墨村家
【水無月 夜中】
[とある住宅地]
月光りが照らす閑静な住宅街・・・・・・その静けさ
に蠢く穢れを追う一つの影。
修行僧の姿の少年は、町を静かに駆け抜ける。
「(前方に敵――)」
僕は足を止め、印を結ぶ。
『結』
次の瞬間、トンボのような姿をした妖怪を結界
に捕らえた。
「まず、一匹・・・・・・『滅』」
そのまま結界を瞬時に圧縮し、妖怪を消滅させ
る。
「・・・・・・まだ、いるはずだ」
僕は意識を集中させ、周囲の気配を探る。
「(・・・・・・左右に一匹ずつ。接近中か)」
敵の位置を把握した僕は、すぐさま印を結ぶ。
「・・・・・・捕捉――『結』」
結界に捕らえたのは、空飛ぶムカデが二匹。
「・・・・・・『滅』。これで終わりか」
二匹の妖怪を消滅させた僕は、再び周囲の気配
を探る。
「・・・・・・よし。任務完了だ」
僕がそう言い切った直後、無線が入った。
『利守、終わったか?』
「はい、閃さん。全部始末しました」
『了解。悪いな。俺たちの仕事を手伝ってもらっ
てよ』
「そんなことありませんよ。平穏が訪れたとはい
え、常に力を研鑽することは必要です。これは
そのための修行ですよ」
『そうか・・・・・・。よし、後始末は俺たちに任して
お前は先に帰っていいぜ』
「わかりました、閃さん。では、お言葉に甘えて
失礼します」
『おう。また、手を貸してくれ』
僕は無線を切ると、ふと夜空を見上げた。
静かな住宅街を、淡い月明かりが照らしている
「・・・・・・・・・月、か」
月を眺めていると、不意に幼い頃別れた母の顔
が脳裏に浮かんだ。
――お母さん。
あの日から、もう随分と時間が経った。
それでも、こうして夜空を見上げるたびに思い
出す。
「・・・・・・・・・元気にしてるかな」
小さく呟き、僕は苦笑する。
返事が返ってくるはずもない。
それでも、なぜか少しだけ心が落ち着いた。
「・・・・・・さて」
僕は月から視線を外し、静まり返った住宅街を
見渡す。
「帰るか」
そう呟くと、僕は静かな夜道を歩き始めた。
月明かりだけが、その背中を照らしていた。
〜帰宅後〜
玄関を開けると、お父さんが迎えてくれた。
「お帰り、利守。早かったね」
「うん、ただいま。って、お父さん。まだ起きて
たの?」
いつもなら、もう寝ている時間なのに。
「ああ、今日は徹夜で終わらせなければいけない
仕事があるんだ」
「お父さん、小説家として有名になったからって
無茶しないでよ」
目元にクマができたお父さんは苦笑しながら、
頭を掻いた。
「大丈夫だよ。本当に追い込みをかけているだけ
だから」
お父さんは、お母さんが我が家の使命のために
自らの身を捧げてから、ずっとこんな調子だ。
「それはそうと、お義父さんがお前に用があるそ
うだ。居間で待っているよ」
「えっ? おじいちゃんも起きてるの?」
「うん、なんか大切な話があるからと言っていた
よ」
僕は父の言葉に頷いた。
「うん。分かったよ」
草履を脱ぎ、荷物を玄関に置くと、そのまま居
間へ向かった。
「おじいちゃん、ただいま」
「おお、利守。帰ったか」
居間では、祖父が座布団に腰を下ろして待って
いた。
僕もその向かいに正座した。
「今日の任務は、無事に完了したよ」
そう報告すると、祖父は満足そうに頷いた。
「うむ。よくやった」
短い言葉ではあったが、その表情からは労いの
気持ちが伝わってくる。
「それで・・・・・・・・・僕を呼んだ用件は?」
「ああ。そのことだがな」
祖父は少し間を置いてから、口を開いた。
「実はお前が仕事に出た後、お前の小学校時代の
友人――高木くんから電話があった」
「・・・・・・高木くんから?」
思いがけない名前に、僕は目を瞬かせた。
高木くんとは、小学校時代によく一緒に遊んで
