【甲龍暦412年 夕方】
[中央大陸南部 とある樹海]
〜ギレーヌ サイド〜
「・・・・・・ここはどこだ?」
さっき、光に包まれた。
「・・・・・・草原にいたはず」
周囲を見渡す。
見覚えのない森だ。
だが――この匂い。
「・・・・・・ッ」
鼻をわずかに動かす。
血の匂いがする。
空気に混じった、濃い血の臭い。
それも、かなり近い。
「まさか・・・・・・」
嫌な予感が胸をよぎる。
これほど血の匂いが濃い場所なんて、そう多く
はない。
「・・・・・・間違いない」
ギレーヌは険しい表情で周囲を見渡した。
「ここは・・・・・・紛争地帯だ!!」
――だが、おかしい。
「・・・・・・お嬢様?」
辺りを見回す。
・・・・・・いない。
ルーデウスもいない。
「ルーデウス・・・・・・どこだ?」
鼻を利かせてみる。
しかし、二人の匂いが感じ取れない。
「・・・・・・どういうことだ?」
お嬢様の姿もない。
ルーデウスの姿もない。
それどころか、二人の匂いすら感じない。
ギレーヌは焦りを隠せず、さらに周囲を見回す
「・・・・・・まさか、はぐれたのか?」
そのときだった。
――ふわっ。
「・・・・・・・・・?」
風が吹いた。
ギレーヌは反射的に顔を上げる。
そして――微かに鼻を刺激する香り。
「・・・・・・この匂いは」
ほんの僅かだった。
血の匂いに紛れてしまいそうなほど、かすかな
香り。
だが、ギレーヌには分かった。
「・・・・・・・・・ヒルダ様の香水?」
間違えるはずがない。
長年仕えてきた相手の匂いだ。
ギレーヌの目が鋭くなる。
「・・・・・・ヒルダ様は、この近くにいるのか?」
風が吹いてきた方向へ、ギレーヌは視線を向け
る。
「・・・・・・急がなければ」
直感で拭いきれない不安を抱いたギレーヌは剣
の柄に手を添えた。
そして――
「待っていてください、・・・・・・ヒルダ様」
香りの残る風を追うように、走り出した。
〜墨村利守 サイド〜
「ここがアジトか?」
僕たちはゴロツキどもに捕らえられ、そのまま
一時間かけてヤツらのアジトへと連れてこられた
目の前にあるのは、今にも崩れ落ちそうなほど
古びたボロ小屋だった。
「さっさと入れ!!」
ゴロツキの一人が、フィリップさんの背中を蹴
飛ばす。
「おいっ! いきなり蹴るとは、どういうつもり
だ!」
フィリップさんが振り返り、怒りを露わにする
「フィリップさん、今はやめましょう」
「しかし、トシモリくん!」
「ここは大人しくしていたほうがいいです」
僕は小声でそう告げ、フィリップさんをなだめ
る。
フィリップさんは不満そうな表情を浮かべなが
らも、渋々と口を閉ざした。
僕たちはそのまま小屋の中へと押し込まれる。
黒木くんは、どんなに怒鳴られても目を覚まさ
ない。
なので、僕のリュックとともに、ガタイのいい
ゴロツキの肩に担がれて連れてこられた。
アジトに到着した瞬間、地面に放り投げられた
というのに、未だに目覚める気配はなかった。
アジトに入ると、奥に座っていた一人の男が
ゆっくりと立ち上がった。
「・・・・・・おい、ザル。何だ、コイツらは?」
「はい、カシラ。コイツらは西の辺りを見張って
いたヤツが見つけたんですが、敵が放った回し
者と判断して、捕まえて連れてきやした」
ゴロツキの頭領らしい男が、僕たちをじろりと
睨みつける。
「まず聞こう。お前たちは何者だ?」
低く、威圧するような声だった。
フィリップさんは一瞬、黙り込む。
