ハリー・ポッターと妄執の乙女   作:Rios

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第2話 騒々しい人達

 

「ハーイ、ミリー。お元気?」

「ええ、ハーミ。今日もよろしく」

 

 図書館の出会いから、季節はいくつか巡り、また夏がやってきていた。イギリスというより、このロンドンにおける夏は、前世の記憶に残る、東方の島国よりは、幾ばくか過ごしやすいとアメリアは考えていた。

 彼女達のこうした関係は、最初の出会いから、約1年という時間をかけて、互いを愛称で呼び合えるまでに、深まっていた。

 

(でも、いまだに呼び方に慣れないかな。外国のあだ名の付け方って違和感あるのよ。[ミ]ってどこからでてきたのみたいな。まあ、それはそれとして......)

 

 ハーマイオニー・グレンジャー。

 この世界に関わるきっかけを掴んだとはいえ、右も左も文字すら曖昧なアメリアが、最初で挫折を回避したのは、彼女の存在と、その性格によるところが大きい。

 マグル生まれで、親族に魔法族がいないハーマイオニーにとって、魔法という存在は、白いフクロウが届けたホグワーツの入学の誘いと、教科書や参考書のみであった。

 両親の理解や、手厚いサポートがあっても、一抹な不安がない訳ではなく、勉強に励む事で、打ち消そうとしていた矢先に、突如として現れたら同年代の女の子。

 嬉しさのあまり声をかけ、よくよくその境遇を聞くうちに、ハーマイオニーの義侠心に火がつくのに、さして時間はかからず、ほとんど、強制的にアメリアの世話を焼き、それは現在も継続している。

 

(まさか、こんなに近いところに、ハリー・ポッターのヒロインがいるなんて、思ってもみなかったけど、まさしく、これぞ天祐というべきか。ハーミに会えなかったら、途中で投げ出してたに違いない......けど)

 

 普段の彼女らしからぬ、浮わついた様子を感じたアメリアは、ハーマイオニーにその理由を聞いてみることにした。

 

「何だかご機嫌そうね」

「やっぱり、わかっちゃう?」

「んんー、まあ、そりゃ見てればわかるわよ」

「あら、驚かせようと思って、普段通りにしているつもりよ、ミリー」

「ハーミ。残念だけど、本と共にあるような貴女が、本以外の物を嬉しそうに抱えていて、尚且つ、私より遅く来ている時点で、説得力にかけてるわよ」

 

 指摘を受けたハーマイオニーは、ほんの少し不機嫌な様子を見せたが、それ以上に所有している品を見せたいのか、対面のイスを引いて、テーブルに静かに物を置いた。

 置かれた物は、長方形の箱。変鉄もないシンプルなデザイン。しかし、これが何であるか察して、アメリアは思わず大きな声を出しそうになった。彼女には、この1年の魔法に関する勉学の成果もあり、ハーマイオニーの喜んだ理由もよくわかった。

 ハーマイオニーの手で、ゆっくりと箱の蓋が空き、中にある真っ直ぐにしなやかさを感じさせる美しい1本の杖があら現れた。

 

「......綺麗ね。この持ち手の模様がとても素敵だわ」

「うん。私も昨日はずーっとベッドの中で、これを眺めて過ごしていたもの!」

「だから、遅かったのね。まあ......」

 

 はじめての、そして、自分のための杖を手にいれて、輝くような微笑みを浮かべるハーマイオニー。普段の澄ました様子は、微塵も感じさせない。

 まだ、親しい人の前だけに、本当に僅かだけ垣間見える彼女本来の魅力だとアメリアは感じた。しかし......。

 

(この娘は、自分に対して厳しい分、他人に対しても同じように接してしまうところがある。私は今後を考えて、望むところではあったから、問題なく感情を処理できた。前世なんてものを抱えた分、年の功も多少はあったけど......)