いた友人だ。
だが、烏森の一件をきっかけに、中学校へ上が
る前に他県へ引っ越してしまった。
「一体、何かあったの?」
「それがな・・・・・・」
祖父は考え込むように眉を寄せる。
「お前に、ある依頼を頼みたいそうじゃ」
「依頼?」
「うむ」
祖父は一度言葉を切ると、重々しく続けた。
「なんでも、彼が通っている高校の通学路でな
――神隠しがあったそうじゃ」
「・・・・・・・・・神隠し?」
僕は思わず聞き返した。
「うむ。詳しくは聞いておらぬが、その通学路に
ある十字路で、彼の同級生たちが行方不明にな
ったらしい」
僕は咳払いし、祖父に聞き返した。
「それって・・・・・・警察の仕事じゃないの?」
「いや。どうやら話を聞く限り・・・・・・ことは、そ
う単純ではないようじゃ」
祖父はそう言って、静かに話を続けた。
「当時、高木くんの同級生三人は学校帰りに、
その十字路を歩いていたらしい。
そこへ、居眠り運転をしていたトラックが突っ
込んできたそうじゃ」
「居眠り運転・・・・・・トラック・・・・・・交通事故・・・
・・・・・・」
祖父は頷く。
「うむ。だが、その瞬間――通りかかった三十代
ほどの男が、三人を庇ったそうじゃ」
祖父の表情が険しくなる。
「その男は三人を助けたものの、事故に巻き込ま
れて死亡したそうじゃ」
「・・・・・・」
「そして、その直後じゃ。助けられたはずの三人
のうち二人が――忽然と姿を消した」
「・・・・・・・・・え?」
僕は思わず聞き返した。
「事故現場から?」
「そうじゃ。警察が駆けつけた時には、二人とも
姿を消しておったらしい」
「そんな・・・・・・」
僕は言葉を失った。
事故に巻き込まれたわけでもなく、救助された
直後に姿を消した・・・・・・・・・。
まるで――最初から、この世界に存在していな
かったかのように。
「警察の方でも必死に捜索したそうじゃが、二人
の行方を示す手掛かりは、何一つ掴めなかった
らしい」
祖父は小さく息を吐く。
「・・・・・・今では、警察も手詰まりだそうじゃ」
僕はしばらく黙り込んだ。
「それで・・・・・・僕に依頼を?」
「うむ。彼は、あの二人の失踪をただの行方不明
とは思っておらぬようじゃ」
祖父は、意味ありげに僕を見つめた。
「だからこそ、お前に調べてほしいそうじゃ」
僕は腕を組み、しばらく考え込んだ後、祖父に
尋ねた。
「でもさ。こういう仕事には、裏会が関わるんじ
ゃないの?」
僕の意見を聞くと、祖父は小さくため息をつい
た。
「おそらく、あちらも動いておる」
「なら、僕たちが余計なことをするのは――」
「もともと、裏会の主な仕事は異能者や神託地な
どの監視・管理じゃ。
今回の一件も調査のみは、すでに行っておるは
ずじゃ。
その後のことには、多少のことがあっても目を
つぶるつもりなのじゃろう」
祖父は真剣な表情を浮かべ、僕に視線を向けた
「利守。この案件は、お前に経験を積ませる良い
機会だと、儂は思う」
「おじいちゃん・・・・・・」
祖父は穏やかな笑みを浮かべ、優しく言った。
「やってみろ。お前一人では手に負えないのであ
れば、兄たちを頼れ。きっと力を貸してくれる
ぞ」
祖父の言葉を聞き終えると、僕は静かに頷いた
「分かった。やるよ。この神隠しの件」
「うむ、よく言った。流石、儂の孫じゃ」
「その言葉、良兄にも言ってあげればよかったの
に~~」
僕が冷ややかな視線を向けると、祖父は途端に
顔をしかめた。
「あのバカタレの性格を知っておるじゃろ。
むやみに褒めれば、とんでもないことをやらか
すぞ!」
「まあ、そこは否定できないけど・・・・・・」
「だいたい。良守は、正守やお前とは違う。
あいつは、何時も本能的に動きすぎるんじゃ!
