【水無月 早朝】
[烏森 墨村家]
翌朝。
朝食を囲む墨村家の食卓では、テレビのニュー
スが流れていた。
「昨夜発生した電車の運行トラブルですが、線路
の復旧作業が完了し、本日始発より通常運転を
再開しております――」
ニュースを聞きながら、黒木くんたちは静かに
朝食を済ませる。
食事を終えると、帰る支度を整えた黒木くんた
ちは、玄関先で繁守さんたちに向き直り、深々と
頭を下げた。
「昨晩は泊めていただき、本当にありがとうござ
いました」
「いや~、本当に助かりました。ありがとうござ
いました」
「修史さん、ご飯とても美味しかったです。あり
がとうございました」
繁守さんは穏やかに頷き、目を細める。
「うむ。またいつでも来なさい。歓迎するぞ」
続いて修史さんも笑顔で口を開いた。
「高木くんも、いつでも遊びにおいで。今回は会
えなかったけど、良守も再会したらきっと喜ぶ
よ」
「はい。またお邪魔させていただきます」
挨拶を終えた俺たちは、大きなリュックを背負
った僕とともに駅へ向かう。
その後ろ姿を、繁守さんたちは温かい笑顔で見
送ってくれた。
僕たちは電車に乗り込み、座席に腰を下ろして
窓の外を眺める。
そんな中、黒木くんだけはパンパンに膨らんだ
登山用リュックへ何度も視線を向けていた。
「利守くん、本当に二週間分の野営装備を持たさ
れたんだね」
「うん。おじいちゃんがうるさいし、準備してく
れた父さんの気持ちを思うと、持っていくしか
なかったよ」
「念には念をってやつか。流石、退魔師の家系だ
ね」
「退魔師じゃなくて、結界師だよ」
電車にガタンゴトンと揺られながら、僕たちは
目的地へ向かう道中、おしゃべりに花を咲かせて
いた。
やがて高木くんたちの住む町の駅に到着する。
僕は早速、神隠しの調査するため、高木くん
たちとともに、事件現場まで歩き出した。
高木くんたちの案内で、駅を出て住宅街を抜け
しばらく歩くと、一つの十字路が見えてきた。
僕は足を止め、静かに口を開いた。
「ここが例の十字路だね」
黒木くんは無言で周囲を見回し、頷いた。
その時だった。
僕は肌を刺すような違和感を覚え、ゆっくりと
目を細める。
「・・・・・・違う」
思わず漏れた言葉に、黒木くんたちが一斉に
僕を見る。
「どうしたの、利守くん?」
僕は十字路を見据えたまま、険しい表情で答え
た。
「うまく言えないんだけど・・・・・・おじいちゃんの
推察は、たぶんハズレだ」
「どういうことだ?」
黒木くんが眉をひそめる。
僕は小さく首を横に振った。
「ここでは説明しづらい。あとでもう一度ここへ
来よう。
その前に、どこかで腰を落ち着けて話したい」
すると、高木くんがすぐに口を開く。
「だったら、俺ん家で話そう。ここからすぐだか
らさ」
僕は頷き、黒木くんたちも異論はないようだっ
た。
こうして僕たちは十字路をあとにし、高木の家
へ向かうことにした。
高木の案内で、僕たちは十字路を離れ、ほどな
くして高木の家へと着いた。
久しぶりに高木のお母さんと再会し、挨拶を済
ませると、そのまま二階にある高木の部屋へ通さ
れる。
部屋に入るなり、高木が人数分の座布団を並べ
僕たちは円を描くように腰を下ろした。
黒木くんが真剣な表情で口を開く。
「それで、さっきの話だけど・・・・・・おじいさんの
推察がハズレ?あれってどういう意味なの?」
みんなの視線が一斉に僕へ集まる。
僕は一度深呼吸し、静かに口を開いた。
「さっき十字路に立った瞬間、妙な違和感を覚え
たんだ。
うまく言葉では説明できないけど・・・・・・直感で
