中継地点の駅を降りてすぐ。
某ファストフード店にて。
俺たちは箱に入ったポテトとドリンクを机に並べ、席を囲んでいた。
「で、なんで我々はここにいるんですかね。兄さん、ご説明を」
東条の冷静なツッコミに、俺はニヤリと答えた。
「そうだな。まずは皆、集まってくれて感謝しよう」
「感謝しながらポテト食うやつがどこにおる」
星乃の辛辣な指摘、だが俺はセルフ馬耳東風をする。
「四人に招集をかけたのにもわけがある」
「いくら盟友とはいえ、当日は急である」
糸谷の当然の理屈も、今の俺には無意味だ。
「だが、まずは乾杯の音頭が先だ……じゃ、結城頼む」
「え、僕がやるの……? まぁ、いいけど」
結城の急な困惑も、無視だ無視だ!
まずは互いの盃を合わせるのが先決だ――。
「「「「「乾杯」」」」」
プラスチックのカップを天に掲げる。
一体、何が始まるというのだろうか?
皆の視線が俺に集まり、次の言葉を待っている。
俺は、ズーッと炭酸飲料を胃に流し込む。
そしてようやく、本題へと入った。
「というわけで諸君、これより緊急会議を始める――!」
ポテトへ伸びかけていた四人の手が止まった。
「議題はただ一つ。お前ら二人の『男らしさ』の欠如、および現実逃避の是正だ!」
可憐な少女の姿をした星乃と、銀髪の厨二美少女の姿をした糸谷。
俺は、彼らのことをビシッと指差した。
「……は?」
「……我らが、なんと?」
「誤魔化すな! 俺は気づいているんだ、お前らが無意識に抱えている心の弱さに!」
俺は身を乗り出し、まずは星乃の目の前に、自分のトレイに乗っていたLサイズのポテトと追加のハンバーガーをドンッ! と押しやった。
「まずは星乃! お前は線が細すぎるんだよ! もっと食え! ジャンクフードで胃腸を鍛えて、男らしい身体を作れ!」
「アホか! 昼のからあげ定食大盛りでまだ胃が死んどる言うたやろがい! これ以上脂っこいもん食ったらマジで吐くわ!」
「うるさーい! 甘えるんじゃない! 男ならばその小さな胃袋の限界を越えろ! ほら、あーんしてやるから口を開けろ⁉︎」
「殺す気か! 誰かこいつの暴走を止めんか!」
華奢な美少女が、俺の押し付けるポテトを前に必死で抵抗している。
しかしそれでも不意を突いて、無理やり口の中にポテトを押し込んだ。
俺が嫌われ役になってでも、こいつらを救ってやるんだ……!
星乃は俺に抗議の目を浮かべながらも、もぐもぐしている。
だが、俺の治療はこれだけでは終わらない。
「次は糸谷! お前だ!」
「なっ、何故そこで我に矛先が向くのだ!」
厨二美少女が、ビクッと肩を震わせる。
「お前、飯を食う時くらい、その痛い眼帯を外せ! ハンバーガーが悲しんでるぞ⁉︎」
「馬鹿を言え! この魔眼の封印を解けば、このファストフード店ごと次元の彼方へ消し飛ぶことになるのだぞ!」
「いいから外せ! 俺がお前の封印を強制解除してやる!」
「やめろ鈴宮! 我が結界に触れるなああぁっ!」
俺はテーブル越しに手を伸ばし、糸谷の右目を覆う眼帯をひん剥こうとする。
糸谷は必死にのけぞり、その隣で星乃が「なにしとんねん」と呆れている。
「……ねえ東条。今日の鈴宮、本当にどうしちゃったんだろうね?」
「さあ……春の陽気にでもあてられたんじゃないですか。触らぬ神に祟りなしですよ」
「おい! そこで呑気にジュース飲んでる二人とも! お前らも手伝ってくれ!」
修羅場と化したテーブルの向かい側で、ストローを咥えている二人に助けを求める。
すると、東条が四角メガネをくいっと押し上げ、ひどく冷ややかな視線を向けてきた。
「兄さん、カロリーを押し付けることと男らしさは無関係です」
「ぐっ……お前はいつもそうやって理屈で俺の情熱に水を差す!」
「情熱の使い所が間違っていると言っているんです。それに、これ以上騒ぐと店員さんに怒られますよ」
正論という名のストレートパンチでこちらを殴ってくる東条。
ちくしょう、こいつの言うことはいちいち真っ当すぎて反論できない。
だが、もう一人の男は違った。
「あはは、でもいいね。ほら星乃、僕のポテトもあげるよ。あーん」
「んぶっ⁉︎ んぐぅっ!」
結城が爽やかな、それこそ王子様のような百万ボルトの笑顔を浮かべながら、星乃の口に容赦なく追加のポテトをねじ込んだのだ。
華奢な美少女が、両頬をリスのようにパンパンに膨らませて涙目になっている。
「もごっ! んーっ! んーっ!(訳:ふざけんな! 殺す気か!)」
