結界師 〜墨村利守は六面世界で奔走する〜   作:rOOd

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紛争地帯の深夜 

      【水無月 昼前】

  

      [烏森 墨村家]

 

「・・・・・・こんな形で、実家に帰るとはな」

 

 ため息をつきながら、俺は久しぶりの実家の門

の前に立っていた。

 

「おじいさんも切羽詰まっていたな」

 

 数日前、祖父からの緊急連絡を受け、利守のこ

とについて驚いた。

 

「まさか、利守がな・・・・・・」

 

 祖父の話によれば、例の神隠しの被害者の一人

である黒木誠司から依頼を受け、利守と黒木くん

たちは、現場の調査へ向かったらしい。

 

 しかし、そこで何らかの異変が起こり、利守と

黒木くん、そして竜姫さんの頼みで調査に加わっ

ていた扇六郎まで、異世界へ転移してしまったと

いう。

 

「・・・・・・なんか、『時子の力も借りる』と、弱々

 しい声で呟いていたな」

 

 どうやら今回の件は、祖父が安易に結論を出し

てしまったことが発端となり、予想以上に大きな

事態へと発展してしまったらしい。

 

「まあ、詳しい話を聞いてからだな」

 

 玄関の戸を開けると、奥から足音が聞こえてき

た。

 

「おかえり、正守」

「……父さん、ただいま」

 

 久々に顔を見せた息子に、父さんは微笑んだ。

 

「ごめんね。仕事が忙しいのに」

「いいえ。俺の方も、なかなか顔を見せられませ

 んでしたから」

「いいよ。良守も同じだから」

「・・・・・・そうですか。それで、利守のことは?」

「そうだね、とりあえず客間へ来てくれる」

「客間?」

 

 怪訝に思いながら、俺は父の後を追う。

 

 廊下を進み、客間の襖の前まで来ると、父は静

かに襖を開けた。

 

「お待たせしました」

「・・・・・・・・・・・・!」

 

 中にいた人物を見て、俺は思わず息を呑んだ。

 

「久しぶりね、正守」

「お久しぶりです、正守さん」

 

 そこには、無表情でお茶をすする時子さんと頭

を下げる時音くん。 

 

「お久しぶりです、利守のお兄さん」

「お邪魔しています」

「はじめまして」

 

 その反対側には、利守の友人である高木くんと

その同級生たちが座っている。

 

 そして、その傍らには――。

 

「・・・・・・・・・おじいさん?」

 

 そこにいた祖父には、いつもの堂々とした威厳

がなかった。

 疲れ切った表情で座り込むその姿からは、今回

の件に対する責任を感じていることが、ありあり

と伝わってくる。

 

「正守、よく来てくれた」

「いえ緊急事態ですから・・・・・・しかし、大変なこ

 とになりましたね」

 

 俺が尋ねると、客間にいた全員が一斉にこちら

へ視線を向けた。

 その重苦しい空気だけで、事態の深刻さが伝わ

ってくる。

 やがて、祖父が静かに口を開いた。

 

「・・・・・・利守たちを救うため、これから皆で話し

 合おう」

 

 俺は促されるまま客間へ入り、空いている場所

に腰を下ろした。

 

「改めまして。墨村正守です」

 

 その場にいる面々へ軽く頭を下げる。

 

「裏会では夜行という組織の頭領を務めています

 今回の件については、俺も少し前から報告を受

 けていました」

「裏会でも・・・・・・?」

 

 高木くんが驚いたように目を見開く。

 

「ええ。今回の神隠しは、こちらでも確認してい

 ます。だからこそ、俺も詳しい話を聞きに来た

 んです」

 

 俺はそう言って、高木くんに視線を向けた。

 

「高木くん。君は利守たちと一緒に、例の十字路

 を調べに向かったんだよね?」

「はい」

「そのとき、次元ゲートが出現した・・・・・・という

 話だったが、間違いないか?」

「・・・・・・はい。突然、何もない場所に歪みが生じ

 て、その直後に次元ゲートが現れました」

 

 高木くんは緊張した面持ちで頷く。

 

「そうか・・・・・・・・・」

 

 俺は腕を組み、しばらく考え込む。

 

 ・・・・・・・・・次元ゲート。

 

 やはり、今回の神しは、異界との偶然の接触や

土地神による現象ではない。

 誰かが意図的に、異世界へと繋がる道を作った

可能性がある。

 

