男子校+美少女♂=俺はホモじゃない   作:深紫Sιn姉

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第三話:レンズも味方せず

 駅の改札に物理カードをピッと鳴らして入っていく。

 

 正面向かって上にある電光掲示板を眺める。

 そこには一番線に次の列車がやってくることを示していた。

 改札近くの号車列にはすでに多くの生徒たちが並んでいる。

 

「まあ……とりあえず」

 

 俺は、四人に向き直ってこう言った。

 

「一番端っこまでいくか!」

 

 この提案に対して、四人は慣れたように首を縦に振った。

 実のところ、これは俺たちにとっての生存戦略なのである。

 

「席を確保するためじゃ、仕方ないのう」

「ククク……唯一正面の車窓の景色からのみ得られる圧倒的優越感。血が沸くな」

 

 俺たち五人は、とぼとぼと十五両編成の先頭車両が止まる方向まで歩いていく。

 

 右手に『可憐な少女』、左手に『厨二な少女』。

 どちらも美少女といって構わないレベルの、整った容姿である。

 端から見れば両手に花といっても過言ではない、夢のようなシチュエーションなのだが……いかんせん、中身も声も筋力も野郎のままだ。

 それに、この現象は俺だけにしか見えていないらしい。

 

 長いホームを歩きながら、俺たちはふと立ち止まった。

 

「お、そうじゃ。今日は甘いものの気分なのじゃ」

 

 先頭車両へ向かう途中、ホームの中ほどに設置されているアイスの自販機の前で、星乃が足を止めたからだ。

 

「であるな。我も天命に従い氷菓子を食すとしよう」

 

 俺たち五人は、まるで引力に吸い寄せられるように自販機の前に群がる。

 百数十円の小銭を投入し、各々がチョコミントだの、グレープ味のシャーベットだの、思い思いの棒アイスやモナカを引っ張り出す。

 

「ふん……この冷気。我が封印された右目の熱を鎮めるにはちょうどいい」

 

 銀髪紅眼の厨二な少女(糸谷)が、長い髪をかき上げながらソーダ味のアイスキャンディーをかじっている。

 その仕草の美しさに反して、発している言葉はいつも通りの彼だ。

 

「自分、また同じの食って。何度も何度も、そろそろ飽きへんのか?」

 

 丸メガネの可憐な少女(星乃)が、糸谷を軽く見上げて呆れている。

 俺はアイスの袋を破りながら、その光景をまじまじと観察した。

 

 ……待てよ?

 

 ここで俺はとある名案を思いつく。

 俺の目――視覚には、確かに二人は少女に見えている。

 だが『写真』でならばどうだろうか?

 アレは真実を写すというから写真なのである。

 レンズという物理的なフィルターを通せば、こいつらのコンプレックスの具現化、それをすり抜けて、元の野郎どもの姿が映るのではないか?

 よし……そうとなれば、早速行動だ。

 

「おい星乃、糸谷。ちょっとお前らのこと撮るから自販機の前に並んでくれ」

 

 俺は制服のポケットからスマホを取り出し、カメラアプリを起動した。

 

「なんじゃ急に。まさか教師に通報するんじゃなかろうな?」

「違うよ、ただの記念撮影だよ」

「ふっ、よかろう。我が姿を記録装置に封じ込めてみせよ」

 

 訝しげな星乃と、ノリノリで眼帯の右目を隠すポーズを決める糸谷。

 

「はいチーズ、っと」

 

 カシャッ、と気の抜けた電子音が鳴る。

 俺は逸る気持ちを抑え、アイスをかじりながらスマホの画面――たった今撮影したばかりの画像を開いた。

 そこに映っていたのは――。

 

「…………マジかよ」

 

 アイス片手にジト目を向ける小柄な美少女と、謎のポーズを決める銀髪美少女。

 画面越しでも、二人は俺の肉眼で見たままの完璧な『少女姿』として記録されていた。

 俺の脳の錯覚ではなく、カメラのレンズすらも騙すほど、このバグは強固に世界を書き換えているらしい。

 

「どうしたんだい、鈴宮。そんな難しい顔をして」

 結城が横からひょっこりと顔を出し、俺のスマホの画面を覗き込んだ。

 

「……なぁ結城。お前の目には、この写真、どう見える?」

 

 俺は一縷の望みをかけて、結城に画面を突きつけた。

 

「どうって……ただアイス食ってる星乃と、変なポーズの糸谷でしょ? ピントも合ってるし、普通に撮れてると思うけど」

「普通……これが、普通、か……?」

 

