「誰が、いつ、どう傷つくかも分からない。私はただ、絶望を観測するだけ……」
無力な予知夢に怯える優等生委員長×まじないを操る神社系男子。
呪われた悪夢を上書きするオカルトファンタジー!


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第1話

「落ちる——!」

 

 視界が反転し、空と地面が入れ替わる。長谷川結衣は、錆びた金属の匂いを嗅ぎながら、真っ逆さまに落ちていた。

 

 幼稚園の滑り台。青い塗装が剥げた、背の高いあの滑り台のてっぺんから、誰に押されたわけでもないのに、自分の足で踏み外したわけでもないのに、ただ「そうなる」と決まっていたかのように、結衣の体は宙に投げ出された。

 

 風を切る音。下には固く踏み固められた灰色の地面。

 

(怖い——っ!)

 

 叫びたいのに、声が出ない。喉の奥で引っかかって、音にならない。

 

 地面が迫る。あと数メートル。あと数センチ。

 

 その瞬間——世界の時間が、ねっとりと伸び始めた。

 

 スローモーション。地面の砂利の一粒一粒が、やけにはっきり見える。ひび割れた土、誰かが落としたプラスチックの破片。それらが、気の遠くなるような遅さで近づいてくる。

 

 落ちている。確かに落ちているのに、いつまで経っても地面にぶつからない。

 

「いや……嫌だ、誰か……」

 

 声にならない悲鳴が頭の中で響く。恐怖が心臓を握り潰す。永遠に続く落下——。

 

 その刹那、視界が暗転した。

 

「はっ——!」

 

 結衣はベッドの上で跳ね起きた。心臓が早鐘を打っている。全身から汗が噴き出し、パジャマが肌に張り付いて気持ち悪い。窓の外は、まだ薄暗い夜明け前だった。

 

 震える手で顔を覆い、深く息を吐く。喉の奥がヒリヒリと痛んだ。

 

(また……あの夢だ)

 

 この夢を見たということは、自分の周りの「誰か」が、近いうちに不幸に見舞われる。それは結衣にとって、もはや疑いようのない事実だった。

 

 最初は幼稚園の年長の時。夢から覚めたその日、同じクラスの男の子が交差点で車と接触し、大腿骨を骨折した。

 

 二回目は小学三年生。夢を見た翌日、隣の老夫婦の家が火事で全焼した。

 

 そして今日で五回目。数年に一度、忘れた頃にやってくるこの悪夢には、何が起きるのか、誰が被害に遭うのか——具体的な暗示は一切ない。ただ「高いところから落ちる」という抽象的な恐怖だけがある。

 

 だからこそ、耐え難い。何かを予感させられるのに、誰を、どうやって救えばいいのかが分からない。ただ、誰かが傷つくのを、手をこまねいて待つことしかできない。

 

「私はただの、不吉な観測者だ……」

 

 自嘲気味な呟きは、誰に届くこともなく、静かな部屋に消えていった。

 

 

 朝のホームルーム直前。高校二年生になった結衣は、いつも通り自分の席に座っていた。

 

 学級委員長。成績は学年上位。誰に対しても公平に接する「優等生」。それが周囲の評価であり、結衣自身もそうあろうと自分を律している。クラスメイトと必要以上に深く関わらないのは、どこかで「私の周りにいると不幸になる」という思いがブレーキをかけているからかもしれない。

 

(誰だろう。今回は、誰が……)

 

 教室を見渡す。いつもと変わらない騒がしさ。でも結衣の目には「嵐の前の静けさ」にしか見えなかった。

 

 ふと、最後列の窓際の席が目に留まる。いつもなら派手なヘアピンをつけた女子生徒が、友人と雑談しているはずの席。しかし、そこには誰もいなかった。机の上は何もなく、椅子が静かに収まっている。

 

 ドクン——心臓が大きく跳ねた。

 

 ガタッと前方のドアが開き、担任の教師が険しい表情で教壇に立つ。騒がしかった教室が、その空気の重さに静まり返る。

 

「朝のホームルームを始めます。その前に、伝えておくことがあります」

 

 先生は一度、眼鏡のブリッジを押し上げ、最後列の空席に視線を向けた。

 

「佐藤さんが、今朝、登校途中に駅前の歩道橋で足を踏み外して転落したそうです。すぐに病院に運ばれて、命に別状はないそうですが、足を骨折して入院することになりました。通学時の安全には、くれぐれも気をつけるように」

 

(歩道橋の、階段——)

 

 頭の中で、夢の「高い滑り台」と「歩道橋の階段」が、不気味に重なった。

 