そして――ゆっくりと口を開いた。
「僕の名は、フィリップ・ボレアス・グレイラッ
ト」
「・・・・・・ハッ!?・・・・・・ボレアス・・・・・・グレイラ
ット?」
カシラの眉が、ぴくりと動いた。
「そうだ。僕たちはフィットア領地を治める、
ボレアス・グレイラット家の者だ」
「・・・・・・・・・てめえ、本気で言ってるのか?」
「ああ、本当だ。もう一度言う。
僕たちはボレアス・グレイラット家の者だ」
周囲のゴロツキたちが、冷ややかな視線をフィ
リップさんへ向ける。
次の瞬間――
「「「ハハハハハハッ!!!」」」
ゴロツキたちが、一斉に大声で笑い出した。
中には腹を抱えている者までいる。
「・・・・・・な、何がおかしい?」
フィリップさんが怪訝そうに尋ねる。
すると、カシラが笑いを噛み殺しながら、
フィリップさんを睨みつけた。
「・・・・・・おい、もう少しマシな嘘をつけや!」
「嘘ではない」
「だったら、もっと笑わせるな。てめーらが
ホントにボレアス・グレイラットだと? 」
「さっきからそう言っているだろ」
「あのなぁ・・・・・・・・・ボレアス・グレイラットって
言りゃ〜、誰もが一度は耳にするような有名貴
族様じゃねぇか!?」
一拍置いて、怒鳴り散らした。
「そんな大貴族様が、こんな辺境にノコノコと現
れるわけねえだろがぁっ!!!!!」
カシラの怒号に、周囲のゴロツキたちが頷き、
再び笑い声を上げた。
フィリップさんは、困惑したように眉を寄せる。
「・・・・・・なぜ、僕たちを偽物だと決めつける?」
その問いに、カシラは一瞬だけ黙り込む。
そして、鼻で笑った。
「決まってんだろ。そんな大物が、護衛も連れず
こんな紛争地帯を歩いてるなんて、誰が信じる
んだよ!ああぁぁ!!?」
「「・・・・・・・・・え?」」
フィリップさんとヒルダさんが、驚愕の表情で
固まった。
その二人を見ながら、僕も思わず首を傾げる。
「・・・・・・紛争地帯?」
聞き間違いではない。
今、この男は確かにそう言った。
僕は周囲を見回した。
確かに建物は荒れている。
けれど、それだけだ。
僕が最初にいた場所と、ここが同じ世界なのか
どうかすら、まだ分かっていない。
僕はフィリップさんへ視線を向けた。
「・・・・・・・・・フィリップさん」
「何だい?」
「ここは・・・・・・アスラ王国ではないのですか?」
「・・・・・・・・・・・・たぶん、ここはアスラではない。
王国周辺では紛争地帯はないはずだ」
そう断言しまフィリップさんの表情が強張った
ヒルダさんも、僕の言葉を聞いて目を見開く。
「まさか、あの光で?」
「ヒルダさん、しっかり、お気を確かに」
僕たちの会話を聞いていたカシラが怪訝そうな
顔をする。
「・・・・・・アスラ王国?」
「え~と、ここはアスラではないのですか?」
「お前ら・・・・・・本気で言ってんのか?」
カシラの声から、先ほどまでの嘲笑が消えた。
代わりに、困惑の色が滲んでいた。
「・・・・・・違えよ。ここはアスラじゃねぇ」
僕の胸に、嫌な予感が走った。
フィリップさんとヒルダさんも、互いに顔を見
合わせる。
「では・・・・・・ここは、一体・・・・・・?」
フィリップさんが静かに尋ねる。
カシラは少しだけ間を置いてから、答えた。
「ああ?ここは――赤竜の下顎山脈付近だ」
「「ッ!!!?」」
その地名を聞いた瞬間、フィリップさんとヒル
ダさんの顔から、さっと血の気が引いた。
ーto be continuedー
次回 結界師の力