【水無月 昼前】
[裏会 文書保管庫]
〜墨村正守 視点〜
「・・・・・・ふぅ、やはり無いか」
俺は実家での会議を終えた後、裏会の書庫へ足
を運び、過去三十年分の時空乱流に関する資料を
探していた。
机の上に積み重なった大量の資料を見下ろし、
俺は盛大にため息をつく。
「異界に関する資料は山ほどあるが・・・・・・・・・
やはり、異世界についての記録は無し、か」
まあ、当然と言えば当然だ。
『異世界転移』なんて、今流行りの小説で使われ
る設定だ。
まさか、それが現実に起きているなんて、簡単
には信じられないよな。
「・・・・・・俺も、まだ信じられないよ」
しかし、七星静香と篠原秋人が事故直後、行方
不明になったのは事実だ。
それに、高木くんたちも次元ゲートの出現を目
撃したと証言していた。
ここまで証拠が揃ってしまえば、ただの偶然で
片づけるわけにもいかない。
「はぁ〜・・・・・・ホントに、竜姫さんの言う通りに
なるとはな・・・・・・」
さすがは裏会の最年長者だ。
長年、裏の世界を生き抜いてきた者の勘という
のは、恐ろしいものだ。
「・・・・・・たぶん、扇七郎もこの件に首を突っ込ん
でくるだろうな」
兄が行方不明になった、とでも言って仕事をサ
ボる口実にするつもりだろうな。
そうなれば、俺は間違いなく彼の部下たちから
睨まれる。
「はぁ・・・・・・今から考えただけで頭が痛くなるな
・・・・・・」
俺は再び書類へ視線を落とし、深いため息を吐
いた。
「・・・・・・しかし、この一件で、思わぬ形でアイツ
のことを知るとはな」
俺は目元を押さえながら、今回の事故による死
亡者について記された資料へ視線を落とす。
そこに記されていた名前を見た瞬間、俺は思わ
ず息を呑んだ。
そこに書かれていたのは、疎遠となった遠縁に
あたる再従兄弟の名前だった。
「・・・・・・まさか、アイツがな・・・・・・」
遠縁にあたるアイツが、学校でいじめを受けて
不登校を引きずり、そのまま引きこもりになって
いたことは親戚から聞いていた。
だが――。
「・・・・・・だが、引きこもりって二十年、か。本当
に知らなかったな」
子どもの頃は、年に一度くらいは親戚が実家に
集まっていた。
だが、俺が家業の手伝いをする機会が多くなる
につれて、親戚同士で顔を合わせる機会も次第に
減っていった。
「なんせ、うちの家系は直系以外だと、能力を使
えなくなる者も多いからな・・・・・・・・・」
親戚の中でも年齢の近かったアイツと、その弟
とは、よく近所を遊び回ったものだ。
「アイツは・・・・・・良守と同じで、純粋だったから
な。だからこそ、一度挫折すると、なかなか立
ち上がれなかったのかもしれない・・・・・・」
しかしだ。まさか、ここまで惨めな人生を送っ
ていたとは・・・・・・・・・。
事故に遭った日、両親の葬式だったそうだ。
滞りなく終えた後、兄弟によって実家から追い
出された。
そして最後には――あの三人をトラックから救
うために、自らの身を挺し、その命を落とした。
「・・・・・・そんなに仲が良かったわけでもないが」
俺は資料を閉じ、静かに息を吐く。
「それでも・・・・・・知り合いが、こんな最期を迎え
たと知ると・・・・・・やはり、心苦しいな」
しばらく沈黙した後、俺は席を立った。
「明日から現場を調べに行くが、その前に・・・・・・
まずは、あいつの位牌を拝みに行くか」
今回の事件について調べるのは、それからでも
遅くはない。
せめて、親戚として――直接、遺族にお悔やみ
の言葉を伝えたい。
俺はそう決めると、祖父に連絡を入れた。
そして、二人であいつの兄が暮らす家へ向かう
ことにした。
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【甲龍暦412年 昼前】
[中央大陸南部 赤龍の下顎山脈付近]
〜フィリップ 視点〜
「どういうことだ!?」
僕は目の前の光景が信じられず、冷静さを失っ
た。
「なぜ、ここに大部隊が!?」
しかも、遠目ではあるが、身なりからして傭兵
ではない。
「それに、あの旗は!?」
明らかに、紛争地帯にある小国の正規軍だ。
そして、どう見ても、数千の兵が僕たちを待ち
構えている。
「な、なぜだ!? なぜなんだ!?」
僕が慌てふためいていると――。
「フィリップ様、お気を確かに!」
ロールズに声を掛けられ、僕は正気を取り戻し
た。
「ロールズ!」
「今は叫んでも無意味ですよ!」
確かに、ロールズの言う通りだ。
いくら狼狽えても、何も解決しない。
「明らかにおかしいですね」
トショくんの言葉に、頭が冷えた僕も同意した
「そうだね。なぜ小国の正規軍が、こんなところ
に・・・・・・・・・」
しかし、トショくんは神妙な表情を浮かべ、僕
の言葉を否定した。
「いや、おかしいのは、そこではありません」
彼は正規軍を見つめながら、静かに続けた。
「たった一日で、数千の兵を率いるの軍隊が動く
はずがありません」
「あっ!?」
言われてみれば、その通りだ。
わずか一日で、小国の正規軍がこれほどの規模
で動くなど、到底ありえない。
「朝、フィリップさんが言っていたこと・・・・・・当
たりですね」
「え?」
「転移事件の犯人は・・・・・・とんでもない魔法使い
ですよ」
これも、その魔法使いの仕業だというのか?
