【水無月 夜中】
[裏会 会議室]
「・・・・・・と、以上をもちまして、本日の会議を終
了します」
俺は司会として最後の言葉を告げた。
「・・・・・・正守さん、いつも分かりやすい進行役を
ありがとう」
現在の裏会総帥である鬼童院ぬらが、深々と頭
を下げ、感謝の言葉をもらう。
「いえ、総帥・・・・・・頭をお上げください」
「あなたが今や裏会の柱・・・・・・。本当に感謝して
いるわ」
総帥が再び頭を下げると、隣にいた竜姫さんが
苦笑しながら口を挟んだ。
「そうだよ、総帥。一番上に立つ者が、そう簡単
に頭を下げるものじゃない」
「ふふっ、それもそうね」
竜姫さんと総帥とは、古くからの友人だ。
彼女との軽いやり取りで場の空気が和らいだと
ころで、俺は話題を切り替えた。
「・・・・・・それはそうと、私の耳に少し気になる噂
が入りまして」
「噂・・・・・・ですか?」
何人かが怪訝そうな表情を浮かべる。
「ええ。ご存じの方も、この中にはいるでしょう
が――」
俺は一度言葉を切り、会議室を見渡した。
「先日のことです。ある地方都市で、時空間に原
因不明の歪みが発生したという話です」
「時空間の歪み・・・・・・?」
その言葉に、会議室の空気がわずかに張り詰め
た。
すると、竜姫さんが何かを思い出したように口
を開く。
「・・・・・・ああ、そのこと?」
彼女は腕を組み、少し考えるような仕草を見せ
た。
「確か、その歪みの近くで仕事中だった諜報員が
さ。偶然、その歪みを目撃して――恐怖のあま
り、失禁したっていう・・・・・・?」
「何のことです、竜姫さん?」
扇七郎が怪訝そうに眉をひそめる。
「そんな話、私は聞いたことありませんが・・・」
「えっ? 知らないの、七郎ちゃん?」
竜姫さんが意外そうに目を丸くする。
「ええ。初耳です」
「そう。なら、ちょうどいいわ」
俺は小さく息を吐き、改めて口を開いた。
「……竜姫さんの言った話で間違いありません。
ただし、噂として広まっている内容には、かな
り尾ひれが付いているようです」
「尾ひれ、ね・・・・・・」
「そういうものです」
俺は頷き、真剣な表情で続ける。
「問題なのは、その諜報員が何を見たのか。
そして――なぜ、そこまで恐怖したのかという
点です」
会議室に、再び緊張が走った。
「報告によれば、その諜報員は歪みを確認した直
後、通信を切断。
その後、しばらくの間、まともに言葉を話せな
かったそうです」
「・・・・・・それは、ただ事ではありませんね」
扇七郎は満面の笑みを浮かべ、楽しそうに耳を
立てた。
「ええ。だからこそ、私はこの件を単なる噂とし
て片付けるべきではないと考えています」
その空気を察したのか、竜姫さんが「ああ」
と声を漏らす。
「そうそう。悪いね、正ちゃん」
「・・・・・・何がです?」
「その一件、六郎ちゃんに頼んだから」
「・・・・・・扇六郎に?」
俺は思わず聞き返す。
「え?六郎兄さんですか、竜姫さん?」
扇七郎も思わず聞き返す。
竜姫さんは悪びれた様子もなく、肩をすくめた
「ええ。あの子なら、こういう妙な案件を調べる
のに向いてるでしょ?」
「・・・・・・それは確かに」
俺は頷きながらも、胸の奥に嫌な予感を覚えた
「そうですね、兄さんはそっち方面が得意です」
扇七郎はクスクスと笑いを堪えながら、頷く。
「ですが、六郎に任せたということは――何か分
かったんですか?」
竜姫さんは一瞬だけ表情を曇らせる。
「それがね・・・・・・」
彼女はそこで言葉を切り、静かに続けた。
「まだ、六郎ちゃんから正式な報告が来てないの
よ」
「・・・・・・あの六郎が?」
思わず、俺は聞き返した。
扇六郎は慎重な男だ。
確証のない情報を、簡単に口にするような性格
ではない。
竜姫さんは苦笑を浮かべ、肩をすくめる。
「まあ、あいつは用心深いからね。もう少し調べ
てから報告するつもりなんじゃない?」
「・・・・・・なるほど」
確かに、六郎ならあり得る。
だが――それなら、なおさら気になる。
「しかし、調査を始めてから、どれくらい経って
いるんです?」