「え? だって鈴宮がもっと食わせろって。ほらよく噛んで、よく食って?」
東条はやれやれと呆れてメロンソーダを啜り、結城はニコニコしながら星乃にカロリーを強制給餌し、俺は糸谷の眼帯を剥ぎ取ろうとテーブル越しに手を伸ばし続ける。
阿鼻叫喚の、まさにカオス。
男五人(俺の目には男三人、美少女二人)がファストフード店の隅の席で繰り広げる、傍から見れば完全に異常な光景。
だが、そんな周りの目など気にする余裕は、今の俺にはなかった。
「糸谷ぁ! いいからその眼帯をよこせぇ!」
「ええい離れろ鈴宮! 我の右目に封じられし黒炎竜が暴れ出すぞ――ってああ⁉︎」
「討ち取ったりいい‼︎」
ついに、俺が糸谷の眼帯を奪うことに成功したその瞬間――。
「あの、他のお客様のご迷惑になりますので」
「「「「「あっ、すいません……」」」」」
――作戦は失敗。
俺たちは大人しく撤退することとなった。
■ ■ ■
店から出て、俺たち五人は繁華街を進んでいく。
ゲームセンターの横を通り、そのまま真っ直ぐ歩み、次に十字路を右に曲がる。
そして見えてくるは、緑の看板のイタリアンなレストランである。
俺たちは階段を地下に降りていき、たどり着いた先にある扉を開く。
いわゆるハシゴである。
二次会……いや、反省会はここで行われることとなった。
店員さんに人数を確認され、奥の方の席へと通される。
皆のリュックを端っこの方に荒っぽく重ね、どっぷりと座る。
とりあえずドリンクバー全員分と、辛味の効いたチョリソーを注文した。
それぞれが変わりばんこにドリンクを注いできて、そしてようやく訪れる尋問の時間。
「……で、自分は一体何がしたかったんじゃ?」
メロンソーダ(俺とお揃いだ)を飲んでから、尋ねてくるのは丸メガネの星乃。
「汝が我が魔眼を解放してしまった故、この暗黒の液体も世界から滅びる運命となった」
コーラ(いつも同じだ)の入ったコップを傾け、眼帯を外した素顔でフッと笑う糸谷。
「全くです。ポテトを押し込んだり眼帯を剥ぎ取ったり……兄さんの奇行のせいで、私たちはすっかり不審者扱いでしたよ」
コーヒーの匂いを上品に嗅ぎながら、呆れた視線を送ってくる四角メガネの東条。
「あはは、僕は面白かったから別にいいけどね。ほら、チョリソー来たよ」
ウーロン茶を横に、熱々の器を受け取りテーブルの中央に運ぶ、爽やかな笑みの結城。
「うむ……皆、特に二人には申し訳ないことをした」
腕を組みながら、ふと視線を上げる。
正面にいる星乃と糸谷が座るソファ席の背後の壁には、ルネサンス期の有名な絵画『アテナイの学堂』のレプリカが飾られていた。
プラトンやアリストテレスといった古代の偉大な哲学者たちが、堂々と真理について議論を交わしている崇高な絵画。
その真下で、五人の男子高校生たちがドリンクバーとチョリソーをつついている。
あまりにも滑稽な対比だとは思う。
でも、今の俺もまた、この世界の真理について語らねばならない時が来たのだ。
「……お前ら、落ち着いて聞いてくれ」
俺は姿勢を正し、一つ咳払いをした。
四人の視線が、俺の一挙手一投足に集まる。
フォークで真っ赤なチョリソーを突き刺し、俺は静かに、ただ正直な声で口を開いた。
「実は、俺の目には……星乃と糸谷、お前らが『美少女』に見えているんだ」
――沈黙。
古代ギリシアの哲学者たちも言葉を失うほどの、完璧な静寂がテーブルに降りた。
やがて、最初に口を開いたのは星乃だった。
「……きっっっっっも」
「ぐはぁっ⁉︎」
心底、心の底からのドン引きだった。
俺の視界には、蜂蜜色の髪をした可憐なロリ系美少女が、汚物でも見るようなゴミを見る目をこちらに向けているという、特定層にはご褒美だが、俺にとってはただダメージを負って傷つくだけという光景が広がっていた。
「な、なんだとお! 俺だって見たくて見てるわけじゃないんだよ! 気づいたら星乃、お前が小柄で華奢な美少女になっててだな⁉︎」
「おい東条。早急に救急車を呼べ。こやつ、ついに脳の髄まで腐海に沈みおったわ」
素顔を晒した厨二な白銀美少女が、本気で顔を引きつらせている。
「いや、救急より先に精神科の予約が先決でしょう。兄さん、とりあえず今日は家に帰って、冷たい水で顔を洗って寝てください。明日、学校を休んでも誰も責めませんから」
東条がガチ目のトーンで諭してくる。
