外の可能性は考えられなかった。
そしてその通告、ほぼ確実に私に取って悪いものなのだろう。
はて、記憶をいくら掘り返してもそんな通告をもらう様な行為はした覚えがない。
「……はい、こちらなのですが」
ヒナタさんの振える手から渡された封筒を受け取り、中の書類を覗く。
そこには『補修授業部入部のお知らせ』と大きな文字で書かれていた。
(なになに……「成績不振の為、新設される補修授業部にて補修を実施。その後3度の実力試験を行い、合格点に達しなかった場合……」)
「退学処分とする!?」
「そうなんですぅ……!!」
非常にまずい事になった。
緊張で体が固まりうなじや額から冷や汗が溢れ出る。
(けど私……成績悪いし妥当かぁ……)
そう、私はなかなかに頭が悪い。
前世は小学校すら通っておらず、学力と言えるものは最低限の教養として叩き込まれた四則演算くらいのものである。そんな知識で高校の授業なんてまともに理解できるわけがないのだ。勿論テストなんて論外である。
あの問題……分度器で測ったら40度だったじゃないか……答えと実測値が違うのはおかしいだろ……
しかしこうなってしまった以上はどうしようもない。
何せこれはトリニティ、ひいてはティーパーティー直々の命令である。断るなんて選択肢は鼻から用意されていないのだ。
「やっぱりこんなのおかしいですっ!!いざとなればシスターフッド総出で……!」
「いやいや!ダメですよ……私自身の成績が悪いのは事実ですから……」
荒ぶるヒナタさんをなんとか抑え、とにかく無駄な心配をかけない様にと言葉をかけ続ける。
「それにこれはきっと神からの試練ですから。苦難を乗り越え、過去の自分より成長する……これは主に仕える私の使命です」
『神からの試練』と言う言葉でようやく少し納得したのか、肩を落としながら頷くヒナタさん。
自分でも、よくこんな思ってもいないことが次々と出てくるなと思う。神からの試練だなんて、逆境を直視出来ない精神的弱者がかけるサングラスの様なもの、つまりは言い訳だ。
この世は不条理で満ちている。それはいくら御託を並べようが変え難い事実だ。だから宗教では、不条理を耐えた先にある希望を示したり、不条理そのものを試練と言う神秘的なものに変換したりするわけだ。
しかし多くの神話では、神もまた不完全な存在として描かれる。
例えばだ、神々同士で戦争など起こすはずがない。神が本当に完全なら、指先一つで争いの種など全て消し去り、理想の天界を作り出せるからだ。
こんな事を考えてしまう私は、確実に信徒に向いていないのだろう。
きっと私はもう一度死んでも神を信じることなどできない。
だが、今世の初期設定が信徒である以上、この道を外れる様な勇気も、私にはない。
ならば私はこの世界を、神サマ嫌いのシスターフッドとして生きていこう。
世理代ミミカ
・トリニティ総合学園1年生、シスターフッド所属
・戦闘能力は皆無に等しく、所持している武器は市販のアサルトライフル一丁のみ
・見た目は一般的なシスターフッドモブ、強いて違いを言うなら胸が貧相
・名前の由来は『依代』と英語の『mimic』
・前世は○○の○○、○○○だった
・実は○○の○○を○○しており、○○○○○も興味を示している。