 東条まで後ろから画面を見て、やれやれと四角メガネを押し上げた。

 

「ええ。むしろ、今の兄さんの様子の方がよっぽど普通じゃありませんけどね」

 

 どうやら、俺のスマホの画面に映る写真すらも、あいつらの目には「いつもの男二人」に、正しく認識されているらしい。

 俺一人の認識だけが、徹底的に世界から孤立している。

 

「…………」

 

 しばらくの間、先頭車両の位置まで、俺はただ静かに沈痛な面持ちで歩いていった。

 ようやく辿りついたそこでも、俺はまだガッカリしたような気持ちだった。

 まさか、こんなに寂しいと思うことは、滅多にないことだった。

 

「……はあ、やっと電車が来たわい」

 

 星乃の声に顔を上げる。

 時刻表通りにホームに滑り込んできた列車が、強い風を顔に浴びせてきた。

 そしてそのまま、ゆっくりと停車する。

 俺はスマホをポケットにしまい、絶望のままに残りのアイスをかじった。

 物理的な接触もダメ、写真による客観的な検証もダメ。

 

 江ノ島の女神は、一体俺にどうしろというのだ――。

 

 

■ ■ ■

 

 

 列車のドアがプシューと音を立てて開き、俺たちはなだれ込むように適度に冷房の効いた車内へと入った。

 帰宅ラッシュにはまだ少し早い時間帯。

 始発の上、先頭車両ということもあり、車内はガラガラだった。

 俺たちは慣れた足取りでロングシートの端っこを陣取る。

 そして、五人で横一列にドカッと腰を下ろした。

 

 俺の左隣には糸谷が座り、右隣には星乃が座った。

 そのさらに隣にはそれぞれ東条と結城が続く。

 

 電車が一度、連結のために大きく揺れて、その後にプシューッと音を立てる。

 ガタン、と列車が動き出し、身体が慣性に従って少し斜めった。

 その拍子に、左隣に座る糸谷の肩が、俺の肩にコツンと軽くぶつかった。

 

「おっと、すまぬな鈴宮」

 

 銀髪美少女の口から発せられるのは、聞き慣れた野郎の声。

 そして、ふわりと顔に掛かった銀髪から漂ってきたのは、甘いシャンプーの香りやフローラルな匂い……などでは断じてなく。

 体育の授業や日々の生活で蓄積された完全なる『男の汗の匂い』だった。

 

「…………っ」

 

 俺は思わず息を止め、顔を引きつらせた。

 美少女のガワをしているのに、匂いは完全に野郎そのもの。

 視覚と嗅覚が強烈に矛盾を引き起こし、俺の脳神経を容赦なく破壊しにきている。

 

「なんじゃ自分、急に顔をしかめて。アイスの食い過ぎで腹でも痛くなったか?」

 

 右隣の星乃が、蜂蜜色の髪を揺らしながら小首を傾げて覗き込んでくる。

 こちらの匂いも、もちろん男のダチ特有のそれだ。

 

「……いや、なんでもない。ちょっと脳が疲れてて」

「ふん。貴様も我のように、世界の真理に触れてしまい脳がオーバーロードしつつあるのだな。気をつけよ、深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを――」

「あーわかったわかった、ストップ」

 

 俺は糸谷の厨二病全開なセリフを遮り、その右目――漆黒の眼帯を見つめた。

 

 実のところ、こいつの右目は明暗の区別くらいしかつかないらしい。

 完全に失明しているわけではないが、視力としてはほぼ機能していない。

 糸谷の右目は、ただのファッション眼帯で隠されているわけではないのだ。

 右目が不自由であるという、重い現実。

 それを彼の口から直接教えてもらったのは、知り合ってから随分後のことだった。

 とはいえ、これは俺だけが知る秘密というわけでもない。

 星乃も東条も結城も、つまり俺たちの中では周知の事実である。

 

 曰く、「哀れみは不要……」とのことだが、つまり糸谷は自分を、そういった風に見られることを無意識のうちに嫌がっているのだろう。

 だからこそ、自分を『右目が不自由な可哀想な奴』ではなく、『右目に強大な力を封じ込めた特別な存在』へとすり替えているのである。

 痛々しい厨二病を演じることで、自分への絶望や現実から逃避している。

 その『同情されたくない』『特別でありたい』という、強烈なコンプレックスが、幻覚フィルターを通して、この【銀髪紅眼の美少女】という過剰にフィクションじみた姿を作り出しているに違いない。