「はははっ……。鈴宮、ちょっと拗らせすぎだね……?」
結城は苦笑と哀れみの目を同時に浮かべてきている。
「いやいや待ってくれ、みんな! 本当なんだよ!」
俺は慌てて、手を大きく振ってこの流れを制止した。
「本当って……」
「いわれてもな」
星乃と糸谷が、揃って顔を見合わせる。
「お前らが信じられないのはわかる! 俺だって自分の脳みそを疑った! だが、事実として俺の目には星乃と糸谷が美少女に見えているんだ! だからこそ、俺はさっきあんな荒療治を仕掛けたんだよ!」
「荒療治って、ワシにポテト食わせて、糸谷の眼帯ひん剥くことか?」
「その通り!」
テーブルに身を乗り出して言った。
「俺の推測によれば、お前らが美少女に見えるのは、その無意識に抱えているコンプレックス――星乃は背が低いこと、糸谷は右目が不自由なことに対する逃避が、『ヒロイン』として具現化してしまっているからなんだ!」
「「なっ……⁉︎」」
「そのお前らの心の弱さが、俺の視界をバグらせてる! だから、その原因……コンプレックスを物理的に破壊すれば、お前らは元のむさ苦しい野郎姿に戻ると思ったんだよ!」
「だーっ! 誰がチビじゃ! それにワシを巻き込むな気持ち悪い!」
「我の魔眼はコンプレックスなどというチャチなものではないわ!」
星乃と糸谷がこちらに猛抗議をしてくる。
東条は深くため息をつき、結城はどこか感心している。
……誰も、俺の言葉を信じてはくれない。
だが、それでいい。
どうせこんなトンデモ現象、言葉で説明して理解されるはずがないのだ。
「――まあいい。お前らが信じなくても関係ない」
俺は深く息を吐き出し、フォークに刺さったままだった真っ赤なチョリソーを、ゆっくりと口に放り込んだ。
ピリッとした辛味と肉汁が口の中に広がる。
俺は空になったフォークを握りしめ、改めて四人を見据えた。
物理的にどうこうするだけじゃ、お前らの根深いコンプレックスは解けない。
だから俺は、もっと根本的な『精神的方法』で奴らを治す必要がある。
「さっきの件でわかった。俺の平穏な視界を取り戻すために、覚悟しておけ!」
「……え、まだやるんか?」
「もうやめてくれえい……」
星乃と糸谷が、本気で面倒くさそうな顔で身を引いた。
東条は頭を抱え、結城はただ苦笑している。
だが、俺の決意は揺るがない。
アテナイの哲学者たちよ、見ててくれよ――。
と、俺が一人で壮大な覚悟を決めていた、その数秒後。
「で。兄さんの平穏とは何か? はともかく。ここのお会計……誰がします?」
東条が、何事もなかったかのように伝票を手に取って静かに言い放った。
「あ、ワシは百円玉三枚あるぞ」
「僕は五百円玉しかないや。誰か崩せる?」
「ふん、我の財布には今、ミレニアムペーパーが一枚。そうつまり、釣りをよこせ」
ここの哲学者たちは、誰一人として俺の真理に耳を傾けてはいなかった。
それぞれが財布から小銭を取り出し、さっさと割り勘の計算を始めている。
「んで? アホの鈴宮はピッタリ釣り銭あるのか?」
「アホちゃうわい!」
可憐な美少女(星乃)が、ジト目で俺を見ながら百円玉を弾いた。
……ちくしょう。
こいつら、俺がどれだけ本気でお前らのことを思っているか、全くわかっちゃいない。
「まあまあ。それよりさ、今週末どうする? 土曜、またどっか集まらない?」
結城が軽やかに場を回す。
すると、糸谷が眼帯をいじりながら、ふと口を開いた。
「ふむ。それなら丁度、今週末であれば我が根城……ウチのマンションの結界が解かれることになっている。創造主たちが、土日は所用で空けるのでな」
「あ、親御さん留守? じゃあ糸谷の家でゲーム合宿しようよ」
結城の提案に、「おお、ええな」「異議なしです」とトントン拍子で話が進んでいく。
「おい鈴宮。自分も来るじゃろ?」
糸谷の家でのお泊まり会——親のいない、密室空間。
俺の頭の中で、閃きを告げるイナズマが走った。
……これだ!
ファミレスや電車のような公共の場では、こいつらの心の奥底にあるコンプレックスを暴くには邪魔が多すぎる。
だが、親のいない友人の家……気心知れた五人の腐れ縁たちだけ、という『油断しきった密室』ならば、いくらでも精神的アプローチを仕掛けることができるはずだ!
「俺も行く! 行きます! 行かせてください‼︎」
身を乗り出して即答すると、皆は苦笑しながら頷いた。
お泊まり会……だと? お、おちんつけ! これはノンケの罠だ!