 

 内心に沸き立つ、不安のようなものをアメリアは感じていた。

 果して、ハーマイオニーと本当の意味で、同じ年頃の子供が、彼女の態度や性格に我慢できるのかと。余程物好きでない限り、対立したまま、疎遠になってしまう可能性は高い。

 悪く考えると、この世界の彼女にとって、最初の友達に自分がなったということが、この先に大きく影響を与えるのではないかと......。

 自らの思考に、囚われていたアメリア。そこにハーマイオニーは、怪訝そうな様子で声をかけてきた。

 

「どうしちゃったの?」

「ううん。なんでもないよ。つい、羨ましくなって、見とれちゃっただけ」

「ご、ごめんなさい。お勉強教える約束しておいて、遅くなった上に、なんだか自慢みたいに......」

「いいって、いいって。私から振ったんだから、気にしない気にしない。それより......」

 

 内心を悟られないように、話題を切り替えつつ、また思考する。

 ホグワーツ入学の誘いがあった夜に決意した事もあるが、アメリアは今後のいくつかの目標を定めていた。

 

 1つ目は、ホグワーツで魔法を学び、生きるすべを身につけること。2つ目は、転生した世界での、己の運命を変えた相手、シリウス・ブラックに会ってみること。最後に、この不器用な異世界の最初の友人をフォローすること。

 

 やる事ばかり増えていくが、不幸に嘆き、無気力に過していた前世や、去年までの自分より余程よいとアメリアは考えていた。この時は......。

 

 

 

「......本体はブドウ、芯はドラゴンの心臓の琴線か。」

「オリバンダーの店で買ったの。杖の素材について、色々なお話が聞けて、凄い為になったわ。オススメよ」

「と、ところで、学習用の素材ってホグワーツから提供はされるのかしら? 参考書に書いてある中には貴重な物は多そうで、ふ、不安じゃない?」

「最初のうちは、そうだろうけど、その内作ったり栽培したり、あるんじゃ......確か魔法薬学だと...」

 

 とりあえず、話題を魔法学習に反らして、事なきを得つつ、ハーマイオニーの買い物道中の内容を頭の中で、振り返ってみた。

 そして、彼女はその話の内容に、1点だけ疑問があり、思いきって聞いみることにした。

 

「ねえ。ハーミ。貴女が教材の買い物をする時に、ホグワーツの職員は同行したの?」

「いいえ。私の場合は、お父さんが付き添いしてくれるって話になったから、断ったみたい」

「なるほど」

 

 魔法使いの家系でない入学生に対しては、ホグワーツから、様々なサポートを行っている。

 孤児や貧困な家庭への資金援助や、マグル生まれの入学生には、親への魔法に関する常識や知識に関して、直々に出向いて説明や手続きを行うと、マクゴナガル教授から貰った小冊子に書いてあった。

 

「......ご両親の理解があるって素敵ね」

「やりたいようにやりなさいって......お家は歯医者さんだから、もっと小さい時は歯医者さんになるって言ってたみたいで、お父さんは少しがっかりさせちゃった」

「そっか......それじゃ立派な魔女にならなきゃだ駄目ね」

 

 ホグワーツ入学まで、一ヶ月と少し。アメリアの元にやってくるはずの、職員は訪ねてこない。それもあって、彼女は未だに教科書以外の支度ができていない。

 

「本当はミリーと一緒に準備したかったんだけど......」

「あ、そういうつもりじゃないし、誘われても、前に話した通り、無理だったから気にしないでいいよ」

「事情は聞いたから納得はしてる。ただ、友達とお出かけしてみたかったの」

「大丈夫だって。きっとこれからいくらでも機会はあるからさ」

「そう......そうね。次は一緒だって約束。絶対に」

「うん。わかってる」

 

(......納得してくれたかな。どのみち、無理について行ったところで、お金もないからどうしようもない。そんな事で気をつかわせ使わせても悪いだけ......さて)

 

 そうなると、アメリア自身が買い出しにいけるのは、前世の記憶にうっすらあるダイアゴン横丁の町並を歩く、凸凹な二人の存在が浮かび上がってくる。

 そうだ、そうに違いないと内心考えつつ、彼女は近いうちに、原作のそれも主人公である眼鏡の少年に会えるかもしれないと、心が浮き立つのを感じた。

 