「状況が分かったよ。ありがとう」

「あの~。それで、利守くんたちは大丈夫ですよ

 ね?」

 

 不安そうに尋ねる高木くんに、俺は頷く。

 

「黒木くんが利守か扇六郎のどちらかと一緒であ

 るなら、心配はいらない」

「え~と・・・・・・トショ、いや、利守は、そんなに

 心配いらないほど強いんですか?」

「・・・・・・ああ。利守の実力は一騎当千だ。何も心

 配することはない」

「そんなに!?あいつ・・・・・・なぜ、そこまで強く

 なったんですか?」

 

 高木くんが驚いたように尋ねると、墨村と雪村

の者たちは、気まずそうに視線を逸らした。

 

「高木くん。烏森の封印については、祖父から聞

 いているね?」

「はい。土地神が暴走する前に封印したと聞いて

 います」

「そうか・・・・・・。だが、それほど強大な存在を封

 じるとなれば、それ相応の代償が必要になる」

「代償?」

 

 高木くんが聞き返す。

 俺は一拍置いてから、静かに口を開いた。

 

「烏森の封印は、墨村守美子――私たちの母が、

 自ら人柱となることで成し遂げたのさ」

「・・・・・・え?」

 

 高木くんの表情が凍りつく。

 客間に、重苦しい沈黙が落ちた。

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

       【甲龍暦412年 夜中】 

 

    [中央大陸南部 赤龍の下顎山脈] 

 

「とりあえず、二人とも回復したか」

 

 追跡者たちを全員退け、僕はフィリップさんた

ちがいる洞窟へ戻ってきた。

 救出した二人の傷は、すでにほとんど回復して

いる。

 その姿を確認して、僕はほっと胸を撫で下ろし

た。

 

「利守くん。この薬、すごい効き目だね」

 

 黒木くんは、手に持っている薬壺に視線を向け

ながら、感心していた。

 

「うむ。塗っただけで傷がみるみるうちに塞がり

 数秒で治ってしまった」

 

 ギレーヌさんも凄まじい効果に感心していた。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 

 僕は、その効果を異常と思った。

 この秘伝の傷薬には、市販の薬よりも強力な成

分が含まれているはずだ。

 とはいえ、ここまでの効き目は、明らかにおか

しい。

 そういえば――フィリップさんと共鳴したとき

にも、今まで感じたことのない力を感じた。

 僕の術も、この世界では魔法と呼ばれていた。

 つまり、この世界には魔力が存在する・・・・・・。

 いや、もしかすると、この世界そのものが魔力

によって構成されているのか?

 そう考えれば、フィリップさんとの共鳴で感じ

た違和感も、この薬の異常な効き目も説明がつく

 だとすれば、僕の世界での常識は、この世界で

は通用しないのかもしれないな。

 

「トショ」

 

 考え込んでいた僕に、ギレーヌさんが声をかけ

てきた。

 

「は、はい!? 何ですか、ギレーヌさん?」

「お前は、もう休め」

「え?」

「この先の紛争地帯を脱出するには、お前の力が

 絶対に必要だ。だから、今のうちに身体を休ま

 せろ」

「わかりました。それじゃあ、お先に休みます」

 

 僕はそう言うと、断崖絶壁に背を預け、その場

に腰を下ろした。

 そして――数秒もしないうちに、眠りへと落ち

ていった。

 

「・・・・・・・・・すごい」

「えっ?」

 

 ギレーヌさんは、利守くんの寝姿を見つめなが

ら感心したように呟いた。

 

「わずか数秒で眠ったぞ」

「それが、何か?」

 

 フィリップさんが不思議そうに尋ねる。

 

「普通は、冒険者でも眠りにつくまでに数分はか

 かる。だが、こいつは意識を切り替えるように

 瞬時に眠りについた」

 

 ギレーヌさんは、眠っている利守くんへ尊敬の

眼差しを向ける。

 

「・・・・・・相当な修羅場を生き抜いてきたんだろう

 な」

 

 利守くんが毛布をかけずに眠ってしまったので

おれが毛布をかけてやろうと手を伸ばした、その

ときだった。

 ギレーヌさんに手を掴まれ、止められる。

 

「よせ!」

「えっ?」

 

 ギレーヌさんは地面に落ちていた小石を拾い上

げると、利守くんへ向かって放り投げた。

 

