仕事終わりにヤニ吸ってたらどこか残念な年上女性に執着されてた件 作:熊鏡
第1話
今日も今日とて、下げたくない頭を下げパソコン業務に勤しむ。癒しといえばこの時くらいで。
カチャッ、キィィィン…と、オイルライターの蓋を開ける音がする。シャリッ、とフリントを削る音と共に火花から帰化したオイルに着火する。
咥えたタバコに火を近づけて、ジジ。とその葉に火種を灯す。
「スゥ…スーーー…」
口腔に入った煙を肺まで入れて、深くその煙を味わう。
メンソールを纏った熱い煙が喉と肺に清涼感を与える。脳に回るニコチンが今日今までのストレスを文字通り煙に巻くように消してくれる。
カチャリ、とオイルライターの蓋を閉じる。
「はぁあああ゛…」
息苦しい世の中から解放されるように、深い深い呼吸をした気分になる。当たり前に現代は分煙が進んでおり、街中でタバコを吸うなんぞできるわけもない。
だからこそ、喫煙所でタバコを吸える今この瞬間が何より幸福だった。
「(労働なんてクソ喰らえ。なんて思っても、タバコ吸ってりゃなんとかなっちまうんだよなぁ)」
コンスタントにストレスを消せてしまう。吸っていればとりあえず幸せと思える。まだまだ頑張れそうな気がしてくる。
体に悪いのなんて当たり前で、自分の体をじわじわと毒が蝕んでいても、まぁいいかと流してしまう。
ああ、これこそが。
「(幸せだ)」
ふと、人の気配を感じて目を向ければ、新たな
黒のロングに青のインナーカラー。髪の隙間から覗く数多のピアス。よく同じ時間にタバコを吸っている女性だった。
軽く会釈をされて、とりあえず会釈で応える。ああ、相手も社畜なのかな。行儀がいいや。なんて思考を殺しながら2本目のタバコに差し掛かる。
この後の電車も長いし、一旦吸いダメしておかないと本当に死んでしまう。
カチッ、カチッ、カチカチッ
絶望の音がした。少し顔を上げてみれば。
「スゥーーーーー…」
息を吐き、静かに絶望した彼女が見えた。目は7割り増しで死に、虚な目のまま信じられないようにライターのボタンを押し込んでいる。
あまりにも哀れで見ていられなかったので、俺は静かに、勤めてキモく無いように切り出した。
「よかったら、火。いる?」
「えっ?い、いや、そんなわけにも。コンビニ近いですし」
「今戻るの地獄でしょ。いいよ。俺も昔おっさんに火もらったことあるし」
そう言って、サブのジェットライター渡す。
「そのままあげるよ」
「そんな、もらえないです!貴方のライターはどうするんですか」
「俺はこっちあるから大丈夫」
そう言って、懐からオイルライターを取り出す。
「良いんですか…?」
「勿論。これも前おっさんにしてもらったことだし」
「おじさんカッコ良すぎません?」
「内面イケメンだったよ」
「内面の指定に悪意を感じました。酷い」
「あはは。穿ちすぎー」
なんて、笑い合いながら静かに彼女はタバコを受け取った。
「じゃ、謹んでいただきます」
「どうぞどうぞ」
彼女はライターを受け取って、カチリ、と火をつけて静かにタバコに火を灯した。
そのまま、大きく息を吸って。肺に入れ込んで吐いた。
「…幸せ」
噛み締めるように、幸せに浸るように呟く。
「本当にありがとうございます。このご恩は一生…!!」
「重い重い重い」
「貴方も喫煙者ならわかるでしょう…?この数分がどれだけ重いか」
「まぁわかる」
「ヤニぎれカマしてイライラしながら一分一秒を限りなく長く感じてしかもナンパなんて遭遇したらバチギレなんてもんじゃないですよこの世の全てを滅ぼします」
「キャラ変わってない?大丈夫そ?」
気づけば俺は3本目に火を付けて、彼女も2本目に火を付けていた。
「こんな話しやすいならもっと前に話しておけばよかった」
「なんで?」
「女一人でこの時間にタバコ吸ってるとガラ悪いのに絡まれやすくて」
「あーね。女の子は大変だ」
「みんな大変ですよ」
「仕事に関係ない私生活の不快なことは飲み下しずらいでしょ」
「それは…そう」
「大変マウントは下らないかもだけど、自分は大変じゃないは毒でしかないもんね」
「良いこと言いますね貴方」
「でしょ?」
談笑を終わらせるのも勿体無くて、何となく帰る時間を遅らせてしまう。
「また喫煙所で会ったら話しましょうよ」
「いいね」
思ってもない提案に食い気味に答えてしまった。嫌な勘違いはされたくないな。
「がっつきすぎですよ。私狙われちゃってるのかな〜?」
「なわけ」
「はい。マイナスポイントです。女性に失礼」
「きびし」
ケラケラと二人で笑って。
「じゃあ、
「はい。
今日も煙は喫煙所の空へ消えていく。
喫煙所から出て、彼女と別れる。
数分歩いて。あ、と言葉が漏れた。
「名前も連絡先も知らないや」
…ま、どっかで会えるだろ。多分。
「話すかどうかも知らないけどね〜」
思わず胸元の煙草に手を伸ばしかけて、ここは禁煙期間でした。と諦めて頭をかいた。
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「やっとお話までできましたね」
もらってしまったジェットライターを手で撫ぜて。蕩けたような顔で笑った。
やっぱり覚えてなかったな。まぁ、覚えてるわけないね。あの時彼は酔っ払ってたし。
「もう少し…?ううん。まだまだだよね」
少しずつ。少しずつ。歩み寄っていこう。
「外堀ぜーんぶ埋めてやる」
覚悟してくださいね。本当に。