ここは、あなたの知るキヴォトスとは少し違う、鉄と雪、そして革命の赤が色濃く影を落とす世界。
連邦生徒会長の失踪により均衡が崩れ、巨大な歯車が軋みを上げて回り始めた……そんな『プロローグ』を、再生いたします」
意識が浮上する。
まるで深い泥沼から引き上げられるような感覚。
耳鳴りと、遠くで響くサイレンの音。火薬の焦げた匂い。
視界が揺らぎ、電子的なノイズが走る。
「……起きてください、先生!」
悲痛な、しかし芯の強い少女の声が鼓膜を叩いた。
目を開けると、そこは瓦礫が散乱するオフィスの一室だった。窓の外では黒煙が上がり、平和な学園都市とは程遠い戦場のような光景が広がっている。
目の前には、青い髪に長い耳、眼鏡をかけた少女・七神リンが、焦燥と安堵がない交ぜになった表情でこちらを覗き込んでいた。
「よかった……意識が戻ったのですね、状況は最悪です。連邦生徒会長が失踪し、サンクトゥムタワーの制御権も喪失。キヴォトス全土で行政機能が麻痺しています」
彼女は早口でまくし立てるが、その震える手はタブレット端末を強く握りしめていた。
私は自分の状況を確認する。黒いスーツ、そして胸元には……手渡された不思議なタブレット端末、「シッテムの箱」。
私はそれを手に取り、起動認証を行う。
生体認証、虹彩スキャン、思考連結。
『アロナ』と名乗るOSの少女が明るい声で挨拶をするのと対照的に、現実世界の状況はあまりにも暗く、重い。
「先生には『シャーレ』の顧問として、この混乱を収拾していただきたいのです。ですが……」
リンは言葉を濁し、窓の外へ視線を向けた。
そこに見えるのは、D.U.(連邦生徒会統括区)の街並み。だが、その向こう側、空の彼方には不吉なほど整然とした威圧感を放つ飛行船の編隊が、亡霊のように浮かんでいた。
「ご説明しなければなりません。このキヴォトスにおける、現在の勢力図を」
リンは空中にホログラムマップを展開した。
キヴォトスの地図、そこには無数の学園が点在しているが、大きく色分けされた領域が四つ、存在していた。
「キヴォトスには数千の学園が存在しますが、実質的な支配権を持つ『四大校』が存在します。無法と自由を愛する『ゲヘナ学園』、規律と教条を重んじる『トリニティ総合学園』、科学と論理の『ミレニアムサイエンススクール』……ここまでは、先生も資料でご覧になったでしょう」
彼女の指が、地図の北側――あまりにも広大な、地図の35%以上を塗りつぶす「赤」の領域を指し示した。
「そして、最後の一つ。これこそが、現在の連邦生徒会にとって最大の懸念であり……キヴォトス最強の軍事力と経済圏を誇る怪物。『ソーシャリズム連邦学園』です」
ソーシャリズム連邦学園。
その名を聞いた瞬間、背筋に冷たいものが走った。
資料に記載されているデータによると…250もの構成学園を連邦制で束ね、中央集権的な統治を行う巨大学園。
掲げる理念は「自由」と「社会主義」。だが、その実態は鉄の規律と、他を圧倒する武力によって維持される要塞学校だ。
「彼女たちは……いえ、あの『学園』は、私たち連邦生徒会の指示には従いません。それどころか、独自の世界観と正義に基づき、このキヴォトスを再編しようとしています」
リンの声が低くなる。
ホログラムが切り替わり、連邦学園の戦力が表示された。
主力戦車T-90Mを筆頭とする装甲戦力、第5世代戦闘機Su-57の航空隊、そして海を埋め尽くす海軍艦艇。
それは「学園の治安維持組織」というレベルを遥かに逸脱していた。一つの軍事大国が、そのまま学園の皮を被って存在しているようなものだ。
「連邦生徒会長がいた頃は、まだ対話の余地がありました。エデン条約……学園間の不可侵と平和維持を目的とした条約機構。これに連邦学園も署名するはずだったのです。しかし……」
リンは唇を噛み締めた。
「会長の失踪直後、連邦学園の『政治委員会』は条約への参加を拒絶しました。『指導者なき烏合の衆は信用できない』……それが、現・学園主席エカテリーナからの通達でした。現在、彼女たちは沈黙を守っていますが、その銃口がいつD.U.に向けられるか、誰にもわかりません」
トリニティの派閥争いや、ゲヘナの風紀委員と不良の抗争など、可愛いものだと思えるほどの「暴力」の塊。
生徒数50万人。その全てが潜在的な兵士であり、労働者である巨大な歯車。
