【悲報】男子校なのに悪友全員、美少女♂に見える件 作:深紫Sιn姉
「江ノ島の女神たちよ! どうか俺に最高の青春を!」
夕暮れの海に向かって、悲痛な叫びが響き渡る。
潮風のしょっぱい匂いのする浜辺にて、両手を祈るように組む。
遠くに見えるのは、まさに湘南の象徴である江ノ島。
西陽が島を照らし、さらに向こうには富士山が薄ら見える。
俺は組んでいた手を離し、ポケットから財布を取り出した。
ありったけの小銭を、財布を逆さまにして手のひらに乗せる。
そして、集めた硬貨全てをおもいっきり賽銭として投げた。
なだらかな放物線を描いて水面に落下していく、俺のお小遣いたち。
ぽちゃんぽちゃんと音がまばらに鳴り、それぞれが海に沈んでいった。
「どうか、どうかお願いします!」
ぎゅっと目を瞑り、姿勢を正しくお辞儀をする。
しばらくが経ち、祈り終えた俺はようやく目を開いた。
「……クソ」
ふと心の声が漏れて、ギリィッ……と歯を食いしばった。
それはまさに、圧倒的な敗北感によるものだった。
理由は簡単、うちの学校には青春というものがないからだ。
いや、青々という名のむさ苦しい青一色はあるかもしれない。
言い換えるならきっと、それは『アオアオ』。
でも、それは違うだろう?
小説でも漫画でもアニメでも、普通はヒロインってのがいるはずだ。
しかし、うちの学校はどうだ?
我らが『海風学院』は、百年以上も女子禁制を守る学び舎だ。
さらにいえば中高一貫なので、もはや春という望みはない。
なんと儚きことか、なんと悲劇的なことか。
それでも! それだからこそ、俺は祈る他なかった。
あの遠くに見える島におはすだろう、弁財天に賭けるしかなかった。
たとえ意味のない行動だと分かっていても、縋るしかなかった。
——俺の名前は鈴宮マコト、しがない男子高校生だ。
この男しかいない学校でもアオハルを……‼︎
■ ■ ■
翌日の朝。
忌々しい時計の音を、ベッドから精一杯手をのばして黙らせる。
「あーっ、眠いぃ……。あと五分、あと五分だけ……」
半目で時計を睨みつけると、時刻は無慈悲にもタイムリミットを示していた。
「行きたくない……めんどくさい」
泣き言をこぼしながらも、半ば無意識に制服へと着替える。
朝食よりも一秒でも長い睡眠を尊ぶ俺は、毎朝が遅刻とのギリギリの綱渡りだ。
「じゃ、行ってきまーす」
自宅からぐんぐんと何も考えずに早歩きし、気づけば駅に着く。
ピッと物理カードを機械にかざして、構内に入ればギリセーフ。
もうまもなく電車が到着することを、電光掲示板とアナウンスがお知らせしてくる。
遠くの方から列車が減速しながら、ゆっくりと近づいてきた。
いつもの号車の列に並び、列車が停止するのを見守り、ピロンピロンと扉が開いた。
「うっす」
俺はすでに車内の定位置を陣取っていた、いつもの面子に声をかける。
そのまま流れるように、彼らの横の空席にどっぷりと座った。
「今日提出の課題、やった?」
「ワシ? いやあ、まさかのう」
「ふん、我にとって課題など取るに足らない物……」
丸メガネの星乃が肩をすくめ、右目に眼帯を巻いた糸谷が不敵に笑う。
「予想通りで安心したよ……それで、東条は?」
「私は一応やりました。兄さんはどうです?」
こいつは誰に対しても謎の敬語で、俺たちのことを兄さん呼びをしてくる。
彼が四角メガネを押し上げながら尋ねてきたので、俺は。
「まあ、今日中に出すよ。多分」
なんて、お茶を濁しておいた。
そんな雑談をしているうちに、早いもんで電車はもう乗り換え駅へと到着した。
……全く。
今日も有象無象の人々でホームがごった返していて嫌になる。
もっと電車の本数を増やすなり、各学校がうまいこと時間を調整してくれないものか。
そんな投げやりで無責任なことを考えながら、隣の番線にぞろぞろと移っていく。
「おはよ、みんな」
すると爽やかな笑みを浮かべて、もう一人が合流した。
各々がまた挨拶をして、そして同じ質問をもう一度。
「おう、結城。そっちは課題やった?」
「まあ僕は、なんとかギリギリってところかな」
「ほーう。それはそれは、偉いことだなあ」
そんなこんなで。
時間ピッタリにやってきた列車の中へ、人の波に従ってぞろぞろと乗り込んでいく。
そしてガタンゴトンと走り出し、立ったまま身をゆらり揺られに任せる。