「一体、何が目的なんだ! 」
だが、僕たちを抹殺するためだけに、数千の兵
を動かしたのだとしたら――。
「・・・・・・神」
・・・・・・そう、こんなことを可能にする者がいる
のなら、もはや神ではないか。
しかし、僕が朝に言っていたのは、あくまで当
てずっぽうの推測だった。
それが当たるとは・・・・・・皮肉なものだ。
「目的は分かりませんけど、明らかに僕たちの命
を狙っていますね」
「・・・・・・そうだね」
僕はちらりとギレーヌの横顔を見た。
百戦錬磨のギレーヌも、この状況では額に冷や
汗を浮かべている。
すると、トショくんがギレーヌに尋ねた。
「ギレーヌさん、一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
そのときのトショくんは、氷のような冷たさを
帯びた笑みを浮かべていた。
そして――淡々と、こう言い放った。
「誰かは知りませんが、これほどの軍を動かして
いるんです・・・・・・。
その軍の基地を落としても、誰も文句は言えま
せんよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
その宣言に、さすがのギレーヌも絶句した。
「お、落とすだと?」
「問題ありませんよね?」
「お、お前・・・・・・な、何を言って・・・・・・」
「一体、誰が軍を動かしたか分かりません。
しかし、これは、もう避けられないですよ」
トショくんの声には、迷いもためらいもなかっ
た。
「・・・・・・彼らの懺悔は聞きません」
その目には、すでに戦う覚悟が宿っていた。
そして、何事もなかったかのように歩き出す。
「ちょっ!? 利守くん!」
セージくんが慌てて止めようとすると、トショ
くんは静かに告げた。
「黒木くん、目をつぶるんだ」
「えっ?」
「ここから先は、君が見てはいけない」
「・・・・・・気遣いはやめてくれよ」
セージくんは視線を下げたまま、声を張り上げ
た。
「黒木くん?」
「お前が戦い続けなきゃいけない原因を作ったの
は、おれだろ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だったら、おれの目の前で思い切りさ、力を使
ってくれよ!」
セージくんは顔を上げ、利守をまっすぐ見つめ
る。
「おれも、決して目を背けない!背けちゃいけな
いんだよ、利守!!」
「・・・・・・わかったよ、誠司」
トショくんは、彼の言葉を受け止めた。
もう、何も隠す必要はないと。
誠司の覚悟に応えるため、利守は己の力をすべ
て使って戦うことを決めた。
「放て!!」
軍の隊長の号令が響き渡る。
次の瞬間、何万もの矢が一斉に放たれた。
「・・・・・・何の策もなしか。笑わせてくれるよ」
迫り来る無数の矢を前に、利守は静かに手を構
える。
「――『絶』」
彼の身体から禍々しさを感じる黒いモヤがあふ
れ出てきた。
――次の瞬間。
「・・・・・・・・・・・・消えた?」
なんて表現したらいいのか、分からない。
黒いモヤが一瞬で矢の射程範囲に広がり、触れ
た瞬間、全ての矢が消えたのだ。
〜敵の部隊長 視点〜
「・・・・・・これは、いったい何だ?」
私は、悪夢でも見ているのかと思った。
黒いモヤに触れた無数の矢が――消えたのだ。
「我々は、いったい何と戦っている? 何のため
に出陣したというのだ・・・・・・?」
部隊長である私は、上層部の命令を受け、まだ
日も昇らない早朝に四千人の兵を率いて出陣した
「なぜ、少人数にこのような大部隊を?」
指定された草原へ到着し、そこで待機していた
ところ、森の中から七人の不審者が姿を現した。
目の前にいる七人が今回の標的だというのなら
――なぜ、四千人もの兵が必要なのだ?