 

 俺の脳内で、バラバラだったピースが一つの完璧な推理として組み上がっていく。

 

「ホンマに自分は痛いやっちゃな。いい加減その眼帯外して、現実見たらどうじゃ」

 

 隣で星乃が呆れ果てたようにツッコミを入れる。

 

「やめろ星乃! 我が結界に触れるな! 魔眼により世界が灰燼に帰すぞ!」

 

 星乃が眼帯を引っぱろうと手を伸ばし、糸谷が必死に抵抗する。

 美少女二人が俺の目の前でキャットファイトを繰り広げているが、今の俺には、糸谷のその姿が、自分の殻を守ろうと必死に足掻いている雛のように見えた。

 まったく……お前はそうやって、現実から目を背けているだけなんだ。

 

『次は大船、大船〜』

 

 車内アナウンスが流れ、列車がゆっくりと減速し始めた。

 俺たちの通学の中継地点であり、ターミナル駅である場所。

 電車が停車すれば、五人ともがここで降りる。

 そして俺たちはそそくさと、エスカレーターで構内に登っていく。

 

「じゃ、僕はここで。また明日〜」

 

 結城が爽やかに笑って見せて、ここで別れる。

 俺たちも「おう、また明日」と、手を振って見送る。

 

 ここからは、それぞれの最寄り駅へと向かうルートになる。

 残りの四人は、運良くすぐにやってきた水色の帯の列車に乗り込んだ。

 

 大船を出発して、列車は各駅に停車していく。

 この四人の中で、一番早く自分の降りる駅に到着するのは俺である。

 やがて、目的の駅のアナウンスが流れた。

 

「じゃあ俺、先降りるわ」

「うむ、達者でな。汝、夜道に潜む闇の魔物には気をつけるのだぞ」

「おう自分、明日もちゃんと学校に来るのじゃぞ」

「兄さん、定休日はやめてくださいね」

 

 白銀の厨二美少女、蜂蜜のロリ美少女、そして真面目な四角メガネが、それぞれ三者三様の言葉で俺を見送ってくれる。

 

「ああ。お前らもな」

 

 ドアが開き、俺はホームへと降り立った。

 プシューとドアが閉まり、走り出していく列車の窓越しに、車内でくだらない話の続きを始めたらしい彼らの姿がちらりと見えた。

 俺のやるべきことは決まった。

 遠ざかる列車を見つめながら、拳を強く握りしめる。

 

「……待ってろよ。俺が絶対に何とかしてやる……!」

 

 

■ ■ ■

 

 

 とまあ、電車を降りるまではあんな大見得を切っていた俺だったが。

 だが申し訳ない。

 俺は深夜に眠るまでの間、よーく頭を振り絞って考えたのだが、星乃と糸谷のコンプレックスを根本的に治療する方法など、やっぱり思いつきはしなかったのだ。

 俺は深夜の自室で、PCのモニターを睨みつけながら検索エンジンと格闘していた。

 検索ワードは『高校生 男子 身長をあと二十センチ伸ばす方法』。

 しかし、画面に表示されるのは「成長期を過ぎたら厳しい」「カルシウムを摂れ」「最悪、骨延長手術」といった、絶望的かつ現実的すぎるアンサーばかりだった。

 

「……どれも無理じゃねえか」

 

 ならば糸谷はどうだ。

 俺は検索窓の文字を消し、『厨二病 末期 治し方』と打ち込む。

 

『回答:過去の黒歴史ノートを音読させましょう』

 

「ダメだ、あいつは設定をすべて脳内で管理しているからノートが存在しない……!」

 

 こんな無為なリサーチに小一時間を費やし、俺は深く悟った。

 こんなことしていても、無駄だぜ、ってね。

 

 なぜかって?

 そらあ、人を変えるなんていうのは、そもそもが難しい話なのだ。

 人間の形成というのは、環境と遺伝が九割、残り一割は本人の自助努力だ……と、少なくとも俺は考えている。

 

 ある日、非常に感銘を受けて感動した作品に人生が変えられることはあるだろう。

 でも、学校の校長のありがたい長話を聞いて人生が変わるようなことはない。

 つまるところ、俺がいかにして彼らの弱さを外部刺激して克服しようとも、それはあまりにも余計なお世話としか言えないのだ。

 

 もちろん、俺は二人の女体化について解決したいと思っている。

 でも、その当人たちが変化に気づいていない以上、周りの人間たちもそれに違和感を持っていないということは、これが意味するは『俺の空回り』に他ならないということだ。

 そんな無理に力を使うくらいなら、今のまま放置してもいいんじゃないか?