 次の瞬間――。

 

 小石は、利守くんに触れる直前で消えた。

 

「えっ? ええぇ!?」

「トショに触れた瞬間、お前もああなる」

 

 おれは何が起きたのか理解できず、呆然とする

 

 そんなおれに、ギレーヌさんは利守くんへ目を

向けるよう促した。

 

「あいつの周りだけ、黒いモヤが見えないか?」

「・・・・・・黒い、モヤ?」

 

 言われた通り、目を凝らしてみる。

 

 すると――確かに、利守くんの身体の周囲には

薄っすらと黒いモヤのようなものが漂っていた。

 

「・・・・・・本当だ」

「あのモヤが何なのかは、私にも分からん。

 だが――」

 

 ギレーヌさんは険しい表情で、眠り続ける利守

くんを見つめる。

 

「トショが目を覚ますまで、何もするな」

 

 ギレーヌさんの言葉に、おれは無言で頷いた。

 

「とりあえず、クロ・・・・・・キ?」

「ああ。なら、セージでいいです」

「うむ、分かった。セージ、お前は私と一緒に見

 張りをする。いいな」

「分かりました」

 

 こうして、おれとギレーヌさんが見張りをする

ことになった。

 

 フィリップさんとヒルダさん、それにブエナ村

の二人は、身体を休めるために横になった。

 

「ギレーヌさん、パウロって誰ですか?」

 

 座りながら見張りを始め、数時間後。

 おれは、ふと気になって尋ねた。

 

「なぜ、そんなことを聞く?」

「あの二人の匂いを嗅いだとき、パウロの匂いが

 すると言って、気を許したじゃないですか」

「うむ、まあな」

 

 ギレーヌさんは夜空を見上げると、昔を懐かし

むように語り始めた。

 

「私が、かつて所属していた冒険者パーティーの

 リーダーだ」

「へえ~」

「昔は中央大陸でも、かなり有名なパーティーだ

 った」

「そうなんですか」

 

 ギレーヌさんは、穏やかな笑みを浮かべる。

 

「だが、パウロと治癒術師のゼニスが結婚したの

 を機に、パーティーは解散した」

「結婚を機に・・・・・・ですか?」

 

 意外な理由に、おれは思わず聞き返した。

 

「ともに命を懸けて冒険した仲間たちは、散り散

 りになった。

 私も、いろいろあって、ボレアス家の剣術指南

 役として雇われることになったのだ」

 

 そう語るギレーヌさんの表情が、ふと険しくな

る・・・・・・まるで獲物を狙う猛獣のような眼差しだ

 

「ギ、ギレーヌさん・・・・・・」

「ああ、すまない」

 

 ギレーヌさんは我に返ると、先ほどの穏やかな

表情に戻った。 

 

「ええっと・・・・・・フィリップさんも、パウロを知

 っていましたよね?」

「ああ。パウロは、もともと大貴族の出だ」

「え?」

 

 おれは思わず目を丸くした。

 

「パウロは我が強い性格でな。貴族の風習が合わ

 ず、家出して冒険者になったんだ」

「じゃあ、フィリップさんとは・・・・・・」

「ああ。遠縁で、顔見知りだ」

 

 なるほど。

 だから、フィリップさんとギレーヌさんは、

あの二人を信じたわけか。

 

「確か、ブエナ村って言ってましたよね?

 パウロも、そこに住んでいたんですか?」

「ああ、家族と一緒にな」

「そこは、フィリップさんの家から、かなり離れ

 ているんですか?」

「そうだな。馬車で二日ほどかかる」

 

 距離を表す例えとしては、いまひとつピンとこ

ない。

 けれど、それだけの時間がかかるのなら、かな

り離れているのだろう。

 

「・・・・・・そうなると、ギレーヌさんたちが巻き込

 まれた強制転移って、かなり広範囲で起きてい

 ますね」

「そうなるな。私は頭が悪いから、詳しいことは

 理解できんが・・・・・・転移魔法は、はるか昔に失

 われたはずだ。

 なぜ、こんなことが起きたのか・・・・・・」

 

 ギレーヌさんはため息をつき、視線を下に向け

た。

 おれは、ギレーヌさんの様子を見て、自分の事

情を話すのはもう少し先延ばしにした方がいいと

思った。

 

ーto be continuedー

 

 

 




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