 教室がざわつく。「マジかよ」「大丈夫かな」——そんな声が飛び交う中、結衣の視界は色を失っていった。

 

(やっぱり、当たった。私のせいで……)

 

 頭の芯が冷えていく。顔から血の気が引き、指先が凍りつくように冷たくなった。佐藤とはそれほど親しくない。委員長としてプリントを配る時に言葉を交わす程度のクラスメイトだ。

 

 それなのに、自分の見たあの忌まわしい夢が、彼女の骨折と確かに繋がっている。その事実が、胸に重く突き刺さった。

 

「長谷川さん、大丈夫か? 顔色が悪いぞ」

 

 先生の声に、結衣はハッと我に返った。クラスメイトの視線が一斉に集まる。

 

「あ……いえ、大丈夫です。少し、寝不足なだけです」

 

 結衣は無理に背筋を伸ばし、いつもの「優等生」の仮面を被り直そうとした。しかし、膝の上で握りしめた拳の震えだけは、どうしても止められなかった。

 

 

 同じクラスの右後方の席から、その様子をじっと見つめている少年がいた。

 

 榊瞬。普段はクラスの隅で目立たず、授業中も窓の外を眺めていることが多い。良くも悪くも「空気」のような存在だ。机の端にはいつも古びたオカルト雑誌や東洋の古い書物が置いてあり、周囲からは少し変わった奴だと思われている。実家が街外れの古い神社だという噂を、どれだけのクラスメイトが知っているかは怪しいが。

 

 瞬にとって、佐藤の事故は驚きではあったが「特に関係のない遠い出来事」だった。しかし、彼の関心は別に向けられていた。

 

 先生が事故を報告した瞬間、右斜め前方の席に座る長谷川結衣の背中がびくりと跳ね、横顔がみるみる青ざめていく。それは明らかな動揺であり、尋常ではない怯えの表情だった。

 

(……なんで長谷川さんが、あんなにショックを受けてるんだ?)

 

 瞬は訝しんだ。二人の接点は皆無に等しい。生真面目な性格ゆえの同情かとも思ったが、一限目から授業が始まっても彼女の様子はおかしかった。いつもなら板書を完璧にノートに写す彼女が、完全に上の空だった。教科書を開いたまま、視線は遠くの一点を見つめて硬直している。

 

(流石に引きずりすぎだろ……)

 

 六限目の最後の授業になっても、状況は変わらなかった。親しくもないクラスメイトの事故に一日中取り乱し続けるのは、どう考えても不自然だ。何か別の理由がある。普段は他人に干渉しない瞬だったが、一日中その痛々しい背中を見せられ続けて、妙な引っかかりを覚えていた。

 

 授業終了のチャイムが鳴る。先生が「今日はここまで」と言い終えるか終えないかのタイミングで、結衣は弾かれたように立ち上がった。教材を乱暴に鞄に押し込み、小走りで教室を飛び出していく。

 

 瞬の直感が警報を鳴らした。彼は自分の鞄をひったくるように持つと、結衣の後を追いかけた。

 

 廊下を抜け、階段を駆け下りる。下駄箱の前で、結衣がローファーを取り出そうとして、手が震えて靴を落とした。床に転がるローファー。拾おうと屈んだ結衣の肩が、微かに震えている。

 

「——長谷川さん」

 

 瞬は歩み寄り、静かに声をかけた。

 

 結衣がビクッと身体を震わせ、大きく見開かれた目で振り返る。その瞳には、隠しきれない怯えと疲弊の色が濃く滲んでいた。

 

 

「……榊、くん?」

 

 結衣は掠れた声で、目の前の少年の名前を呼んだ。

 

 瞬は結衣が落とした靴を拾い上げ、差し出した。

 

「どうしたの? 今日、ずっと元気ないみたいだけど。……今朝の、佐藤さんの事故、関係あるの?」

 

 結衣は差し出された靴を受け取りながら、息を呑んだ。顔色がさらに白くなる。

 

「え……? 何、が……?」

 

「いや、誤魔化さなくていいよ。一限目からずっと思い詰めた顔して、上の空だった。さすがに気づくって。何か他に理由があるんじゃないの」

 

 瞬の言葉は、鋭く結衣の核心を突いていた。

 

 結衣は唇を噛み締め、視線を床に落とした。誰にも言えるはずがない。こんなオカルトじみた話を信じてくれる人などいるはずがない。しかし、今日一日の孤独な恐怖と罪悪感は、高校生の結衣が一人で抱えきれる量を遥かに超えていた。

 

「……信じてくれないかもしれないけど」

 