状況を理解できずにいる私をよそに、隊長の一
人が独断で号令を発した。
「放てぇぇぇっ!」
数千本もの矢が、一斉に空を埋め尽くす。
だが――。
七人の中から、黒い衣をまとった男が一歩前へ
出た。
次の瞬間。
男の身体から、禍々しい黒いモヤが噴き出した
それは瞬く間に周囲へ広がり――迫り来る矢の
群れを呑み込んでいく。
――消えた。
一本残らず。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
兵士たちは言葉を失った。
何が起きたのか、誰一人として理解できない。
そんな中、黒い衣の男は何事もなかったかのよ
うに歩き始めた。
一歩。
また一歩。
こちらへ向かってくる。
「囲め! 絶対に近づけるな!」
兵長の怒号が飛ぶ。
「うおおおおおっ!!!」
恐怖を振り払うように、兵士たちが一斉に駆け
出した。
左右から剣が振り下ろされる。
――だが。
男の身体から溢れ出した黒いモヤが、地面を這
うように広がった。
剣が触れた。
その瞬間――。
――消えた。
「な――」
兵士が目を見開く。
握っていたはずの剣が、柄すら残さず消失して
いた。
「なんだ、これは・・・・・・!」
兵士が慌てて後退する。
しかし、その背後から別の兵士が勢いよく突っ
込んでくる。
「怯むな! 斬れぇぇぇっ!」
三人。
五人。
十人。
次々と兵士が殺到し、剣を振るう。
だが――。
黒いモヤが揺れるたび、触れた剣が一本、また
一本と消えていく。
それでも、男は止まらない。
一歩。
また一歩。
黒いモヤをまとったまま、戦場の中央を進んで
くる。
「魔術師隊! 撃てぇぇぇっ!」
隊長が叫んだ。
「『ファイヤーアロー』!」
「『ウインドカッター』!」
「『アクアスフィア』!」
後方の魔術師隊が、一斉に魔法を放つ。
火矢。
風刃。
水弾。
幾筋もの魔法が戦場を駆け抜け、黒い衣の男へ
殺到する。
「当たれぇぇぇっ!」
兵士たちが叫ぶ。
――そして。
黒いモヤに触れた瞬間。
すべてが消えた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
私の口が、わずかに開く。
火矢も。
風刃も。
水弾も。
何一つ残っていない。
「・・・・・・・・・消えた?」
誰かが、震える声で呟いた。
その声を合図にしたかのように、戦場全体がざ
わめき始める。
「魔法が効かないぞ!」
「剣も通じない!」
「下がれ! 下が――」
兵士の声が途切れた。
黒いモヤが、さらに広がったのだ。
地面を這うように伸びた黒いモヤが、逃げよう
とする兵士たちの足元まで迫る。
触れた武器が、次々と消えていく。
盾が消える。
槍が消える。
剣が消える。
魔法さえも消えていく。
攻撃するための手段そのものが、戦場から奪わ
れていく。
「う、うわぁぁぁっ!」
「逃げろ!」
「こんな奴と戦えるか!」
兵士たちが我先にと逃げ始める。
隊列は崩れ、命令に従う者すらいなくなってい
く。
「・・・・・・・・・ああ」
私は、ただ立ち尽くしていた。
目の前で、自軍が崩壊していく。
その中心を――黒い衣の男が歩いてくる。
一歩。
また一歩。
男が近づくたび、兵士たちは後退する。
誰も、近づこうとはしない。
「・・・・・・・・・・・・・・・化け物」
誰かが、震える声で呟いた。
将軍は否定できなかった。
否定する言葉すら、もはや浮かばない。
――あれは、本当に人族なのか?
そう思った瞬間。
黒い衣の男が、こちらを見た。
視線が交わる。
その瞬間、私の背筋を冷たいものが走り抜けた
そして黒い衣の男は、静かな声で告げる。
「・・・・・・・・・あなたたちに恨みはない。
だが、消えてもらう」
黒い衣の男があの黒いモヤを消した――その直
後だった。
凄まじい威圧感が放たれ、一瞬にして戦場全体
を支配する。
「・・・・・・・・・・・・『結』」
黒い衣の男が、静かに呟いた。
――次の瞬間。
私以外の兵士たち全員が、一人ひとり透明な棺
のような結界に包み込まれた。
「『滅』」
男が、そう唱える。
――次の瞬間。
そこにいたはずの兵士たちが、跡形もなく消え
た。
「・・・・・・・・・・・・あ、ああ」
私は恐怖のあまり、その場に尻もちをついた。
目の前で起きた出来事が理解できない。
ただ、震える身体で黒い衣の男を見上げること
しかできなかった。
ーto be continuedー
次回、城攻め