「そうね・・・・・・」
竜姫さんは少し考えるように目を伏せる。
「そうね。もう、三日くらいになるかしら?音沙
汰なしよ」
「三日・・・・・・」
俺は眉を寄せた。
たかが神隠しの噂を調べるだけなら、六郎ほど
の男が三日もかけるのは少し長い。
「・・・・・・・・・何か、引っかかりますね」
「でしょう?」
竜姫さんも、先ほどまでの軽い調子とは違う表
情を浮かべた。
「だから私も、ちょっと気になってるのよ」
そう言いながらも、竜姫さんはそれほど深刻そ
うには見えない。
むしろ、何かを思いついたように口元へ笑みを
浮かべる。
「まあ・・・・・・もしかしたら、そのうち正守ちゃん
の実家に押し付けるかもしれないね」
「・・・・・・は?」
思わず、俺は目を丸くした。
「いや、何を勝手に・・・・・・」
「だって、そうなったら面白そうじゃない?」
竜姫さんは悪びれる様子もなく、くすくすと
笑う。
「六郎ちゃんが『これは自分たちだけじゃ手に負
えない』なんて言い出したら、上の人たちも放
っておかないでしょう?」
「だからって、うちに回す理由にはならないでし
ょう」
「まあまあ。あんたのところ、こういう厄介事に
は慣れてるじゃない」
「慣れているからといって、何でも押し付けてい
いわけじゃありませんよ」
「ふふっ。まあ、これは私の勝手な予想だけどね」
竜姫さんはそう言って、楽しそうに笑った。
・・・・・・本当に、ただの冗談ならいいのだが。
なぜか俺には、その予想が妙に現実味を帯びて
聞こえた。
次の瞬間
俺のスマホが震え始めた。
「・・・・・・失礼・・・・・・・・・実家から?」
ふところから取り出し、画面をちらりと見ると
実家からだった。
「嫌な予感は的中か・・・・・・」
俺は小さくため息をついた。
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【甲龍暦412年 夜中】
[中央大陸南部 赤龍の下顎山脈]
「・・・・・・・・・・・・六人か」
僕は“無想”による感知で、こちらへ近づいてく
る敵の人数を捉えた。
「・・・・・・・・・この感じ。今日、始末した傭兵たち
と同じタイプか。本能丸出しだから、分かりや
すいな」
どうやら、あの人たちを生け捕りにするつもり
らしい。
この世界では、エルフや獣人は奴隷商に高く売
れるからか?
「流石、剣と魔法の世界・・・・・・ってところか?」
まあ、僕の世界でも同じようなことはあったな
どの世界も、世知辛いものだ。
「ん?」
あっ、動いた。
前方から四人・・・・・・いや、そのうち一人だけ感
知しにくい?
「これって認識阻害系の術かな?」
魔法使いがいるのか?
いや、憶測で判断するのは危険だな。
けど、感知しにくいヤツだけ、他の連中より大
きく迂回しているような・・・・・・。
「あっ、後方に回り込む気か」
そうなると、前方の三人は囮で、後方から奇襲
するつもりだな。
残りの二人は、巨木の枝に潜み、弓を得意とす
る射手か。
「よし。まずは、目の前の三人を始末するか」
僕は懐から呪符を取り出し、式神を出現させた
「オン」
式神を僕の姿に変化させ、前方へ歩かせる。
「後方の奇襲担当が、例え魔法使いだったとして
も、感知に関して僕に勝てるとは思えない」
僕は結界を使って上空へ移動し、敵の出方を待
つことにした。
「結」
足元に結界を展開し、そのまま上空へと移動す
る。
「感知通りだな」
前方に三人。
後方に一人。
そして、巨木の枝には弓を持った二人が身を潜
めている。
「お、前方の三人が剣を抜いた」
傭兵たちが歩いていた式神を襲撃した――――
次の瞬間。
僕は上空から念糸を五指から放つ。
「はっ!!」
念糸は瞬く間に傭兵たちの首へと巻きつき
――そのまま一気に吊り上げた。
「よし、まずは三人」
念糸を通して、傭兵たちが絶命したことが伝わ
ってくる。
「・・・・・・残り三人」
僕は、次に射手二人へと狙いを定めた。
「悪いけど、恨み言は聞かないよ」
僕は念糸を操り、ヤツらが身を潜めている巨木
を一刀両断に斬り倒した。
――ズドォンッ!!