あそこには自然に生まれた異界とは違う・・・・・・
そんな気配が残っていた」
「違う気配?」
高木くんが首をかしげる。
僕はゆっくり頷いた。
「おじいちゃんは、新しく生まれた異界だと推察
していた。
でも、僕が感じたのはそれとは別のものだった
んだ」
「つまり・・・・・・?」
黒木くんが身を乗り出す。
僕はみんなを見渡し、はっきりと言った。
「たぶん、今回の神隠しは自然現象じゃない。
誰かが意図的に引き起こした――人為的な力に
よるものだと思う」
その言葉に、部屋の空気が一瞬で張り詰めた。
「利守、なんで人為的って言い切るんだ?」
高木が不思議そうに尋ねた。
僕は静かに頷き、答える。
「実は、例の十字路から僕が今まで一度も感じた
ことのない残留思念が残っていたんだ」
「残留思念って、場所や物への付着する強い感情
のことだよな?」
「うん、うまく言えないんだけど、あの十字路に
残っていた思念は、人や妖怪、まして、神のと
違う・・・・・・本当に異なる世界と言える感覚だっ
た」
僕の言葉に、黒木くんたちは顔を見合わせた。
その瞬間――。
「その通り」
突然、窓の外から声が聞こえ、僕たちは一斉に
窓のほうを振り向く。
「「「「「!?」」」」」
窓の外に浮かぶ人物の姿を見た瞬間、僕は思わ
ず息をのんだ。
「あ、あんたは!?」
「久しぶりだな、墨村の三男坊」
黒木くんが不思議そうに尋ねる。
「なに、利守くんの知り合い?」
「いや、その・・・・・・・・・昔、うちの家族に言いがか
りをつけてきたクレーマーだよ」
僕がそう言い返すと、男は「ケケケッ」と不気
味に笑った。
「クレーマーじゃねぇ、扇六郎だ」
そう、こいつを忘れるはずがない。
扇六郎・・・・・・。お母さんに難癖をつけてきた男
「ケケケッ・・・・・・あん時は悪かったよ」
扇六郎は肩をすくめながら続ける。
「お前の親父さんは相当キレてたなぁ」
そう言うと、口元をゆがめて不敵な笑みを浮か
べた。
「だが、そのおかげであの苦労人と縁ができた」
く、苦労人?
あ、もしかして正兄のことか?
た、確かに苦労の連続だったけど・・・・・・。
この人にだけは言われたくないな。
「まあ、オレにとっちゃ儲けもんだった」
「儲け?」
僕が眉をひそめる。
「ケケッ。今じゃ、てめーの兄貴とはれっきとし
たビジネスパートナーってわけよ」
不機嫌そうな表情を浮かべ、窓を開けた。
「あんた・・・・・・なぜ、ここにいるんだ?」
「・・・・・・・・・だいたい察しはついているだろう
結界師」
その言葉に、黒木くんが身を乗り出した。
「まさか、神隠しですか!?」
扇六郎は黒木くんをじろりと見て、眉をひそめ
る。
「・・・・・・なんだ、てめーは?」
「あ、すみません。黒木誠司といいます。あの神
隠しの目撃者です」
黒木くんが名乗ると、扇六郎は「ああ」と小さ
く頷いた。
「そうか、お前が・・・・・・そういや、裏会の資料に
書いてあったな」
そして、黒木くんを値踏みするように眺めなが
ら、口の端を吊り上げる。
「お前・・・・・・運がよかったな」
「え?」
「普通なら、神隠しを目撃して、生きて帰ってく
るなんてありえねぇ」
扇六郎は「ケケケッ」と不気味に笑いながら
黒木くんをじっと見つめる。
「ほとんどの奴は巻き込まれて、そのままこの世
から消えちまうからな」
その言葉を聞いて、黒木くんの額に冷や汗が浮
かんだ。
「それでも、お前は生きて帰ってこられた。
つまり・・・・・・運がよかったってことだ」
扇六郎の笑みが、さらに深くなる。