 結衣はぽつりぽつりと、消え入りそうな声で話し始めた。

 

「私……予知夢を見るんです」

 

「予知夢?」

 

 瞬は眉をひそめたが、茶化すような態度は見せなかった。

 

「でも、何が起きるか分かるような具体的なものじゃないの。……私が、古い滑り台のてっぺんから落ちる夢。地面がどんどん近づいてきて、ぶつかる直前でスローモーションになって、いつまでも激突しないの。恐怖だけが永遠に続いて、本当にぶつかる瞬間に目が覚める」

 

 結衣は自分の腕を抱きしめるようにして、身体を縮こまらせた。

 

「その夢を見るとね、私の周りの誰かが、絶対に不幸になるの。今回で五回目。今朝の佐藤さんの事故だって、あの滑り台から落ちる感覚が、佐藤さんが歩道橋の階段から落ちたことと繋がってた……。私は夢を見るだけ。これから誰かが傷つくって分かっているのに、誰なのかも、何が起きるのかも分からないから、何もできない! ただ待つことしかできないの! ……そんなの、辛いだけじゃない……っ!」

 

 結衣は顔を覆い、その場にしゃがみ込んでしまった。長年一人で抱え込んできた呪いの吐露。彼女の細い肩が激しく上下している。

 

 瞬は黙って彼女を見下ろしていた。普通なら笑い飛ばすところだが、目の前で泣き崩れている彼女の姿はあまりにも真に迫っていた。

 

「そっか……。それ、予知夢っていうかさ、『予感』の感度が強すぎるんじゃないの?」

 

 瞬は頭を掻きながら、自分も腰を落として結衣と視線を合わせた。

 

「一応、僕さ、実家がそういう呪術とかまじないの類を扱う古い神社でさ。少しだけ知識があるんだ。悪い予感の記憶を呼び出して、その結末を上書きする『夢違い』みたいな術の真似事なら、まあ、可能かなって思うんだ。今から僕が長谷川さんの意識をあの夢の記憶と同調させる。そしたら夢の中で、僕が声をかけるから」

 

「声掛け……?」

 

「そう。夢の中で『これは夢だ』って自覚できれば、その悪夢を壊せるかもしれない。長谷川さんの中にこびりついた『不吉な予感のトラウマ』を叩き割るんだよ。このまま怯えて次の夢を待つよりは、一か八か対策を練っておいた方が精神衛生上いいと思うけど。どうする、委員長?」

 

 瞬の差し伸べた手は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように見えた。結衣は涙を拭い、小さく頷いた。

 

「……わかった。お願いします」

 

 

 二人は放課後、使われていない旧校舎の準備室へ移動した。瞬が歴史研究部の部室として半ば私物化している部屋で、中には古いソファや東洋の古い書物が雑然と置かれている。

 

 結衣は言われるがままに、使い古された革のソファに身体を横たえた。

 

 瞬は部屋のカーテンを閉め、薄暗くなった空間に一本のお香を灯した。かすかに甘く、どこか落ち着く香りが広がる。瞬は懐から奇妙な紋様が描かれた数枚の古びた和紙を取り出し、結衣の枕元に並べた。

 

「今朝見た夢の感覚を思い出して。僕の声がトリガーとして機能するように、意識の底に僕の声を沈める作業をするから」

 

 瞬は結衣の枕元に椅子を引き、静かな声で語りかけ始めた。

 

「目を閉じて、深く息を吸って、吐いて……。もし、またあの滑り台の上に立ったら、思い出して。下を見ないで。空を見て。そして、僕の名前を呼んで欲しい。僕はいつでも、長谷川さんのすぐ隣で声をかけ続けているから」

 

 一日の極限状態の疲労も手伝ってか、結衣の瞼は急速に重くなっていく。心地よい暗闇の中へ、結衣の意識はゆっくりと沈んでいった。

 

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 

 唐突に、冷たい風が結衣の頬を叩いた。

 

「——あ」

 

 気づいた時には、結衣は再びあの場所にいた。青い塗装の剥げた、高い滑り台の最上部。

 

 恐ろしい速度で「その時」がやってくる。結衣の身体が、不可抗力によって前方に傾き、宙へと投げ出された。

 

 視界が反転する。地面が迫る。

 

 心臓が破裂しそうなほどの恐怖が結衣を襲い、世界がねっとりとしたスローモーションへと移行し始める。

 

(嫌だ、やっぱりダメだ! 怖い、怖い——!)