もし彼女たちが「革命」を叫んで南下を始めれば、混乱状態にある今のキヴォトスになす術はないだろう。
「先生……私たちは、あまりにも無力です。サンクトゥムタワーを失った今、行政機能だけでなく、防衛システムもダウンしています。そんな中で、北の『赤い熊』が目を覚ませば……」
リンの肩が震えている。
普段は冷静沈着に振る舞う彼女が、ここまで弱音を吐く。それほどまでに、ソーシャリズム連邦学園という存在は規格外なのだ。
暗い未来予想図。
終わりのない抗争。
圧倒的な武力による威嚇…
……だが
「――関係ないわ」
私は静かに、しかしはっきりと言葉を発した。
「え……?」
リンが驚いたように顔を上げる。
私は手元のシッテムの箱…アロナが眠るタブレットを、慣れた手つきで「収納」した。
そう、私の自慢の胸元に。
トリニティのハスミにも引けを取らない、あるいはそれ以上かもしれない豊かな双丘。その谷間に、キヴォトスの命運を握るタブレットが、まるで誂えたようにすっぽりと収まる。
ひんやりとした感触が肌に伝わるが、不思議と不快ではない。むしろ、この重みが私の覚悟を支えてくれる。
「せ、先生……? 」
リンが呆気にとられ、眼鏡をずり落ちさせそうになりながら私の胸元を凝視する。
シリアスな空気が、一瞬にして霧散した。
「ここが一番安全だからね。肌身離さず、文字通り『懐刀』として持っておくわ」
私はニカっと笑ってみせた。大人の余裕、というやつだ。
そして、リンの肩に手を置く。
「リンちゃん。相手がトリニティだろうが、ゲヘナだろうが……あるいは、その恐ろしい『連邦学園』だろうが、関係ないわ。彼女たちはみんな、私の大事な『生徒』よ」
「……生徒、ですか。あのような、戦車とミサイルで武装した軍隊でも?」
「ええ。どんなに強力な兵器を持っていても、どんなに冷徹な思想を掲げていても、彼女たちはまだ青春の途中にいる子供たちよ。道に迷っているなら導くし、転びそうなら支える。それが『先生』の仕事でしょう?」
リンの瞳が揺れる。
絶望的な状況。北の脅威。制御不能の混乱。
それでも、目の前の「先生」は、その豊満な胸に希望(シッテムの箱)を抱き、不敵に笑っている。
その姿は、あまりにも場違いで、あまりにも頼もしかった。
「……ふふっ。あははっ」
リンが乾いた笑い声を漏らした。それは自嘲ではなく、久しぶりに肩の荷が下りたような、安堵の響きだった。
「あなたは……本当に、変わった方ですね。あれほどの脅威を前にして、『生徒だから関係ない』だなんて」
「大人はね、いつだって子供の味方なのよ」
私は胸元のタブレットを軽く叩く。アロナが画面の中で「えっへん!」と胸を張っているのが気配でわかった。
「さあ、行きましょうリンちゃん。まずは目の前のトラブルを片付けるわよ。あの連邦学園の『主席』さんにも、いつか挨拶に行かなくちゃね。手土産に何を持って行けば喜ぶかしら? やっぱり甘いもの?」
「……彼女たちは甘味よりも、柑橘類を好むという噂ですが。まあ、いいでしょう」
リンは眼鏡の位置を直し、いつもの凛とした表情に戻った。
「シャーレの先生。その『広すぎる度量』と、物理的にも大きな『包容力』に、このキヴォトスの未来を賭けます……指示を」
轟音が近づいてくる。
外では、脱獄囚ワカモが暴れているという報告が入っていた。
私は深呼吸をする。
火薬の匂いの中に、微かに混じる雨の匂い。
この空は、遠く北の大地―雪と氷に閉ざされたソーシャリズム連邦学園にも繋がっている。
私は心の中で、まだ見ぬ北の独裁者へ語りかける。
(私が必ず、貴方たちのところへも「青春」を届けに行くから)
「――作戦開始。全員、私についてきて!」
私が号令をかけると同時に、胸元のシッテムの箱が青い光を放った。
その光は、暗雲立ち込めるキヴォトスの空を切り裂く、一筋の希望のようだった。
これは、ただの学園ドラマではない。
圧倒的な暴力(ソーシャリズム)に、圧倒的な愛(おっぱいと大人の責任)で立ち向かう、一人の女教師の物語が、今ここから…
プラナ「……プロローグの再生を終了します。この世界線の先生は、非常に……母性に溢れた方のようですね、物理的にも。
連邦学園という巨大な『壁』に対し、彼女がどう立ち向かい、どう生徒たちを『攻略』していくのか……次回……ご期待ください、先生」