黒木くんは何も言い返せず、ただ黙って扇六郎
を見つめていた。
「ともかく、中に入って」
「えっ!?」
「そこだと目立ちすぎるよ。話も聞きたいし」
僕はこの男の話を聞くため、部屋に招いた。
「ケケケッ、そんじゃ、お邪魔するぜ」
扇六郎が部屋へ入ると、辺りを見回したあと、
空いているベッドに腰を下ろした。
「ケケケッ。ま、立ち話もなんだしな」
そう言って足を組むと、扇六郎は利守へ視線を
向ける。
「お前も、もう気づいてるんだろ?」
「・・・・・・何を?」
利守が警戒するように尋ねると、扇六郎は口の
端を吊り上げた。
「あの十字路はよ、異世界に繋がってるってこと
よ」
「・・・・・・やはり、そうか」
利守は静かに呟いた。
自分が感じ取った残留思念。
そして、あの場所に漂っていた異様な空気。
それらを考えれば、扇二郎の言葉は腑に落ちる。
「やっぱり、あの十字路は異世界に・・・・・・」
黒木くんたちも息をのむ。
「でも・・・・・・」
利守は眉をひそめ、扇六郎を見つめた。
「なぜ、そんなことに?」
「ケケケッ。そこが問題なんだよ」
扇六郎は意味ありげに笑った。
「別次元の世界に繋がる道なんざ、そう簡単にで
きるもんじゃねぇ」
「・・・・・・つまり?」
「誰かが意図的に、あそこを繋げた可能性がある
ってことさ」
その言葉に、部屋の空気が一気に張り詰めた。
「意図的に?」
僕が聞き返すと、扇六郎は口の端を吊り上げた
「推察するに、これは――『異世界召喚』だ!」
その言葉を聞いた瞬間、僕は妙に納得してしま
った。
あの十字路で感じた、これまでにない残留思念
そして、人為的な感覚。
すべてを考え合わせれば、扇六郎の推察は筋が
通っていた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
黒木くんが扇六郎の推察を否定した。
「異世界召喚って・・・・・・七瀬と秋人は、あんたた
ちみたいに特殊な力なんて持っていない普通の
高校生ですよ!?」
息を荒げながら、黒木くんは続ける。
「そんな二人を召喚して、一体どうなるっていう
んですか?」
扇二郎は少し考えるように顎へ手を当てた。
「さあな。考えられる可能性としては・・・・・・・・・
『因果率』ってところか」
「・・・・・・因果率?」
「つまりは歴史の改ざんが目的ってことさ」
「・・・・・・れ、歴史?・・・・・・改ざん?」
黒木くんが聞き返す。
扇六郎は天井を見上げながら、言葉を続けた。
「これも俺の推察だが、お前のダチを召喚した
奴は、たぶん未来視とかを持っていんだろ」
「未来視?」
「そ。未来を見るだけの能力さ」
扇六郎はニカッと笑う。
そして、ひとつの結論を口にした。
「そいつには、変えたい未来がある。
だから――異世界から、適当な奴を召喚した
ってわけだ」
黒木くんは思わず反論する。
「いやいや、未来を変える!?
仮にそうだったしたら、なんで、そんな面倒な
ことをするんですか!?
自分の未来なんて、自分の手で変えていけばい
いだけでしょう!」
「お前の言う通り、未来は確かに変わる。けどな
大きくは変わらねぇんだよ」
「変わるのに、変わらない?矛盾してるでしょ」
黒木くんが眉をひそめる。
扇六郎は肩をすくめると、ふっと悲しい表情に
変わった。
「時間っていうのは、細かいところはいくらでも
変わる。
だが――大きな流れってやつは、そう簡単には
変わらねぇよ」
「大きな流れ・・・・・・?」
「ああ、宿命だの、時代のうねりだのは、大きな
流れだろ?