しばらくが経ち。
鎌倉を過ぎて車内が空いた頃、逗子に到着するというアナウンスが流れていた。
「もう到着かあ。今からでも引き返せないか?」
「ワシはもう諦めとる」
星乃がやれやれと言った様子で答えた。
そして結局、列車はホームに到着してしまい、俺たちは大人しく出口に向かった。
ピッ、と再び電子音を鳴らして改札が開くと、今度は駅の外に出た。
すでに通学路には、数多くの生徒たちが信号前にたくさん並んでいる。
むさ苦しい制服姿の男たちの群れ。
「実はこの駅から学校まで秘密のトンネルがあったりして、それ使えたらいいのになあ」
そんな俺のぼやきに、糸谷がうむと頷いた。
「我もそれには同意しよう。旧日本海軍の極秘通路があっても不思議ではない」
歩道の信号が青に切り替わり、集合した魚がうねるように人々が進んでいく。
俺たちは足早に通学路を進んでいった。
商店街をぐんぐんと進んでいき、川にかかった橋を渡っていく。
そして駅から出て、十分ほど経った頃だろうか。
海も間近な校舎に、俺らは何とか遅刻することなく到着したのであった。
「この学校の境界に入った瞬間からが学校なのか。家を出た時点で学校なのか。これは一体どっちだと思う?」
「それなら後者ですね。厳密には、私の場合ではバスに乗った瞬間ですが」
「僕も、最寄り駅まではバスだから、同じ意見かな」
俺のふとした疑問に、東条と結城は、同じような答えを返してきた。
「つまり、移動に金をかけた瞬間からが学校か……なるほど」
そう結論づけて、境界を超えて学校の中、本館に入っていく。
廊下を歩き、階段を登っていき、各自の教室へと向かっていく。
気づけばすでに、俺は自分の教室前にいた。
「じゃ、また昼休みにでも」
四人に別れを済まし、ロッカーから上履きを取り出して、手を軽く振った。
「うむ、またのう」
「ふっ、達者でな」
「ええ、また後で」
「うん、ばいばい」
いつもの風景、いつもの毎日。
変わることのない、全くもって退屈な日常。
青一色の世界は、淡々と始まっていく。
このままだらだらと、俺の学園生活は終えていくのだろう。
きっと、そうに違いない。
「はあ……何も変わんねえ……」
ただそれは、女神に祈った場合を除く――。
■ ■ ■
――異変は、昼休みに起きた。
待ちに待ったこの時間、クラスメイトの多くが机の上に弁当を取り出している。
その例に俺も漏れず、リュックからさっと弁当を取り出した。
そしてそのまま立ち上がると、弁当片手に、ここ本館から海側校舎へと向かう。
廊下を少し歩き、次に階段を下っていく。
目的地はずばり、食堂である。
何人かの生徒が階段を爆走している音は、この学校の風物詩。
急いで駆け降りるのは、皆も早くご飯を食べたいからだ。
そして到着。
そこは食堂前にある、パンの購買や自動販売機のある空間。
まだ昼休みが始まって十分も経ってないのに、ここまで食堂の列ができている。
腹を空かした男たちが、「今日はからあげ定食」「日替わりかな〜?」とかなんとか、各々が何を注文するか考えながら、列に並んでいる。
まっ、実のところこの学校で一番美味しい料理は、「お楽しみ重」という肉ものから魚ものまで入ったスーパー何でも弁当なのだが……それはともかく。
俺はその場にある自販機に小銭を入れて、ペットボトルの水を買うと、弁当と水をそれぞれ両手に持ち、並んでいる生徒たちを尻目に食堂へと入った。
食堂内に入り、手前から奥に目的の人物――星乃と糸谷を探すように見渡す。
あいつらは、いつものように食堂で飯を食っていることだろう。
男たちの群れをなぞっていた俺の視界……。
だが、ある一点で俺の脳内は強烈なエラーを吐いた。
一体どうしてか? 答えは一目瞭然である。
『ありえないもの』が、そこに混ざっていたからだ。
――肩にかかる艶やかな蜂蜜色の髪。
――透き通るような白い肌と、小柄で華奢な体躯。
――パチクリと瞬く琥珀の瞳。
控えめに言って、ありえんくらいの『美少女』がそこに居た。
「…………」
俺は複数の思考を同時に始めていた。
どういうことだ? なんで男子校の、しかも食堂に、女子がいる?
あの制服は……? いや、外部のものじゃない。
あれは、間違いなくうちの学校のブレザーだ。
周囲の男たちはどうだ?