 

 永遠に続く落下の恐怖。結衣の精神が絶望に染まりかけた、その時。

 

『——下を見ないで。空を見て、長谷川さん!』

 

 どこか遠く、けれど確かに、結衣の脳内に届く声があった。瞬の声だ。

 

『これは夢だ。長谷川さんは落ちてなんかいない。僕の名前を呼んで!』

 

(榊くんの声……! でも、どうやって!?)

 

 金縛りにあったように、身体がびくとも動かない。視線は、急速に迫り来る灰色の地面に吸い付けられたままだ。あと数センチで、激突の衝撃がやってくる。

 

(動いて……動いてよ……っ!)

 

 恐怖に縮み上がる心に鞭を打ち、結衣は必死に地面から視線を逸らそうとした。首の骨が軋むような感覚の中、絶望のどん底から力を振り絞って——空を見た。

 

 そこには、どんよりとした灰色の雲ではなく、吸い込まれそうなほど綺麗な、深い青空が広がっていた。

 

「榊くん——!」

 

 結衣は叫んだ。

 

 その瞬間、ガラスが割れるような鮮烈な音が世界に響き渡った。

 

 静止していた地面が霧のように消散し、結衣の身体を引っ張っていた不気味な重力が、一瞬にして消え去る。

 

「うわっ!?」

 

 結衣は激しい浮遊感と共に、目を開けた。

 

 視界に飛び込んできたのは、旧校舎の準備室の天井だった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……!」

 

 結衣はソファから跳ね起き、自分の身体を確かめるように両手を見つめた。胸を支配していたあの「底なしの恐怖」が、綺麗に消え去っていた。

 

「……気がついた?」

 

 隣から、少し疲れたような声がした。

 

 見ると、瞬が椅子に座ったまま、額の汗を拭っているところだった。彼の前では、いくつかのお札のような紙が、焦げたように黒ずんで散らばっている。

 

「榊くん……私、夢の中で、あなたの声を聞いたわ」

 

「みたいだね。僕の『夢違い』の術も、少しは役に立ったようだ。長谷川さんが夢の中で僕の名前を呼んだ瞬間、こっちのお札が身代わりになって燃え尽きたんだ。これでもう、悪い予感のループからは抜け出せたはずだ」

 

 瞬は床の灰を指差して、少しだけ誇らしげに笑った。

 

 しかし、結衣は自分の胸の奥に、まだ冷たい澱のようなものが残っているのを感じていた。

 

 悪夢の恐怖からは解放された。けれど、これはただ自分の心を救っただけに過ぎないのではないか。数年後にまた、誰かが傷つく「予感」が訪れたら、私はまた、こうして目を背けて誰かの身代わりを用意するだけなのだろうか。

 

(違う。私は……)

 

 結衣は床に散らばった灰を見つめ、それから自分の両手をぎゅっと握りしめた。

 

 今まで、あの夢はただの「呪い」であり、自分は無力な「観測者」だと諦めていた。しかし、夢の結末を変えられたのなら、現実の結末だって変えられるかもしれない。

 

 予感は、ただ怯えて待つためのものではない。これから起きる不幸を、未然に防ぐために与えられた「警報」なのだ。

 

「榊くん」

 

 結衣はゆっくりと立ち上がり、まっすぐな目で瞬を見つめた。

 

「ありがとう。私、やっとわかった気がする。……私はもう、ただ見てるだけの観測者にはならない。もしまたあの夢を見たら、今度はその予感を使って、傷つくかもしれない誰かを全力で助けに行くわ」

 

 瞬は少し驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの無気力な、けれどどこか優しい薄笑いに戻った。

 

「……そ。相変わらず生真面目な委員長だね、長谷川さんは」

 

「生真面目で結構よ。……ねえ、でもその時はまた、手伝ってくれる?」

 

 結衣の問いかけに、瞬は少し照れくさそうに頭を掻きながら、窓のカーテンを開けた。夕暮れの赤い光が、部屋の中に優しく差し込んでくる。

 

「まあ、気が向いたらね。お札の材料費、結構高いんだからさ」

 

「ふふ、善処するわ」

 

 結衣は今日初めて、心からの笑顔を浮かべた。

 

 予感は、もう孤独な呪いではない。

 

 隣に並ぶ少年の横顔を見つめながら、結衣はこれまでにない、新しく穏やかな未来の予感を胸の中に感じていた。

 




最後までお読みいただき、ありがとうございました。

※本作は、人間と生成AIが共同で執筆した短編小説です。

制作工程は以下の通りです。

①原案・あらすじ:人間
②プロット作成:AI
③プロット修正:人間
④プロットから本文作成:AI
⑤本文修正:人間
④〜⑤を繰り返しながら、作品を完成させています。


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