【水無月 夜中】
[神隠しの十字路]
「蜈蚣さん、すみません。この機材は、ここでい
いですか?」
「うん。そこのテーブルに置いて。今、レンタル
した工事用の大型発電機も、あと少しで到着す
るって連絡が来たよ」
「了解です。ところで、例の時空間の呪具はまだ
ですか?」
「それが、裏会への許可申請に時間がかかってる
らしい。だから、もう少しかかるだろうね」
現場では、夜行の構成員たちが慌ただしく準備
を進めていた。
「シートは厳重にな。警察も協力してくれている
とはいえ、調査は明日の朝六時までに撤収だ。
それまでに、できる限り調べるぞ」
今回、オレたち夜行は、例の『神隠し』が起き
た十字路を調査するため、警察の協力を得て周辺
道路をすべて通行止めにし、現場を見られないよ
うに一階以上の高さのシートで覆い、現場の封鎖
と調査の準備を進めていた。
普段なら車が行き交う道路も、今は静まり返っ
ている。
そんな中、諜報班若手の影宮閃は十字路の前に
立ち、道の周囲へ意識を集中させた。
「・・・・・・・・・閃、なんか感じるか?」
戦闘班主任の巻緒さんに尋ねられ、影宮は率直
な感想を口にする。
「いえ、特には・・・・・・。さっきから感知で調べて
みましたけど・・・・・・やっぱり普通の十字路です
よ」
「ええ。私の感知でも同じです」
そう答えたのは、今回の調査に応援として駆け
つけてくれた綺砂魚さんだった。
元第九客・奥久尼さんの直轄の部下であり、影
宮と同じ精神系能力を扱う手練れである彼女です
ら、異常を感じ取れていない。
「時空間の歪みも、乱れもありません。少なくと
も、今この場所に異常が存在しているようには
見えませんね」
「・・・・・・なのに、ここで利守たちが消えたんだよ
な」
影宮は改めて、何の変哲もない十字路を見渡し
た。
何度見ても、異常なんてどこにもない。
だからこそ――。
影宮は胸の奥に、嫌な予感を覚えていた。
「そういえば、頭領と繁守さんは?」
戦闘員の轟が、十数キロもあるケーブルの束を
両肩に担ぎ、周囲を見渡しながら尋ねる。
「ああ、少し私用があってな。二人とも、少し遅
れて来るそうだ」
戦闘班主任の巻緒は、手を止めることなく答え
た。
「そうか・・・・・・例の件か」
武光が、ぽつりと呟いた。
「例の件?」
轟が怪訝そうに首を傾げる。
「なんだ、轟。知らないのか?」
「えっ?」
「今回の事故で亡くなった被害者が、墨村の遠縁
にあたる親戚なんだよ。
頭領とは再従兄弟で、幼馴染らしい」
「ええっ!?」
武光の言葉に、轟は驚愕の声を上げた。
「そ、そうなのか?」
「ああ。なんでも、頭領の曽祖父の代に、この地
域でも有数の大地主の家へ婿入りした親族の血
筋らしい」
「そんな・・・・・・。じゃあ、今回の件って・・・・・・」
「そういうことだ。利守くんだけじゃないんだ。
疎遠になっていた親戚まで、今回の事件に巻き
込まれているんだ」
轟の表情から驚きが消えていく。
その代わりに浮かんだのは、戸惑いと不安だっ
た。
「だから、頭領と繁守さんは、疎遠となった知り
合いの兄のところへ足を運んだ」
巻緒が、静かに言葉を添える。
「・・・・・・なんか、因果を感じますね」
影宮がぽつりと呟く。
何の変哲もない十字路。
そこに残されたのは、何もないという事実だけ
だった。
それなのに――。
今回の事件は、墨村家と無関係な出来事とは、
とても思えなかった。
〜墨村正守 視点〜
「・・・・・・ここか」
「ええ。彼の家です」
正喪服に身を包んだ俺とおじいさんは、あいつ
の兄が暮らす家の前に立っていた。
目の前の家を見つめながら、俺はどうにもやり
きれない気持ちを拭えずにいた。
「・・・・・・まあ、あいつにしたことが間違っていた
とは思わんよ。じゃが――」
おじいさんが、重いため息を吐く。
「・・・・・・これは仕方ないことですよ、おじいさん
なんせ、俺たちもあいつとはずっと疎遠になっ