そんな大きな運河は、たとえ何をしようが、結
局は同じ未来へ収束していく。
だからこそ、そいつは考えたんだろうよ」
扇六郎は天井を見上げ、無表情となった。
「だったら、自分の世界の人間じゃない奴を呼べ
ばいい。未来の流れそのものに、外から異物を
叩きつければいい――ってな」
黒木くんは首を横に振り続けた。
「む、無茶苦茶だ。仮にそうだったとしても・・・
・・・そんな方法で、本当に変わらない未来が変わ
るんですか?」
「さあな。だが、どんな世界にも理不尽がある」
この男の言葉には、重みがあった。
そう――。 あの扇一族で異形の者へと変わり
果てながらも、それでも生き抜いてきた、この男
だからこそ分かる世界の真理なのだろう。
「そいつが、人の道を外れてでも・・・・・・世界その
ものを消すことになってでも・・・・・・絶望の未来
を絶対に変えたいんだよ」
扇六郎は、まるで絶望を抱いた者の代弁者であ
るかのように、そう語り終えた。
僕たちは、その言葉に打ちのめされた。
それは、あまりにも身勝手な願いなのかもしれ
ない。
それでも――。
抗うことこそ、人間の本質なのだ。
そう言われたような気がした。
僕は扇六郎に声をかけた。
「扇六郎さん」
「なんだよ、三男坊」
「三男坊ではありません。墨村利守です・・・・・・。
お願いがあります」
「・・・・・・・・・何だよ?」
扇六郎は目を細め、僕を品定めするようにじっ
と見つめる。
その視線に、僕はわずかに身構えた。
「今回の神隠しの件・・・・・・ご協力いただけません
か?」
扇六郎はしばらく黙り込んでいた。
やがて、静かに口を開く。
「俺は、お前の母親の名誉を汚した男だぞ?」
「・・・・・・昔のことだからと、割り切るつもりはあ
りません」
僕は六郎をまっすぐ見据えた。
「正直に言えば、あなたのことをよく思っていま
せん」
一拍置いて、僕は続ける。
「でも、僕もこちらには仕事で来ています」
そして、六郎の目をまっすぐ見つめる。
「今回の件、あなたの力と経験が必要なんです。
だから――力を貸してください」
僕は深々と頭を下げた。
しばらくして、六郎が小さく息を吐く。
「・・・・・・いいぜ。協力してやるよ」
「えっ?」
思わず顔を上げる。
六郎は口の端を吊り上げ、ニヤリと笑った。
「勘違いするな。罪悪感とか、そういう話じゃ
ねぇ」
そして、僕を見据える。
「お前は、あの墨村の次男坊とは違う。
過去に何があったかを忘れたわけじゃねぇ。
それでも、自分の目的のために俺を頼った」
六郎は肩をすくめた。
「そういう大人の対応ができる奴なら、俺も力を
貸してやる・・・・・・それだけのことだ」
扇六郎は、黒木くんたちを一人ずつ見渡した。
「お前らも、それでいいな?」
高木くんたちは扇六郎に尊敬の視線を向け、一
人一人頭を下げた。
「は、はい。お願いします」
「もちろんです。なんだか、心強くなりました」
「あんたの言葉・・・・・心に響きました。
今、ものすごく大切なことを教わりました」
最後に、黒木くんが扇六郎の前で深々と土下座を
した。
「扇六郎さん。あなたの力を貸してください!」
扇六郎は、土下座する黒木くんをじっと見つめた
「友達が今、どうなっているのか・・・・・・・・・
俺にはわかりません」
黒木くんは一度顔を上げると、扇六郎の目を
まっすぐ見つめた。
「けど、俺は真実を知りたいんです。お願いしま
す!」
そう言い!再び土下座をした。
しばらく黒木くんを見つめていた扇六郎は、頭
を掻きながら小さくため息を吐いた。
「・・・・・・ったく」
そして、少しだけ苦笑を浮かべる。
「そこの利守にも言ったが・・・・・・手を貸してやる
よ」
「えっ・・・・・・」
「黒木・・・・・・お前の覚悟は、十分わかったよ」
扇六郎は目を閉じ、静かに自分のことを語った
「俺はロクデナシの人外者だが、人の善意を食い
物にするほど腐っちゃいねぇよ」
そう言って立ち上がると、扇六郎は黒木くんの
肩に手を置いた。
「黒木、お前がダチの生存を一番信じなくて、ど
うするよ?」
扇六郎は、顔を上げた黒木くんに喝を入れる。
「この先、何があろうとな――お前は希望を捨て
るな!絶望を踏み越えろ!!」
一拍置いて、力強く言い放った。
「ダチを絶対に取り戻せ。自分の手でな!!」
黒木くんは大粒の涙を流しながら、扇六郎にし
がみついた。
「・・・・・・はい・・・・・・!」
その声は涙で震えていた。
それでも、その目には確かな光が戻っていた。
ーto be continuedー
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