おかしい……あの『異変』を全く気にも留めず、談笑を続けている。
何が起きて――。
すると、ふと彼女の琥珀色の瞳と目があった。
「っ!」
とっさに目を逸らしてしまった俺をどうか責めないで欲しい。
これは『異常事態』だし、何よりこの男子校という地で、女子への免疫をもっぱら奪われた俺にとっては、その瞳はあまりにも眩し過ぎたのだ。
だが俺は、意を決して先の少女の方に再び視線を向けてみた。
――少女は可憐に微笑みながら、こちらに手を振っていた。
ドキリと胸の鼓動が早まる気がした! が。
いや……ちょっと待てよ?
よく見ると、俺に向かって手を振っているのは、その少女だけではなかった。
少女のいるすぐ隣の席で、あまりにも見覚えのある、右目に眼帯を巻いた男が、――糸谷が! 不敵な笑みを浮かべて「こっちへ来い」とばかりに手招きしているではないか。
……なんであの糸谷が、あんな美少女と相席してるんだ⁉︎
脳内がパニックを起こしかけるが、俺は両手に弁当とペットボトルを持ったままだ。
ここ通路のど真ん中で立ち尽くしているわけにもいかない。
俺は恐る恐る、糸谷のいるテーブルへと歩み寄った。
そして、美少女の斜め向かい――糸谷の真正面の席に腰を下ろす。
「ふん、遅かったではないか」
弁当をテーブルに置くなり、糸谷が腕を組んでそう言った。
「あ、ああ……」
生返事をしつつ、俺の意識は、斜め前に座る美少女に釘付けになっていた。
至近距離で見ると、さらに破壊力が高い。
むさ苦しい空気の中、彼女の周辺だけマイナスイオンが漂っているかのようだ。
しかし、糸谷も周囲の連中も、なぜこの奇跡のような空間に一切のツッコミを入れないのだろうか? 平常心でいられる彼らの神経が理解できない。
俺はペットボトルのキャップを開けながら、そっと糸谷に小声で尋ねた。
「おい、糸谷……。お前の隣の、その子は……」
一体誰だ、と聞こうとした瞬間――。
可憐な少女が、テーブルに置かれたラーメンの鉢を両手でガシッと掴んだ。
――そして。
「ズズッ! ズズズズズズッ‼︎」
信じられないほど豪快な音を立てて、麺を啜り始めたのだ。
俺が唖然とする中、彼女はスープまで一気に飲み干すと、鉢をガコンと机に叩きつけ、あろうことか制服の袖で乱暴に口元を拭った。
「ぷはーっ! やっぱここのラーメンは胡椒をアホほどかけるに限るのう! おい、自分もさっさと弁当食わんかい。早くしないと食堂が満席になって迷惑になるじゃろうて」
「…………はい?」
今、この美少女……「のう」って言ったのか?
声のトーン、独特の訛り、老人のような一人称。
極めつけは、その胡椒まみれのラーメンの食べ方。
それは俺のよく知る人物と、特徴が完全に一致している。
俺が震える声でその名前を紡ごうとした時、少女は机の端に置いてあった『丸メガネ』を手に取り、慣れた手つきで装着した。
「ん? なんじゃ自分、ワシの顔に何かついとるか?」
丸メガネの奥でパチクリと瞬きし、きょとんとした顔で小首を傾げるその姿。
ただラーメンの湯気対策で、一時的に外していただけらしい。
だが、その声も口調も、そして『ワシ』という一人称に『自分』という二人称も。
「……ほ、星乃……?」
丸メガネの奥の琥珀の瞳が、ジト目に変わる。
「なんじゃ改まって。ああ、まさか自分、今日の課題を写させてくれって言うんじゃなかろうな? 朝の電車でワシもやってない言うたやろ」
間違いない。
俺の目に映っているこの奇跡のような少女は――あのちんちくりんの悪友、星乃だ。
「ふっ、盟友鈴宮よ。汝、さては寝ぼけているな? 我が魔眼にはお見通しであるぞ」
向かいに座る糸谷が、やれやれと呆れたように肩をすくめた。
「お前の魔眼は節穴か! 隣見ろ、お前のすぐ隣を!」
「隣? 星乃がどうかしたか?」
「どうかしたか、じゃない! どう見ても……っ!」
女の子だろ、という言葉を辛うじて飲み込んだ。
周囲を見渡しても、やはり誰もこの異常事態に気づいていない。
どうやら糸谷の目にすら、『いつもの』星乃が映っているようだ。
「いや、やっぱ何でもない……」
頭を抱える俺をよそに、「ほれ、自分も早く食わんかい」と、可憐な姿をした星乃が、それはそれは、のんきに笑っていた――。