ていました。
今さら、あいつのことをとやかく言う資格なん
てないんですよね」
「・・・・・・そうじゃな」
俺たちは、あいつがどんな人生を送っていたの
かを何も知らなかった。
いや――。
知ろうともしなかったのかもしれない。
家の前で、いくら考え込んだところで、過ぎ去
った時間が戻ってくるわけじゃない。
それでも、胸の奥に残るやりきれなさは消えて
くれなかった。
俺は小さく息を吐き、気持ちを切り替える。
「・・・・・・行きましょう、おじいさん」
「うむ」
お互いに小さく頷く。
そして俺は、覚悟を決めるように、ゆっくりと
玄関へ向かって歩き出した。
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【甲龍暦412年 昼前】
[中央大陸南部 赤龍の下顎山脈付近]
〜ギレーヌ 視点〜
「・・・・・・・・・・・・これが、トショの力・・・・・・いや、
固有能力というやつか・・・・・・・・・・・・」
私は思わず、息を呑んだ。
トショは敵の指揮官を除き、草原にいた兵士た
ちを一人残らず消し去った。
「・・・・・・・・・・・・空間を・・・・・・・・・・・・支配する」
目の前で起きたことが、未だに信じられない。
確かに、これは魔法ではない。
魔法という言葉だけでは、とても説明できない
それほどまでに異質で、圧倒的な力だった。
私は隣にいるセージへ、ちらりと視線を向ける
彼もまた、目の前の光景に驚愕していた。
その表情からは、いつもの軽口すら消えている
・・・・・・・・・・・・無理もない。
これほどの力を目の当たりにすれば、私でさえ
言葉を失いそうになる。
だが、そんな私たちをよそに、トショだけは冷
静だった。
「あなたが指揮官だね? いろいろと聞きたいこ
とがある・・・・・・」
トショはそう告げると、ただ一人生かした指揮
官の前へ、ゆっくりと歩み寄った。
「・・・・・・・・・・・・ひっ!? ・・・・・・く、来るな!?
た、助けてくれ!」
指揮官は腰を抜かし、必死に後ずさる。
だが、トショは表情一つ変えない。
「僕の質問に答えろ。余計な言葉は慎め」
静かな声だった。
それなのに――その言葉には、逆らうことを許
さない凄まじい威圧感が込められていた。
指揮官は顔を引きつらせ、無言で何度も激しく
首を縦に振る。
「まず、あなたたちの軍事基地はどこだ?」
「そ、草原を・・・・・・このまま真っすぐ進むと・・・
あ、あります・・・・・・」
指揮官は震える手で、草原の奥を指差した。
トショは、その指先へ一瞬だけ視線を向ける。
「・・・・・・・・・・・・その基地の常駐人員は?」
「・・・・・・いや! ・・・・・・その・・・・・・」
「いいから、さっさと答えろ」
「ひっ・・・・・・!」
指揮官は唇を震わせながら、必死に答える。
「や、約八千人・・・・・・・・・・・・です」
「八千人・・・・・・・・・・・・」
私は思わず呟いた。
四千人もの兵士を、わずか一瞬で消し去ったト
ショの力を目の当たりにした直後だ。
それでもなお、基地にはその倍近い兵力が残っ
ている。
――この先に、それだけの兵士が待ち構えてい
るということか。
私は無意識に、腰の剣へ手を伸ばした。
トショは尋問を続けた。
「その基地の周囲には、いくつの基地が点在す
るんだ?」
「敵味方合わせて、十二カ所ですっ!」
・・・・・・まあ、それくらいはあるか。
噂で聞いたことがある。
赤龍の下顎山脈付近は、紛争地帯の中でも特に
激戦区らしいからな。
「最後の質問だ。そこには、フィットアの関係者
が捕らえられているか?」
その言葉に、私とフィリップ様は思わず顔を見
合わせた。
「フィ、フィットア?」
「さっさと答えろ。いるのか、いないのか」
「昨日から、身元不明の奴らを数十人捕まえてい
るが・・・・・・・・・・・・それがどうした?」
「・・・・・・そうか」
トショは短く呟いた。
そして――