だからこそ、厳しくしておったのじゃ!!」
良兄の鬱憤を吐き出した祖父は盛大にため息を
ついた。
僕もそれにつられるように、同じくため息をつ
いた。
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【同時刻】
〜墨村正守 視点〜
『・・・・・・と、報告はこれで以上です』
「うむ。了承した」
諜報部の細波からの電話越しの報告が終わると
俺は「ふ〜っ」と息を吐いた。
『なんだか、お疲れのようですね』
「まあな。あの騒動から、早数年。ようやく裏会
もまとまってきたところだ」
『ああ、確かに・・・・・・・・・。あ、そうそう。裏会
といえば――』
何かを思い出したように、細波が尋ねてくる。
『例の神隠しの案件は、どうなったんですか?』
「・・・・・・? 何の話だ?」
『あれ? 頭領、耳に入っていないんですか?
S県で起きたヤツのことですよ』
「いや、知らんが?」
『・・・・・・・・・・・・・・・』
電話の向こうで、細波が黙り込む。
どうやら、俺がその話を知らないことに驚いて
いるらしい。
『・・・・・・いや、私も小耳に挟んだ程度なんですけ
どね。そのS県にある県立高校の通学路で、高
校生たちが神隠しがあったらしいんですよ』
「神隠し?」
『ええ。なんでも、裏会の諜報員の一人が、たま
たまその近くで仕事をしていたらしくて』
細波は、少し声を落として続ける。
『その最中、突然――巨大な力を感知したそうな
んです。それも、今まで感じたことのないほど
の力を』
「・・・・・・・・・・・・・・・」
『その諜報員の報告が裏会の中でも話題になって
いましてね。
神隠しが起きたことも含めて、何か関係がある
んじゃないかと』
「なるほど・・・・・・・・・」
俺は腕を組み、しばらく考え込む。
「しかし、そんな話は初耳だぞ」
『でしょうね。まだ正式な案件として扱われてい
るわけではありませんから。
よほど耳の早いヤツでなければ、知り得ない話
ッスよ』
「・・・・・・それで、その神隠しというのは?」
『それが――下校途中の高校生三人が交通事故に
遭い、その直後、二人が行方不明になったとい
う話です』
「ん?どういうことだ?交通事故で行方不明?」
『ええ。だから、警察の方もお手上げ状態のよう
です』
「誘拐とかではないのか?」
『その辺は、私も詳しくは知らないんですよ。
まあ、そのうち裏会の議題に上がるとは思いま
すけど・・・・・・』
「・・・・・・分かった。俺もその一件は調べてみる。
貴重な情報をありがとう」
『いえいえ。では、失礼します』
「ああ、またな」
俺はため息をつき、電話を切る。
「・・・・・・神隠しか」
受話器を置いたまま、俺はしばらく考え込んだ
裏会の十二人会――その中枢にいる俺が、こん
な話を今まで知らなかったとはな。
「・・・・・・俺もまだまだな、情けない」
まだ正式な案件ではないとはいえ、些細な情報
を掴むのが遅すぎる。
「・・・・・・これからは、もっと広く耳を張っておか
ないとな」
そう呟いた、その時だった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
なぜだろう。
胸の奥に、妙な胸騒ぎが込み上げてくる。
神隠しの話とは、何の関係もないはずだ。
それなのに――。
「・・・・・・・・・なんか嫌な予感がする」
俺は窓の外へ視線を向ける。
月がよく見て、とても風流だ。
そして、ふと実家のことが脳裏をよぎった。
「・・・・・・まさかな」
考えすぎだ。
そう自分に言い聞かせながらも、胸騒ぎは消え
なかった。
――実家で、何かが起きている。
そんな根拠のない予感だけが、妙に頭から離れ
なかった。
ーto be continuedー
次回 烏森