「どうしたの?急にニヤニヤしだして」

「は、いや。なんでもない‼ 本当よ」

「??? 変なミリー。あ、もうこんな時間‼ ホグワーツ入学まで、少ししか時間がないし、こうしてるのは勿体無いもの。さあ、はじめましょう」

 

 テーブルに広げた魔法の杖を、手早く片付けながら、

ハーマイオニーはやる気に道溢れた様子で、促している。

 

「ち、ちょっとハーミ。そんなに急がなくても」

「私が遅刻したんだから、その分ちゃんと埋め合わせして、付き合うから安心してね」

「いや、そうじゃなくて......」

 

 アメリアは、この様子に多いに慌てる。

 これまでの付き合いで、ハーマイオニーがこうなると、ベリーハードかつ、噂に聞くバタービール並に濃い時間になることを理解していた。

 

(やばい。完全に勉強モードになってる。今日は楽できると期待してたのに......。そ、そうだ‼)

 

「気持ちは凄い嬉しいわ。でもね、ハーミ。今日は教科書持ってきてないじゃない。これじゃ教えるにしても大変だから......」

 

 そんな彼女の様子に、特別慌てる様子もなく、冷厳な事実をにこやかに告げた。

 

「覚えたから」

「はい?」

「1年生の習う範囲は、覚えてるから」

「な、なんだと......」

 

(これが公式キャラクターの実力? な、なんてインチキ。チートってレベルじゃないわよ。教科書何冊あったかわかってて言ってる!?)

 

「......なーんて冗談よね? 流石に」

「ふふふ、流石ねミリー。ちょっとだけ大げさに言ったのばれちゃったか」

「そ、そうよねー! いくらハーミでもそこまで......」

「闇の力―護身術入門、飛行訓練は実際やらなきゃ駄目よね! ああ、早くホグワーツで習いたい」

 

 結局、それ以外は全部分かるってことじゃないのそれ......。アメリアは嬉々として、本日の教鞭を取り始める友人の、授業を受け止めることとなった。

 

 

 

 その夜。

 ロンドンの夜空を、1台の大型バイクに乗ったヒゲモジャな大男と傷口だらけの眼鏡をかけた少年が、文字通り夜空を掛けていた。少年はバイクのエンジン音にかき消されないよう、大声でバイク持ち主に話しかけた。

 

「ねえ! ハグリット‼」

「なんだ? ハリー‼ どうした? トイレか?」

「違うよ‼ 僕達はどこへ向かってるんだか、教えて欲しいんだ‼」

「あ、すまねぇ。風が強くてよく聞こえん‼ もう少しで、着くから待っててくれ!」

 

 ハリーと呼ばれた少年は、半ば諦めつつ、今の状況に関して、悪いとは考えていなかった。

 ハグリッドは、ダーズリー家から連れ出し、自分を魔法の世界に連れ出してくれた人だ。元々、最悪な環境に身を置いていたから、これ以上、悪くなりようもないだろうと、楽観視してる。

 

「よし‼見えてきたぞハリー! あの建物だ!」

「え、待って‼ このままじゃぶつかるから、止まらないと!」

「大丈夫だ! おめぇさんの預け親の家の扉を、ぶっ壊しちまったのは、忘れてねぇ! 同じ失敗をする俺じゃないことを見せてやる」

 

 ヒゲモジャの大男ことハグリットは、彼が持つピンクの傘から、杖を抜き出し、目の前に迫る建物......アメリア・ブラウンの居室の窓に向かって、呪文を唱えた。

 

「アロホモーラ!」

 

 放たれた光は窓へと吸い込まれ、狙い通りの効果を示した......しかし。

 

「開いてないよ! ハグリット!」

「いっけね! こいつは鍵開けの呪文だった。伏せろハリー!」

「うわあああああああああ!!」

 

 

 

 壮絶な破壊音、乱雑に壊された家具、転がった大男、セロテープで補強された部分が壊れた眼鏡をずり下げた少年。そして、ハードティチャーハーマイオニーにしごき抜かれて帰ってきた部屋主。

 

「何が......どうしたらこうなるのよ!!」

 

 夏の夜空に、やっぱり不幸な少女アメリアの心の叫びが、木霊した。

 


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