■ ■ ■
昼休み中頃。
食堂のある海側校舎と、教室のある本館。
それらの中継地点にある木のベンチにて。
俺たち三人は並んで腰を下ろし、食後の短い休息をとっていた。
春の心地よい海風が吹き抜け、男子生徒たちが周囲でのんびりと談笑している。
いつも通りの、平和な昼休みの風景だ。
――ただ一点、俺の右隣に座る存在を除いては。
「ぷはぁ。やはり食後の甘いものは五臓六腑に染み渡るのう」
ずぞぞぞっ、と豪快な音を立てて紙パックのいちごオレを飲み干したのは、丸メガネをかけた蜂蜜色の少女――いや、星乃だ。
俺は考え込むように顔に手をやりながら、横目でそいつを観察していた。
風に揺れる艶やかな髪、華奢な肩。
そして、いちごオレのストローを咥える、ほんのり桜色をした唇。
どう見ても庇護欲をそそられる、小柄で可愛らしい少女の姿だ。
しかし、そいつはベンチの上で股をガパァッとだらしなく広げ、背もたれに深く寄りかかって「ふいー」と親父くさい溜息をついていた。
「……おい、星乃」
「なんじゃ?」
「頼むから、もうちょっと足を閉じて座ってくれ」
「あん?」
星乃は目を細めて、俺を見た。
「なんじゃ自分、急に。窮屈じゃろうが。だいたい男がチマチマ足を閉じて座れるか」
男じゃないんだよ! 今の俺の目には、完全に美少女なんだよ! いくらうちの制服のズボンを穿いてるからって、そんな可憐な顔で大股を開くな! 脳がバグるだろうが⁉︎
心の中で絶叫しながら、俺は必死に視線を逸らした。
こんなの、精神修行以外の何物でもない。
すると、俺の右隣で腕を組んでいた糸谷が、ふっと不敵な笑みを漏らした。
「ククク……鈴宮よ。今日の汝は、どうも魂の波長が乱れているようだ。我が魔眼には、汝の背後に黒きオーラが渦巻いているのが見えるぞ……」
「うるさい。俺の背後に渦巻いてるのは、お前らのせいでショートしかけてる脳の熱だ」
「ふっ、強がりおって。ならば我が封印されし右手で、汝の狂気を鎮めてやろうか?」
「結構だ。それより糸谷、お前……本当に、星乃が『いつも通り』に見えてるんだな?」
念のため、俺はもう一度だけ確認してみた。
糸谷は左目で星乃をチラリと見てから、やれやれと首を振る。
「何を馬鹿なことを。我の隣にいるのはいつもの、ちっちゃな星乃ではないか。それ以外に何に見えるというのだ」
「おい糸谷! 『ちっちゃな』って、自分もワシとあんま背変わらんやろがい!」
「いちごオレで身長を伸ばそうなど無駄な足掻きをしておいて、哀れよのう……」
「はあぁ? それなら、自分も哀れ側の身にいることを早く自覚するんじゃな!」
「…………」
そんな小競り合いを聞き流しつつ。
俺は再び、右隣に視線を戻した。
「なんじゃ? さっきからワシの顔をチラチラ見おって?」
小首を傾げる可憐な少女。
……もしかすると、だ。
まさか昨日の夕方、江ノ島に向かって「青春を!」と祈った結果がこれなのか?
たしかに、ヒロインみたいなヤツが俺の目の前に現れた。
めちゃくちゃ知り合いだけど。
でも、まさかガワだけが美少女化するなんていう、悪魔の契約みたいな捻くれた叶い方をするなんて誰が予想しただろうか。
「おい、鈴宮。そんな難しい顔をして、一体どうしたというのじゃ? まさかまだ課題のことを考えとるわけじゃなかろうな?」
星乃が、空になったいちごオレのパックを潰しながら俺の顔を覗き込んでくる。
上目遣いになったその顔の破壊力はあまりにも高く、そして逆に気味が悪く、俺は思わずベンチの上で後ずさった。
「……変なやつじゃのう」
変なのはお前だよ! との言葉が喉元まで近づき、しかしそれを気合いで飲み込む。
なぜならもしそれを言ったとして、その言葉はまるまる俺に返ってくるからだ。
俺の目にしか観測できていない、突如訪れた、友人の女体化された姿。
言うなればこれは、青春の幻覚。
――『アオハルシネーション』とでも呼ぶべき怪奇現象である。
本作は全7話完結済み、予約投稿にてお届けします。
毎日21:10に更新予定です。
(本日のみ12:10にも投稿)
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