巨木は左右に分かれ、そのまま地面へと倒れて
いく。
枝に潜んでいた射手たちは、巨木にしがみつき
そのまま地面に押し潰された。
「・・・・・・死んだな」
奇襲を仕掛けてきた傭兵は、何が起きたのか理
解できず、恐怖に顔を引きつらせながら、ところ
構わず剣を振り回していた。
僕は、必死に剣を振り回す傭兵へ視線を向ける
『結』
僕は傭兵の両腕を包み込むように、結界を展開
した。
――瞬間。
『滅』
傭兵の両腕が、結界の中へと消えた。
「〜〜ー〜〜ー!?」
傭兵は奇声を上げ、その場に尻もちをつく。
顔は青ざめ、全身を震わせていた。
「〜〜〜!? ーーー、〜〜〜!!」
地上から、かすかに命乞いの声が聞こえてくる
「・・・・・・・・・」
僕は無言で傭兵を見下ろす。
「悪いけど・・・・・・」
僕は再び、傭兵へ向けて結界を展開した。
「その命乞いを聞き入れるつもりはない・・・・・・
『結』」
次の瞬間――。
『滅』
最後の傭兵の首が結界の中へと消え、その身体
が力なく横たわった。
「・・・・・・・・・終わったな」
仕事終えた僕は夜空を照らす月を見上げながら
呟く。
「・・・・・・六郎さん、どこにいるんだろ?」
僕たちが次元ゲートに吸い込まれた時、六郎さ
んも吸い込まれたところまでは見えていた。
けれど、気がつけば姿が見えなくなっていた。
「たぶん、こっちに来た時、位相がズレて転移先
が別々になったのかな?」
まあ。そう考えるのが、一番自然だろう。
「けどまあ、大丈夫かな」
あの人、僕とは比べものにならない修羅場をく
ぐってきたみたいだし。
そう簡単にどうにかなるような人じゃない。
「今は、黒木くんとフィリップさんたちの安全が
先だな」
六郎さんのことは気になるが、今は自分の目の
前にある問題を片づけることを優先しよう。
僕はそう考え、フィリップさんたちのいる絶壁
の洞窟へ視線を向けた。
「フィリップさんたちは、故郷に帰る手助けをす
るとして・・・・・・黒木くんをどうするかだな」
僕たちが異世界へ転移した原因は、黒木くんに
ある。
けれど、それはもう過ぎたことだ。
現在の問題は――神隠しに遭った彼の友人たち
の行方だ。
「この世界にいる可能性は高い。だけど、どうや
って手掛かりを見つけるか・・・・・・だな」
今のフィリップさんたちの力を借りるのは、難
しいかもしれないし。
「フィットア領は・・・・・・おそらく、大災害で壊滅
しているだろうな」
三人の証言をまとめると、彼らは何事もなくく
つろいでいたところ、突然、空が眩しくなったと
いう。
そして、次に気がついた時には、まったく別の
場所にいたらしい。
「・・・・・・つまり、強制転移が起きた」
おそらく、あの次元ゲートが関係しているのは
間違いない。
「けど・・・・・・・・・それだと、次元の反動がこっちで
しか起きていないのが矛盾するよな」
僕たちの世界と、フィリップさんたちの世界。
この二つが繋がったのなら、どちらの世界にも
同じように次元の歪みが生じ、その反動が起こる
はずだ。
「・・・・・・召喚、か」
ふと、六郎さんの言葉が脳裏をよぎる。
もし、あの人の言う通りなら――この世界では
いったい何が起きている?
自然発生ではなく、誰かが意図的にこちらへ呼
び寄せたのだとしたら・・・・・・。
「・・・・・・たぶん、それがこの事件の鍵だな」
僕は一先ず、みんながいる洞窟に帰還する。
ーto be continuedー
次回 難民