「ありがとう。あなたには、もう用はない」
「え・・・・・・?」
トショは、右手を指揮官に向ける。
「『結』」
瞬間、指揮官の頭部を覆うように、透明な結界
が展開された。
「えっ? や、やめ――」
「貴重な情報、感謝する・・・・・・」
トショの声には、何の感情もなかった。
「『滅』」
次の瞬間――結界が閉じる。
そして、指揮官はその場から消えた。
・・・・・・・・・・・・いや。
正確には、頭部だけが消えた。
身体が力を失い、その場へ崩れ落ちる。
「・・・・・・・・・・・・」
私は言葉を失った。
トショはそんな私たちには目もくれず、静かに
踵を返す。
まるで――必要な情報を聞き終えただけだと言
わんばかりに。
その背中を見つめながら、私は改めて思い知ら
された。
・・・・・・・・・・・・この少年は、私たちとは違う。
この世界の者とは、異なる強さを持つ。
そんな言葉だけでは、到底足りない。
あの力は――敵を倒すための力というよりも
存在そのものを消し去るための力なのだ。
やがてトショは、何事もなかったかのように
私たちのもとへ戻ってきた。
そして――とんでもないことを口にする。
「今から、あの指揮官が言っていた軍事基地を占
拠しましょう」
「「「「「はぁっ!?」」」」」
全員の声が、見事なまでに重なった。
しばらく沈黙が続いた後、フィリップ様がおそ
るおそる口を開く。
「トショくん・・・・・・何を言っているんだい?」
「フィリップさん。僕たちが生き残る道は、それ
しかありませんよ」
「ど、どういう意味だい?」
「おそらく僕たちは、この先も下顎山脈付近の小
国の正規軍や、雇われた傭兵部隊から襲われ続
けます」
トショの言葉に、フィリップ様は怪訝そうに首
を傾げた。
「そう言い切れる根拠は?」
「先ほども話したように、神に等しいほどの力を
持つ人物が、僕たちを消そうとしていると思い
ます」
トショは、先ほどまで敵兵がいた場所へ視線を
向ける。
「だからこそ、あれほどの軍勢を使ったと考える
のが自然ですよ」
その考察に、セージがすぐさま反論した。
「いや、考え過ぎだろ? だいたい、利守の言う
通りならさ――その神様みたいな奴は、何のた
めに俺たちを狙ってるんだ?」
「それは、まだわからないよ」
トショは、少しだけ間を置いた。
「けどね・・・・・・僕の関係者は、以前にも類似した
敵と戦ったことがあるんだ」
「類似した敵・・・・・・・・・?」
セージが眉をひそめる。
「その敵は、精神支配系能力を持っていた」
「・・・・・・精神・・・・・・支配?」
「そう。他者の精神に干渉する能力だ」
トショの声が、僅かに低くなる。
「その力を使って他者の身体を奪い、何百年もの
間、世界を裏から操っていたんだ」
フィリップ様が険しい表情に変わり、尋ねた。
「つまり、この下顎山脈付近の人たちは、神の使
徒だと言いたいのかい?」
「断言できません。けど、僕たちは、その神に狙
われるいるのは確実です」
ギレーヌさんは獰猛な獣のような表情を浮か
べ、低く唸った。
「どんな理由であろうと、私の主を狙うなど・・・
・・・・・・許せん!」
「ギレーヌ、落ち着いて」
フィリップ様が私を宥めるように声を掛ける。
そして、改めて僕へ視線を向けた。
「トショくん。君は、本当に八千人も待ち構える
軍事基地を占拠できるのかい?」
「できます」
トショが即答すると――
私たちは、何も言えない顔でトショに視線を向
けた。
「・・・・・・君が言うと、妙に説得力があるね」
流石のフィリップ様が苦笑いを浮かべ、そう言
うと、普段冷静なヒルダ様が同意した。
「ええ。あなたなら、本当にやってしまいそうだ
わ」
その言葉に、私も頷く。
「トショ・・・・・・お前は恐ろしいな」
「ウンウン。みんなの言う通りだ」
最後に、セージが同意した。
口々に言われ、トショは思わず苦笑した。
ーto be continuedー
次回 紛争地帯の悪夢