 

 だって、俺の目には確かに二人の美少女が……ヒロインみたいなヤツが発生した。

 ちょっと待てよ? これは、見方を変えれば最高のシチュエーションじゃないか?

 右を見れば可憐な美少女、左を見れば厨二な美少女。

 見方によれば俺は今、実質的に『両手に花』のハーレム状態にあるわけだ。

 

 もしかしてこのままいけば、昼休みに屋上で「あーん」をして手作り弁当を食べさせてもらったり、放課後の夕暮れの教室で「……別に、あんたのために待ってたわけじゃないんだからね」的な、王道ラブコメイベントが発生したりするのでは……?

 そもそも、江ノ島の女神に願ったのは「俺に最高の青春を!」ということだった。

 

 では質問、「俺は青春を楽しんでいるか?」。

 これに対する答えは、「うん、めっちゃ面白い状況になってる!」だ。

 なら、そのままでいいじゃないか! 俺ってば天才か?

 このままだらだらと、状況を先延ばしにしてもバチは当たるまい……。

 

 ――そう思っていた時期が俺にもありました。

 

「げっぷぅ……あー、アカン。今日の昼飯、からあげ定食にご飯大盛りの大盛りは流石に米が多すぎたわい。お茶も飲みまくったし、何だか胃が悲鳴をあげとるの」

「ふん、己の器も弁えず暴食するからそうなるのだ。……む、我も少し汗をかきすぎた。おい鈴宮、我が背中のシャツに張り付いたものを、汝が引っぱって剥がすことを許そう」

 

「やめろおおおおおおおっ!」

 

 俺の悲鳴は、昼休みの快晴なる大空に虚しく響き渡った。

 蜂蜜色の髪を揺らす可憐な少女(星乃)が、股を大きく開いたままオッサンのようなゲップを放ち、燦々とした陽光を白銀の髪に輝かせる美少女(糸谷)が、脇汗の染みたシャツをバサバサと煽ってむさ苦しい男の体臭を周囲に撒き散らしている。

 

 ダメだ! こんな状態を「ヒロインのいる青春」だなんて妥協できるわけがない。

 

 目の前にいるのは、シャンプーの甘い香りなど微塵もさせない、男の汗とからあげ定食の油の匂いを漂わせた、ガサツな野郎どもだ。

 視覚は「庇護欲をそそる美少女」と認識しているのに、聴覚は「野太いゲップ」を、嗅覚は「男子特有の汗臭さ」を正確に受信している。

 五感が完全に矛盾を引き起こし、俺の脳内コンピューターは見事に『致命的なエラー』を吐き出し続けていた。

 美少女の顔をした野郎の生態をゼロ距離で見せつけられるなんて、ただの精神攻撃だ。

 こんなんじゃ、いずれ俺の頭がおかしくなってしまう!

 

「……やっぱり、やるしかない」

 

 俺は頭を抱えたまま、血を吐くような思いで昨晩の考えを秒で翻した。

 あいつらのためじゃない。

 俺は、俺自身のメンタルの平穏を守るために、是が非でもこのふざけた幻覚を粉砕しなければならないのだ。

 

 偽のヒロインじゃダメだ、真のヒロインこそがアオハルなんだ!

 

「おい星乃、糸谷!」

「ん、なんじゃ?」

「ふむ、どうした」

「今日の放課後、空けとけよ。ちょっと帰りに寄り道するぞ」

「はあ? なんじゃ急に。ワシは早く帰ってベッドでゴロゴロしたいんじゃが?」

「ふん、我も魔力回復の儀式が控えている。汝の思いつきに付き合う義理は――」

「言い訳無用! 拒否権はなーし! 放課後、絶対に逃げるなよ!」

「「……ええ?」」

 

 二人の声が、見事に同じトーンでハモった。

 そりゃそうだ、ただでさえ突然の誘いなのに、理由が全くもって不明なのだから。

 だが、今の俺は切羽詰まっている。

 

「じゃそういうことで! 俺はあと東条と結城にも声かけてくるから、ばーい!」

 

 その場に残された二人はというと……。

 

「アイツ、何をする気なんじゃろうな?」

「ふむ……ヤツの奇行は我でも見通せぬ」

 

 なーんてことを言ってたり、言ってなかったり。




江ノ島はカップルで訪れると女神が嫉妬して破局させるとかなんとか……やっぱホモじゃないか()
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